ペン森通信
若者よ、時代小説も読んでくれ
 ペン森で時代小説が話題になったのは10年前の司馬遼太郎『竜馬がゆく』とその1年後の7期生時、同じく司馬遼の『坂の上の雲』くらいのものだ。ESの好きな本欄に山本周五郎の『ながい坂』をあげた女子がいて、驚いた記憶があるが、いまの若いひとは時代小説のおもしろさを知らないのが、気の毒である。時代小説と歴史小説は厳密には区別しなければならないが、ここでは歴史小説も時代小説にひっくるめて話をすすめよう。

 ぼくは中学生のころ、蓄膿症を手術して入院した。そのとき吉川英治の『宮本武蔵』を読みとおした。武蔵は実在の人物だが、吉川によって求道的な武蔵像のイメージが固定した。大仏次郎の忠臣蔵『赤穂浪士』もそのとき読んだ。浪人、堀田隼人は討ち入りが成就すればなにかが変わる、と期待するが、結局なにも変わらず、武士道は衰退するだけであった。いまの時代とどこか通じるね。NHK大河ドラマで長谷川一夫が大石内蔵助を演じ、視聴率30%以上を記録したのは、だいぶあとだった。

 大仏次郎の京都を舞台にした幕末活劇フィクション、勤皇の志士鞍馬天狗と杉作少年大活躍の勧善懲悪『鞍馬天狗』は大学生のころだっただろうか。新聞記者になってから夢中になったのは山本周五郎だった。周五郎はたいていの初老男性が青春時代、熱病にかかったみたいに読みふけった。『柳橋物語』『むかしも今も』『大炊介始末』『雨あがる』『樅の木は残った』『赤ひげ診療譚』『ちゃん』『ながい坂』などの作品は周五郎ファンならまず読了しているだろう。『樅の木は残った』を読んだ吉永小百合の読後感は「私は濡れました」。

 その『樅の木は残った』は、幕府による仙台伊達藩の陰謀に立ち向かう家老、原田甲斐を悪人から善人へ大転換に変化させた小説である。このような陰謀と策謀渦巻く時代小説は、ぼくなら松本清張『かげろう絵図』をもって嚆矢とする。徳川13代将軍の跡目をめぐる清張得意の推理小説だが、陰謀の震源は江戸城大奥。これは一読すると必ずはまる。清張は調査力と独創力とがあいまって幅広いが、同様な調査力なら吉村昭はその上をいく。吉村の『大黒屋光太夫』は井上靖の『おろしや国酔夢譚』と同じ素材。井上は香気ある先輩記者でお宅に伺ったこともあるが、ぼくはドキュメンタリータッチの吉村のほうが好み。

 あと作家でいえば、藤沢周平、池波正太郎、山田風太郎ははずせない。山田風太郎の『魔界転生』は柳生十兵衛や荒木又右衛門や宮本武蔵など剣豪のトーナメント試合という奇抜なアイデアにうなってしまう。池波は『鬼平犯科帳』『藤枝梅安』を勧めるひともいるだろうが、ぼくは断然『剣客商売』だ。主人公の天才老剣士、秋山小兵衛の59歳から75歳までを描くが、小兵衛は息子大治郎よりも若い40歳も年の離れたおはると再婚しかわいがる。中高年読者に『剣客商売』ファンが多いのは、小兵衛がうらやましいからだ。

 藤沢周平は『蝉しぐれ』が傑作として名高いが、短編もあきさせない。『ただ一撃』は闘争本能を蘇生させるために息子の嫁と交わる老武士の話だが、老人の性を扱った秀作。内面描写の文章がすごい。(『ぼくらが惚れた時代小説 山本一力/縄田一男/児玉清 朝日新書)を参考にしました。
スポンサーサイト

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://penmori2007.blog108.fc2.com/tb.php/269-510ba839
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

瀬下先生

Author:瀬下先生
FC2ブログへようこそ!





最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する