ペン森通信
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吉展ちゃん事件と狭山事件
吉展(よしのぶ)ちゃん事件のことは、聞いたことがあるだろう。戦後事件史に残る誘拐殺人事件である。この事件を題材にしたドキュメンタリーの傑作、本田靖春『誘拐』を再読した。読売記者だった本田靖春は、吉展ちゃん事件のあった下谷署管内を担当する警視庁第6方面を昭和33年から34年にかけて受けもったが、吉展ちゃん事件は1963(昭和38年)に発生し、2年後の65年に犯人、小原保が逮捕され解決した。かれは直接、取材したわけではない。

逮捕翌朝の65年7月5日NHKが放送した『ついに帰らなかった吉展ちゃん』は59%の高視聴率だったらしい。当時4歳の村越吉展ちゃんが誘拐され、遺体で見つかったこの事件の関心がいかに強かったかを物語るが当時、6方面と隣接する両国の本所署記者クラブにいたぼくは番組をみていない。その前の任地でぼくは、狭山事件関連の取材を少しした記憶がある。

狭山事件は埼玉県狭山市で発生した女子高生誘拐殺人事件である。吉展ちゃん事件で身代金を奪われながら、警察が犯人を取り逃がしてしまった1ヵ月後、40人も張り込みながらまたまた犯人を取り逃がしてしまう。警察の度重なる失態は厳しい世論の批判を浴び、警察庁長官が辞表を出す。焦った?警察は狙いをつけた被差別部落の石川一雄被告(当時24歳)を逮捕するが、これは冤罪ではないかという疑念がもたれたまま今日に至る。

狭山事件は差別と冤罪という暗い人間心理が介在し、現在にも問題を投げかけているが、1万3000人の容疑者を調べた吉展ちゃん事件はすでに過去のものとなった。犯人、小原保を自供に追い込んだ落としの職人、平塚八兵衛刑事の名を知っている記者も少ない。八兵衛が足で詰めていった事実をもって小原に迫るさまが迫真的に描かれている。本田靖春もまた、事実によって時代相まで浮かび上がらせる。その意味ではかれも職人だった。

「須釜小学校へは片道3キロに近い道のりで、子供の足には1時間かかった。まして、一雨来ると、粘土をこねたような山道である。通学は難儀であった。(中略)入梅の時季など、街道でさえ膝から下が埋まるのであった」と小原が生まれ育った福島県・石川町の山間部を描写する。『誘拐』は犯人の生い立ちに寄り添うようにしてやさしい目を向け、高度成長のはしりに現われた陰と闇を捉えるのである。

吉展ちゃん事件も狭山事件も表よりも裏に、より語りかけるものがある。ぼくも紀行ルポを書きたいという欲望があるが裏を見て、そこに真実や時代の真相が隠れていることを見逃さない目があるだろうか。神は細部に宿り給う、というが。
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