ペン森通信
目白御殿の木と目白三平の木
 吠える有名おばさん、田中真紀子国会議員が久しぶりに咆吼しはじめた。父親の角栄元総理が亡くなって約65億円の相続税が発生したが、真紀子さんは払いきれず旧目白御殿の敷地で物納した。その敷地はいま文京区が所有し、運動公園にするため樹木を切ることになった。
 木のいのちを切らないで、と訴える真紀子さんを見て、ぼくは古い流行作家の故中村武志さんを思い出した。中村さんは70代の当時、40代のぼくを「珍しいビデオを入手しました。見にきませんんか」などと
よく家にさそった。もちろん裏Hビデオである。中野だったか、阿佐ヶ谷だったか、その辺に住んでいた。道路から奥まった先にある亡き奥さんのお地蔵さんに手を合わせて抜けた2軒の家の左側の家が仕事場だった。
 右側の家が母屋になっていて、その仕事場はあとから母屋に接して建てたのである。最初そこに入ったとき、おおっとのけぞった。真ん中に大木が生えたまま、幹がすっくと屋根をつき抜けている。そのまわりにビールの空き缶がうずたかく、まるでごみ堆積場。
 大木は庭に55年生きていた椎の木。切るにしのびなく、その木を中心に囲んで屋根をふき、大木の幹が部屋の主人然として存在することになった。それほどいとおしんで大事にした木なのに、ビデオ鑑賞に下品な笑みをうかべつつ酒を飲んでいるうち、小便にいきたくなると、中村さんはいう。「その木の根っこにしなさいよ」
 中村さんは国鉄の社内報を編集していたが、サラリーマンの哀歓を描いた小説「目白三平」もので流行作家となった。ぼくが知りあったころ
はもう、『三等重役』など同じサラリーマンもので一世をふうびした源氏鶏太ブームも過去に去り、中村さんは間借人協会の会長としてときどき名前がでるくらいで、もう忘れられた作家だった。平成4年12月11日、83歳で死去した。
 独居のさびしさをまぎらわすために、ぼくをビデオと酒で釣ったのだろう。別名「目白三平」と愛されたいいひとだった。珍しい新着ビデオはだいたい同じものだったのには参ったが。真紀子さんが木を切るなと叫ぶのもわかるなあ。
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この記事に対するコメント

想像もできないようなスゴイ話ですね(笑)
【2007/06/29 21:53】 URL | らっし~ #- [ 編集]


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