ペン森通信
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規格人間が規格外になるには
 草食系が多くなったという評判は、人間が小粒になったとか、小市民的タイプが益々多くなったとか、破天荒な者がいくなったとか、世間で評される現代の若者論に共通するものだろう。かくいう古老のぼくも昔は一時、肉食系だったような気がするが、いまや、草食うひとになったね。草食もゾウ系からウサギ系まで幅広いが、ぼくは馬にもとどかぬシカ系ぐらいかしら。

 最近、形のいびつな規格外野菜がよく話題になっているが、規格外の人間も少なくなったね。マスコミも企業も規格からはみ出した、野心に富む型はずれの人間を許容しない雰囲気があるね。社会全体がどんどん窮屈になってきた。母親はうるさいし、日常、息がつまるような思いをしている子どもも少なくないんじゃないの。もうすこし、のんびりゆったり自由にいかないものかね。

 ぼくは警察庁を担当していたころ、とばく事件を取材していてそれを防ぐ法律はないのか、と迫ったら課長に指摘された。課長と言っても、県警本部へ異動すれば本部長の椅子に座れる警視長の位にあるキャリアだ。「あんまりせっつかないでくださいよ。そう攻められると私らは法律をつくらねばなりません。結局は、それが市民を息苦しくさせ、首を絞めることにもなるんですよ」。ぼくは頭をさげて引き下がった。メディアが小さな非を大仰にあげつらって問題にすると、市民生活に束縛として跳ね返ってくる。

 そのキャリアは官僚としては型破りだったかもしれない。官僚はおおむね、融通がきかない規格品そのものの場合がほとんどだ。規格をはずれるケースは前例がないからやらない。規格からはみだした人間は日本では出世できないのである。農耕定着民族の尾をもつ日本で、ゆとり教育ははみだし人間を生産することによって国際社会の競争に勝とうとする試みだと思っていたが、学力低下によって失敗のらく印を押され、元の木阿弥となった。

 つまりは学力という規格価値によって、失敗とされた。企業の採用も規格価値で合否が決まる傾向にあり、とくに新聞では第一次面接で規格外人間も評価されるものの、二次、三次、最終面接と段階を経るにしたがい、無難な規格品が残るようになる。規格人間はなんといっても安心安全だからだ。他の企業よりもはみだしタイプの多い新聞だが、一次面接では角あるタイプを通過させても、上の面接に進むにつれ角がとれ、丸い人間が採用されがちである。これで、最近の記者は規格品ばかりだと嘆いても自業自得だよ。

 たとえていえば、肉食系は規格外で、草食系は規格品に振り分けられるかもしれない。そうすると草食系のぼくは、トヨタ車のように大量生産の安全安心の規格品ということになる。でも肉食の規格外に変貌するのは簡単。酒を飲めばいいのさ。
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