ペン森通信
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指原莉乃はブスなところがよい。
 彼や彼女のいない独身男女が4割いるという。これはどういうことだ!ぼくは既婚者だから当然、彼女はいないが好きな女性はいる。AKB48で言えば総選挙で最高得票を獲得した指原莉乃である。そこら辺にいるブスの若い女性という印象がよい。親しみを覚える。高度な清純性はなく、バラエティーを見ていると話し上手の男性経験のある22歳の匂うような若妻のようである。スタイルはよい。アンバランスなところが魅力だ。

 と言って、ぼくは不美人が好きなわけではない。指原が好きなのは彼女が大分県出身で同じ九州人だからかもしれない。大分は別府大分毎日マラソンの取材と台風取材をしたくらいでまず馴染みがない。中学時代ぼくと前後して大分から転校してきた野口くんという好人物の小柄な少年がいて友だちになったが、それぞれ違う高校に進学したので別れたきりである。急に中学時代を思い浮かべたのは指原のもつ庶民性からの連想だろう。

 さすがにAKBも下火になったのではと思うが、16期生のころはメンバーの写真16枚をトイレに貼っていた。それを真面目な東大出の日経記者が全部はがした。「ここはマスコミに入るためにみんなで勉強するところだ」と。かれは1年目には不運にも受からなかったが2年目の採用試験に備えて毎日13時間対策したという。人知れず勉強をしているペン森生は多い。卒業時に不用になった対策本をごっそり持ちこんでくるからわかる。

 20期生には熊本。福岡出身者が多い。いずれもラーメンのうまいところである。ぼくは北九州に4間赴任していたことがあるが、昼食はいつもラーメンだった。白濁のとんこつスープに細い麺、赤い紅ショウガが乗せてあるのがアクセント。東京で警察まわりをしていたころ白めしだけ出前でとって、他社の記者にラーメンのスープを残して恵んでもらい、それを白めしにぶっかけて食べていたのに比べてかなり進歩していたものだ。

 警察まわりは午前10時から夜の10時まで勤務だったが、1人暮らしには朝飯と昼食に苦労した。夜は酒につぎ込んでいたから昼食代がつねに不足していた。朝はたいてい抜いていた。なにしろまだ20代前半の若さである。若かったので無茶がきいた。飲み屋でビールの大瓶を12本飲んで外に出て、腹を叩いたら口からビールがピッと噴出したことがある。まだ携帯電話なんてあるはずもなく、呼び出しは電報の時代であった。

 九州の人間は総じてラテン気質である。それは指原によく感じるところだ。指原を見ればわかるが大分は美人の産地ではない。美人が多いのは長崎、福岡、鹿児島である。ぼくの故郷鹿児島の美人は顔が濃い。色ではなく彫りが深くメリハリがついている。ペン森に鹿児島の同じ高校出身者が4人入塾したことがある。最も秀才だと言われた男だけが全国紙に落ちて、1人が記者をしている地方紙に転職した。1人は朝日の新入生総代となった。

 選挙という作文題を出すと必ず、AKB48の総選挙を書く若者がいる。いまどき総選挙といえば衆議院ではなくAKB48なのだ。ぼくはあけっぴろげな指原が好きだけど、指原が総選挙で1位になるとはファンは相当庶民的でブス好みなんだね。

 

 

 

 

 

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お金に苦労しない時期もあったなあ
 孫娘が特待生に選ばれ、大学から授業料免除分の30万円をもらった。ぼくは小中学時代在校生総代、卒業生総代にはなったことがあるが、お金とは縁がなかった。預金が3万円のぼくから見れば、孫娘は10倍の金持ちである。30万円もたえるという報告をうけたのはおとといの日曜日、父の日である。父の日は母の日のつけたしだ。「母の日」があるのに「父の日」がないのはかわいそう、とアメリカ人の女性が言ってできたらしい。

