ペン森通信
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離脱してしまったと思っても遅い
EU残留か離脱かの結果についてはあまり深く考えもせず、漠然と残留組が多数を占めるだろうと思っていた。結果はご存じのとおり、離脱組が過半数を占めた。これにはイギリス人も内心驚愕しただろう。アベノミクスもびっくりだ。円安と株高で景気を浮上させようとする目論見は円高、株安と真逆の痛撃を浴び、参院選にひびかないだろうかと安倍自民党は固唾を飲んで見守っているだろう。どうも世界は右旋回をはじめたようだ。

ぼくはイギリスへは1回だけ行った。たしか1977年である。ずいぶん昔だが、社会部記者として「日本人って何だ」という連載企画でヨーロッパ編を担当したときだった。ロンドンの街かどでドイツのボン特派員とばったり出会った。先進国首脳会議がロンドンで開かれていて、かれも取材にきていたのである。ぼくは首脳会議の記者席をちょっとのぞいて宿探しにまた街へ出た。そのころは英語ができたので公衆電話を探し予約した。

宿は寝室は個室であったが、バス室はシャワーのみでしかも共同使用。安っぽい若者宿みたいな雰囲気で、宿泊者も若者ばかりだった。ぼく好みの宿ではあった。連載企画は「思い通りに行かない日はあした頑張ろう」の連続で毎日あしたの予定をきょう決めて取材するというその日暮らし。日本人が主人公だから楽と言えば楽な連載と言えた。日本人がたむろする大衆酒場に網を張って話題を拾い話題の主を訪問したりして書いた。

その連載は単行本になり文庫本にもなったがいまは絶版。1977年の首脳会議はヨーロッパ共同体を「EC」と称していた。ヨーロッパ大陸の中でもフランスとドイツは戦争を起こしていさかい仲が悪かった。このため互いに仲良くいっしょに行こうと言うことで共同体を形成した。フランス人はドイツ人に痛めつけられたせいか笑わない民族といわれる。ECからEUにと規模が拡大して理想に近づき笑う民族になったかどうかは知らない。

 イギリスが残留しようが離脱しようが、ぼくはヨーロッパの時代は過ぎ去ったのではないかと思っている。離脱の背景には大英帝国への郷愁があるのかも、と考えたりする。ぼくがヨーロッパを取材した当時、東芝、シャープ、ソニー、松下の看板やネオンだらけだったのだ。その日本でさえ下り坂を下っている。司馬遼太郎はいかに上手に下り坂を下るかだ、と日本の未来を案じた。ぼくは高度経済成長時代に育ったから上り坂しか知らない。

 だからイギリス離脱組に通じるバブルよもう一度の日本人である。27日の毎日夕刊一面トップは「EU離脱 英国の後悔」という見出しの記事である。案の定、とぼくはイギリス国民に同情しないが、書いたのは人生の上り坂にいるペン森6期生の三木幸治だ。かれは遊軍的な動きが求められるオーストリア特派員だが、ロンドンまで飛んだらしい。ご苦労さま。オーストリアはかの独裁者ヒトラーの出生地だ。英米で独裁がはじまるか。

 だれしも連想したと思うが、アメリカの大統領はトランプになるのでは、ということだ。右翼政党やとんでもない排除の論理の人物がリーダーになる流れになってきた。もしトランプがアメリカの盟主になったら日本に相応の負担をと迫る。日本は核武装するかも、とぼくは恐れる。





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清楚系女子がいちばん好きです
 好き嫌いは激しいほうかもしれない、という気がする。もちろんそれにも程度があり、あんまり好きではないからまったく好きではない嫌いだ、まで二通りに分類できる。あんまり好きではないのはアンケート、パーティ、おばさんのおしゃべり、老女のヌード。まったく好きではなく嫌いのほうは、フ―ゾク、カラオケ、床屋、すぐ泣く女子、ペン森女子のミニスカートから見えるパンツ、目の前に立つ股際ギリギリの短パンを履いた女子。

