ペン森通信
2014年の喜怒哀楽

 あさってがペン森と瀬下塾の合同望年会、翌28日から新年1月4日までペン森もぼくも休みに入る。いよいよ押し詰まった年の瀬である。望年会は来年の展望に比重をかける会なので、今回のブログは今年のペン森を振り返って喜怒哀楽で示してみよう。

≪喜≫①19期生が独自性を出したこと。全国紙ではなく地方紙の中国新聞、京都新聞、福井新聞さらに、外国邦字紙のじゃかるた新聞に内定(就職)した。いずれそこから全国紙やテレビに移籍するかもしれないが、最初に地方の実態をミクロの目あるいは虫の目で見ることはきわめて大切だ。かれらは日本の内臓を見てなにかを変えねばと悩んでほしい。
②2期生男子が新聞協会賞を受賞したこと。調査報道の成果だが、40年前から言われていた独自取材の調査報道手法がやっと根づいた。先行していた朝日の頓挫は大きい。
③2期3期11期と3人の女子が赤ん坊をつれてペン森を訪れたこと。ついこないだまでペン森現役性だった記憶があるのに若い母親になったその変化ぶりに驚いた。

≪怒≫①大掃除に集まりが悪かったこと。12月19日に実施したが昼間きたのは男子1人のみ。以前は大勢集まり換気扇からトイレまで拭いてしていたのに19,20期生は平成生まれだからだめなのか、と思った。3期生や5,6期生とは明らかに違う自己本位。
②時事的な問題で盛り上がることがないこと。原発再稼動、憲法、集団的自衛権などについての議論がない。これでは採用試験のグループディスカッションに対応できるか心配。
③共有財産の作文が紛失していること。A評価の作文が何本か消えている。だれかが無断で持ちさったと疑わざるをえない。ちょっと借りてあとで返却するつもりだったにせよ悪質。
④新聞・テレビの政権に対する委縮を気にしてないこと。メディアの役割は権力の監視。それはペン森生は全員が承知しているはず。だが香港学生への感想も聞かれず切ない。

≪哀≫①ついに杖つき歩行が常態化したこと。8月11日左ひざを転倒打撲した。擦りキズはすぐ治ったが、内部の痛さが長引いた。前日が谷雅志の命日、残り焼酎を飲みすぎた
②旅をしなくなったこと。まず年1回の孫娘との旅を無期延期した。ペン森生との旅もぴたりと止んだし、合宿も中断したままだ。相手にしてくれるペン森生も皆無に近い。悲哀。
③老人になってやっと性に目覚めたこと。週刊誌の「死ぬまで」や「死ぬほど」記事には興味ないが、ペン森生の男女がPCにAVをセットしてくれた。女の子も平気なんだと驚嘆。

≪楽≫①神保町の改札までペン森生が送ってくれるようになったこと。夜は相変わらず21時台神保町発の都営地下鉄に乗る。送ってくれるのが男女各1人、女子とは手をつなぐ。
②PCは若いひとが全部やってくれるようになっていること。ぼくら老人はPCが調子狂うとまったくお手上げ。ペン森生は20代なので扱い慣れている。PCについてはお任せだ。
*よいお年を。

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決まりきった年賀状よりも年末状を
年賀状を書く時期だが、ぼくはその代わりに年末状を出す。年末状だと喪中のひとにも遠慮なく出せる。余裕をもって投函すれば相手に年賀状を書く時間を与えるので、年賀状が多く届くという利点もある。今年はせっかく整備した住所録を19日の大掃除の日に誤ってすててしまうという不手際をやらかした。ペン森には同様のA4の紙があふれているので、よほど注意して管理しておかねばごみにされてしまう。今回も管理が悪く廃棄された。

ゴミ袋をあさったが紙類のなかから探し出すのは並大抵ではない。で、ぼくは日曜日の昼間出てきて、住所の点検をして新たに住所録をつくったが、おそらく完全ではないだろう。転居先不明などで20~30通は戻ってくるおそれがある。もしかして家が空家になっていて本人不在という例があるかもしれない。この年になると、早々に鬼籍に入ったひとがいるから、あの元気だった同期生がもう亡くなったのか、と一抹の悲哀をおぼえる。

去年、あの先輩はもう亡くなっただろうと勝手に決めて送らなかったら、本人から手紙が来て、恒例の年末状が届かなかったけど、「きみは元気なのだろうか」と尋ねてきた。油断はできないのだ。喪中の文面は、妻の父母が亡くなったとか自分のきょうだいの1人が他界したとかいうものが多いが、そういえばぼくは母や父が亡くなっても喪中のはがきは出さなかった。喪中でだれからも年賀状が来ないというのはいかにもさびしい。

年末状には今年のことだけではなく、来年の希望や抱負も書く。今年はみなさんお世話になりありがとうと感謝の意を込めて。来年には期待を込めて。今回は「20期生の特訓合宿とネタ仕込みの旅で気合をいれ、歴史勉強会と名画鑑賞会も再開します」とうたいあげた。歴史勉強会も名画鑑賞会も6期生のころまでやっていたことである。吟行も3期生がリーダーになってたしか月1で盛んだった。これらの活動がいつの間にか消えていた。

ネタ仕込みの旅はぼくがマイカーにペン森生の2,3人を乗せてかなり頻繁に実現していた。長野県上田市郊外の「無言館」が定番だったが、新潟から日本海沿いに北上して秋田・男鹿半島に行って「なまはげ」の実演を見たり、時代の変質と「なまはげ」の状況変化を取材したりした。男鹿半島から八郎潟に下りて広大な干拓地をめぐって、日本の食と農業問題も考えた。八郎潟干拓地の中心部はいまでもくっきりと思い描くことができる。

