ペン森通信
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安倍政権を利するだけの野党
維新の会というのはなんだろう。共にテレビ番組「行列のできる法律相談所」にでていた橋下徹が、司会をしていた島田紳助に誘われて大阪府知事に立候補して当選したのがそもそものはじまりだろう。橋下が日本維新の会を立ち上げたときはぼくもすっかり騙されて、この男は将来総理大臣にまで上り詰めるのではと思った。総理大臣になる野心はまだ捨ててはいないだろうが、こんな二枚舌の男が総理になったら国民は振り回されるだけだ。

 橋下は大阪都構想の住民投票が否決された際、政界からの引退宣言をした。それを信じたひとは少なくなかっただろう。ぼくもそうだった。嘘八百でもあんなに堂々と並べたてる人間を信じないほうがおかしい。すっかり影が薄くなった石原元都知事は現役時代「日本に都はひとつあればいい」といっていたが、いつの間にか橋下支持に回っていた。政治家は朝令暮改の嘘を言ってもいい職業なのだろうか。性善説をとると馬鹿を見る時代だ。

 そう言えば、政治家は公約と実行とがまるでちがう。それが当たり前だとわれわれは思ってないだろうか。容認してはいけないことを容認して許してしまう、とすればわれわれの意識もしれたものだ。橋下を許した結果、かれは新党をつくった。「おおさか維新の会」である。この党は31日の党大会を経て11月22日に大阪府知事選と大阪市長選にいどむ。それが初選挙だ。5月の住民投票で敗れたのにまた都構想を公約に掲げる奇妙さ。

 「おおさか維新の会」は分裂騒動を起こしている維新の会の大阪系と言われている。大阪都構想はもちろん大阪系の命だ。ややこしいのは知事選も市長選も自民党は乗っていないが、官邸は総理大臣の安倍と官房長官の菅とが橋下や大阪府知事の松井一郎とよくめしをくって親しくしていることだ。官邸は大阪系を改憲勢力と踏んで、味方に取り込もうとしている。橋下の大臣→総理大臣という野望も政権寄りの姿勢で見えてくる。

 ぼくは政治部経験はないので、あくまでも素人判断にすぎないが、安倍政権の強硬姿勢を和らげる野党として橋下新党は期待されているにちがいない。51の国会議席をもっていた維新の会の橋下新党は20人程度らしい。この罵詈雑言の分裂騒ぎは安倍を利するだけだ。ぼくはこれまで失望した民主党以外の、とりわけ共産党に投票してきた。共産党は政権に座る望みはなくチェック機関として機能していると期待していたからだ。

 ところが近ごろ共産党の態度がおかしい。民主党に接近している。岡田民主党に魅力を感じるひとはまさかいないだろうが、共産党から秋波を送られた民主党の反応がどうもはっきりしない。好きなら好き、嫌いなら嫌い、と言ったらどうだ。この恋愛は成就しないね。1選挙区2万票といわれる票が民主党はほしくてたまらない、のだろうが、民主党が政権をとったらロクでもない党だと判明して滅入っているぼくらの傷は治りそうもない。

 安倍の一強時代はかくて終わりそうもない。けいいりょくと対峙しないメディアもちっともおもしろくない。学生時代は60年安保で騒然としていたが、新聞を読みたいばかりに徹夜したものだ。時代はめぐって当時、憎悪の対象だった人物の孫が日本の最大権力者になっている。60年当時に比べて日本は活気と元気がなくなってもやもやしている。


 

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若者によってぬるくなる老人
 プロ野球セリーグの監督は全員40代となった。40代はペン森で言えば、1期生41歳,2期生40歳である。長嶋茂雄は39歳で巨人軍の監督になった。たまたま長嶋監督を乗せたタクシーに乗ったことがある。運転手によると長嶋は「巨人が強くなるも弱くなるも、監督の手腕よりも兵隊の働き次第ですよ」と言ったらしい。その巨人の監督は40歳の高橋由伸になった。ついこの間まで代打要員の現役選手だった。

 高橋の現役引退に合わせて井端も現役を退いた。野球選手の選手寿命は短いが大相撲ほどではない。新聞記者も短かったが、最近は長生きするようだ。30年くらい前になるが毎日新聞社会部員の余命を調べた社会部OBがいた。63歳と短命だ。もっとも直前に現役記者3人が30かそこらで死亡したことがあったので、これが全体を縮める結果になったのだろう。先日ぼくの同期生の喜寿の会があったが、26人中死亡は4人だった。

