ペン森通信
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失敗だった今年の就活日程変更
ペン森に過疎状態がはじまった。20期生がそれぞれ就職先が決まり来なくなったからだ。
代わりの21期生は本日から来週にかけて3人が体験受講の申し込みをしているが、満杯状態になるのは年内は無理だろう。20期生はごく一部を除いて常連のほとんどがマスコミに内定した。新聞・出版ともに行く末はかぼそいものだと心配だが。マスコミ人気はまだまだ根強い。今年は経団連などの掛け声で企業の選考は8月にずれたが悪評ふんぷんだった。

 本日の朝日は「就活革命誰が得した?」と題して社会面トップで報じた。「国・経済界、影響検証へ」という。「学生『元に戻して』・割れた企業、フライング内定も」と内容をかいつまんで説明している。要するに今年から始めた就活の日程変更は学生の就活が長期化しただけでなく、水面下で内定を出すフライング企業が目立ち、正直者がばかを見た。ぼくの知る限り社会的責任を標榜する大マスコミの抜け駆けは日経である。

 テレビ局もフライング気味であった。中小企業のなかには選考日程が後ろにずれたことをこれ幸いと、選考を早めた中小企業や外資があった。学生側も採用側も混乱して、その混乱はまだつづいている。早く内定を出して学生を確保したつもりだったのに、新ルールどおり8月から採用活動をスタートさせた正直企業に内定者が逃げたのだ。オワハラなんて言葉もそのせいでできた。ぼくは日経の二次募集のESをきのうもきょうも点検した。

では来年はどうなるか。選考を元に戻すことはないだろう。音頭をとった国や経団連のメンツがある。学生の利益よりも自分たちの立場が大事なのだ。ただ8月の採用解禁が6月に調整される可能性はある。繰り下げは大学側の要望だったらしいが、就職を控えた学生の焦りを読み切っていなかった。その焦りに付け込んだのがフライング企業だ。ペン森生はあのマスコミの記者は優しい、みんないいひとと評するが入社して泣くなよ。

 というわけで来年はどうなるかわからない。学生は早い段階から準備するに越したことはない。第一志望の内定者は総じて内面の深さをもっている。これまで生きてきた22,3年の間になにを見て、なにを聞いて、なにを感じたかということの集積が問われる。つまり、これまでの生き方が大いに作用するのである。生き方は作文にも如実に表れる。作文は本人独自の資質の問題だから、時事問題のように数人で共有することは不可能である。

 マスコミ各社が作文の制限字数を1000字にしていたペン森初期のころ、構文は物語風の起承転結を採用していたが、最近は600字なので現在→過去→未来も導入している。現在とはいまの状態、考え、意見をまず示して次に展開する過去でなぜ現在に至ったかを具体的なエピソードでもって証明する。そしていままでに書いてきた現在と過去を踏まえてこうしたいという希望の意思や期待を表現して締めくくる。内容はもちろん主観で結構。

 とはいえ、以上は頭で考えるのではなく、現場を踏むことが大切だ。国会前の若者のデモを見ての若者と政治の私見を述べる、水害地などへ実際に出向いて異常気象について思う・・・。机上論はどうしても底が浅くなる。そこの深い作文を着想よく展開すれば採用試験の日程はどうあれ内定は約束される。





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自衛隊は救助専門の軍隊にしては
連休前、安保法案が参議院を通過して成立した。これを朝日、毎日は強行採決と表現した。議員数の多い自民・公明の与党が数の力で反対する野党を押しきった。屋外では学生や主婦、サラリーマンだけでなく、憲法学者も反対の声を上げていた。かつての反対デモは組織化された労働組合員や学生が目立ったが、今回は勝手連の集合体のような若者が中心だった。最近の軟弱な若者もいざとなれば行動を起こすものであることを示した。

 なぜデモが全国的にひろがったか。ぼくは安倍きらいの生理的な理由も大きいと思う。60年安保デモ世代のぼくは当時からずっと、安倍の崇拝する祖父・岸信介の顔を見るのも嫌なくらい毛嫌いしている。安倍はまったく知性が感じられず、これが一国の総理大臣かと羞恥を覚えるほど軽い。異論に反発して国会でヤジを飛ばす。甘やかされた坊やみたいだ。嫌いというより、その感情は嫌悪感に近い。気色が悪くて不気味でさえある。

