ペン森通信
日本はおごりを見せていないか
昨夜は体験受講に来た東京女子大の子と2人で焼き肉をはじめた。おとといが11人の賑やかしだったので、受講生が多かったり少なかったり、まことにめまぐるしい。昨夜はすき焼きにするつもりだったが、家からスーパーへ向かう途中、気が変わった。雨が降って傘をさしていたので、牛肉をはじめ白菜、ネギ、すき焼きのたれ、焼き豆腐、シラタキなどのかさばる荷物をリュックに詰め込むのには無理があると気付いたからである。

人数が少なければしんみりと本音の話ができる半面、気分が盛り上がらない。おとといは大人数だったので、議論も発生して意気盛んなものがあった。話はイスラム国の日本人人質におよんだが、もちろんイスラム国を直接知っている者はいるはずもなく、みなネットかテレビで得た情報に基づいて議論を進める。一次情報ではなく同じような内容の二次情報に依拠しているので、みんなと異なる意見を吐こうとすればかえって本心が表れる。

普段政治向きの話をしない男の子が「安倍が悪いのだ」と決め付けた。安倍はつい先日の中東歴訪の際、カイロで避難民対策費として中東諸国に2億ドルを拠出すると表明した。日本政府はこれは難民支援が主たる目的の資金だというが犯行グループは「イスラム国と戦うのに2億ドル支払うという決定をした」と主張している。後藤健二、湯川遥菜2人の身代金も同額の2億ドルである。犯行グループは動画でいち早く公表した。

72時間と区切られた身代金支払いがなければ2人を殺害する、と犯行グループは表明している。犯行グループは2人にナイフを見せつけている男の写真からみてイスラム国のメンバーであることは間違いないが、身代金要求ははじめてのことである。日本のメディアはジャーナリスト後藤の弱い立場にいる子どもや家族に焦点を絞った報道姿勢を浮き彫りにして、もう1人の湯川には冷たい。湯川は殺害されても仕方ない、と思っているみたい。

ぼくも高潔な後藤だけは死んでほしくない、と思っている。このブログを書いている最中に72時間の回答期限は切れてしまう。2億ドルとは、預金も含めて8万円しか自由に使えないわが身と比べて巨額すぎる。イスラム国は日本は金持ちの国だと考えているのだろう。6人に1人が貧困状態にあることなんか知るまい。日本はアメリカ同様、金富裕層と貧乏人との差がありすぎる。安倍の2億ドル拠出に歯がみした日本人もいたはずだ。

安倍が悪いといった受講生は、安倍の上から目線が気に食わないらしい。アメリカに同調する態度も気に入らない。安倍はアメリカによるイスラム国拠点への空爆にも理解を表明している。イスラム国にしてみればアメリカとどこがちがうのだ、といいたいかもしれない。あるいは、中東に金を恵んでやるのだと威張っている新興成金じゃないか、と蔑んでいる。安倍は夢よもう一度と経済成長をねらっているが、もう十分に成長した。

日本は以前、貧乏国だった。いつの間にか金持ち国になってすこしおごりがあるように受け取る向きのある恐れもある。安倍の強気がおごりと取られかねない、とぼくは日本のために心配している。捕らわれた2人がどうなったか、回答期限が去って午後4時がすぎても2人の安否報道はない。

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踊らされる大衆は恐ろしい
今週から名画鑑賞会と幕末勉強会スタート。名画鑑賞会はきのう午後2時から4時まで実施した。観た映画は1941年製作の『群衆』。フランク・キャプラ監督、ゲイリー・クーパー主演。喜劇仕立てで人間の信頼と不信を描く。第二次大戦に突入して間もない時期に新聞社の看板が「自由な新聞社」から「合理的な新聞社」に書き換えられるシーンからはじまるこの映画の新聞社内はクビ切りの嵐が吹き荒れている。

クビにされるのは見た目も年老いた高齢者が多いが、コラムニストの若い女性記者、バーバラ・スタンウィックもコラムがおもしろくないと指摘されクビにされそうになる。そこで女性は衝撃的であればいいのねと開き直り、クリスマスイブに市庁舎から飛び降り自殺を図るという手紙がジョン・ドゥと称する男から来た、と捏造のコラムを書く。オ―デションでジョン・ドゥに選ばれたのが元投手のゲイリー・クーパーである。

