ペン森通信
どうにも止まらない恋の季節
 それをはじめると夢中になってどうにも止められなくなるというものがある。七つ下がりの雨と40すぎの恋がそうだ、といわれたのは江戸時代。現代は夕立という現象は消えてなくなったようだが、ぼくたちが小学生のころは決まって夕方になると一天にわかにもくもくと入道雲がわいてきて、驟雨があって走って帰ったものだ。その途中、犬にふくらはぎをかまれたことをいま思いだした。

 40すぎの恋とは、べつの表現をすれば中年の恋。どうにも止まらないというより、自己抑制のコントロール不能に陥るらしい。最近、渡辺淳一の『欲情の作法』がよく売れているみたいだが、買うのが恥ずかしいのでまだ読んでない。これから読むかどうかもわからない。だいたい渡辺淳一の描く中年男性は欲情活発ながらどこか煮え切らないという特徴がある。『失楽園』なんてその典型じゃなかろうか。『欲情の作法』の内容はおおむね察しがつく。

 中年の恋は、むしろ人生の苦しさの代表として語られることが多い。加速するばかりでおよそブレーキのきかない恋愛状態になるからという。それは『失楽園』の中年編集者しかり。三島由紀夫は、恋愛は性欲の美的表現である、といった意味のことをいったが、男性心理的にはそれもしかりだろう。ガルシア・マルケスの長編『コレラの時代の愛』は、51年9カも相手に恋いこがれ、76歳を迎えた老男の物語だがここには欲情はほとんど感じさせない。76歳と72歳相手との性愛はあるがね。

 そこへいくと、韓国のキム・ギドク監督の映画『魚と寝る女』とか『弓』は、幻想的にエロティックだ。2つとも水が大きな役割をはたすが、とくに『弓』はじいさまが船上で共に暮らすようになった16歳の少女に夢中になる話である。この少女が詩的にこよなく美しく、それだけでぼくなんか眠れるロリータ感覚が目をさました。このじいさまは少女との結婚を生き甲斐に生活しているが、その心理がじつにやるせない。

 中年の恋よりもぼくは、はじめれば止まらなくなるゴルフのほうが理解できる。しかし、ゴルフも6,7年やってストップした。50歳になったとき、ぼくはゴルフをはじめた。たしかに一時、狂ったね。あれは一方向だけの肉体を使用する。ぼくはラウンドの終いのころになると、腰が痛くて歩くのもきつかった。止めてよかったと思うが、ゴルフ番組はいまでも好きで、今回のマスターズは早朝観戦しましたよ。48歳の苦労人、ケニー・ペリーに勝たせたかった。48歳、まさに中年の真っ盛り、恋の季節だね。かれは、恋とは縁遠そうな顔相だが。
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