 半年くらい前に元社会部長の90歳を祝う会があったが、会に集った仲間の間で杖をついていつのはぼくだけ。80代でかくしゃくとしているOB連中は大勢いる。しかしなにをしているかはわからない。農作業、認知症のかみさんの世話などを耳にするが、下流老人になっている者もいるだろう。新聞社は終身雇用だから消息はつかみやすい。OBの作家井上靖に会ったとき、なに某は定年後元気かい、と聞かれ知らずに参ったことがあった。

 ペン森生が内定して有頂天になっている姿をみると、かれらが老人になるのは想像できない。だがだれしも年をとる。ぼくも老人になるとは考えもしなかった。ペン森は20周年だ。パーティに思ったよりも出席人数が少ないようで頭が痛いが、結婚して第二子が誕生したばかりという欠席理由に接すると、こうして世代は交代していくんだなあ、という自然の摂理を実感せざるをえない。20周年パーティはぼくの生前告別式のつもりだ。

 だからできるだけたくさんのひとにお別れを言いたい。おそらく出席者の何人かは、今生の別れとなるだろう。次にパーティを開催するとすれば、ぼくの80歳の誕生祝いになるだろう。それまで元気を保つことが可能かあまり自信はない。一番若い21期生は20歳だからペン森開設と同じ歳回りである。ぼくとは60近い年齢差だ。この若すぎる大学生を相手にしているから、おかげで年はとらない環境にある。これは感謝である。

 ややもすれば齢を重ねると、若いひとには気の毒ながら、未来よりも過去を見がちだし、執着しがちでもある。今週末はOBに現役が混ざって伊豆高原へ行く。みんなは車だがぼく一人だけ電車の乗り継ぎだ。ぼくが列車好きのせいもあるが、一番の理由はトイレが近いからである。トイレの近い遠いは寒暖に左右されると思うが、歳も影響する。車は高速道路だとおいそれと停まってもらうわけにはいかない。漏らしを我慢し苦労する。

 伊豆高原は小田急ロマンスカーで小田原へ出て東海道線に乗り換え、熱海から伊豆急行でいくのがいい。伊豆急はリゾート21に乗って展望を楽しむ。コテージは内風呂で温泉かけ流し。もっとぬるけりゃ言うことはないのだが、水を加えてぬるめにせざるをえない。ぼくも若い大学生と親しくするのは、加水して年齢をぬるめていることになる。

 

 

水道の管とガスの管をつなぐ
横浜の傾斜マンション問題は深刻だ。住民の意見が集約されるまでにはかなりの日数を要するだろう。各家庭ですら考えはまとまらないかもしれない。この場合、夫の意見よりも妻の言い分のほうが強いだろう。夫と妻が対立して離婚に発展する場合もあるだろうと想像する。「引っ越してそこに住まって様子をみよう」「一体どこへ越すの?子どもたちは転校するの?」夫はおおむね大局的にとらえるが、妻は現実的だから強い。

 昔、オバタリアン、という言葉が流行したことがある。おばさんたちがわがもの顔で街を闊歩してややひんしゅくをかったのであった。とはいえ、おばさんたちが大人しくなったとはいえず、その行動は現在でもさして変わらない。われわれがそのようなおばさんの振る舞いに慣れっこになってきた面もある。おばさんは家庭のなかの女王さまである。絶対権力者だ。外に出ても女王さま然として勝手するから鼻つまみにあった。

 いまは女性の社会進出が当たり前になり、スーパーはパートのおばさんたちがレジをしている。話は変わるが、スーパーのレジはおばさん、コンビニのレジは学生アルバイトという住み分けはいつできたのだろうか。最近は年配のおじさんも見かけるようになったが動作が機敏じゃないような気がしてぼくはおじさんの列には並ばない。ついでだが、男子に限定して小便の際、じいさんの後ろに立って待ってはいけない。時間がかかるからだ。

 近所に家を新築しているが、鉄柱の打ち込みはすごい。ぼくのうちなんか打ち込みはなかったように記憶する。昭和の末期と平成15年とでは建築関係の法律が変わったのだろう。調べればすぐわかることだろうが、もう数年先送りしてきた。いまさらどうなるわけでもないからである。ぼくはわが家を新築するとき、車の免許を取得してなかった。取得したとき、駐車スペースをどうして確保しなかったのかと悔んだものだ。

