ペン森通信
時事問題解説はやるけど難問
 学生から新聞を材料に時事問題の解説をやってくれという注文があった。もちろん採用試験対策の一環としてだが、ぼくは君たちは果たして継続できるだろうかと疑問を呈した。学生の要望で月曜は名画観賞会、水曜は幕末勉強会をはじめたのだが、ここ3週間名画を用意しても、幕末本をコピーしても午後2時の開始時にも終了時の4時になってもだれも来ないというありさまが続いているからである。学生を信じてしまっちゃ騙される。

最初は興奮するがあとはしぼむだけ、というのはだれにでもある習性だろう。先生たるぼくにしてみれば怒りたくなるが主義として怒らない。よくあることだと自分に言い聞かせてあきらめる。それでも時事問題の解説はやらねばなるまい、と思う。以前、中央大学でゼミをもっていたとき、同じような勉強をやっていたから方法はわかる。まずは学生に本日の紙面で気になるニュースはなんだったか、それぞれ理由とともに発表してもらう。

今週で言えば、木曜日の昨年の衆院選は違憲とする福岡高裁の判決もそうだろう。2014年の選挙をめぐる17件の訴訟のうち違憲判決ははじめてだ。この1票の格差訴訟17件のうち25日まで判決があったのは11件。内訳は合憲3(東京、高松、広島)、違憲状態7(名古屋、大阪、広島、秋田、松江、金沢、東京)違憲1(福岡)となったわけである。東京、大阪、広島では2グループが提訴しているから合憲と違憲状態にわかれたわけだ。

福岡判決のあとに判断が示される残りの6件は大阪、那覇、宮崎、仙台、札幌、岡山だが、26日の判決は大阪・合憲、那覇・違憲状態とわれた。この裁判は昨年12月の衆院選の1票の格差が最大2・13倍だったのは投票の平等を定めた憲法に違反するとして2つの弁護士グループが全国14の高裁、高裁支部に訴訟を起こしたものだ。今年中には最高裁大法廷が統一判断を示すと見通しとなっている。

2011年にも違憲状態の判決があった。このため12年の選挙について高裁レベルで14件の違憲判断が示された。これを受けて最高裁は13年選挙を違憲状態としながらも「見直しを進めることも国会の裁量」と立法府の優位性を認めた。ぼくは25日の福岡高裁は最高裁を意識したヒラメ裁判にならなかった点で独自の判断をした、と思う。裁判官も人間の感情をもっている。ただ法律に詳しいだけの魅力に乏しい人間と決めつけてていいい。

違憲状態の状態とはどういうことだろう。敗戦を終戦と言いくるめるようなものである。
首相の安倍が自衛隊を思わず「わが軍」と言ったが、だいたい自衛隊と言うほうがおかしい。装備も隊員の外見も軍隊そのものである。ぼくは省に昇格する前の防衛庁時代、自衛隊を担当したことがあるが、そのころから軍隊だった。安倍と同じく隊員は「わが軍」と称していた。首相の発言に官邸はあわてただろうが、メディアは騒がなかった。

首相の「わが軍」発言は採用試験には出ない。1票の格差裁判は出る可能性が高い。違憲判決を下した高裁はどこかと、直接に問うのではなく、福岡、広島、大阪、仙台、東京と並べてひとつを選べというふうな出題。時事問題の勉強でぼくがちょっと迷っているのは福岡高裁は上を気にしないから偉い、というような価値観を言うかもしれないからだ。

 



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週刊新潮の18歳少年実名報道
 作文の課題は毎週月曜日に3題ずつ更新する。今週は「少年法」「駅」「背中」である。「少年法」は週刊新潮が川崎の中1殺しの容疑者18歳少年の名前と顔写真を掲載したことがきっかけでとりあげたくなった。マスコミ志望の学生たちはそれをどう思っているか知りたくなった。ぼくの認識では少年法は20歳の成年に至らない少年に更生の機会を与える一種の保護法である。61条は「加害少年の特定可能な報道を禁止」している。

 週刊新潮は「大人顔負けの蛮行に及んだ18歳は『少年』といえるのか」と問いかけ、18歳少年が特定される情報を記事にした。ネット上では18歳少年が名指しされていたらしいがぼくのPC操作技術ではそれを探し当てることができなかった。ネットを後追いした週刊新潮はネットというだれが書いたか正確かどうかもわからない匿名情報に太鼓判を押してくれる結果となったのである。匿名で書いた連中はそれみたことかと大喜びしただろう。