 父の日があって祖父の日や祖母の日がないのはおかしい、じいさまやばあさまがかわいそうじゃないの、という声がどうして出てこないのだろうか。老人に人権はないのか。ぼくはじじい日を設けて、その日はじいさまやばあさまが盛大な贈りものをもらってもいいと思う。贈りものではなくてもご馳走でもいい。ご馳走ならいまだったらうなぎだね。三島のさくら家で冷や酒を傾けつつ、かば焼き3枚をご飯の上に敷き詰めたうな重がいいな。

 孫娘はぼくの旅友だがこの際、10万円をじいさまに精力をつけてもらうため、三島のさくら家に連れて行ってくれないだろうか。大学4年生とはいえ背丈がなく、小柄だから体重65キロのぼくの介護役はちょっと大変かもしれないが、なにこっちには杖がある。しかし、杖に頼ってはいても、転ぶときは転ぶ。孫がぼくを支えられるかどうか、それはかなり難しい。場合によっては孫も巻き添えを食って、転倒する可能性がある。

 ぼくが転倒してひざやひじなどに擦りキズを負うと、いっこうに治らない。皮膚の代謝ができなくなっているらしい。背丈だって2センチくらい縮んだと思う。もともと小規模だったペニスも1センチは短縮した。手のひらの指紋も擦り切れた。女の子がぼくの手を握りたがるのはすべすべと気持ちがいいからだ。若いときはじっとりとしめりっけを帯びていたものだが、手のひらまで乾いた。すべすべつるつるは哀しいかな老化現象である。

 もっとも最終面接前にぼくの手を握ると内定がもらえるという都市伝説が5期生から続いていて、女の子だけでなく男の子も握りたがる。その際、ぼくがご馳走するとより効果的という噂もあったが、ありがたいことにそのためだけに利用していた中華屋がシェフ交代でまずくなったのをしおに奢りはやめにした。水餃子がきわめて美味だったのに、すっかり味が変わってぼくは行かなくなった。女の子から手を握られることだけが残っている。

 孫娘は中学受験でエスカレーターの成城学園に進学した。千葉の幕張から1時間半かけて通学し、中高は無遅刻無欠席の皆勤賞だった。大学に進むとき、他大学を受けるよう教師からしつこく勧められているときいて、ぼくは慶応か東大を受ければいのにと思っていたが本人は頑として聞き入れなかった。ぼくも早稲田や朝日新聞を執拗に勧められたので両方とも無縁となった。孫娘とぼくとは似たようなところがあるのかもしれない。

 振り返れば30万円どころか300万円の車を買ってびくともしなかった時代もあったのだ。そのときどきの立場や境遇によって、お金の価値は気持ちの上下動がはげしい。ペン森以前は不自由しない上だったが、ペン森をもってからはずっと下のままで定着している。

 

内定がほしければネタをさがせ
大学生の今年の企業採用試験は8月が主戦場になるが、マスコミ大手も8月に集中する。
ただ、日経はすでに何人か内定しており、仲間うちの経団連注文を無視している新聞社である。ペン森は3月に申し込みを締め切ったがその分、20期生は長期受講となった。本番前に息切れして、新ネタの仕入れができないひとも見受けられる。その意味では20期生はこれまでの期と比べ少し感度やセンスや発想力が鈍いのかもしれない。

 添削するほうも新鮮味がほしい。同じネタを何回も読んでいると、ついこちらもまたあれかと思って、真剣には読まない。ぼくはネタ仕入れのヒントになるようにとネタリストをつくって提供している。それを見て無言館慈恵院には何人か行ったようだが、自分でネタを探しだしてくるひとは少ない。探し出して活用した作文はよい評価をもらっている。あれだけ時間があったのにどこにもいかず、頭の中だけでこねまわしたネタの評価は悪い。

朝日と読売は論文、NHKは論述課題と称しているが、いわゆる学術論文を書くとまるで通用しない。ネタ勝負の作文でよい。作文とは具体的なエピソード(ネタ)を引き合いに出して考え方や意見を主観的に表現することだ。エピソードは自分の体験、すなわち一次的な情報で、報道されてみんなが知っている二次的な情報は使わないほうがよい。気のきいた受講生は体験を求めて四国八十八か所巡りをやったり山形で山伏修行をする。