 ぼくは女性には嫌悪を感じる場合が少なくないが、男性にはそのような感情はめったにわかない。しかし、首相の安倍は詳しく読んだことがないと言ったポツダム宣言の内容どころか、本を読んだことがないとさえ指摘される。安保法案の成立は安倍の思いとおりだっただろう。なにをいっても成立するのだからという心理が作用していればこそ、ヤジを放ったにちがいない。1強支配だし、やろうと思えばなんでもできる最高権力者だ。

 ぼくはこの現代に直ちに大国同士の戦争が起こるとは思わない。第二次大戦後最も戦争をやっているのはアメリカだが、アメリカはブッシュ・ドクトリンによってイラクを攻撃した。ブッシュ・ドクトリンというのはアメリカが大量兵器の危険を察知した場合、自衛権を基に先制攻撃ができるという理屈。これでイラクを攻めたが、大量兵器はでてこなかった。間違った戦争だったのである。誘われたドイツや親米カナダは参戦しなかった。

 ドイツとカナダは集団的自衛権の行使を拒否したが、果たして日本は断れるか。そこが問題だ。日本の国会審議よりもアメリカ議会でいち早く、安保関連法案は夏までに成立させるとのたまった日本の最高権力者にとっては、日本の国会よりもアメリカ議会のほうが大事な存在なのだ。ドイツやカナダのようにアメリカにノ―と言えるのか気になる。安保法案成立後も政権の説明不足という世論は7割8割を占める。国民はまだ不安なのだ。

 安保法案は日本の国策の大変更だが、いとも簡単に変更された。20%の得票率しかない自民党が絶大な権力を握っている。その上に乗った安倍は権力の美味に酔いしれているだろう。ヒトラーは近代的な民主憲法と言われたワイマール憲法下で選挙によって選ばれた。権力とか独裁というのは日本の戦国時代を例に引くまでもなく、ヨーロッパでもしばしば肉親の暗殺に直結した。安倍政権は総裁選への立候補の構えを見せた野田聖子をつぶした。

 安倍は「絶対」とか「全力をあげて」という言葉をよく吐く。ぼくはそこにも胡散臭さや不信感をもつ。安倍は対立候補のいない総裁選に再選され、24日記者会見で国民総生産600兆円の目標を示したが、これはこれまでの焼き直しで新味はない。安倍には全力をあげて自衛隊を人助け専門の世界一ユニークな軍隊にしてほしい。すると名前が世界史に残る。



 

超シルバーはシルバーウイークはごみ捨て
あしたからシルバーウイークだが、超シルバーのぼくは5日間の休み中もおそらくペン森に出てくることになる。用があるのは火水22・23日である。火は資源ごみ、水は燃えないごみを暗くなった夜にこっそり出し、翌日早朝の回収に備える。おととい大掃除を20期生がしてくれた際、電話が通じなくなった上にpcもストップしてしまった。だから、メールも通じなくなっていたし、ブログも書けなかった。ブログは来週に書きたい。



喜寿のくせに若者道楽
苦手な秋がやってくる。秋はやがて冬になる。寒い冬が好きなひとはあまりいないだろう。人生は四季に例えられる。いまはまだ秋の入り口だから、公園の路上には地上で1週間、生きていることを讃歌していた蝉の死骸が散らばっている。それに蟻が群がる。哀れである。蝉の死骸が消え、暗くなると虫のすだきがいっそう騒がしくなる。四季は1年ごとだが、人生は1回こっきりだ。1回しかないからやりたいことをやって楽しもう。

新聞社の同期生会の知らせが届いた。これが同期会の「最終版」になるかもしれない、と添え書きがあった。ほとんどが喜寿を迎えている年齢である。77歳前後の年寄りが集うと過去の思い出話や病気自慢で盛り上がるに決まっている。ぼくも11月5日に喜寿を迎えるので将来の話よりも思い出のほうが頭に浮かぶが、マスコミ志望の若者に将来を託して添削指導をして20年、まだれっきとした現役だ。同期のうち4人がすでに亡くなった。

年齢的には間違いなく、冬が迫っている。60代に脳梗塞で入院して退院した際、担当医が「この冬を越すのが勝負です」と言った。あれから10回以上も冬を越したが、いたって元気である。本日も来期の予約をしている女子学生に10月から準備をはじめようとメールを出したばかり。やる気満々である。若者から養分をもらっているが先週の夏休みで中断した。退屈な休みだった。若者と接するのが愉快な道楽であることを改めて自覚した。