 本日はペン森に来る途中、何気なく九段で下車した。都営地下鉄も他の地下鉄といっしょでエレベーターがすくない。運動だと思って階段をのぼり神保町まで歩こうと考えた。駅構内でトイレに入って出たまではよかった。ベビーカーを押している若いママさんはたいへん苦労するだろうなあ、と考えて歩いていたら迷ってしまったのである。そう言えば前の都知事猪瀬が九段駅は都営地下鉄と半蔵門線が直結してないと文句をつけていた。

ぼくはよく利用した駅だから、とたかをくくっていたがやたらややこしくなっていて昔の九段下ではなくなっていた。九段下はぼくの電車の沿線駅だ。夜はときどき武道館のイベント帰りの10代と思しき女子の群れが乗り込んでくる。この中に股際ぎりぎりの短パンがいる。こいつが目の前に立つと目のやり場に困ることはなく、しみじみ眺めるが、ときどき短パンの裾が少し開いている子がいる。隙間から指を入れて撫でてみたくなる。

当然、実行すると犯罪になる。性的な実力は皆無だが、関心はある。関心があるから女子が好きである。それも10代から20代前半までと限定された女子である。その中でも好き嫌いが生じてきた77歳だ。とりわけ好きな子はおとなしいけれど行動的で、自分の意見ははっきり述べる現代っ子だ。帰り際にサンダルから靴に履き替えようとしたら、かしずいて自分の指を靴べら代わりにして靴をはかしてくれた21期女子がいる。

この子はおとなしいところが孫娘に似ている。加えて滅多にいない生まれ故郷宮崎の女子である。同じ故郷という点に特別に感情が動くのはたぶん高齢のせいだろう。宮崎からペン森に通っているのは東京の就活シェアハウスに居住しているからだ。地方の大学に通いながら就活期間だけ東京に住むという形態は今年から顕著になってきた。山口県下関、島根などの大学生も21期生にいる。4年間の仕送りよりもこっちが安くつくし安全だ。

おおむね男子は女子が好きである。総じて女子が男子好きであるかどうかはぼくは女子でないのでわからない。だが、この年齢のせいでパーティ嫌いである。先日老いた社会部員の会に参加した。隣に座っているひとがだれだか全然記憶にない。だれかが○○さんと名前を読んだのでハッとした。親しかった人であった。こことここが病気になったと頭と心臓を指差した。顔が変貌していたのだ。変わったとはいっても憶えていないとは!!

パーティは自分の高齢ぶりが如実に表れるので嫌だ。カラオケも最近の歌をまるで知らないので行かない。パチンコをやるほど暇ではないので興味がない。フ―ゾクも清楚系はいそうもない。そもそもぼくは清楚系がいちばん好みに合う。




 

若者は貧困だが世界に目を開く
参院選がきょう公示されスタートした。野党ははじめて耳にするような党がならぶ。ちっとも盛り上がらない選挙だ。ぼくは大して興味も関心もない。争点はアベノミクスだと。アベノミクスは失敗したから消費税アップを先延ばししたのじゃないのかい。先延ばしの信を問うだと、信を問うなら消費税を5%にもどしてくれよ。だれだって、税金が高くなるのは嫌だよ。自民・公明が勝てば消費税の増税が支持されたと安倍は言うのだろう。

 でも安倍の本音は憲法改正だとわかっている。アベノミクス云々はめくらましである。景気や経済の話をして選挙しているように見せかけて、いざ蓋を開けたら安保関連法を成立させたように今度は憲法だ。安倍政権の嘘偽りはいまにはじまったわけではない。メディアは増え続ける社会保障費の財源を消費税でまかなえるとは思ってないが、安倍にたてつく気はない。1億聡活躍社会や希望出生率1・8をどう実現するつもりなのか。

 頭っからそんなもの夢のまた夢だと考えているだろう、メディアは。じつはぼくもそう思っている。待機児童ゼロなんて口八丁の舛添もかすりもしなかった。退場した舛添は都知事の職にあった2年間でいったいなにをやって、どんな実績を残したのだろう。安倍は戦争ができない国からできる国へ変貌させた。実績と言ってもマイナスの実績だ。国民の幸福とは離れている。一朝、ことが起これば1億聡不幸社会が実現してしまう。

