ペン森通信
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ぼくが六本木族だったころ
すこしまえ、週刊文春の鈴木洋嗣編集長がひょっこりペン森に顔をだした。雑談をしているうち「ミッドタウンに行きましたか」ときいてきた。「行ってないねえ」「だめですよ。新しいものは見るようにしなければ」「うん、年齢が重なるとどんどん出不精になるなあ」
 ミッドタウンは旧防衛庁跡にできた。この軟弱なぼくだけど、防衛庁担当記者だった時代がある。政治部の岸井成格くんと組んで、社会部のぼくは陸海空の幕僚監部を主に回った。朝日の社会部はいまは定年でリタイアした軍事ジャーナリストの田岡俊治氏だった。田岡氏は自衛隊幹部よりも軍事情報に詳しく、ぼくは九州でもいっしょだったこともあって仲良しだったが、専門記者としてかなり才能の格差があった。向こうは超上級、こちらは超下級。
 かれは興奮すると内面の高揚が歩幅にあらわれ、通常よりも10センチちかく歩幅が広くなった。歩くスピードも速くなる。それによって、かれが特ダネを仕入れたことは察知できたが、深夜まで背広組の内局や幕僚監部をさぐってもわからず、抜かれた。あれほど優秀な記者にぼくはまず出会ったことがない。
 かれとは飲んだり、昼めしをいっしょに食べた記憶もないが、内局広報マンや他社記者とはよく六本木に出かけた。現在も大事なひとと食事をする香妃園はそのときおぼえた。とり煮込みそばは相変わらず絶品だ。
 防衛庁担当以前も飲みエリアのひとつが六本木だった。現にかの吉永小百合嬢と差しつ差されつしている写真がぼくの机に飾ってある。鳥越俊太郎くんと行ったのは交差点ちかくのビル内のバー。あんなにうろついた六本木だが、六本木交差点を挟んで香妃園と反対側のヒルズには1回しか行ったことがない。古い取材体験をたどれば、そのあたりは木造家屋が密集した地域だった。それが変貌に次ぐ変貌を遂げホリエモンという新種の人間の在所となった。
 ぼくは六本木ヒルズにも東京ミッドタウンにも興味がない。あすで大学の前期授業が終了して、教員たるぼくはペン森専念となるが、この期間は出不精解除の季節でもある。教え子鈴木編集長の師思いとは反対に、みどりこぼれる田舎を旅したい。やはりぼくは国有林のなかで生を受けたせいか、根っからの山林田園じじいらしい。
 もはや、新聞記者でも週刊誌編集者でもないから、新しいものを吸収して、そこからえたものを発信する必要もないのである。だいたいいま、ペン森の外へ飲みにいく気も起こらないし、金もない。飲み屋に行く気がしないのは退化現象だろうか、とふと思う。
 
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【2007/07/26 17:10】 | # [ 編集]


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