 そもそも「大人顔負けの蛮行」という表現は、少年はそのような残虐性は持ち合わせていないということを前提にしている。でも子どもは大人以上に残酷である。ぼくは中学時代、電線に止まっているスズメを所持は法律違反だったが空気銃でよく殺した。弾が命中するとスズメは脚で電線をつかんでくるりと1回転しまっさかさまに頭から落下していく。そのさまがおもしろくて何匹殺したかわからない。あとチチと可憐に啼く水鳥もぼくの蛮行の犠牲になった。

 屋根の下の巣にツバメの赤ちゃんが口を開けてえさをねだっているのを見て小石や土を口の中に入れて殺したりと、ぼくよりもっとひどい奴はいっぱいいた。そのような残虐性は人間の内面に潜んでいるのかもしれない。イスラム国(IS)の非人間性が世界的な脅威になっているが、人間の凶悪性を抑制するために宗教や法律があると思う。ところがISは宗教イスラム教に立脚するイスラム過激派と呼ばれる。宗教は人間を麻痺させるのか。

日本も71、2年前には皇国のために身を投じた若い特攻隊員がいた。爆弾を積んだ特攻機ごと敵艦に突っ込むのは爆弾を抱えて自爆するジハードと変わらない。ジハードは自爆すれば天国へ行けると洗脳されるらしいが、特攻隊員は直前になにを考えたのだろう。太平洋戦争時の兵隊は死ぬ前に「天皇陛下万歳」ではなく「おかあさん」と叫んだという。オウム真理教は高学歴の若者が信者になった。ISと似た集団が日本にもあったのだ。

 週刊新潮の18歳少年の実名報道はさらしである。リンチと言ってもいいだろう。あんなひどい奴はこの際、懲らしめても世間の大半は賛同してくれるだろう。その少年は特別扱いする必要はない。それでもぼくは、法は守るべきだと思う。少年法も変わってゆくかもしれないが、それは世の中の変化と歩調を合わせて変わるべきだ。18歳少年は誠に凶悪な仕打ちで中1少年を殺した。だからと言って、18歳への報復制裁が許されるとは考えない。

 ネットが既存の制約の多いマスコミ報道を先取りするのはいまや普通である。ぼくはNHKの「NEWS  WEB」をよく見る。ネットの反応は恐るべきものだ。だが個別の意見は匿名の一方通行である。マスコミは顔を出し署名もある分、ネットよりましだが。週刊新潮も署名入りの記事じゃないからネットと同じ。



 

起こらない大人に甘えるな若者
このところ、怒ったことがない。怒らないことにしているからである。怒るとあとで気が沈む。一時的な感情の爆発は、爆発して気分が快晴になるのではなく、曇天か雨になることが多い。怒ったあとに不愉快になるのだ。もともとぼくは導火線の短いほうの男だったが気を長くもつように自分に課してて導火線が長くなった。長くなっても爆発するし炎が燃え盛ることに変わりはない。短かった若いころは役員に突っかかったりした。

 感情が激することが少なくなったのには、たぶん歳のせいもあるにちがいない。自分で言うのもなんだが、好々爺に近づいたのである。ときどき若いころを思い出してはちょっとしたことでよく他人をなじったものだと思う。新聞社にいたころ経済部出身のSという常務がいた。下の名前を「望」と言った。社員はかれを「絶望」と陰で呼んでいた。何が原因だったかは忘れたが、無性に腹が立ってかれを会議室に引っ張り込んだ。

文句をつけるためである。「あんたのようなひとが偉くなるからこの会社はだめになるんだよ」と口汚く罵った。会議室で作業をしていた社員たちはいたたまれなくなってみんな出て行った。その後かれはどういう風の吹きまわしか、ぼくに親しく接するようになった。前の会社でぼくが今度は役員だったとき、新入社員のなかに社会人人経験者がいて、ぼくに歯向かってきた。ぼくはそいつをことのほかかわいがって目をかけるようになた。

ぼくに歯向かう勇気を買ったのである。なぜかれがみんなの前で血相変えてぼくに立ち向かってきたのかはもう記憶にない。おそらくかれ触れてほしくない感情に触れるようなことを言ったのだろう。会社という組織では立場が上の上司に明らかに逆らうには多大の勇気を必要とする。場合によっては左遷も覚悟しなければならない。ぼくは若いかれは案外、気骨があると感じた。以後、逆らってきたかれをかわいがるようになった。

