ペン森通信
朝日「教科書」、読売「事典」、毎日「物語」
 池上彰がテレビ出演から身を引くという。取材、執筆のために充電するらしい。NHK出身のこの元社会部記者が昨年、大もてだったのは、大衆が学ぶことに餓えていたことの証明だが、裏からみれば教養とか時事問題とか実社会の基礎学習から大衆が遠のいていた、ということだろう。テレビに登場してきた池上という視聴率男が接着剤の役割を担い、大衆を学びの場に改めて呼び戻した。本来、池上の役割は新聞が担ってきたものだが、記者出身のぼくですら新聞はむずかしい。新聞がむずかしいから池上現象が生まれたのだ。

 新聞をむずかしいと感じるのは読者の側の「学と知」のレベルが低下しているという事情もあるだろう。たとえばわがペン森の学生に「論作文のネタ場として新潟県の出雲崎もある。出雲崎は黒人歌手ジェロのデビュー演歌『海雪』の舞台だが、良寛の生地でもある。良寛記念館もあるよ」と話したら、学生が言った。「良寛ってだれですか」「えっ、良寛さんを知らないの?」「聞いたことがありません」。たまたまそこにいただれも良寛を知らなかった。このような教養程度では新聞はむずかしいだけでなくおもしろくもないだろう。

 全国紙のなかでむずかしくておもしろくないのは、朝日だ。朝日の読者は「学と知」の偏差値が最も高い、と思う。インテリ新聞である。なんとなく「教科書」みたいな印象がある。小説も教科書に掲載されると、とたんに退屈なものになるが、朝日はそのような性質をもっている。だが、そのブランド力によって、日本を代表する報道・言論紙の地位は揺るがないだろう。読売は情報量が多く、庶民的だ。紙名は江戸時代のかわら版を読んで売ったことからきているが、いってみれば「事典」である。ぼくの古巣、毎日は「物語」だね。

 ぼくは冷静ぶった新聞よりも遠慮のない週刊誌のほうが血沸き肉躍る。たとえばぼくは、与謝野馨大臣はもっと批判されてしかるべきと考えているが、政党政治の根幹に触れるこの自民党出の大臣に新聞は批判の刃を向けない。与謝野大臣は自民党から東京1区で立候補して長年のライバル民主党、海江田万里に敗れて落選し、比例で復活した。比例ということは自民党の議席をもらったということだ。しかも、民主党鳩山前代表を「平成の脱税王」とまでけなし、政権批判の急先鋒だったのに、民主党内閣の増税路線の要員としておさまった。なんという定見のない老人だろうか。こういう政治家を信用できるかい。
 
 池上彰は、オールラウンドの言葉づかいも人柄も優しい解説者であって、週刊新潮のような毒針は潜ませていないように見える。皮肉屋かもしれないが、いやみはまったくない。安心して見ていられる。やはり人格円満な稀有な記者といっていいだろう。ハラハラドキドキするところがない分、ぼくは物足りないけど。NHKのしっぽを引きずっているから、政治家の個人攻撃もしない。与謝野の政治姿勢について「これじゃ、選挙は意味ないと思いませんか」「いい質問ですねえ」。池上に与謝野馨の入閣を語らせてみたい。
 
 日本の新聞は大正時代、朝日が政府の圧力に負けて以来、不偏不党を標榜するが、微妙な色分けはできている。大胆に個別の主張や政党に対する明確な支持を表明してもいいのじゃないか。すると案外、平易な表現でおもしろくなって池上につけいる隙を与えなかったかもしれない。それがネット社会における新聞のあり方ともいえる。
 

 

 

 

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