 いまでは運転免許を放棄したので、無駄な駐車スペースがなくてよかったとつくづく思う。外の階段、屋内の階段、風呂場、トイレにも手すりをつけた。ひとつの家庭ですら、時間の経過とともにそこに住む人間に合わせて対応し変化してゆく。それが700世帯も800世帯もあれば、数年がかりの解決を覚悟しなければならない。子どもの受験、夫や妻の勤めの都合、どっちかの親を引き取って一緒に住もうという計画も水の泡だ。

 傾斜マンションは横浜のそこだけではないかもしれない。信頼のおけそうな大手の三井、旭化成でそうならもっとずさんな工事はほかにもありそうだ。ぼくの友人はマンション工事をしていて、作業員が水道の管とガスの管とを間違えてつないだ、と言っていた。すぐ気がついたからなにごともなく、工事は進行したがぞっとすると友人は漏らしていた。昭和時代の出来事だが、現代には起こり得ないとだれがいえるだろうか。

 ぼくは性善説を信じてきたが、性悪説もとらねばと傾斜マンション問題を知ってからすこし考えを改めた。いい人間ものほうが圧倒的に多いが、悪い人間はごく一部だけで世の中に多大の影響を及ぼす。言うまでもなく、ペン森はいい人間ばかりです。

 

 

杖の威力を知る電車
 小さな論争が朝日の「声」欄であった。電車の中で老人や体の不自由なひとに若者が席を譲らない、そんなことはない年寄りの私はよく譲ってもらう、という内容。昔からある類の小さな論争である。ぼくのかみさんは73歳のばあさんだが、若いひとが知らんふりしてスマホをいじって譲られることはすくないとこぼしている。がんを複数患ってまだ復帰途上にあるが、外見上は年寄りと見えるだけで元気そうに見える。

 ぼくは老人で杖をついているから優先席ではよく譲られる。杖の効果は抜群である。優先席もほとんど意識しないで利用するようになったのは70歳くらいからだ。それまではなるべく一般席に座るか前にっていた。杖をついてなければぼくも元気そうに見えるらしい。主治医が検診に行くたびに元気だなあ、と感心している。そう言っておけば元気を保ちこれ以上衰えることはないだろうという医者としての政治的発言かもしれない。

 最近は神保町との行きも帰りも優先席まっしぐらだ。一般席は見向きもしない。優先席に座るのに気がとがめることがなくなった。若者でもおばさんでも譲ってくれるのが当たり前と思うようになった。このあいだ、ぼくより年配と想像されるじいさんの前に座っていた男子がパッと席を立った。じいさんは当然のように座った。ポケットをごそごそやって取り出したのがスマホ。優先席でスマホに見入るじいさんはどうも場違いである。

 スマホやケータイでなく文庫本や新聞を読んでいると無条件にいいひとだと思う気持ちがぼくにはある。このところ文庫本を手にしている中年男をよく見かけるようになった、のはぼくだけか。ぼくも必ず文庫本を読む。いまは遅まきながら島崎藤村の『夜明け前』。藤村は馬籠の生家も見たが、クリスチャン(のちに教え子とできて棄教)のくせに家事手伝いとして兄がよこした姪っ子を犯しフランスへ逃げる。初々しい詩に比べて男の欲望むきだしの落差。

 ぼくも女子好きだからとやかくは言えない。先日神保町で下車して階段で杖にすがって慎重に下りていたら、右となりをミニスカートの若い女の子が追い越していく。きれいな脚だなあ、と見とれていると、女の子はふと足をとめた。振り返って心配そうな表情をして「大丈夫ですか」と声をかけてきた。ぼくはにっこり笑って「慣れていますから大丈夫です」と答えた。とびきりの美人ではなかったが、その日は1日中ウキウキしていた。

 この間の朝、こんなこともあった。今度は高校生とおぼしき男子。エスカレーターに乗ってホームに向かっていたら、男の子が大きなスポーツバッグをもって右側を追い越そうとして声をかけてきた。「すみません。急いでいますので傍を抜けて前に出ます」。この日も気分がよかった。若者の中にもいいやつがいる。もちろんペン森20期生にもいい男子がいる。女子は気質的にはまだまだの子もいる。20期女子は総じて同期男子より劣る。

 ぼくが帰宅する夜遅くには年寄りはいない。サラリーマンやOLが疲れているか一杯飲んだあとかで優先席にぼく以外に2,3人座る。その優先席も神保町のつぎの九段下で若い男女に空席が占拠される。せっかく座っても酒のはいった年寄りのぼくは尿意を催して途中下車することが多いのだ。