S絶望常務もぼくに対して気骨があると思ったのかもしれない。ぼくはそんなに気骨はない。気の弱い被害者タイプである。被害者タイプは陰にこもりがちだが、ぼくはそこまで繊細ではないので陰にこもって相手を恨むとか、ということもない。淡白な被害者タイプと自分では思っている。だが恨まれるようなことはあるかもしれない。以前、ペン森にしつこく無言電話がかかってきたこともあった。内定させてもらえなかった逆恨みだと思った。

内定するもしないも自分の責任なのだが、作文の数もこなせないで逆恨みされてはかなわない。せめて1週間に1,2本コンスタントに書き、ネタ切れになったらネタ探しに出向く。ネタ探しはぼくが用意したものにすがりつく者が多い。自分で探して、これは!と感じてはじめてセンスが身につく。いまのところセンスがいいのは20数人のうちほんの3,4人にすぎない。何も感じない、考えない者は怒りたくなるが、ほっといて怒らない。

新聞社の古手に聞くと、配属された新人に対して怒るとプイと辞めてしまうことがあるそうだ。いま若いひとは怒られ慣れてないのだ。逆に見れば怒る大人がいなくなった。ぼくも怒りを発しないじいさんになった。若者はもう少し怒って鍛えたほうがいい。人権侵害、パワハラ。世の中うるさすぎるね。








マスコミは安倍政権と闘え
会社に勤めていたころ年金は半額負担で会社が半額もって事務手続きまでしてくれた。税金はいくら払っているのか知らなかった。税金、年金は会社が天引きしたうえで給料を払ってくれたから、ぼくも他のサラリーマン同様、額面給料の正確な額は知らないまますごしていた。確定申告をはじめたのはペン森を開設してからのような気がする。気がするとは、以前の会社では年収1500万円以上の高給とりだったせいである。

 年収が1500万円以上だと確定申告は自分でしなければならない。いまは変わっているかもしれないが21,2年まえの当時はそうだった。ぼくは税理知識がないので、確定申告書に記入するのが非常に不得意だ。4つの大学で講師をしていたときは煩瑣で往生したものだ。去年は医療費がかさんでその計算に手間取った。今年はすでに記入したが低所得にもかかわらず、約5万円の大金を納付しなければならない。復興特別所得税が大きい。

 復興税では文句も言えないが、はたして復興のために使っているかどうか信用してない身としては、使い道の不透明さが気になって仕方がない。いまだに23万人が避難生活を送っているし、親や子や兄弟を津波で亡くした心は晴れ間がないだろう。人間性の復活や心のケアにはいくらか充てられるのだろうか。あるいはこれまで国や自治体が復興のために使った金の補てん資金になるのだろうか。マスコミは復興税の使途を厳しく監視しろ。

 小泉純一郎元首相が安倍の原発政策を厳しく批判した。東京オリンピック招致の際、「福島の汚染水はアンダーコントロール」と国際的に真っ赤なウソをついたことをなじったのである。収束したなんて、とんでもない話だ、と国民の大半が思っているが、非難の声は沸き起こらない。安倍は株価や経済指標を上げることや憲法9条改正や原発再稼動・輸出には熱心だが、人びとへの思いやりには欠ける。いまや安倍批判は小泉だけだ。

 民主党政権は最低最悪だったが、安倍には「巧言令色鮮し仁」というイメージがつきまとう。安倍政権になってから不平等社会の様相がますます目立つようになってきた。雇用が増えたといばるが、その実は不正規雇用が増加しただけの話である。われわれ年金生活者もいつの間にやら乏しい収入のなかからむしり取られ、2カ月で3万円も収入が減った。富裕層の3万や5万はなんの痛痒も感じるまいが、いまや外で飲む機会は皆無となった。

 デフレからの脱却、バブルよもう一度をねらっている感じもあるが、なにはともあれ国の借金を減らす方策を実行してほしいもんだ。国民1人当たり赤ん坊からばあさんまで800万円の借金を背負っている。未来責任を考えれば、子孫は借金を返すためだけに生存売るようなかわいそうな日本人だ。これに原発事故、東南海大地震、首都直下地震でも重なればその惨状はひととおりではない。安倍は未来責任を感じないのか。
 
被災地は一部では公共事業や新築民家などの復興景気に沸いているらしいが、その一方で仮設住宅暮らしの疲労やうつ病の広がりも目立っているという。深刻だ。人間不在である。安倍がアピールする復興はまやかしとわかった。マスコミよ安倍に闘いの刃を向けてくれ。元気がなくなった朝日は志まで失うな。

 




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