ペン森通信
新野党、民進党はES落ちだね
民主党と維新の党が合流して、新しく民進党という衆参156人の野党勢力が生まれたが、期待するひとはほとんどいないだろう。ぼくは親しい議員が衆参に1人ずついるものの、ぼくも期待しない。なにをやりたいのか「反安保」以外の政策がわからないからだ。事実、共同通信が26,27日に実施した全国電話世論調査の結果も「期待しない」67・8%、「期待する」は26・1%。ぼくは「期待する」という数字が高いのに驚いた。

 維新の党が合流したとはいえ、中身は民主党である。代表・岡田、幹事長・枝野と変わり映えのしない執行部はそのままだ。維新の党の議員たちの半分は2012年に別れた民主党にもどっただけの話だ。離婚してまた同じ人間と再婚したようなものだ。その点では話題性もあるが、なにせ懐かしくなって再婚したのではなく、わびしい貧乏から脱け出したくてふたたびいっしょになった。いっしょになれば生活はいくらか楽だろうよ。

 ぼくは健全なる巨大野党ができて、アメリカの民主党と共和党のように政権交代ができればいいと思っている。トランプのような人物が出てきては困るが。民主党が政権交代した2009年には14期生と衆院選のテレビの選挙速報をみるため伊豆まで行った。日本の夜明けかと希望に満ちた夜だった。でも、鳩山、菅と続いた政権はひどかった。管のときに3・11があったが、こんな時にこんな日本のリ―ダーよと身が震えた。

 民主党のこの失敗体験は貴重な財産だと思うが、失敗を総括した気配はない。学生が就職に際して企業に提出するESだったら、完全に書類落ちの党である。失敗、挫折の自覚はあるにしてもそれをどう乗り越え、現在に生かしているかが書けないからだ。これではまるで説得力がない。失敗を振り返ると、あのときああしておけばと言ったのに、○○が反対したために頓挫した、などと責任のなすり合いでまたまた分裂するかもしれない。

 民主党は結党20年で党名も消滅したがその歴史は、分裂の歴史でもあった。政策を発表できないのは論議の過程でもめて分裂の火種を生じさせかねないと言われるからだと聞いた。かつては構造改革や公共事業削減を唱え、八ッ場ダム工事中止も唱えていたが、工事は再開されている。安倍自民党1強に対抗するには魅力不足は否めない。だが、7月の参院選では消極的に民進党に投票するつもりだ。安倍が不気味だから選択できないのだ。

 民進党と言う党名を岡田は代表のくせに「しんしんとう」と言ったということだが、なにやら先が思いやられる。岡田原理主義者、露骨に小沢嫌いの枝野などはだれかと交代すればいいとみんな考えているが、だれかがいない人材難でもある党だ。ひとはその任に就けばそれなりに変身して能力を発揮すると言われるが、鳩山、菅は任に就いて党も国民もこりた。だれがリーダーになってもその任にあらずだから、思い切って女性でどうだ。

 本日は憲法違反が指摘される安保法施行の日である民進党は安保法反対だけが目下の政策のようで、国民に強く訴えるほかの政策は見当たらない。これで参院選を戦えというのは無理な話で自ら負け戦だと降伏しているようなものだ。せめてやりたいことを示してくれよ。筆記落ちは面接にも進めないのだよ。

 

 

 

 

 

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卒業する20期生に渡す記念本リスト
 27日日曜日の20期生卒業式で卒業生にプレゼントする本が出そろった。たいていはぼくがすでに読んだ本の文庫版や新書である。以下その本たちのリストを順不同で。① 『絶倫食』(新潮文庫/小泉武夫)食の冒険家、小泉教授の強精強壮媚薬ウンチク集。20期生には必要ないだろうが、ぼくには無用だった。② 『漂流』(新潮文庫/吉村昭)江戸期土佐の船乗りが絶海の孤島に漂着した。ただ1人12年後に生還する。諦めない生存術。

