ペン森通信
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人生は夢のようだった
土日の休みが待ち遠しくなった。2日間の休日だけではなかなか疲れがとれない感じもある。すべては老齢のせいだ。もうとっくに引退してもおかしくない年である。だいたい入塾してくる22期生は孫娘よりも年下だ。先々週14期生女子記者にご馳走になったが、「お孫さんはあのとき高校生でした?」と聞かれた。あのときというのは広島へ行って彼女にペン森卒業証書を手渡したときだ。高校生だったかなあと思案したが思い出せない。

孫が大学生になってからいっしょに旅をしたのは松本を経て飛騨高山と金沢をめぐったのと大震災に遭った南三陸へ向かったとき以外にない、と思う。どうも記憶はあいまいになっている。大学3年生まで旅をして、4年生時は実行しなかったから3年生時まであと1回はどこだったか。どうやらペン森生と行ったのと記憶がこんがらがっている。ペン森生と旅をしたのは長野県の小諸、上田だけだ。列車で行ったからもう車の免許はなかった。

70歳で車の免許は放棄した。大学の講師も延長がなかったので、これも自然消滅した。ペン森1本だけの生活になって7年がすぎ8年目に入ってきた。57歳で開設していま78歳。リハビリというかストレッチというか体の調節を週3回通いでやっているが、老化のスピードは予想以上に早い。今年の冬を越したらなんとか来年まではもちこえられそうだが、あまり自信はない。最近は焼酎のお湯割り3杯で千鳥足になってしまう。

少量のアルコール摂取で足元が不安定になる経験は10数年前の脳梗塞で倒れたとき以来だ。脳梗塞の再発かとおびえざるをえない。じゃ飲まなきゃいいのにと他人は思うかもしれないが、何十年も続けてきた習慣を突然止めるとかえって肉体の不調を招きそうでこれまた怖い。酒はほんとに弱くなった。すぐ酔ってしまう。最寄り駅から自宅まで徒歩で6,7分しかかからないが、毎日帰宅時タクシーを利用する。ワンメーター730円。

来年の誕生日を迎えることができれば79歳だ。だれでも60歳をすぎると自分の死について考えると言うが、ぼくもしばしば意識するようになった。賢者の辞世集を読むとほとんどが「夢のような人生だった」と振り返っている。ぼくはまだ死ぬわけにはいかない。
がんと闘っている家内を残して逝くことはできないのだ。加えて、来年春には旅の約束があるから、その実現を経てからでないと気持ちが落ち着かない。思い残すことがある。

 ぼくも総じて人生は夢のようだった、と振り返ることができると思う。このまま100歳まで生き長らえるとは思えない。21期生のかわゆい女子たちがおばさんになるまでは生きていないということだ。しかし、生きている間に民主主義が終わり世界の激変があるかもしれないし、それを見届けたい気もする。トランプの米国大統領がきっかけで各国が自国優先主義になり、あげくの果てに戦争がはじまる恐れもなしとしない。

 人間はだれしも生命を閉じる。そんな縁起の悪いことを、という声が聞こえてきそうだが、ひとの死はじきに忘れる。あの親しかった谷雅志が亡くなって4年たつがもはや谷がペン森に貢献したことすら忘却の彼方になりつつある。ぼくが消えてもペン森の卒業生の胸中では生き続けるだろう、と思いたい。

 






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締め切りのない心地よさ。
このところ2週間くらいブログの更新をさぼっている。締め切りに追われない状態がこんなにらくなものだとは、締め切り人生を歩んできたものにとってはじめて知った感覚だ。
ぼくは新聞記者が長いが、テレビ記者だと秒単位の世界だから、この味わいはもっと違うだろうと思う。トランプとか南スーダンとか高齢者の運転事故とか書く材料はいろいろあった。ぼくがごときが書かなくても、新聞やテレビで嫌と言うほど報じられているからそれでよしとしよう。来週は更新してもよいと考えるが、またさぼったらごめんなさいです。とは言ってもだれも期待してないか。




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