ペン森通信
直江兼続を忘れまい
 最近、ほぼ毎日、なにかを忘れてうちを出る。一昨々日は鍵束、一昨日は大学の講座に他大学のファイルをもって行こうとして、往復2時間かけてペン森までとりにきた。きょうは自動車免許証の更新に町田まで行ったのだが、途中で更新免許証を自宅の机に置いたままだったことに気づいた。京王線で橋本に出て、JR横浜線で町田へ向かった。ところが本に夢中になっていて、町田を挟んで行ったり来たり。つまりは、下車する自分を忘れて、乗車したまま余計な時間を費やした。

 自分を忘れるほど夢中になった本は『軍師 直江兼続』(坂口安吾ほか 河出文庫)。戦国時代最強最大の軍師参謀だった人物を描くアンソロジーである。直江兼続はNHK大河ドラマになるというが、光のあて方やどこを切り取ってクローズアップするかで、兼続のイメージはずいぶん印象が異なるだろう。だいたいこの本でも筆者によって兼続像には開きがある。「秀吉や家康よりも、性格的にひどく無欲淡泊で、(略)120万石の大大名ぐらいには、いつでもなれる立場にいた。つまり、主人を倒してとって代わればすぐさま天下一,二の大大名になれる立場におり(略)」(坂口安吾)。

 一方、『謀将 直江兼続』の著作がある作家の南原幹雄は「器量、識見、才腕、気迫ともに当時一流であったから、野心もなみなみではなかったものとおもわれる」と。真逆は採用試験における面接と同じ。面接官によって180度評価が違う。同一人物でも、さあ選挙だ、と自民党が自信満々で選んだ麻生さんも、いまやいないほうがいいというくらいだからね。麻生さんも漢字にルビを振ってくれる兼続みたいな参謀がいればよかった。

 直江兼続という上杉の陪臣は秀吉から大大名なみに米沢藩30万石をもらうが、関ヶ原後120万石を30万石に減封された主君の上杉景勝にそっくり譲る。米沢藩はその後、さらに15万石の半知となるが、家臣団は6000人のままリストラせず窮乏をきわめる。そこへ登場したのが、九代藩主上杉鷹山であった。かのケネディーが尊敬する人物として挙げた、藩政改革の名君である。いまは鷹山のほうが景勝や兼続よりも有名かも。

 一昨年、ペン森生と米沢を訪れたが、文化センターでは半農半士の家の家並み模型や改革劇をめぐるビデオなど、鷹山一色であった。今度は大マスコミNHKの大河ドラマだから米沢は直江兼続一色に染まるにちがいない。三成と通じて関ヶ原のきっかけを演出し、家康に抗した希代のナンバー2のドラマは期待したい。このような大人物がいたことを忘れなかったNHkはえらい!

 あれま、町田からの帰り、新宿の小田急デパートで弁当を買っていったんリュックの中のものを出してから入れたら、いったん出した本『軍師 直江兼続』をそのまま置いて忘れてきちゃった。
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