女性記者はジョン・ドゥが自殺するまで毎日記事を書いて大衆をあおろうと考える。ジョン・ドゥが掲げた隣人愛の支持者は全国に広がり、ついに全国大会まで開かれるまでになる。その熱狂の会場でジョン・ドゥは架空のでっちあげであることが明かされる。集まった群衆は手のひらを返したようにジョン・ドゥに物を投げて憤る。アカデミー賞を3回とったキャペラ監督は群衆の恐ろしいほどの変わり身の早さも表現したかったのだろう。

1941年当時、日本国内でも大衆が熱狂していた。戦争をあおる新聞に踊らされていたのである。このころのメディアは新聞とラジオだった。映画『群衆』の世界も新聞とラジオの時代であった。70年前に敗戦して幕を閉じたあの戦争は軍部がやったのだというひとが多いが、実行部隊は軍隊であったにせよ、支持したのは国民だった。大衆の熱狂というものがあったということを忘れてはならない。大衆は恐ろしいのだ。

フランスの新聞社テロ事件に反対ののろしを上げるデモに350万人が参加したというが、これとて大衆の熱狂だろう。発行を再開した風刺新聞は刷り増しした部数が350万部とも500万部ともいわれ、売り切れ続出らしかったが、大衆の決起に乗じた商売であった。とはいえ、売り切れ続出はフランス人がそれほど表現の自由を大切と思っているか、イスラムが嫌いかのどちらかだろう。個の国フランスも大衆は一色に染まることもある。

それに対抗するようにイスラム風刺画に反対するデモもイスラム教徒の多い国で活発だ。
これではイスラムとキリスト教との溝や対立は深まるばかりだ。日本は八百万の神を崇拝して、実体的には無宗教に近いが、キリスト教やイスラム教は唯一絶対の神を信じる一神教である。キリスト教もプロテスタントとカトリックとが戦った宗教戦争があったように宗派が異なっても対立し、殺し合う。ぼくは幸い無宗教的平和な仏教徒の日本人である。

 あす水曜日の午後2時から4時までは幕末勉強会だから、日本の内戦と熱気に満ちた田舎の若者たちがいたことに触れねばなるまい。日本もそうだが、世界中がいまや格差に悩んでいる。格差の底辺にはいつくばっている層がいることが対立や紛争、殺し合いの遠因であることは間違いないだろう。


作文は人生観の反映である
作文は自分だけが知っていることをだれにでもわかるように書くのが鉄則である。だからほかのひとは知らない自分の体験を題材にせよ、としつこく言っている。ところがいまだに新聞社説みたいに大所高所から大仰に構えて、政治や国際問題を客観的に論じるひとがいる。本人はどや顔で気分よく書いたつもりだろうが、ちっとも読む気がしない。採点する記者もおまえにそんなことを説教される筋合いはないと思うにちがいない。

作文の字数は、以前は1000字だったが、いまは800字が主流。1000字時代は物語的な起承転結の展開が基本だった。800字を起承転結で器用に仕上げるひともいるが、そういうひとはめったにいない。たいてい起承転結の起承だけで終わってしまう。つまり過去の思い出だけを書いているわけだ。作文にふさわしい主観文ではあるが、自分の外へ出ないで自分の枠内だけで終始している分、普遍性や広がり、発展性に欠ける。

800字でぼくが推奨している文型は現在→過去→未来である。現在でいまの状態、考え、信念、方針、目標、心理、感情などを示して、つぎの過去でなぜ現在の状態にいたったかを証明する。それには具体的な体験エピソード(ネタ)が最もふさわしい。こういういきさつによっていまに繋がる、と因果関係を明確にする。最後の将来はそれまでを踏まえて近未来の予測や期待、願望で十分だろう。みな人生こうしたいと欲望があるものだ。