ぼくの年になると、たいていは現役を退いている。城山三郎は定年後のうつうつを『毎日が日曜日』という小説に書いたが、ぼくも引退すると確実にうつうつとなるだろう。引退後は人生の厳冬期だ。ぼくにとってペン森は生きがい、趣味である。旅もローカル線もペン森生の同行があればこその愉悦が忘れ難い。車を運転していたので、ほとんど全国を回った。当然、いまや車や列車で同行してくれた相手とのル―トを恋しがるだけである。

10月に21期生を迎えると、20期生とほとんど切れ目なく受講生が続くことになる。つまり20代の男女と親しく話す機会が継続するわけだ。20期生のマスコミ関係内定者は本日までに15人。常連19人のうちあと3人はと見込んでいたが、思い通りにいかないのは人生と同じ。今年の就職戦線は団塊世代の卒業と20年のオリンピックのために学生有利の売り手市場といわれたものの、マスコミはやはりまだ難関であった。すばらしい。

この状況は来年になってもさして変わらないにちがいない。8月解禁にずらすのも同じだろうが、内定通知は乱れるにちがいない。今年も日経を筆頭に早いもの勝ちだったからである。赤信号みんなで渡れば怖くない、という気分に味をしめたところが来年は増える恐れもある。マスコミは報道と採用とが別人格であることの矛盾に怒りを発しない若者も悪い。受け手から知る権利を負託された存在であることを内定者は認識してもらいたい。

同期生会は欠席に傾いている。歓喜・期待・やる気にいくばくかの不安が混じる気持ちは内定者に接しているとわかる。喜寿の同期たちはどうせ入社のころを振り返って懐かしがるのだろう。同時に人生の冬に突入しようというのに、まだ20代と親しくしているぼくも羨ましがられる。21期生にも人生の春を満喫させたいから切れ目なく作文を見よう。







ラーメンは好きだが行列は嫌い
ペンの森は5日~13日の間、夏休みのため閉鎖します。
骨休めです。21日敬老の日を中心にした19日~23日のシルバ―ホリデーは休むかどうかまだ決めてない。受講生は大手マスコミの内定が出た関係できわめて少ないが、家にこもっているのもつまらないので、ペン森まで飲みに出てくるかもしれない。

これまでのマスコミ関係の内定者は13人。1人で2,3社内定した者もいる。その重複もふくめると読売5人、NHK3人、朝日2人、共同通信2人、日経1人、毎日1人、世界文化社1人、光文社1人、山と渓谷社1人、明治図書1人。まじめに作文を書くいわゆる常連が15,6人なので、内定率は高い。今年は就活が後ろにずれて8月解禁となった。ペン森は3月に受講生が30人に達したのでその時点で募集を締め切った。常連は少ない。

常連が減ってゆくのは毎年のことだが、その理由は――マスコミ以外の業種に興味と関心が移った。自分の実力ではとても無理。新聞雑誌の将来が心配。なにを伝えたらいいかがわからない。ペン森を辞めていくのは、自分の行く先が見えた結果の選択だと思う。それは立派なことだ。ぼくのように中学時代から新聞記者になるのだと決めてかかって、ほかの道に進もうなんて考えもしない硬直した狭い生き方はどうなのかな、と思う。

結婚披露宴によばれると、マスコミ以外の業種に就いているかつてのペン森生に会うことがある。彼や彼女は新郎あるいは新婦の友人として出席している。ぼくはペン森で異なる大学の若者が出会い、生涯の友人関係を結んでくれるのが望みである。いま20期の内定者たちが旅の計画で盛り上がっている。ペン森に来なければ一生出会うこともなかっただろう若者同士が興奮している様子を見て、ペン森をやってよかったと感じるのだ。

たとえばきょうもペン森の下のラーメン二郎には若者を中心としたジロリアンたちが長い行列をつくっている。ぼくはラーメンはペン森と同じくらい好きだったが、今はそれほどでもない。血圧がやや高くて塩分を控えているからだ。ラーメンが好きだったとはいえ、行列に並んだことはない。電車でも並んで乗るのは嫌だ。大学に入りたての敗戦10年ごろ、鹿児島で始発の長距離列車に乗るには前夜から家族総出で並ばなきゃならなかったのだ。