 ③『村上朝日堂』(新潮文庫/村上春樹・安西水丸)ご存じ村上文章・安西イラストほんわかコンビによるとぼけた味わいのエッセイ集。④『兵士は起つ』(新潮文庫/杉山隆男)
3・11で決死救助活動をした自衛隊員の緊迫と感動のノンフィクション。⑤『安倍政権にひれ伏す日本のメディア』(双葉新書/マーティン・ファクラー)前NYタイムズ東京支局長の目に映った第二次安倍政権下における日本メディアのポチ化現象。記者もだめだぞ。

 ⑥『砂の女』(‘新潮文庫/安部公房)20数カ国語に翻訳されたサスペンスフルな名作。⑦『新・戦争論』(文春新書/池上彰・佐藤優)日本の知的怪物が論じる世界の修羅場。⑧『さざなみ軍記・ジョン万次郎漂流記』(新潮文庫/井伏鱒二)井伏が30代に書き継いだ空想の労作と直木賞受賞の記録文学。⑨『八人との対話』(文春文庫/司馬遼太郎)司馬が各界の碩学と語る教養が豊かになる対談集。相手は山本七平、丸谷才一、立花隆など。

⑩『女流阿房列車』(新潮文庫/酒井順子)「負け犬の遠吠え」で知られファンの多い鉄子の鉄道エッセイ⑪『世界ぐるっと肉食紀行』(新潮文庫/西川治)写真も楽しい民族と牛豚鶏の肉食文化と酒・旅。⑫『小泉純一郎独白』(文春新書/常井健一)常井からはがきが来た。ぼくのサークルの後輩だった。進次郎の演説講演を300回聞いて回ったという。ペン森生も見習うべき。週刊文春に載ったのを新書化した説得力ある原発ゼロ論に賛成です。

⑬『蠅の帝国』(新潮文庫/帚木蓬生)過酷な状況下で任務を遂行した軍医たちのドキュメンタリー。凄惨な場面の多い日本医療小説大賞受賞作。⑭『誘拐』(ちくま文庫/本田靖春)吉展ちゃん事件で知られる事件ノンフィクッション。アメリカの『冷血』以上だ。吉展ちゃんと血のつながりのある20期生がペン森にいた。⑮『昭和史裁判』(文春文庫/半藤一利・加藤陽子)昭和史研究のトップをなす2人が70年前のリーダーを俎上に載せる。

⑯『日本百名山』(新潮文庫/深田久弥)土日を使って100名山を踏破した商社広報マンを知っている。ペン森を卒業してもやればできるぜ。⑰『無私の日本人』(文春文庫/磯田道史)『武士の家計簿』を著した著者が歴史に埋もれた不出世の3人を取り上げて幸福とはなにかを問いかける。⑱『蒼き狼』(新潮文庫/井上靖)モンゴル成吉思汗の65年の生涯を描く壮大な叙事詩。井上は同じ社の後輩記者ぼくを昔から知っているかのように遇した。

この18冊の中でぼくが好きなのは『蒼き狼』『さざなみ軍記』『誘拐』『漂流』だ。いずれも数回読んだ。まだ読んでないが手元に足りない場合の予備としてあるのは『子どもの貧困』(岩波文庫/安部彩)、『東京震災記』(河出文庫/田山花袋)。『東京震災記』の解説は石川光太。石川の『遺体』(新潮文庫)もリストに入れたかったが、見つからなかった。


日本死ね!!!はもっと増えるぞ
 2016年春闘は16日が集中回答日だった。70年代労働組合が資本側と対峙して闘争がさかんだったころぼくは労働担当の先輩記者に連れられよく、総評本部や国鉄の国労本部、動力車本部、青年部書記局などを回ったものだ。国鉄のストライキで新宿から徒歩で新聞社まで歩いて出勤した。翌日、電車が止まるとわかっていれば、大久保あたりの連れ込み宿に先輩記者と泊まるのが通例となっていた。