 

だれにも介護される運命が待つ
 1億聡白痴化と戦後テレビをやゆしたのは評論家の大宅壮一だった。この場合、白痴というのは馬鹿という意味。テレビ漬けになって日本人みんながものを考えない馬鹿になる、と鋭い評論家の大宅はご託宣を述べたのだ。大宅壮一とは今年ペン森5期生須田桃子が『捏造の科学者』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したその大宅壮一である。テレビによって馬鹿になった日本人もいるだろうが、テレビのなかではおバカキャラが人気だ。

戦前戦中は「1億聡火の玉」とか「1億聡玉砕」とか「1億聡決起」とか、沖縄戦のあとは本土決戦だとばかり戦意高揚のスローガンで軍部は1億国民をけしかけた。この1億というフレーズが戦前戦中を想起させて印象が悪い、と新設の1億聡活躍社会のことを悪しざまにあげつらう年配者は少なくない。ぼくは安倍政権の無神経さにあきれる。1億聡活躍とはなんのことか具体的な中身は伝わらない。勤勉に休みなく働けということか。

1億というのは日本の人口を大雑把にまとめた呼称。1億聡活躍の数値目標として①国内総生産(GDP)600兆円②出生率1・8③介護離職ゼロを掲げ、有識者会議で具体的な工程表を盛り込むことにしているらしい。いずれの目標も夢のまた夢で、これが実現可能だとはだれも信じてないだろう。東京に限れば出生率は1・1にすぎない。消滅市町村は子どもを産む年齢の女性が少なくなるのが原因である。14年の出生率は1・42。

 国内総生産(GDP)600兆円はいまよりざっと100兆円多い額だ。簡単に1兆円と言うがこれがどれほどの額なのか。ぼくの計算だからだいぶ怪しいが。毎日100万円使ってもq1000年では使いきれない。軽く1兆円と口にするがたいへんな額である。あと100兆円も増えると、ペン森にも受講料がはいってきて潤うだろうなあ。なにかめどがあれば実現するかもしれないが、どうせ来年の選挙目当てのスローガンにちがいない。

 ②の出生率1・8はどうやって導き出した数字だろうか。人口を維持するには2・07の出生率が必要とされるが、いまはたいていが子どもは1人か2人である。公園でも子どもの声をあまり聞かなくなった。うちの町内では子どもが小学校に入学するとお祝いをしていたものだが、いつのまにかそれもなくなった。廃校が全国で目立ち廃村や集落が消えていくのも子どもの数が減っているからだ。人口減の日本が下り坂に転じて久しい。

 今週発売の週刊東洋経済は「絶望の非正規」を特集している。非正規とは非正規社員のことだ。ペン森にもなかなか就職ができないフリーターがいる。派遣や契約など不安定な雇用に甘んじているのはいまや4割にのぼる。重労働で責任が重く給料が安い代表格が介護職員だ。当然、定着率は低く離職率は高い。ぼくの友人のクリスチャンが介護施設でボランティアをしたがたった1日で音をあげた。「背中までくそまみれだもんなあ、参った」。

 介護は糞尿との闘い、とよく言われる。ぼくも要介護にどんどん近づく。酔いすぎて脱糞したこともある。小便は近い。頻尿だ。とは言ってもペン森生より5,60年早いだけの話。いつかみんなが経験するんだから、自分の近い将来のために介護職員を応援しょう。
 

気のきく感じのいい男女が先に内定する
昨夜もタクシーで帰宅した。と言っても下車駅のひとつ手前の駅で下りて客待ちのタクシーを利用するだけである。夜の10時をすぎると2割増しになり料金は1270円。月に3,4回は利用する。たいてい酔っているから下車駅から歩いて帰るのがつらい。途中にこれまで転倒した場所が3か所あって、また転ぶのではと不安になる。最近は杖なしで歩くこともあるが、よれよれとゆっくりなので悪い奴に襲われたらイチコロだと思う。

しかし金目のものは皆無だから襲っても無駄だ。このじいさんはな―にももってないや、いっそ刺しちゃえ、という悪い奴が腹いせに出る展開にならないとも限らない。駅からすぐ公園の外周になるが、それほど明るくも暗くもない。人通りもほとんど途切れない。若い女性もコツコツと靴の音を響かせてよく通る。だが杖をもった足の不自由そうなじいさんはぼく以外にいない。襲われるなら一番体力のなさそうなぼくと決まっている。