ペン森生でないのが残念だが、ぼくがこれはすごいと感じたのは関ヶ原島津退(の)き口の行程1200キロをたどった豪の者がいたということだ。ご存じ関ヶ原の天下分け目の合戦が行われたのは1600年、東軍の徳川軍と西軍の秀吉亡きあとの三成豊臣軍とが戦って西軍小早川秀秋の寝返りで西軍が惨敗して徳川の時代となる。このときどちらに就くべきか大名たちは迷いに迷う。千数百人の島津藩は西軍に就くが押し黙って戦わない。

義弘率いる薩摩軍は戦場からの撤退をはじめ、敵軍の中を切り抜けて脱出し、多数の犠牲を払い少人数となった義弘主従はようやく郷里薩摩の土を踏む。この空前絶後の撤退行なぞってみた作家がいるが途中山ヒルやスズメバチの襲撃に遭い病院に運ばれるという始末であった。1600年当時に比べて道路は整備されてずいぶんと通りやすくなっているが、その分人間は弱々しくなっているので難行苦行の度合いは同じかもしれない。

島津の退き口を実行したのはたぶん、薩摩出身の学生だ。現在まで続いているかどうかは確認してないが鹿児島県寮の学生と高知県寮の学生とが酒の飲み比べをやっていた時代が最近まであった。薩摩と土佐の飲み比べである。1期生の鹿児島県寮に住む早稲田生が作文に書いていた。いま時はなにかとうるさいから、消滅しただろう。ぼくら世代からするとなんでもないことがすぐ禁止されたり、変更されたりするから息苦しい。

徒歩で日本縦断1500キロを実行したのはぼくの知り合いだった植村直己だ。同じコースを自転車で縦断したのは5期生の男子。しかし5期生はこれをついに作文にはできなかった。書くつもりではなかったせいかもしれないが、背景や歴史物語が背景にない分、ネタにはしぬくい。


脚は悪いがまだ人生を楽しむぞ
日本は好きだが、日本の雨季は嫌いだ。関東でもうっとうしい梅雨入りである。雨が好きだというペン森女子もいるが、それは元気だから言えることで、ぼくみたいに脚が不自由になると、とてもそんなことは言えない。3月1日結婚式の日も雨だった。左手で傘をさして右手で杖をついてゆるい勾配の下り道を歩いていていたら、転倒しないかぎりストップしない持病の自走がはじまった。杖は役に立たない。当然転んだ。顔は血だらけだ。

歩きだして20メートルいった平地でまた転んだ。とくにそれが強烈なトラウマとなっているので、いまも雨は苦手というより怖い。今月は相棒のシェフが経理事務のために休みがちにつき、ぼくが買い出しや料理をすることが多い。買い出しに向かうさい、ぼくは少々の雨なら傘を差さず、夏用の軽いパーカ―のフードを帽子の上からかぶせて歩行する。いま、ビニール製の透明のレインコートでも仕入れようかと思っているところである。

このまま推移すると、やがてぼくは車いすが必要となる。去年歩けた距離が今年は難儀する。脚の不調はどんどん進行する。老人だから怪我の治りも遅い。この間、40代のお笑い芸人たちが体力の衰えを試す番組があった。小さい女の子に木に引っ掛かった風船をとってくれと頼まれる。木に上ろうとするが体がいうことをきかず、上れない。水たまりを跳んで渡ろうとするが水の中に落ちてしまう。思わず70代のおれはできると思った。

体の反応と頭の中とは相当にずれていることを最初に自覚したのは大学生のころだった。
100メートルを泳ぐのに1分10秒あれば十分と思っていたが、100メートルを泳ぎきるのがやっとだった。高校生のころの記憶が頭にあったのである。20代で衰えたのだから70代で歩行困難になるのは当然だろう。木のぼりだってサルみたいに身軽だったのは少年時代だった。試したことはないがいまは体を動かす動作はほとんどできないだろう。