 先輩記者は超のつく有名な哲学者の甥っ子だったが、まれに見るほど女に手の早い40代だった。全舷(ぜんげん=社員旅行)先の熱海に社会部が宿泊した際、空き部屋に仲居を引っ張り込んでよろしくやったというひとであった。ぼくと泊まっているときも、隣室に客が入室した気配があると、浴衣のすそを引きずってぼくの顔をまたぎ、ビールのコップの底を耳に押し当てて壁に付着し、隣室のどんなに小さな音や声でも拾おうとした。

 いまやストライキも順法闘争もない春闘だ。経営者に賃上げを要求するのは労働組合ではなく消費拡大をねらう総理大臣である。なんだかとてもヘンだ。ぼくのような古い人間には馴染みの春闘ですらほとんど死語でさいしい。ましてや全舷なんて海軍用語はだれも知らないだろう。これは艦から全員上陸なら全舷上陸、半分なら半舷上陸ということからきている。現在社員旅行すらもうなくなった。連れ込み宿はラブホテルである。

 時代の変化とともに古いものは消え、新しいものが登場する。総理大臣が経営者に賃上げを依頼するとは想像すらできなかった。1970年代にあれだけノロノロ運転の順法闘争をやった横柄な国鉄もいまは民間のお客様は神様のJRとなった。大学が学生によって100校以上封鎖されたのも若いひとには昭和の昔話だ。ペン森のある神保町界隈も歩道の敷石を剥いで砕いて学生が警官隊に投石していた時代があったのである。

 もう平成も28年になった。昭和天皇が崩御したのがついこの間のような気がするが、どんどん時はすぎ去り、中間層意識が7割以上を占めた日本もいまは6人に1人の子どもが貧乏である。母子家庭の貧困の連鎖は断ち切れず、ひどくなるばかり。保育園も足りない。ヨーロッパに比べて教育費が高すぎる。豊かな日本、なんでも入手できるが希望だけがない、と村上龍は言った。高齢社会に突入したのは下流老人の予備軍の列。

 メディアは安倍政権に委縮し、調査報道も低迷。ぼくはせめて政権にとっての野党になってくれとの願いを込めてペン森生を指導する。野党共闘を実現させ安保法案反対の大学生グループ・シールズの元気を見習え。ペン森生よ政治の野党をめざして不正をただし正義の志をもって安倍政権に投石してくれ。政治に期待できなければ自ら行動するか、大衆を引きつけて味方につけ、保育園落ちたママのように怒って政治を動かしてくれ。

 春闘は決着したわけではない。中小はこれからだ。大手は昨年よりも組合の要求もベア実績も下回ったが、これは格差是正のいいチャンスでもある。全勤労者の4割を占める不安定な非正規の給料を上げて正規や中小と大企業の給料差を縮めねば。このままでは1億聡活躍社会とは真逆の日本死ね!と叫びたくなるひとがますます増える。

 


また合宿をして作文ネタを固めたい
21期生のためにもう1回合宿をしようかどうか思案している。今年は6月が本試験だから直前特訓を合宿に移行させる手もある。場所は神保町から近い中央区の産業会館がいいだろう。通塾生24人に通信添削生も4人くらい加わって総勢30数人にのぼる。内容は作文のネタの使いまわしと模擬面接、グループディスカッション、時事問題解説が主になる。5月5日から10日まで午後1時から17時半まで1日4時間半6日間ぶっ通し。

1日のスケジュールが終わったらペン森に移って、いつもの飲食。例年ペン森で実施しているが参加者は日をおうに連れ減っていく。作文のネタの使い回しが主の合宿だが、1日2、3本ずつこなしてゆかねばならないから、日が立つに従って知恵が働かなくなる。ネタの使い回しをすると本人の感動が消えてしまう危険性もあるので、そのへんはうまく舵をとらねばならない。落後者防止のため今回は課金しようかとも思う。

