ペン森通信
飲んだ、旅した、だけですぎてゆく!
 新聞社の同期だった友人から47年間の社会人生活を“卒業”した、というはがきが届いた。卒業をちょんちょんひっかけ“”でくくるなど、まことにセンスがないが、かれは、英語を巻き舌でしゃべり、口を○に書くような記者独特の崩し字とは縁遠く、由緒正しい楷書体が見事だった。庭に咲く桜も贅沢にして見事だった。それを見て飲んだ。

 ぼくの名前をファーストネームで呼ぶ唯一の友人だが、福岡の出でぼくと同じ九州人として親しかった。光という名前で、その名のとおり、かなり前頭部が後退していて、仲間うちでは陰で「ぴか」と呼んでいた。東京から大阪に転勤になるとき、「ひかりは西へ」と新幹線にひっかけて挨拶した。楷書みたいにおもしろみのない男にしては、笑わせた。

 かれは33年間の記者生活のあと、電子投票を開発する仕事に就き、広告会社の顧問を経て、退役した。はがきには楷書の手書きで「あっという間の47年間でした。多謝〃〃です」とあった。あまり過去に関心のないぼくも、わが来し方と思わず向き合ってしまった。スタンダールの墓碑銘は「生きた、書いた、愛した」だが、さて自分は簡潔にどう表現できるのだろうか。生きたことだけは間違いないが、存在感ある生き方をしたか。

 宮本常一の『忘れられた日本人』は、文藝春秋7月号の名著講義の題材になっているが、このなかで盲目の元馬喰(ばくろう)が語る色ざんげ「土佐源氏」の生き方がまた血のしたたるように実感的。「ああ、目の見えぬ三十年は長うもあり、みじこうもあった。かまうた女のことを思い出してのう。どの女もみなやさしいええ女じゃった」。かまうた女がみなやさしいええ女じゃった、と振り返るよき時代の自由な陽気な性。

 名著講義は藤原正彦お茶大名誉教授のゼミだから、ゼミ生は全員女子大生。通りあわせに声をかけて相手が受け答えをすれば気のある証拠で夜になれば押しかけて行けばよい、こばむもんではありません、という「夜這い」にも度肝を抜かれるが、昔の人々は慎み深かったと信じていた学生は「土佐源氏」は作り話では、と疑う。一方で「どんな女でもやさしくすればみんなゆるすもんぞな」という言葉に半ば共感する。しかし真に受けちゃいかん。現代では訴えられ、逮捕されるぜ。

 盲目の馬喰の述懐。「わしは八十何年何もしておらん。人をだますことと、おなごをかまうことですぎてしもうた」。おなご以外は、ぴかやぼくにも共通するかもなあ。70余年、ぼくはなにもしておらん。ただ、飲んだ、旅した、だけですぎてゆく。せめてこれから、おなごにやさしくせねば。ね、ご同輩。
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