ペン森通信
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猫とブタキンは食べたが、犬はない
 近所の川べりの狭い遊歩道を歩いていると、世の中にはなんと犬好きが多いのだろうと驚く。朝、駅へ行く途中の公園では小型犬に衣装を着せたおばさんたちが数人、いつも雑談をしている。犬の体を赤いチョッキみたいなもので巻いて保護しているつもりだろうが、犬は毛皮をまとっているから、それだけで暑いだろうに。だが、犬が気の毒だ、とは思わない。ぼくは大体、犬を避けて通るが、親しげにじゃれてくる犬は蹴飛ばしたくなる。小学低学年のころ寝そべった犬をまたいだら、突然ふくらはぎを噛まれた。それ以来、犬は大嫌いだ。むしろ、うらんでいる。

 犬公方綱吉の「生類哀れみの令」の時世であれば、ぼくなんか息をひそめていなければ生きられない。国民新党の亀井さんは死刑廃止論者だが、綱吉の時代だったら死刑になっていたはずだ。東大生のころ5月祭だかで、犬を食べたからね。犬を食料にする中国人なんかまとめて死屍累々たるものになる。聞くところによると、赤毛の犬の肉がおいしいらしい。ぼくの旅仲間の女子は中国のいなかで、犬汁のお代わりまでして美味美味だと絶賛したそうだ。「この犬肉は買ってきたのですか」「いや、きのうそのへんを歩いていたのがいたろ。それをさばいたのだよ」

 東京に近い港町で「帰省したら町から犬が消えていたんですよ。うちの隣の犬も忽然といなりました。船を洗浄する中国人労働者が食べたのでは、という話です」とペン森女子が騒いでいた。ぼくは見晴らしのいいホテルの部屋をとって、一泊で見にいった。まずそば屋のおばさんから聴取。「この町は犬を見かけませんね」「おやそう、多いよ。町はずれにいくと飼い犬が野犬化して夜などあぶないですよ」。単に野犬化して見かけなくなっただけの話のようだった。ホテルの窓からは夕方、散歩をさせているひとがいたし、噂とか風聞の類だったのだろうが、これも中国人が犬を食するという異文化の浸透による。

 ぼくは犬を食べたことはないが、猫は食べたことがある。50年前の学生時代、大学への通学路にまだ、バラック建ての飲み屋が建ち並んでいた。新宿西口商店街はずいぶん小ぎれいになったが、池袋西口には長い間、それこそゴールデン街を小汚くしたような飲み屋が軒を連ねていたのである。ぼくはそこでよく飲んだ。焼き鳥でハイボールを飲んでいたら、肉が硬くて飲み込めない。店の土間をみると、猫の皮だけの死骸があった。ブタキンというのも食べた。ブタのきんたまである。丸いのを小さく刻んで出され、酢醤油で食べるとこりこりとあまり味はなかった。

 秋田の比内地鶏で有名な比内地方は、マタギ猟師の里である。ここのマタギたちは犬の生皮を外側に毛のほうを内側にした自家製の防寒コートを愛用していた。「これを着てると、犬が怖がって近よらん」。そのコートを地元の商店で売っていた。あれを買っていれば、いまや犬のほうからぼくを避けたのに、心残りである。

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