ペン森通信
新書礼賛ブックガイド
 電車とベッドがぼくの読書空間だから、重厚な単行本はあまり向いてない。中身が厚く濃いのはベッドでも電車でも眠気を誘うから、困る。高い評価を受け、これが新書ではもったいないとまで言われた内田樹著『日本辺境論』(新潮新書)も、どこか居住まいを正して読まねばならないような碩学の書だ。多彩な引用にはかつて耳目にした本や人物が登場するが、その中身まで記憶にないから、そこでつい立ち止まってしまう。日本辺境論とは、要するに世界に中心をもたねば安心できない日本人論、であるが、読了まで時間がかかった。けっこう難儀した新書だった。以下は、最近読んだ新書について。

 いま電車で開いているのは『関ヶ原 島津退き口―敵中突破300里』(学研新書)。ぼくは薩摩人だし、関ヶ原における島津の奇矯な行動は司馬遼太郎の著書で知ってから、多大の関心事だった。書き出しに記された「もう15年以上前の夏、私はいわゆる『島津の退き口』のルートを実地に踏破するという貴重な体験をした」という2行に引かれて購入した。実地に踏破という表現に、信頼性を感じたのである。島津は関ヶ原合戦の最中、三成軍に属しながら、家康、三成のどちらにも与せず戦場に居座り、一気に脱出を図る。

 その一部始終がつぶさに記述してある。あくまでも多くの史料に則して展開してあるので、物語を盛り立てる装飾的サービスは少ない。ドキドキハラハラ感にはやや間遠なところがあるものの、歴史の裏づけはきっちりとしていて、事実の意外性だけでも血湧き肉躍る。歴史好きにはたまらない1冊だろう。歴史好きならずとも、初めて知ったという内容が満載で、目から鱗の新書が『大名行列の秘密』(NHK出版 生活人新書)だ。これは歴史を固定した藩や藩主とその周囲の確執ではなく、移動としての藩主とその行列に光を当てたところにぼくは脱帽した。歴史の移動場面だけに絞った名著である。

 脱帽せざるをえないという読後感をもったのは、『天才 勝新太郎』(文春新書)であった。その帯にいう。「巨匠・黒澤との決裂の真相――新たなる“勝新伝説”の誕生『俺は座頭市だ』」。勝と黒澤の対立は、大きく言えば芝居観というか撮影観の隔たりによるものだが、黒澤が『影武者』を演じる勝に対して「降りてもらいます」と宣告するまでのいきさつが詳述してある。もちろん主たる内容は、俳優・勝新太郎物語である。わがまま身勝手な天才ぶりが、エピソードをまぶして描写してあり、いかにも勝は座頭市になりきっていた。ぼくは汗がむんむんする勝座頭市のほうが、金髪朱鞘の北野座頭市よりもリアルで好きだ。毎週4本DVDを借りているが、勝座頭市はいままで2,3本しかない。残念。

 最後に野中広務・辛淑玉対談『差別と日本人』は、辛淑玉のインタビューが秀逸で、内容からして全員に一読を勧めたい。『日本辺境論』と同じく、鋭く身につまされる日本人論だ。まったく別の話だが、ぼくは『島津の退き口』にあった「ルートを実地に踏破した」というくだりに平手打ちをくらったように硬直した。宮脇俊三著『最長片道切符の旅』のルートをなぞる旅をしないまま、同行を申し出てきた女子もいたのに、ただ月日がすぎていくからである。このことに気づいただけでも、ぼくにとっては新書さまさまなのだ。

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