初日の5日が「こどもの日」、中日の7,8日が土日なので卒業生の来場も期待できる。この直前合宿の期間中、ぼくは禁酒したこともあったが、今回は焼酎をいつもどおり飲み、帰りは21期女子に改札まで送ってもらうことになろう。まだぼくは救急車のお世話になったことがない。これはときには手をつないで送ってくれる女子を中心にした博愛精神あるいは介護精神のおかげだ。手をつないだからと言って評価が甘くなることはないが。

 合宿の前には20期生の卒業式が3月27日にある。毎年繰り返されるサイクルイベントだが、会うは別れのはじめだからしかたないにしろ、これはさびしい。小さな階段の多いビルで卒業式をやったことがあるが、卒業生の女子が手を引いてトイレまで連れて行ってくれたことがあった。女子トイレの前で「わたしも速攻でやってきます」と言った。式でだれがなにをしゃべったかはまるで記憶にないが、その女子のことだけは覚えている。

 記憶なんてそんなたあいもないことがよく残っているものである。かねがねぼくはペン森生の記憶に残るようなことを言いたいと思っているが、意識してなにかを言ってもただペン森生の耳を素通りするだけなのが切ない。今度の卒業式でも記念品の本を記念品としてあげるが、必ず誰かが忘れて帰ってしまう。卒業証書を四国愛媛からぼくの旅先の広島まで受け取りに来た女子がいたことも忘れがたい。

 合宿の話が卒業式になってしまった。中央区の産業会館で5分遅れて下の事務所にカギを届ける際、初老の事務員に「時間を守ってくれ」と怒られた。たった5分くらいいいじゃないかと思っちゃいけない。新幹線が1分遅れると運転士は始末書だとずっと前の卒業生のJR東海社員にきいたことがある。その卒業生の名前もいまや思い浮かばなくて申し訳ないが、1分で始末書だけはまだ鮮明である。

 今回の合宿を実施するとして、使い回しできる作文鉄板ネタをもっているのは男女1人ずつにすぎない。本番は60分と化70分と短い時間内に書かねばンらないから、持ちネタを用意するにしくはない。2、3本は備えて臨みたいものだ。

いまこそチャップリンいでよ
「保育園落ちた日本死ね!!」というネット投稿を新聞がいつ取り上げるか注目していた。本日3月9日の朝日は政府が対策に本腰を入れはじめた、という政治ネタで紹介していた。この投稿はテレ朝のモーニングショーで2回登場したのでぼくも知っている。ぼくは新聞を広げながらNHK朝ドラのAKB48の主題歌を聴く。聴いてすぐテレ朝に切り替えるので、この投稿のことは新聞記事になると思ってきた。

たしかに「1億聡活躍社会と言うけれど、これじゃ子どもの面倒を見るため会社を辞めなきゃならない。活躍できねぇじゃねぇか」と投稿者の嘆くとおりだ。1億聡活躍なんてできっこしないことを平気で言うスローガン総理の口約束を信じているひとはいないだろう。アベノミクスの成長戦略では女性の出産・子育ての負担を減らして待機児童の受け皿を増やして離職率を減少させ、女性の活躍を促進する、と謳っている。

投稿は怒りに満ちている。どこへ持ち込めがいいのかはけ口のない女性がホンネの憤懣を漏らしたのだろう。言葉は乱暴だが、この言葉にも共感したひとは多かったにちがいない。不安、矛盾、格差などの不満の怒りをぶちまけるのとはわけがちがう。これは解決の絶望的な投稿だ。きのうの毎日夕刊が「安倍首相すぐキレるワケ」という特集ワイドを組んでいた。その手法は過激発言のトランプと共通点がある、と学者が指摘している。

 その学者、明治学院大の教授、川上和久によると政治家が感情的に攻撃すると、日常的に不安や不満を抱えている有権者は自分と一緒に怒ってくれたと共感を覚える、という。支持政党の固まってないひとにはより効果的らしい。ましてや安倍の標的は民主党である。民主党のダメさ加減はまだみんな記憶している。「たしかにそのとおりだ」と民主党叩きに共感する。ぼくも民主党叩きには聞く耳をもつが、安倍の尻馬には乗らない。

