ペン森通信
ふたり旅はぬるめの温泉
 池内紀というドイツ文学者がいる。東大教授にしておくにはまことに惜しい、といわしめたほどの温泉・銭湯マニアである。教授時代も鞄のなかに入浴セットを入れ、銭湯を見かけると飛び込んだらしい。ヨーロッパや日本各地をめぐる紀行文も多い。温泉紀行文は山口瞳、嵐山光三郎と名だたる文筆家がいる。それぞれうんちくを生かした名文なのに、熱いか適温か低いかの温泉の温度にあまり触れてないところがぼくは不満である。

 このブログで前々回書いたが、ぼくは絶対的なぬるま湯派だ。いつも背負っているリュックに100円ショップで買ったタオルを入れて持ち歩いて、東京の銭湯に入り尽くす予定だったが、女湯はわたしが入って様子を報告しましょうと申し入れてきた風呂好きの女子によると、東京の銭湯は熱いという。これですっかりぼくはびびってしまった。東京の銭湯880を制覇するなんて無謀な計画だった。前々回の宣言は急いで撤回だ。

 こんなに簡単に撤回してもだれからも文句をつけられないのがありがたい。民主党はしがらみはないといいながら、自分のマニフェストというしがらみにほとほと弱っているのではあるまいか。野党当時の政権公約だから、そんなにしゃかりきに錦の御旗をふりかざすことはないと思うがね。民主党にはあそびがないから、息がつまる感じがする。自民党のぬるま湯体質はひどかったが、民主党の熱湯湯体質にもすこし加水が必要では。

 ところがぼくは源泉掛け流しの温泉が好みで、パンフや案内に加水なんて添えてあると敬遠しがちである。もちろん循環湯なんてはっきり拒否する。銭湯は別だが。ぼくがよく利用する伊豆の温泉付きコテージは源泉のままだと熱いが、夜源泉を湯船にためたままにしておくと、朝ちょうどよい温度になっていて快適だ。夜は自分でちょっと加水して入り、主にシャワーを浴びて体に塗りたくったボディシャンプーを洗い流す。

 そういう自由がきくのも貸し切りのコテージだからであって、客でてんこ盛りの温泉旅館大浴場ではそうはいかない。だからぼくは温泉に行ってもシャワーだけですますということが少なくなかった。長野の野沢温泉なんて湯船からこぼれた湯に足を触れただけで悲鳴ものだった。体も乾いた元のままでパンツをはくありさまだったのだ。切なかったねえ。

 それでもぼくは温泉好きでね、誘ってくれるひとがいてしばしば秘湯に出かける。ぼくは宮崎県の国有林の中で産まれたので、奥深い山の秘湯は母親の胎内を無意識のうちにも想起させるのかもしれない。車を運転してひとりたどり着き、部屋で木々を渡る山の風の音を聴いていると、泣きたくなるほどわびしい。ひとり旅は精神に悪いね。ふたり旅がいいというのが年老いたぼくの心境。気のあったひととぬるい貸し切り風呂に入りながら酒を飲む、この贅沢を1回くらいやってみたい。ふたり旅の相手をさがしているぜ。
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