とはいっても作文はネタ勝負である。ごく一般的な常識範囲の題材は意外性もなく読むひとの胸に響かない。それは小説でも、映画でも。テレビドラマでも同じであるおもしろくないネタはどうひねってもおもしろくないし、だめネタを使うセンスは民主党が岡田克也を代表に選ぶ絶望上ぬりのセンスと変わらない。ネタは身近な素材がいちばんいい。となれば肉親ものである。でも父親や母親に対する恨みつらみはよくない。明るくないから。

長野県上田市郊外にある無言館はいまではよく知られた戦没画学生の絵が展示してある美術館だが、そこの絵を見てなにも感じない学生もいるし、涙を流す学生もいる。感じない学生はそれをネタにはできない。涙の学生は、なぜ突きあげる感情が湧いたかを詳しく表現するだけで感動させる。4期生か5期生を連れて車を連ねて無言館に合宿帰り寄ったことがある。あれほどしゃべっていたのに帰路はみな押し黙っていた。みな感じたのだ。

作文は人生観の表現である。どんなネタでもいかに自分の人生観と関連付けるかである。12期生に世田谷の吉田松陰がまつられている松陰神社をネタにしようとして行った者がいたが、かれは途中のバリアフリー商店街に興味をもって聞きまわり神社にはたどり着けなかった。いまは朝日の若手の嘱望される記者である。商店街にはなにもなかったと悪口を書いた者は内定ゼロ。その人間の人生観を裏付ける感性がものを言うのである。

どこそこに行くのだが「そこになにかネタはありませんか」と聞いてくる学生がいる。これまでずいぶんネタ場を教えたが、遠いネタより近くのネタだ。肉親ネタは最も身近だろう。遠くの場合、なぜそこに行ったのかを自分の人生観に引きつけて表現することである。ぼくは吉田松陰に関心がふたたび湧いてきたので、伊豆の下田を訪ねようと思う。



松陰の飛耳長目に学べ
44歳で就任した初代の内閣総理大臣、伊藤博文は無類の女好きで知られる。数々の浮名が残っている。英字新聞をいつも読み、若いころ3度も欧米に渡ったことがあり、英語が達者だったという。攘夷で固まっていた長州が関門海峡を通る外国船を砲撃した報復で英米仏蘭の4国艦隊の攻撃を受け完膚なきまでに敗れる。その敗戦処理に高杉晋作が全権を委ねられ交渉するが、その際通訳を務めたのが伊藤博文だった。

 伊藤博文は気配りのひとでこまやかに面倒を見た。性格も明るく明朗陽気だったから、女にもてた。博文は言わずと知れた吉田松陰の松下村塾で学んだ松陰の弟子だ。44歳の若さで総理大臣になった最年少記録はまだ破られていない。しかも4度まで総理大臣になったこの女好きは、当時スキャンダルで大騒ぎする風潮もなく、29歳で病死した高杉にくらべ69歳まで生きた。ご存じハルビン駅で安重根に銃撃されて非業の死を遂げる。

 NHKの大河ドラマは長州出身の安倍首相のご機嫌をとりむすぶためか、歴史にほとんど出てこない吉田松陰の妹がヒロインである。安倍は長州出身としては伊藤にはじまり8人目の総理大臣である。明治維新以来、連綿として長州閥がつづいてきたのだ。ぼくは薩摩の人間だから、長州が明治維新の功績を全部さらったように見えるのがくやしい。伊藤は薩摩の大久保利通にくっついてまわり、伊藤が暗殺されるとその権力を受け継いだという。

 ぼくが通った高校の校庭の片隅に元帥、大山巌生誕の地の碑が立っていた。道一つ隔てたところが西郷隆盛生誕の地だった。西郷が生まれた200メートル四方の町内では大久保利通も生まれ、幼少時を送っている。薩摩にしろ長州にしろ、あのような田舎からよくぞ日本の近代化に貢献した英傑がまとまって出てきたものだ。地方創生の維新だった。安倍には長州の血が流れ、高杉晋作を尊崇するが、自身は東京のボンボン育ちで異質を好まない。

