ペン森通信
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ぼくもラブレターを書いた
 反町Jも岡田Jもあと一押しの決め手を欠いて、日本サッカーチームはじつにもどかしいのお。反町Jは北京五輪初戦の対米国戦が夕食時にテレビ実況されたが、予想したとはいえ消化不良を起こしたひとも多かったろう。このすっきりしない、やるせないような心情はたとえば相手の気持ちがいまひとつはっきりしない恋愛感情に似ている。そこでひとは自分の心情を訴える手段に出る。

メール全盛の現在はどうなってるか知らないが、伝達方法が限られた以前はあと一押しの手紙作戦があった。ラブレター。はい、ぼくも学生時代、書きました。相手はやがて某局のアナウンサーになった楚々とした色白の美女。あまり口をきいたこともないサークル仲間。便箋13枚にびっしり書きつづったね。50年もまえだから、中身は1ミリも憶えてない。便箋の枚数だと返事がなかったので、つぎに絶交状を送ったことだけはしっかり記憶している。

 石坂洋次郎の青春小説『青い山脈』には男子高校生が「恋しい、恋しい」と書くところを「変しい、変しい」と書いたというラブレター事件が出てくる。ぼくも変な部類の学生だった。絶交状をもらった彼女はびっくりしただろう。ストーカーみたいに受け取ったにちがいない。キャンパスで遠くからぼくを見かけたら走って逃げたからね。苦い思い出。

 『世紀のラブレター』(梯久美子 新潮新書)には冒険家、植村直己がのちの公子夫人に宛てたラブレターも登場する。「(略)私のようなバカな人間は、とても公ちゃんに近づけるもので内ですが、私とて、人間にて、心を押えることができませんでした。俺のような悪人につかまったと、一生を棒にふってしまったとあきらめて下さい」(昭和49年3月17日。公子さんとはもう結婚を前提としていたが、決め台詞が「一生を棒に振ってください」とは、いいねえ。

 植村夫妻とは取材を通して知り合い、板橋のお宅にも何回か伺った。10年の結婚生活ののち公子さんが未亡人になってから共通の知人と3人で南九州や三河などよく旅をした。冒険家はゴキブリが苦手だったらしいよ。予想外だね。予想とちがう面があるから世の中も人間もおもしろい。反町Jも予想外にゴールしてくれい。
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