 トランプに似ているというのはけだし至言だ。攻撃的、不寛容、差別的なところが似ている。今週の作文課題には「米大統領選トランプ現象に思う」という題もある。いまのところ書いたのは1人だけ。なにか思っているはずだが、ほとんどが敬遠して避ける。本人の価値観におおいに関係するので書かないのではなく、書けないのだ。アメリカという他国とはいえ、安倍がしっぽを振ってポチになっている国だ。なにか考えてほしいよ。

 保育園に落選したという投稿はペン森5期生のFBにもあった。いまやネットが情報のピッチャーである。週刊文春も大ピッチャーだが、ネット情報は新聞をしのぐのではないか。ピッチャーが投げた球を内外野手がぐるぐる回しているだけという印象を受ける。「保育園おちた」の投稿はもっと早く新聞が話題にすべきだった。新聞は大衆感覚と言うか、感度が鈍すぎる。これじゃ、読者が離れてゆくばかりだ。

 トランプ現象のアメリカにしろ、安倍の支持率が大して下がらないのはなにかの兆候のはじまりではなかろうか。ヒトラーはあれよあれよと見る間に独裁者になった。独裁者になる前にチャップリンは映画『独裁者』をつくって、世界に警告した。チャップリンいでよ、と叫びたい。

 





1人でもわれゆかん
20期生の卒業式を3月27日午後3時から行う。卒業生には卒業証書と記念品が授与される。以前は卒業証書の文面も一人一人個性や進路に合わせてぼくが筆で書いていた。記念品は16期生あたりからだが、あげるのは本である。本のカバーの裏や栞に気のきいた「七転び八起き。失敗を恐れるな」とか「すべての目に見えるものはめに見えないものに支えられている。目に見えない努力をしろ」と成句とコメントをペンでしたためる。

20期生もメディア就職者が多い。最近新聞もテレビも政権に委縮している感じがしていささか心もとない。強いものに立ち向かう気概が失せたのかパワーが消えている。若いひとに期待したいが、かれらは男女とも優しい。他人が自分をどう見ているかどうかをえらく気にする。その意味で入社前から社員ジャーナリストの資格十分な性質を帯びているから、いざ言論表現弾圧の目に遭ったときに奮起して闘うかどうかだよ。

ぼくも優しいタイプに属すると自覚するが、若いころはけっこう勇ましかった。前夜編集局長を罵倒したらしく、部長が局長の席の前を通るだけでいいからたのむ、と言ってきた。前を通るだけならお安いこと、ただ通るだけで頭も下げなかった。ぼくが罵倒せざるを得ないことを局長が言ったから、頭を下げる必要はないのである。常務にあなたのような人間がいるから、この会社はおかしくなるんだ、と食ってかかったこともある。

新人記者時代だが、暴力団風の男が2人で話していた。なんの話をしていたのか詳細は記憶にないが、とにかく耳に入って立ち止まった。「いまの話もう一回聞かせて」と言って割り込んだ。「なんだおめえ」と相手の1人が立ちふさがったが、怖いもの知らずというか、記者になって間もないころだったから張り切っていたのだろう。若いときは老人になったいまでは考えられないような言動に走りがちである。

20期生はもちろん若い、だが若いがゆえに破天荒なことをするかと言えば常識的である。酒の上の失敗もあまり聞かない。19期生までは規格外がいたが、そのエネルギーは権力に向かってほしいものだ。渋谷や道頓堀の若者の乱痴気騒ぎと同じでは困る。大勢で同調するのではなくたった1人の単独行動でひんしゅくをかってほしいもんだ。いまの若者は1人で実行する機会を避けたがる傾向にあるように見える。