 それが自然の摂理というものだろうが、納得はできない。なにしろ体力精力は気息えんえんでも、頭は記憶の歩留まりが少なくなったとはいえ、まだ青春まっただ中に近い。でなければペン森の添削現役をつづけられるわけがない。たいてい昔の同僚は引退しているがぼくは20代の警察まわり時代と変わらない12時間勤務である。もっとも夕方から酒タイムに入る。まあ、警察担当時も他の担当時も夕方からは酒を飲んでいたものだが。

本日も買い出しをしてきた。本日は焼き肉だから、ペン森は焼き肉好きが集って賑わう予定だが、スーパーでカツオの刺身に目が止まった。4分の1カットが2さくはいって1パック400円足らずだったので2パック4さく仕入れた。今晩はカツオと焼酎である。焼酎を飲むと帰宅に際して余計に歩行困難となるが、飲むときそれは考えないことにしている。帰宅の必要のない旅先での飲酒が一番いいのだが、旅にも出かけなくなった。

沖縄はきのう11日梅雨があけた。東京の梅雨明けが待たれるが、あと何回日本の雨季を経験するのだろうか。4,5年前医師が「今年の冬を越すのが勝負です」と言ったが、なに逆にあと4,5年はまだ人生を楽しめそうだ。

日本はアメリカのポチか
安保法制をめぐる論議が国会で進行中という。というと伝聞表現で使うのは、テレビの国会中継をみてないからだ。新聞もそれだけは避けて読まないようにしている。それでもチラッとはきいたり読んだりしている。ぼくの場合、安保法制チラ見である。チラ見でもたいていなにかはわかるものだが、安保法制はぼくの理解力や関心の度合いが低いせいか具体的な中身がさっぱりわからない。いや関心はあるのだが、抽象的すぎて敬遠気味だ。

 報道でわかったことといえば、首相の安倍が第二次大戦を締めくくったポツダム宣言を「詳らかには知らない」ことだ。「詳らかに」知らないことはぼくにも当てはまる。『昭和史』の半藤一利の本だったと思うが、ポツダム宣言に触れて「条文は結構ややこしい」と書いてあったので条文までは詳らかに読んでないのだ。たいていの日本人はポツダム宣言を受諾することによって日本は無条件降伏したということは知っているだろう。

 無条件降伏なのにどうして昭和天皇は戦犯にならず天皇制は維持されたのだろうかと疑問に思うが、天皇を罪としないという条件はだれがつけたのだろうか。これは無条件ではなく単なる降伏ではあるまいかとぼくは思う。半藤の著書などによると天皇の退位や免罪を主張したのはアメリカらしい。戦後史をひもといても日本人は天皇制によって暴動もゲリラも起こさないから、GHQは天皇を戦争犯罪者としての罪に問わなかったという。

 ポツダム宣言が発せられたのは2945年7月26日だが、その後に原爆投下がなされた。8月6日に広島、9日に長崎。わが首相の安倍はこのあたりの期日があいまいらしい。8月15日に天皇の「耐え難きを耐え」の玉音放送があったが、小学1年生だったぼくはまったく記憶してない。戦争が終わって日常がどう変化したのかもかすかにしか憶えていない。ひもじい思いとイナゴやドジョウを獲って食べるようになったことは記憶に残る。

 きょうの新聞報道によると衆院の憲法調査会が4日に招いて参考人質疑を行った憲法学者3人は、集団的自衛権の行使容認を含む安保関連法案についてこぞって「憲法9条違反」と言った。与野党が推薦した専門家がそろって批判的な見解を示したことにぼくなんかはそれ見たことかと言いたい。与党の自民・公明はみずから呼んだ参考人が応援してくれると思っていたのにはっきり批判したので、あてがはずれてがっかりしただろう。

 ぼくもわからないなりに安倍はアメリカが戦争をして「日本も自衛隊を出して戦え」と注文をつけられたらもう9条を盾にNOとは言えない立場になったと考えていた。昔、「日本はアメリカの妾」と国会で言った議員がいたが、安倍によって日本はいよいよアメリカのポチになったのだ。戦後世界で最も戦争をしている国はアメリカだそうだが、日本はよその国へ行ってまで戦争をする国になるのだろうか。自衛隊に人権はないのか。

 安保法制は憲法違反という専門家の国会での明言はいかにも、朝日新聞のそうな好きそうなニュースだが、朝日はこれを1面のニ番手で扱った。毎日はトップ。毎日が三番手で扱った創成会議の東京圏高齢者の地方移住促進が朝日の1面トップ。朝日はなんだかおかしくなっている。安倍が怖くて縮こまっているの。かつての朝日はどこへ行った? 
 

