ペン森通信
コメを買うコメづくり農家
 もう何人にも話していることだが、タイトルでいえば『無人駅に人がいたころ』というルポを書く人はいないだろうか。人が乗り降りしたから駅はできた。合理化の波と少子高齢化や核家族化による地域や家族の分解と車社会の出現が同時に複合進行して、列車は1両か2両のワンマンとなり、駅は無人となった。ぼくが小学生のころ混雑して窓から出入りし、荷物専用の網棚に人が寝ていた九州の日豊本線も無人駅がふえたことだろう。

 中学時代、鹿児島市内に転居したが、鹿児島から大学のある東京まで始発特急の席とりに家族は徹夜して並んだものだった。航路が発達してなかった時代である。ぼくは、席とりは一回で懲りて鈍行乗り継ぎをはじめた。人生は各駅乗り継ぎというより、故郷を捨て急行でここまできて逃げ切り態勢にはいっている感じがする。生き方にどこか後ろめたさが付きまとって離れないのは、故郷を背にしたせいかもしれない。

 ぼくが物心ついてわずか60余年、かくも日本は分解し変貌した。成長神話も20年前に消滅して、若い世代は不況のなかで成長した。親よりも子の世代が豊かになれるという暗黙の約束や理解や意識はもうとっくになくなった。それは日本だけでなく世界の先進国に共通に見られる現象らしい。フランスの歴史人口学・家族人類学者のエマニエル・トッドは指摘する「西欧の民主主義は停滞し、世界の模範例ではなくなった。アメリカの地位も低下しつつある。中国の成長が世界のモデルになったら・・・」(毎日新聞1月13日)

 ぼくはこっちの方面も弱いのだが、論壇には、資本主義や民主主義や自由貿易の限界説も散見されるようになった、という。しかし、根が狩猟民族の欧米と農耕定着民族とをそのような主義や制度の鋳型にはめるのは土台無理な話である。日本は明治以来、欧米の鋳型に窮屈にも体を合わせようとしてきた。その中で独自の生き残り算段もして、理想的な平等分配の民主社会主義国家となった。農耕民族の知恵が働いていたわけである。

 91年ソ連邦が崩壊した際、ゴルバチョフは「これで社会主義は終わりましたね」と言われた。「いや、まだ日本が残っている」と答えた。日本人の7割8割が中間層意識をもっていた。自民党による平等分配のおかげである。平和で豊かな夢のような時代に、ぼくら高齢世代は壮年期をすごして逃げ切ろうとしている。民主主義は現役横世代の連絡調整には機能するが、未来世代という縦の世代には責任をはたそうとしない欠点がある。

 平等な分配は農耕社会を穏健に保つための仕組みだったと思う。ところが、いまの日本には、同世代間の格差が顕著である。ご存じのように大学生の内定率もきわめて悪化している。階層社会化どころか、あるいはすでに階級社会にまで進んでいる。やはり、信奉してきた制度が限界に近づいているのかもしてない。だから先述のトッドさんは中国の急成長を心配する。日本は、政治は一党独裁で経済は自由競争・資本主義になる恐れはないか。

 『限界集落』(曽根英二/日本経済新聞社)という本がある。著者は山陽放送のアナウンサーから記者に転じた人。3年かけて集落に密着し取材を重ねた。老夫婦が米づくりを断念する。「もう自分らでは作りません。人に作ってもらいます。米? 買いますよ」。コメづくり農家もコメを買わねばならない日本。限界集落は全国7878カ所。うち423カ所が10年以内に消滅する。ここには無人駅と同種の切なさがある。
スポンサーサイト

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://penmori2007.blog108.fc2.com/tb.php/309-4bf9a1a8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

瀬下先生

Author:瀬下先生
FC2ブログへようこそ!





最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する