ペン森通信
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最小不幸と最大幸福
 飲み仲間の先輩記者は、引っ越し魔だと思われている。6,7年に1回、移転する。だが断じて、引っ越し魔ではない。「うちのカミさんは掃除が大っきらいなの。うちの中にごみがたまって汚くなると、家ごと変わろう、と。それを繰り返しているわけ」。先輩は決してきれい好きではないが、妻の奇癖に結婚してから気づき、さぞ驚いたことだろう。今度、結婚して7回目の移転をする、と言っていた。「奥さんに掃除しろ、と言えばいいじゃない」「そんなこと言えるかよ。相手はおれのあの怖いカミさんなんだぜ」

 先輩の3回目か4回目の家は横浜の新築マンションだった。上海ガニが中国から生きたまま届いたというので、それを肴に飲むことになった。奥さんが大釜でゆがいていると、ふたを押しのけてカニがわらわらと出てきて、座敷を右往左往しはじめた。必死の逃亡だから、けっこう動きが素早かった。飲み助の男たちが、四つんばいになって捕まえ、ふたたび熱湯たぎる釜にいれ、ふたを固定して、すぐカニは死滅した。残酷な肴のできあがり。甲羅を剥いで、足をもぎ、バリバリと解体して、小さな身を口にいれた。

 たぶん、酢をつけて食べたと思う。若くして亡くなったぼくの母親は、カニと伊勢エビに夢中だった。カニは南九州だったから、タラバや花咲や毛ガニが手に入ったわけではないし、その記憶もない。それは母親の食い物好きの女性らしい夢や憧れだったのではなかったのだろうか。どこから入手したのか、伊勢エビは、よく味わった自然のうなぎほどではないが、身がみっしりと詰まっていたのを食べた思い出がある。身をむしって口にするよりも、ぼくはみそ汁でカニも伊勢エビもいただきたい、といまも考えている。

 なぜなら、みそ汁で一杯というのが、ぼくはたまらないのだ。カニや伊勢エビに豆腐とネギを入れる。もう昼間から飲みたくなるじゃないの。しかしね、土産に高価なふぐの厚い半身を何枚ももらって帰宅したことがあった。細君が翌朝、みそ汁の具にして食卓にだしてきた。「お、お、ふぐだぜ、これは」「そんなこと、知らないもん。煮ればいいんでしょ」。煮ても淡白な味の白身だったが、ふぐは刺身にかぎるよ。と、思うのは固定観念か、
ふぐのみそ汁なんて新メニューがあってもおかしくはない、と柔軟に発想するか。

 さて、参院選がはじまった。菅直人総理は「最小不幸社会」の実現を唱えた。上海カニ、伊勢エビ、ふぐで酒を飲む。年に1,2回旅先でそれが実現できれば、ぼくにとっての「最大幸福」だ。「最小不幸」って、どういう意味?年収300万円そこそこのぼくが、上海カニ、伊勢エビ、ふぐで飲むのは、最早はるかな夢である。でもこれをもって最小不幸、とはいえまい。最大か最小か、幸福か不幸か、その区切りはあるのだろうか。カネだけの問題ではなく、人間関係や健康や年齢、他人との相対化も関係してくる。

 71歳のぼくは、ペン森で若いひとに囲まれている。これは最大幸福だ。無償持ち出しだが、悔やんだことがない。先輩記者は引っ越す前は最小不幸、新しい家に引っ越したとたん最大幸福に転じるらしいよ。
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