もちろん1人の力が結集して大きなエネルギーになるわけだが、将来結集せざるを得ないことが起こるような予感がしてならない。60年安保を経験し、70年闘争を取材した体験から言うと、世界中がなにやらヘンだ。アメリカのトランプ、日本の安倍、イスラム国のテロ。寛容とは逆の不寛容に世界が動いている。大衆のエネルギーが教養や知性ではなく、過激で刺激的な言動に熱狂して異物排除の方向に向かっている。

世界が狭くなる一方、寛容になったのはLGBTを容認するという流れだ。だが、他民族対しては移民締め出しとかどんどんきびしくなる。他社を認めない日本のヘイトスピーチなんかもそうだ。ペン森の若者はみな寛容で優しい。でも1人でもわれゆかんを貫いてくれ。


手をつないでも幸せを感じる
 ペン森は毎週月曜日に作文の題を3題ずつ更新している。今週は「私が親になったら」「森」「幸せを感じるとき」である。通塾生、通信添削生共通だ。通塾生はきのう女子2人が加わったので、これで20人だが、最近とんと顔を見せなくなり、27,28日に行った合宿もドタキャンした女子1人と進路変更したらしい男子1人、申し込んだものの受講する気が感じられない男女各1人ずつ、計4人を差し引くと在籍は16人になる。

今朝は8時1分すぎから幸せだった。NHK朝ドラでAKB48の主題歌が聴けたからである。さわやかな良い歌だ。これを耳にすると、わが身に幸せな1日がはじまるような気がしてくる。昨夜は新人の女子2人が神保町駅の改札まで送ってくれた。右手は杖をついているので必要ないが、左手は手持無沙汰である。1人がペン森ビルから30メートルくらいつなぎ、その手が離れた隙にもう1人がすかさず握ってきて改札まで歩いた。

ぼくの手はすべすべして気持ちがいいらしい。行きつけの皮膚科の女医は「まあなんと柔らかい手なんでしょう!」と離そうとしない。ぼくも女子に手を握られることが多いからおのずと感触には好みができてきた。かさかさとした乾燥肌よりも、じめじめと分泌量の多いのではなく、ほどよい湿気があってやや肉厚がいい。大きさはぼくの手よりもやや小さめで大きいのはだめ。ひんやりと冷たいのも敬遠したい。痩せすぎもいかん。

 入塾状況からみると今年の学生の動きは鈍い。と言うか、テレビ、新聞をめざす若者がすくなくなった証左でもあるだろう。もはやジャーナリズムは憧れの職種ではないようだ。ぼくにとって今年は「幸せを感じなくなった年」である。在籍受講生16人のうち女子は7人。揃いも揃って粒よりの個性派美女である。それには「幸せを感じている」ものの、昨年に照らして受講生の絶対数が少ない。ことしは3月で募集締め切りとはいくまい。

 受講生がぼくの手を握ってくるのはゆえあってのことだ。以前、7期生くらいまでだったか最終面接前ペン森で男女区別なく手を握って、水道橋駅に行く途中の北京飯店でご馳走するのが内定のまじないだった。北京飯店は料理人のじいさまが代わってからぼくの口に合わなくなった。行かなくなったが、ぼくの手を握れば内定するという神話だけが根強く残った。そんなことを知らない女子が握ってくるのは親切な老人介助である。・

 神保町の駅まで送ってくれるのは女子のほうが多いが、女子によってはペン森が入居しているビルの階段下の歩道からもう手を差し伸べて待ちかまえている。ぼくが「幸せを感じるとき、である。一回、階段を踏み外して抱きついてみようかと思ったりするが、そう妄想するのも「幸せを感じるとき」である。老人になってこんなにいいことがあるとはまったく考えもしなかったが、こんなによい思いをしている老人は少ないだろう。

 27,28日の合宿の疲れがまだ抜けない。疲労するようなことはしてないし、大量に飲んだわけでもないのに電車のなかでも眠い。夜、シャワーを浴びて体が表面だけにしろ温まってベッドにもぐる。ぼくが一番「幸せを感じるとき」である。

 

 



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