 安倍の言っていることは経済的に夢よもう一度だが、人口減は止まらない。人口減対策と地方創生の総合戦略によると、若者の東京転入超過を食いとめ、今後5年間で若者30万人の雇用をつくる、という。その対基本目標として、地方の雇用創出、地方への移住促進、若い世代の結婚・出産・子育ての希望実現などをあげている。若い世代に結婚出産子育ての希望を託すのはいいが、坂の上の雲をめざした青春の明治と違い、日本も年老いた。

 日本もまた高齢に達しているのだ。高齢者には未来への希望はないが、吉田松陰が松下村塾で2年9カ月人材育成に力を注ぎ、日本の危機を若い力で打開しようとした。志を同じくするペン森は松下村塾ではなく、大阪に緒方洪庵が開いた適塾を模している。適塾の卒業生は医者、科学者、教育者、政治家と広い。酒飲みの福沢諭吉や陸軍創始者の大村益次郎もこの塾に学んだ。福沢は一升瓶を傍らに勉強したそうで、ペン森はそれに倣う。

 来週か再来週か塾生の希望に合わせて幕末勉強会がはじまる。講師のぼくは幕末の若者たち負けるなとはっぱをかけるつもり。合わせて異なるネタで作文を10本書くように宿題を出しているので、幕末をヒントにしたネタもこっそり披露しよう。松陰がもっていた記者魂、飛耳長目だけは伝えねばと思う。

消える前の最後に燃えあがる炎
 おとといの夜、すき焼きを囲んで20期生の新年会があった。牛肉は17期生が贈ってくれた最上級A5クラスの飛騨牛。ペン森は夕食無料サービスと酒類の飲み放題サービスがついている特異なマスコミ塾である。飲食を伴うせいか同期生だけでなく期をまたがって仲がよく、夜は卒業生だけでにぎわうことも珍しくない。卒業生は現役生たちのESや作文を見てくれたり、模擬面接をやってくれたり、じつに面倒見がよい。一宿一飯のおかげだ。

 このよき慣習は代々引き継がれてきた。ペン森はぼくが創設したが、20年間その中身を形成したのは、ペン森で飯を食い酒を飲んだ若者たちである。ペン森生のすべてがマスコミ界に歩を進めたわけではなく卒業後、多様な業界で活動している。ぼくは価値観の強制は避けて添削しているので、ぼくの考えにペン森生たちがこぞって染まるということはない。19期生の女子2人が看護学校と服飾の学校に進むその異質性がとてもうれしい。

 この2人はマスコミ志望でペン森の門をたたいたのだが、結局は自分の進路を自分の意思で決めた。ぼくの長女は大学を出て服飾学校へ行こうとしたが、母親が猛反対した。商社に入り秘書業務についていたが、1年で結婚退社した。夫の転勤で富山、名古屋、埼玉と転々とするあいだに、どうやって習得したのか知らないが、現在は某バレエ団の専属衣装担当である。最初から本人の希望を受け入れていればよかったといまになって反省する。

 もちろん長女は自宅を作業場にして、ときにはひとを雇って最初はバレエ教室の女の子たちのバレエ服を手がけていたようだが、いつのまにやらバレエ団に食い込んだ。長女の場合、勤め先は必要でなく自宅ですべてまかなえるというところがみそである。勤め先があると人間関係がけっこう大変だ。ぼくも自由のようではあるが、一応勤めの通いを続けている。いまだに職場に通っていると言うと主治医が「その年になってまだ?!」と驚く。

 最近は積年の疲れがたまったせいか、電車の中でよく居眠りをする。そろそろ潮どきかな、と思うこともあるが、この仕事は会社に勤めていては時間的に不可能である。会社から解放されてからしかできないので、意中の後継者の定年を待つ以外にない。人間関係に煩わされることがない代わり金銭的には恵まれず、収入の固定した会社勤めが天国に思える。それでも燃え尽きる前の炎の最後のひと燃えの炎なのか、最近ぼくは張り切っている。

 世の中が不平等でとてもおかしい。女性の貧困、シングルマザーにおける貧困の子への連鎖、雇用増の実態は非正規増であること、ブラック企業、若者の貧困・・・安倍政治は弱い立場の層にきびしく、富裕層に優しい。沖縄に冷たく接し不寛容にも異論異質を受け付けない。これでは同質の価値観をもったものだけの国家になってしまう。沖縄はスコットランドに倣って独立是非の住民投票をして、日本国に反旗を翻しては、と考える。

