ペン森通信
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菅家さん釈放が問いかけるもの
 足利事件で釈放された菅家利和さんは、優しそうないい顔をしている。きょう5日の朝日朝刊に佐藤博史弁護士の写真が載ってなかったのは残念。テレビや他紙でみると、このひとも人間味のあるいい顔をしているね。菅谷さんが釈放されたとき、そのわきで根っからうれしそうに笑い、歯磨きの宣伝みたいな白い丈夫そうな歯を全開していた。

 菅家さんの無実はDNA鑑定で明らかになったが、これから宇都宮地裁で再審が行なわれる。宇都宮地裁はこの事件の一審裁判所だが、これまでの再審請求でも再鑑定を実施せず請求を棄却していた。再審がはじまったら、宇都宮地裁は裁判所として怠慢、無責任、誤審について、謝罪すべきだろう。とんでもない裁判所なのだ。そのことを自覚しているだろうか。

 もちろん、菅家さんも強くいっているように検察、警察の罪も問われねばならない。これまた「自白の強要」事件である。菅家さんは、警察による取り調べは髪の毛を引っ張る、蹴飛ばすなど拷問に近かったという。戦前の刑事訴訟法では自白が絶対的証拠とされ、そのため、拷問や脅迫による自白強要が横行し、作為的に罪が生み出された。

 昭和24(1949)年、新刑事訴訟法が施行され、自白証拠主義が物的証拠主義に変わるが、警察の体質は改められることなく、鹿児島の志布志事件など江戸時代みたいな取り調べが現代に残っている。見込み捜査、自白強要、物的証拠の無視やねつ造・偽造・隠滅、代用監獄(留置場)問題、社会的弱者に対する犯人仕立て、ずさん捜査・・・これらによって、冤罪がつくられ、起訴後に真犯人が現れた事件も多い。

 菅家さんの刑は無期懲役であったが、死刑確定したあと再審によって無罪となった冤罪事件が4件ある。免田事件、財田川事件、島田事件、松山事件である。逮捕から無罪になるまで、いちばん短い松山事件でも28年、あとの3件は34年前後と気の遠くなるような長さだ。1948に熊本県・人吉市で起こった祈祷師夫婦殺害、姉妹2人に重傷を追わせた免田事件は見込み捜査と別件逮捕、拷問自白、物的証拠廃棄があったのである。

 免田事件の免田栄さんは07年81歳のとき、パリで開かれた反死刑世界会議で死刑廃止を訴えるなど、活動をつづけるが、必ずしも地域住民にあたたかく溶け込んだわけではない、と人吉出身者から聞いた。なお疑う住民もいた。冤罪の恐ろしさである。これは警察の発表を鵜呑みにして報道してひとびとの意識を支配するメディアの罪である。裁判官も検察も警察も劣化しているが、ジャーナリズムの劣化もはげしい。社会が菅家さんをなんのわだかまりもなく迎え入れるよう、意を尽くすのもメディアの役割だろう。


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