それから行列嫌いになって、各駅停車の列車が好きになり、ローカル線マニアに発展した。人間はちょっとしたきっかけで好きになったり、嫌いになったりするし、好きが高じてそれが事業レベルにまで発展することもある。ペン森は事業は事業でも慈善事業みたいなものだ。ぼくの若者好きが高じてペン森になった。30代後半のとき、慶応、早稲田、東大の男子学生のみに作文を教えて飲んで夜通し談笑したのがペン森の根っこである。

ぼくは学生時代、違う大学の学生はほとんど知らなかった。早稲田にも明治にも東大にも慶応にも友人はいなかった。同じ大学で仲間をつくって飲んでいただけだ。だから人間が浅い。思うに酒が飲む能力があって人生ほんとによかった。あしたからの9連休も飲んで本を読む。本はまず『大名行列の秘密』(安藤優一郎/NHK出版生活人新書)から。





ピチピチギャルも安倍が嫌い
週刊文春最新号がグラビアで水着の若い女子たちに安倍首相について「好き」「嫌い」アンケートをやっていた。なぜ水着の海水浴場のピチピチ女子を対象にしたのか意味がわからないが、ぼくは水着に引きつけられてしみじみ見てしまった「好き」よりも「嫌い」が圧倒的に多かったのでピチピチたちもおれの気持ちと同じだなあと感じて気分がよかった。ぼくはノーベル文学賞の大江健三郎と同じく日本国首相を呼び捨てにするくらい嫌いだ。

ぼくは60年安保世代で国会デモに興奮した身だから当然、安倍が尊敬してやまない祖父の岸信介が嫌いだった。父親はぼくが勤めていた新聞社の政治部の記者だった。ぼくは社会部で所属が異なった。政治部には親しい友人も何人かいたが、安倍の父親とは年齢が離れていた。面識はなく、「好き」でも「嫌い」でもない。いまとなってはあの安倍の父親だから嫌いである。父親は少し優柔不断なところがあり、安倍自身も父親嫌いかもしれない。

日曜の夜は家人に付き合ってNHKの大河ドラマ『花燃ゆ』を焼酎を飲みつつ眺めている。以下は邪推かもと思う。ヒロインの兄吉田松陰は安倍が持ちあげる郷里の大英雄である。NHKは安倍という日本の最高権力者に媚びを売るためにこの視聴率の悪い大河ドラマを放映しているのでは、と疑念がわく。司馬遼太郎に言わせると日本の教育者は吉田松陰と緒方洪庵の2人しかいない。ペン森は松陰ではなく福沢諭吉を生んだ洪庵の適塾をまねた。

福沢諭吉は大の酒好きで5,6歳当時、バリカンでの散髪を嫌がって泣いたが、散髪がすんだらお酒を飲ますからと説得したら、ぴたりと泣きやんだらしい。長じて適塾では酒を傍らに置いて勉強したという。「自分と酒は切っても切れない」と『福翁自伝』に書いてあったような気がする。ぼくと同じ。ペン森は酒をサービスで出しているが、酒を飲むのが当たり前になっていて、作文を書かずに冷蔵庫を開けてビールを取りだす不心得者もいる。

週刊誌がキャピキャピギャルに安倍に対する好き嫌いを聞くくらいだから、安倍は相当注目されている。安保関連法案や原発再稼動などの政策と関係がある。安保デモは全国への広がりを見せ、8月30日には小雨の中さまざまな立場や世代のひとたちが国会議事堂前を埋め尽くして、「安保法案廃案」「安倍総理退陣」を叫んだ。反対運動の嵐は燃え盛るばかりだ。8月、20期生の作文にも矢も盾もたまらず国会へ行ったというのがあった。

ぼくが予想するにこの安保反対デモは政権が強気でごり押しして通すと、「原発再稼動反対」や再稼動だけではなく根本的なエネルギー政策に思考がおよび、「原発反対」に転化して発展するのではないか。ごり押ししなけりゃ、よし今度は原発も廃炉に持ち込もうと盛り上がるかも。ぼくは国会周辺でデモをするわけではないし、なんら行動をしてないから対岸の火事みたいな感覚で申し訳ないが、「安保反対」「安倍退陣」は願っている。

故郷を失った福島原発事故の避難者の胸中はいかばかりか、薩摩川内原発は再稼動をはじめた。原発は必ず怖いごみが出る。廃炉になっても出る。安保法案は自衛隊員の犠牲が出て大騒ぎし、日本はいつか来た道へ行くのだろう。ぼくら逃げ切り世代は逃げ切るが。







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