 ぼくが張り切っているのは、幕末の勉強会をペン森で開こうとしているからである。これは20期生から声が上がったのではじめるのだが、すこしぼくの価値観もしゃべらせてほしい、と思う。幕末を牽引し変化を志向した若者の志が生んだ明治維新から現在の格差が広がり危うくなった民主主義を見てみようという趣向。さらに通信添削を含めた20期生21人に異なるネタで作文10本を3月末までに書くよう注文した。結果が楽しみ。

 


 

 

 

20期生は今年こそだぞ
ついに昨年は年末状を出しそびれた。年賀状の中に数枚、来なかったけど変わりないか、という心配の添え書きのあるのがあった。ださなくてほっとしたという心理もある。年賀状の住所を見るとかなりのひとが引っ越している。結婚して女性は姓が変わって新居に移っている。記者は異動が多いので、異動と共に住所変更のケースが目立つ。ぼくは異動の少ないほうだったが、それでも北九州2回、東京で4回移転した。

ペン森だっていまの場所は19年で3カ所目だ。すべて神保町という世界一豊かな図書館・本屋街のなかの移転で、神保町から離れる気はまったくない。世の中には引っ越し魔のような人がいて、ぼくの友人の1人もそうだ。その友人の現在の住所もわからない。以前、横浜や東京の家に遊びに行ったことがあるが、すぐ引っ越すから所在がわからなくて困る。「よく越すねえ」と言ったら「かみさんが掃除が嫌いでね、汚くなると引っ越す」と。

引っ越しの多寡が浮気心と関係があるかどうか知らない。ぼくは浮気性と評されることがあるらしいが、引っ越しは多くないし浮気もしない。ペン森の女子でも好きな子は何年たっても好きだ。われながら融通がきかないタイプだと思う。よく同じ場所へ旅をする。この春は孫娘とまたどこかへ行く。去年は左脚の調子が悪く実行できなかった。孫娘はいま大学3年生でペン森20期生と同年齢だが、高1から毎年いっしょの旅をしている。

旅先でペン森生と会って飯を食うのだが、孫が会った約20人のうちそこに残っているのは徳島の女子たった1人である。あとは他の任地で仕事をしている。『瀬下塾ジャーナル』の20~30冊が転居先不明で戻ってくるのは当然だ。年賀状は郵便で『瀬下塾ジャーナル』はヤマト運輸のメール便である。郵便は転居先まで追跡してくれるが、メール便はそこまで親切ではないから、結婚して女子の名字が変わっていると戻ってくる場合が多い。

昨年暮れ出しそびれた年末状の中身に「来年は20期生の特訓合宿とネタ仕込みの旅出来あいを入れ、歴史勉強会と名画鑑賞会も復活再開します」とうたった。今年の採用試験は春ではなく夏にずれ込みこみそうだが、民放ではもうはじめたところもあると通信添削の一橋生がメールしてきた。NHKのインターンESの締め切りは今月7日である。入社してほしい優秀な学生にはインターンで唾をつける魂胆だろうが学生は混乱するばかりだ。

まあ、本番まではまだ間がありそうだから、20期生はネタ仕込みには精を出してもらおうと思っている。ネタはそれ自体というよりそれを素材にするセンスと感性が大切。題を大所高所から論じるひとがいるがそれはまず読んでもらえないと考えてよい。借り物にすぎないからだ。自分が体験した卑近な例のエピソード、すなわち一次情報を土台にして展開するのがいい。ネタ仕込みの旅に行っても自分といかに関連づけるかが勝負どころ。

だからネタ仕込みの旅はひとりが理想だ。大勢で行ってみな同じものを書いてはダメだ。今年は戦後70年、格差が広がって階層が固定化した階級社会になりつつある、人口減対策と地方創生のビジョン、若者や女性の雇用、東京一極集中、一強政治・・・着想のヒントなる根っこはいっぱいある。情熱、やる気、志を胆に銘じよ。





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