ペン森通信
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混浴でなくても銭湯制覇だぞ
100円ショップが好きで休日は近くの店を必ずのぞく。散歩の途中にも1軒ある。多摩センターの目的地にはどでかいのがある。明日あさっての土日にはフェイスタオルとバスタオルを買おうと思う。フェイスタオルにはけっこう良質なものがあって、これはペン森の手ふきとトイレに毎日自宅で洗濯して使っている。バスタオルは薄手で吸湿性がありそうだが、まだ使用してはいない。タオル購入は東京の銭湯めぐりをして制覇したいからだ。

 学生当時、ぼくは世田谷経堂の親戚のうちに下宿していた。そのころ1960年前後はアパートに1人住まいなんて学生はあまりいなかった。賄い付きの下宿住まいが多かった。風呂は銭湯に通うのが普通だった。南こうせつとかぐや姫の名曲神田川は「赤い手拭い マフラーにして 二人で行った 横丁の風呂屋・・・」と歌うが、時代は1973年とぼくの学生時代より10年以上あと。その風呂屋のモデルは西早稲田にあった「安兵衛湯」という。

 「安兵衛湯」も平成2年に廃業した。銭湯は日本の公衆浴場であるが、戦後の高度成長につれ風呂付きの住宅が一般化して、みるみる廃れていった。それでも05年には全国に5267軒あった。全国最多の大阪で現在1000軒程度存在するから、東京にもまだかなり残っている。これを全制覇するのはそうとう根気を要するが、ひまができたらぼくは挑戦してみようともくろんでいる。遠方の温泉にいくより安上がりだ。旅情はないがね。

 でもひとつだけ、弱ったことがある。ぼくはぬるい湯の愛好家なんだ。うちの風呂では39度が適温だから、42度がちょうどいいという妻とはだいぶ格差がある。ぼくは帰宅してからだいたい11時すぎに入浴するが、入浴とは名ばかり年半分はシャワーですましている。江戸っ子は熱い湯にアチチとうなりながら入ったらしいね。東京の銭湯はいまでも熱いのではあるまいか。銀座には2軒銭湯があるが、そのひとつ金春湯は43度だよ。ヒ~。

 ぼくは柔肌でね、強い温泉に弱い。青森八甲田山麓の酸ヶ湯は混浴で知られるが、混浴につられて入ったら、女性はしなびたばあさんばかりだった。ぼくは強い湯に柔肌が炎症を起こして1週間苦しんだ。熱いのにも効用ある湯にもからっきしなのである。酸ヶ湯だけでなく、東北にはまだ混浴が残っている。銭湯も江戸時代までは混浴で、老若男女がいっしょにはいっていた。もっとも入口小さく湯気がもうもうと薄暗くてよく見えなかったらしいよ。

 男女別々になったのは明治に入ってから。欧米人があまりに問題にするものだから、せっかくの日本的な美風もあえなくチェンジとなった。入口に近い脱衣所に番台があって、そこにおばさんやらおじさんやらが座って料金をとっていた。ぼくは洗濯が面倒なものだから、冬は前後左右にはいたパンツをひもで結わえてひきずって、途中でひもごと落として捨てていた。真冬は神田川と同じく「洗い髪が 芯まで冷えて」さ、10分後下宿に帰り着くと髪が凍っていたのだ。ほろ苦くなつかしい長髪のころ。
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