タクシーに乗ると、自宅に通じる路地の曲がり角は飲みものの自動販売機の明りが目印になるが、昨夜は自販機という言葉がどうしても出てこなかった。コンビニとかスーパーとか関係ない言葉を発する始末で運転手も困っていた。アルコールがはいると一瞬認知症に陥るのは若い時分からだったが、最近はとみにひどくなった。よく忘れる苦手な言葉があるようで、ぼくがよく名前を忘れるペン森20期生も何人かいる。

火曜日と木曜日はぼくが料理もするが、朝一応買い出しのメモを書くが、喉に出かかって、口から出てこないのがマイタケとナメコだ。いまもケータイの裏のメモ書きがなけりゃ出てこないまま何分かの時間の経過を待たねばならなかった。ケータイの裏に取り扱い説明の貼り紙がある。それに書いているのである。ところがこの2,3日ケータイをペン森に置いたままで持ち帰っていなかった。だからきのうはメニュー変更となった。

この季節はサンマがおいしい。おととい火曜日NHKの「ためしてがってん」でみりんをさんまになでなですれば脂が抜けず半分の時間で焦げ目がついて、よりおいしくなると言っていたのでそのまねをしてみた。おいしかったかどうかはわからない。人数が予定以上だった関係で自分の分までは回らなかったからだ。この人数が読めないのに毎日苦労するのはペン森の自由さによる。週2回好き勝手にきて作文を書いて飲食すればいいのだ。

料理をすればごみが出る。21期生に料理を手伝う男子が現れた。ごみ出しは20期生男子もよくやってくれたが、21期生も頼りになりそうだ。昨夜はさっそく21期女子が改札まで
手をつないで介護誘導してくれた。洗い物による女子の品評を20期男子はやっているが、たしかに自分の食器だけでなく他人の分まで洗うのは男子のほうが目立つ。テーブルから離れず、ばか話に興じている女子もいるのだ。後始末に関して20期女子はいずれ泣くろう。

 もちろんよく気のきく20期女子もいる。気のきかない女子がそのためかえって目立つことになるのだが、うちで手伝いはしてないのだろうか。その将来の人生を考えると憂慮せざるをえない。気のきく感じのいい男女は内定が約束されたも同然であることを肝に銘じよう。


ズボンもペン森も安くて丈夫で長持ち
衣替えにはまだちょっと早いが。半袖では冷える季節となった。ぼくもシャツは長袖にして、ズボンの下にはステテコを履きはじめた。ステテコは夏の汗取りとして着用するのが普通だが、ぼくは暑い季節にはステテコは履かない。パンツだけである。以前、ペン森生とよく旅をして一緒に温泉に入ることも多かった。そのとき、若者はズボンの下にステテコを履いていないことに気づいた。もっとも若者はジーパンが主だったのだが。

 ぼくのズボンは夏も冬も同じだ。イトーヨーカ堂で買った木綿仕立ての3000円黒色3本を交互に着用している。先日手持ちのジーパンを履いてみたら、重くて身軽に動けなかった。さっそく廃棄処分。年寄りだから身軽に動けないのは当然ではあっても、ジーパンという作業着を重く感じるのは、このズボンが身に合ってないからだろう。ジーパンでも軽い丈夫な生地で縫製したものがあるはずだが、ヨーカ堂のでまだ間に合っている。

 ペン森をはじめてなにがよかったかといえば、ざっくばらんな服装でも平気だということだ。大学の講師をやっていたころは濃紺のスーツをよく着ていた。ときどき替えズボンとジャケットだった。麻のジャケットはすぐしわしわになるのであまり好きではなかった。そのしわがいいのだというひともいるが、自由業なら許せても大学の先生には似つかわしくない。記者当時もスーツで、そのへんのサラリーマンとなんら変わらない。

 記者当時、神保町の交差点の近くに洋装店があって、ぼくはそこで吊るしを求めていた。もっぱら英国生地を愛用していたが、だいたい半年で50万円くらいが服代だった。体型が既製服にぴたりと合ったこともあって、街の洋服屋でお気に入りのおしゃれができた。そのことにはだれも気づかなかった。その店もとっくに閉店した。そのあとはメガネ屋だったが、それも消えて、いまはコンビニになっている。有為転変だがペン森は中身は同じ。