 それでも安倍自民党は多数を占めるだろう。有権者は身の回りの景気の話に乗りやすいからだ。だから安倍はアベノミクスをもちだして有権者をくすぐる。イギリスのEU離脱残留問題では、若者は残留組、50代以上は離脱組と言われる。老人は大英帝国の夢よもう一度である。若者はこれからもみんな(他国)と仲良くしてゆこうと前向きだ。この若者と老人を混ぜ合わせたのがアメリカの共和党トランプ現象だろう。

 移民受け入れは国民の職を奪い、失業者が増える。新自由主義によってただでさえ若者の貧困問題は深刻だ。安倍も上部が裕福になれば、裕福な部分が下部に流れてゆき、全員が豊かになる、と言う説を盛んに唱えていた。民主党のサンダースじいさんがヒラリー・クリントンを追い上げたのも若者が貧困に苦しんでいるからだろう。日本だけでなく世界中で若者は貧困にあえいでいるみたいだ。テロの若者も背景には貧困がある。

 今度の選挙にはぼくも投票はするつもりだが、どの党に入れるかだれに投票するかはまだ決めてない。決めようがないからね。自民・公明の政権与党には入れないだろう。野党も期待薄だし、弱った。小林節の新党かな。だが党名が浮かばない。あるいは政権を担うことはない共産党か。民進党は「昔の名前で出ています」の岡田克也が率いているので、どうも食指が動かない。18・19歳投票の結果にすがるほかないね。よい投票を頼む。

 21期生は日本の難民問題を作文に取り上げるケースが多い。難民の受け入れがあまりにも少ないので、目が世界に向いて義憤に駆られているのだろう。日本は難民条約に加盟しているのに過去32年間で受け入れたのは約600人にすぎず、世界から非難を浴びている。世界の難民は5000万人にのぼる。


ついに手術することになった
先日、下腹の鈍痛で苦しみほんの少々の下血があった気がしたので、念のため先週木曜日ペン森を休んで、大腸の内視鏡検査を受けた。内視鏡検査を受けたのは初めての経験である。大腸の内視鏡検査は、肛門からスコープを差し入れて大腸の中を見る。大腸の内部をきれいにしなければならない。前夜寝る前に下剤を飲まねばならないが、飲むのを忘れた。で、当日朝、つまり金曜日の朝飲んで大腸を洗浄する液を2L飲んで備えた。

病院で便の色が黄色くなるまでトイレに通ってくれと写真を見せながらいわれたが、下剤と洗浄液の効き目は相当なもので、酒を飲んだあとの小便みたいに3,4分おきに肛門から水が噴出した。病院の言う色を見て見当をつけよ、とは言ってもいまどき水洗だから色は判然としない。もうよかろうと見計らって病院には黄色くなったと報告した。小休止のベッドのまま検査室に運ばれ横になっていると、医者がスコープを肛門に差し入れた。

4,5年前だったか、医者が女性患者にスコープを差し込む際、別の穴に差し込み犯罪者になった例があった。医者は穴を間違えてしまった、と弁解したが、医者ともあろうものが間違えるはずがない、あれは故意にやったにちがいない。とんだスケベ医者であった。一時、東大出の医者たちと親しい時期があった。かれらは高齢の患者が多いことを嘆き、で、手術して茎を切除することになった。今月30日に入院して7月2日にはもう退院先1人いた開業医に「あんたはいいな。若い女性を診ているんだろ」と嫉妬していた。

内視鏡はとてもヘンな感覚。以前に前立腺の検査をしたときも肛門に医者から指を突っ込まれたが、それとはまた違う無機的な感触だった。きれいに内部がテレビ画面に映し出される。きれいなものですねと自画自賛しようとしたら、なにやら黒っぽいものが映った。案の定ポリープだった。内視鏡を操作した30歳くらいの医者の説明によると、3センチくらいのきのこ状のポリープでその内部にがんが潜んでいるのではというご託宣だった。

それで手術してきのこの茎を切除することになった。今月30日に入院して7月2日にはもう退院する流れに落ち着いた。ぼくは15年前に脳梗塞をやっている。以来、血液が固まらない薬を常用している。要するに血液を流れやすくする薬である。だから怪我をすると血が止まらない。切除は薬を飲んだままで実施する、血が出ないようにしますと医者は言った。さらに薬を止めると脳梗塞が再発する恐れがあるともったいぶって付け足した。

