ペン森通信
ヘビ、ムカデを食べた青春
 この夏、盛岡の岩手県立美術館に飾られているニューギニア戦線密林戦闘場面の絵をできれば見に行きたい。太平洋戦争時、日本は前線基地ラバウルを維持するため、ニューギニアの確保を戦略上の至上命令としていた。このニューギニアをはじめ太平洋の島々で300万人近い日本兵という若者が食糧、装備の補給がなく、ほとんど自滅した。

 自滅というのは、具体的には病死や餓死である。熱帯のジャングルのなかで飢えた兵たちはなにを口にしたか。ヘビ、カエル、トカゲ、バッタ、ヒル、カタツムリ、ムカデ、毛虫、チョウチョウ、アリ、クモ、ミミズ・・・たいていのものは煮るか焼くか火を通すと、食べられた。仲間を撃って脚の肉を切り取って食用にした例もあったという。

 この戦線の生き残りの1人が昭和44年1月2日一般参賀の日、「ヤマザキ、天皇を撃て!」と叫びながら、昭和天皇にパチンコ球4個を放った奥崎謙三である。ヤマザキとは現地で倒れたかれの戦友、山崎一等兵のことだ。奥崎は本人を主役にしたドキュメンタリー映画『ゆきゆきて、神軍』でも知られる。単行本『ヤマザキ、天皇を撃て!』は自宅の本棚にあるはずだ。映画はビデオになっているのでTSUTAYAで借りられる。

 奥崎は荒々しく、いわば凶暴な性格の持ち主だが、天皇や国家や戦争に対する、その奥深い怨念と怒りに心情を寄せるひとも少なくなかった。それは60余年前の戦地で飢え死にした人たちへの鎮魂も兼ねた心情だろう。以上のようなニューギニア戦線のおぞましい事実は『地獄の日本兵 ニューギニア戦線の真相』(飯田進 新潮新書)にあますところなく記されている。

 もちろん戦闘もあって、それが岩手県立美術館の特大の絵になっているわけだが、いまわれわれは60余年前の地獄を忘れて、天国にいるような生活を享受している。自給率39%というのに廃棄が年1900万トンの矛盾。日本兵餓死は戦争の最高指揮をとった大本営の無策と無責任による。いままた日本の運営を託された政府の不正と腐敗、無策と無責任によって、日本は自滅の方向に進んでいる気がしてならない。若者よ怒りに点火せよ。
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