ペン森通信
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学校に銃持ち込みOK
 アメリカ・テキサス州北部ハロルド学区では、校内で教師が銃を所持することを認めることになった、とニューズウイーク日本版の最新号が伝えている。つまり先生が腰に拳銃をさげて授業をしてもいいということ。銃社会アメリカは、やるねえ。アメリカ国内にはおおむね国民1人に1丁、2億2000万丁の銃があり、毎年銃による死者は約3万人にのぼる。これには殺人以外に暴発や自殺も含まれるが。

 毎年3万人超の自殺者を10年間もだしつづけてきた日本とアメリカとどっちが健全なのだろう。日本でアメリカ並みに銃所持を許容したら、自殺者や凶悪犯罪は残念ながら、もっと増えるにちがいない。アメリカで銃規制が進まないのは憲法修正第2条に「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、市民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない」と定めているからである。

 民兵とは武装市民のことで、独立戦争時、イギリス軍と戦ったのが正規軍ではなく、この武装市民であった。アメリカ独立の土台となった銃所持を認めないということになれば自己否定につながる。銃所持こそアメリカ建国の正統性につながるのである。それでなくても先住民のインディアンを銃で追い払って土地を奪った結果、アメリカの隆盛があるわけだから、その意味でも銃規制は自己否定に結びつく。

 大量破壊兵器を開発したから攻撃するというブッシュのイラク攻撃は、明らかに犯罪的な誤りだった。攻撃に踏み出した心理的背景には銃使用を許容するアメリカのゆがんだ伝統があるだろう。ブッシュは「あの男(フセイン)はぼくのパパを殺そうとしたんだぜ」とパパブッシュの湾岸戦争を引き合いにだして攻撃した。まるで西部劇である。なにしろ、ブッシュ・ドクトリンは、アメリカが危機と感じたら先制攻撃をすることができる、という勝手乱暴な宣言だった。

 ノーム・チョムスキーの著作によれば、アメリカの空爆は9・11のアルカイダ狩りのアフガニスタン攻撃(2001年)が戦後20回目。その後、イラク攻撃があった。アメリカは血も涙もない、ずいぶん暴力的な国といえよう。その暴力性は白人よりも有色人種に向かっている気がする。インディアンに理不尽な仕打ちをしたと同じように、アフガンでイラクで無辜の民を殺した。銃社会であればこそのひとの生命に対する鈍感さと無神経さがあるのではないか。オバマ候補の暗殺予測が杞憂に終わればいいが。

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