母親もぼくが大学を卒業して間もないころ大腸がんで亡くなった。がんは遺伝すると言うからぼくにもその傾向はあるだろう。昨夜はさっそく焼酎のお湯割りを飲んだが、一向に小便をもよおさなかった。昼間のうちに体中の水分を吐き出すように出したから、体が干上がって、水分を欲していたのだろう。消化のいいものを食べなさいとは言われたが、酒については炭酸のはいったビールはダメで、焼酎のお湯割りならいいと言われた。焼酎のお湯割りなら365日飲んでいるので、わが意を得た感じだ。大威張りでずっと途切れなく飲んでいる。もちろん、これからも飲む。ペン森生は安心してくれ、大腸ポリープは伝染しないからさ。

戦争体験者は戦争嫌い
自室の本棚に開いてもない本が数冊ある。そのひとつを取り出して読みはじめた。一色次郎の『東京空襲記』』である。昭和47年初版だから相当古い。本はびっしり2段組みで700ページある。それに図版などの付録が10数ページついている。読了するには時間がかかりそうだ。まだ戦前の1944年6月の日記だから敗戦の45年8月まで先は長い。この間に日本の都市はB29の空襲によってほとんどが焦土と化すのであるである。

 作文に戦争のことを書くひとが今年は目立っている。戦後70年が頭にこびりついているのだろう。あるいは自分たちの世代は戦争体験者の話を直接聞ける最後の世代だ、という意識がなせるのかもしれない。戦争に関することはこれまで一言も言わなかった祖父がはじめて戦地のことを言ったのがきっかけで太平洋戦争について知りたくなって調べはじめたという21期生もいる。若者は戦争と言うものを知らないから、想像するしかない。

 想像の手助けになるのが広島の平和公園であり、『東京空襲記』のような本である。映画もいい。大岡昇平の『野火』を映画化した『野火』の悲惨はリアルすぎるという評判だ。ぼくはまだ観てないから勧めようがない。知ってどうする、という意見もあるが、知ることによって戦争はこりごりと思うだろう。それでいいのだ。軍医たちの体験したむごい戦争なら帚木蓬生(ははきぎほうせい)の『蠅の帝国』「蛍の航跡」を読むとよい。

太平洋戦争で地獄の戦場と言われた代表例はニューギニア戦線である。兵士の8割が戦死ないしは餓死したという。日本兵は南方の戦線で餓死した兵士が多かった。補給路が断たれたのである。日本は精神主義をぶっていたが、精神論で腹が満たされるわけがない。この精神論はいまでも日本社会に尾を引いて残っているようで、新聞社の社会部あたりでは風邪をひいたら「たるんでいるからだ」と言われかねない。古い体質なのだ。

と言うぼくは新聞記者志望の学生の作文指導をして20年以上たった。新聞も先々は勝ち目のない太平洋戦争と変わらないようなところがあり、何年か先には敗戦を迎えるだろう。新聞テレビと言う既存のメディアよりも新メディアをつくってみようという動きがペン森生の間から出始めている。ぼくも昔から、新メディアをつくってみろ、とけしかけていたがやはり冒険やリスクは避けて既存メディアのほうにみんなは人生をかけるようだ。

新聞は週刊文春にやられっぱなしだが、あれほど特ダネ特ダネと言う癖に文春に白旗を掲げてまいりましたと言う気配はない。後追いに夢中で余裕がないのか読者に謝るそぶりもない。新聞は報じなかった罪を自覚すべきだ。仮にPLO派遣先の南スーダンあたりで自衛隊員が殺された場合、大騒ぎになるだろうが、もしも週刊誌やテレビに先を越されたらどうするつもりか。その存在理由すら疑われる事態に後追い報道だけでやり過ごすのだろうか。

日本は戦争をしない国からできる国になった。改めて太平洋戦争の悪夢がよみがえった方もいるにちがいない。おおむね戦争体験者は反戦的であり、体験者の孫の世代の男はその実体を観念的に知っていて体験者ほど戦争嫌いではない。これから孫世代が多くなる。どうなるのだろう。



  



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