ペン森通信
悶々とした若者よ、きみも必要だ
おととい2日の朝日新聞「私の視点」に「若者よ 自分に他人に社会に関心を」と中田武仁氏が呼びかけていた。中田という名前に既視感めいた感覚があったのだが、「私事だが、93年4月、カンボジアの和平に向けた選挙の監視団の『国連ボランティア(UNV)』に志願した当時25歳の息子は銃撃に遭い、現地の通訳の青年と共に命を落とした」というくだりでピンときた。

厚仁さんは商社マンの父親・武仁氏の赴任先ポーランドのアメリカン・スクールに通っていたときはいきいきと元気よかったが、帰国したら元気がなかった。それは日本の大学に進んでも変わらず、心配した父親はアメリカの大学への留学を勧める。アメリカで厚仁さんはすっかり活発さを取り戻す。

厚仁さんはそこで出会った先生の言葉に打たれ、志を高める。「あなたはなにかを求めてこの大学にやってきた。それは当然です。しかし、あなたがなにかを求めているのと同じように、大学もあなたになにかを求めている。あなたは必要とされる人であり、求められている人であることを忘れないでください」

自分もまたみんなと同じように必要とされ、求められている存在であることを強く意識するのである。国連ボランティアに志願した厚仁さんは最も危険な場所を希望し、車、徒歩、カヌーで村々を回って選挙の有用性を説く。ほとんど無人の地域でポルポト派に囲まれ、後頭部に銃を突きつけられて銃殺された。

武仁氏は、息子を亡くしてまもなく55歳で商社を辞め、息子の遺志を継ぎ、歩ランティア人生を歩きはじめる。訪れた国はアジア、アフリカなど50カ国。「愛の反対語は憎悪ではなく、無関心でいること」というマザー・テレサの言葉を引いて、「学校で、社会で、悶々とした思いを抱えている若いあなたにはぜひマザー・テレサの言葉を思い起こしてほしい」。

厚仁さんが殺された地には人が住むようになり新しく「アツヒト村」と名付けられた。「ナカタアツヒト小学校」も創設された。

この記事に対するコメント
火曜日
火曜の晩は先生の特ダネ話に感動し、帰りの電車の中で読んだI氏の講義用レジュメを読んでは心を揺さぶられました。
本当に良い話をたくさん聞かせてもらえる僕らは幸せ者です。
【2008/06/05 00:11】 URL | きむら #xfPwSHtM [ 編集]


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