 

添削、買い出し、料理づくり
今週は相棒のシェフが都合で来られない。ぼくひとり。買い出しから料理までやらねばならない。買い出しをする自宅近くの駅そばのスーパーは午前10時開店だからいつも開店と同時に入店する。買うものが決まっている場合は10時13分の電車に乗る。昨夜が焼き肉だったので、きょうは魚と漠然とは決めていたが、いざ店に入ってみると牛、鶏、豚肉を買いたくなって時間を費やした。店内をうろうろしたあげく、結局は魚に落ち着いた。

 10時13分には間に合わず、34分の電車になったが、車内でふと気になった。きょうのカツオの刺身とタコのぶつ切りは食べない女子がいる、と。もしかしてきょうは来ないかもしれないが来る可能性がうんと高い。フィリピン国籍の彼女は生魚を口にしないのだ。幸いウインナーが冷蔵庫に入っている。それで我慢してもらおうかと考えた。ビールは、キリンさんの厚意で届いたものを冷蔵庫でもう本日限りだが数本冷やしてある。

 ペン森は最低週2回土日を除いた月~金ならいつ来てもかまわない。だからその日の夜にならないと人数がつかめない。作文を書いたあと6時半ごろから酒類と夕飯のサービスがついている至れり尽くせりの塾なので、独り暮らしの学生にとってはこんないいところはないだろう。なんといっても内定率がきわめて高いのが一番の魅力と受講生のだれかが漏らしていた。さて本日はコメを何合たいたらいいか、女子が少ないか多いかで決まる。

 NHK日曜夜の大河ドラマ『花燃え』は視聴率がもうひとつらしい。ヒロインの吉田松陰の妹、文が松下村塾の受講生たちにおむすびを盆にのせて運んで振る舞う姿を見た場面でぼくはペン森と一緒だなと思った。普段はシェフが月水金、ぼくが火木と振り分けているがいつの間にか、個人のそれぞれの好みが投影して、シェフが魚料理、ぼくが肉料理と区分けできるようになった。シェフは料理研究も怠らないが、ぼくはあまり研究しない。

 ぼくの得意は鶏肉のもも肉を皮のほうからフライパンにのせ、そこニンニク、ニンジン、ジャガイモ、シイタケ、タマネギを投入して弱火でじっくり蒸すオリジナルである。鶏肉のニンニク野菜蒸しという。味付けは塩コショウのみ。もも肉は皮のほうにはなにもせず、最初やや強火で焼いて焦げめをつけるだけ。肉のほうは余分な脂肪を取り除いて、塩コショウを振りかけて15分ほどおく。野菜を焦がさないよう火加減に注意を要する。

 最近はカレーを作ったりするが、先週は4日も残った。冷蔵庫大活躍である。カレーはル―を入れなければ、肉ジャガになる。ぼくはシェフのように煮魚はできないので、オリジナルを考案するか、これからの季節向けにソーメンのゆで方をちょっとかじってみるのもいいなと思っている。イタリアンもやりたいがなにせ、来る人数が把握不可なのが痛い。受講生同士はこのところLINEで連絡を取り合っているが老人はついていけないよ。

 シェフは今月いっぱい不定期に来るかもしれない。そうするとぼくの料理の出番が多くなる。まもなく梅雨入りしそうだ。傘をさして重い買い物を背負って転ぶのが怖い。この時期、転ぶのは縁起でもない。雨の日は出来あいの唐揚げやコロッケで内定一直線といこう。












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