 中身は変わらないが、場所は変わった。現在は神保町で3か所めである。転居のたびに手狭になる。狭くて汚いので先ごろ20期生の内定者たちが大掃除をしてくれた。14期生から使っていて、床に寝た男子の寝袋が部屋の隅に押し込んであった。女子のバッグもあって、なかにブラジャーやパンティーが入っていた。これはおそらくOGがゴルフ帰りに立ち寄って、風呂後の着替えをそっくり忘れたのだろう。ごみとして全部捨てました。

 今年も4回転倒したが、そのつどぼくの脚は擦りむいて血が出たりにじんだりしたが、破けたと思ったズボンにはなんの痕跡もない。ズボンの生地は丈夫で、内側の生身の肉体だけが傷む。なにごともなかったかのようにズボンは平然としている。それに騙されて風呂場で脚の傷に気づかされる。見た目で気づくこともあれば、しみて気づくこともある。愛用している3本の同じ色と生地のズボンは東南アジアで縫製したのだろうが剛直だ。

 安くて丈夫で長持ちするというのは、ズボンにかぎったことではない。ペン森もそうかもしれない。週2回受講して月払い2万7300円だが、毎回酒と夕食のサービスがつく。ちなみに今夕は北海道牧場直送短角牛の焼き肉だ。夕食代と酒代で釣りがきたと喜ぶ飲ん兵衛もいた。
 


福山・吹石の結婚から考えた
もう本日は日にちがたって立ち消えになった。福山雅治と吹石一恵との結婚に際し、テレビで菅官房長官が述べたコメント問題である。「ほんとうによかったですね。それで、あの、この結婚を機にやはりママさんたちが一緒に子どもを産みたいとかっていう形で国家に貢献してくれればいいなと思っています。たくさん産んでください」。以上がコメントだが、「国家に貢献」という言葉に戦前の日本を連想した人がいて一瞬問題視された。

 戦前の日本は「産めよ増やせよ」でたいてい子だくさんだった。昭和13年生まれのぼくは6人きょうだいである。兵士や労働力として子どもが必要だったのである。いまでも自民党国会議員には夫婦別姓に反対する者がいるのは戦前の家庭は国家を形成する最小単位である、という考えがあるからだ。夫婦別姓なら夫と妻がそれぞれ別人格で夫婦として一体化してないから国家の最小単位いふさわしくないという理屈だ。

 マスコミには結婚しても姓はそのままという女性がすくなくない。これでペン森は困っている。ヤマト運輸のメール便が届かないからだ。こっちは結婚前の氏名のまま冊子を発送するが、家に行ってみると表札がちがうので配達員はとまどう。やむなくメール便は引き返してくる。引っ越しをしたOBにもメール便が届かないケースが多い。住所変更をペン森までしてくれないからだ。郵便局なら追跡して届くがメール便にそのサービスはない。

 ペン森からのメール便がまったく来ない、とクレームをつけられることがあるが、新しい住所がわからないから仕方ない。新聞社は取材先などとの癒着を避けて記者を一か所に何年もとどめ置くことはごくまれだ。引っ越しが3,4年に一回はある。結婚は3,4年に一回というわけにはいかず、特定の夫や妻との癒着状態が望ましい。たいていは夫の側の姓を妻が名乗り、妻の側の生を名乗った例が一組だけあったが、離婚して元にもどった。

 官房長官のコメントに反発した意見に子どもの数にまで国家が介入するのか、というのがあった。ずいぶん前子どもの数が一夫婦あたり1・57を示して少子化現象がはっきりしたときがあった。いわゆる1・57ショックだ。官房長官は単に少子化の加速と人口減少が頭にあって、国家の介入までは考えていないだろう。現に首相の安倍は子どもはいない。子どもを産む産まないは個人の自由で、国家管理できるものではない。

 ましてやいまは、同性婚が普通になった世の中である。養子や里子を利用するなら別だが、同性婚に子どもを望むのは無理だ。福山と吹石は歳の差13だが、たとえば76歳のじいさんと20最の愛くるしいカップルも子どもの出産は男の側の生理として不可能だろう。ぼくは残念ながら孫は1人。大勢の孫に囲まれたじいさんを見るにつけ羨ましい。安倍は安保から経済にシフトしたが、夢よもう一度の経済成長は無理だろう。

 人口減と若年層の都市移動によって、初婚年齢は上昇して結婚しづらい、出生率は下がるという悪循環に陥っている。東京の出生率は1・1と全国ワーストワンだ。そして若者は結婚できないほど貧乏だ。若いひとたちには申し訳ないが、来月喜寿を迎えるぼくは日本の一番いい時期に人生を謳歌したと思う。

 

 




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