もうとっくに運転はしなくなったから、来年は八郎潟に行くことはないだろう。無言館にはおととし電車で行った。来年も1回くらいは戦没画学生の遺作を観に行くにちがいない。戦後70年だからペン森生も何人か連れて行って、無言館でなにを感じるかを聞いてみようと思う。何期生だったか、ぼくはなにも感じませんと威張っていた男子がいたが、もちろんそういう感受性のひからびたマスコミ志望学生は、内定とは縁がなかった。

ぼくが年賀状ではなく年末状にしたのは、自分が新聞で取り上げたのがきっかけで模倣したわけだが、心理の底には決まりきったことを抵抗感なしに実行することへの反発があったのだろう。ことさら変わったことをやらなくてもいいから、独自性を持とうと言うのが来年も変わらぬぼくの考え。



わが懐かしきキューバ危機
 国交が断絶していたアメリカとキューバが国交交渉に入ったというニュースは年末を飾る明るい話題である。ぼくはキューバには行ったことはないが、ペン森生の何人かはその首都ハバナを訪れたことがある。キューバは独立戦争のあと1902年にスペインから独立してアメリカの保護国になるが革命をへて、旧ソビエト側につき社会主義体制を敷く。62年にソビエトの核ミサイルの配備を阻止しようと米ソ一色即発の危機になる。

 いかにも朝日の好きそうな平和なニュースなのに本日の朝日1面トップは、いまさらながら小保方晴子のSTAP細胞は「『存在せず』が濃厚」と歯切れが悪い。結果が明らかな話を取り上げた。朝日はあの誤報問題以来、内部でどのような化学変化が起こったのか、どうも変だ。細胞の発見発表を1面トップで大々的に扱ったことを誤報だと非難されてはたまらない。で、本日の扱いになったのかもしれない。しかしSTAPの嘘は古い話だ。

 アメリカとキューバの仲直り話し合いの裏にはローマ法王がいた、というのが本日の朝日。それを1面小保方の脇に3段で報じた。この記事は続報扱いだから、朝日は前日報じていたのかもしれない。たまたまきのうは朝日を読まなかったので、ぼくだけが知らなかったのかもしれないが、ニュースは接しなければゼロなのだ。若者の新聞離れは、接しなくても痛痒を感じないからだろう。ぼくはきのうのうちにネットニュースで知っていた。

 ぼくがアメリカとキューバの和解に格別の関心があるのは、懐かしくも古き大学生時代を思い出したからである。のど元に刺さったとげを抜こうとアメリカは、経済制裁を続けるが、62年の危機はキューバ危機と呼ばれる。アメリカ高官の回顧録を読んでなるほどと納得したのだが、このとき上空から偵察するとキューバにテニスコートをつくっていた。キューバ人はテニスをしない。やや、ソビエトの軍人たちがやってきたとわかったのだ。

 ソビエトの艦隊がキューバに接近して、世界は米ソ核戦争かと息を呑む。直前にソビエトの艦隊は引き返して事なきをえた。これがキューバ危機である。その62年、ぼくは大学4年生だった。その際、新聞記者に内定していたかどうかは憶えていないが、卒論のテーマは「新聞における自由の歴史」だった。新聞がキューバ危機をどう報じたかが大きな内容を占めた。テレビは未発達でニュース源は新聞しかなかった時代のことである。

 400字50枚を1週間で書き上げたから、中身はとても自慢できるものではなかった。卆論で触れたせいか、キューバ革命にはちょっと関心があって、つい2カ月前にもチェ。ゲバラの評伝映画を見た。日本で学生運動が盛んなころ、医者でありながらの革命戦士ゲバラは闘争学生の英雄だったのである。同じ革命家で社会主義キューバを治めているカストロよりも人気があった。世界はめまぐるしく変化するが緩慢に動くこともある。

 4年生のペン森生も12月は卒論の締め切りだった。みんな無事に出し終えたようだ。卆論に書いたことが50年以上を経過してから話題になるような内容をしたためたひとはいないだろう。50年以上たって生のニュースになるのは地震、噴火、気象異変、疫病、日本の破綻くらいだ

これ以上の経済成長はいらない
 つまらない総選挙が終わった。ぼくが投票した小選挙区の民主党女性候補は比例でも救済されずあえなく落選した。比例は原発再稼動反対・憲法改正反対の共産党にした。終わってホッとしたというより、なにかいたたまない感じが残って、感情が日本晴れとはいかない。寒くて雨模様の本日みたいな心境。自民党と公明党の与党が3分の2に届いたからだ。アベノミクスに疑問をもつ身にとって、あまりに腹立たしい結果だった。

 選挙速報はテレビ東京の池上彰だけを集中的に見た。かれは元NHKだが、NHKらしからぬ無遠慮なところがよい。あたりは柔らかく温厚そうだが、口を出る言葉にはカミソリが潜んでいて、権力者に向かうとき合いの手をいれたくなる。今回も安倍首相にわずか6分間のあいだに憲法改正や集団的自衛権行使容認、原発再稼動について質していた。いずれも選挙期間中に安倍が避けてきた問題である。安倍にはあまり触れてほしくない問題だ。

 安倍が触れたくないというのは票に影響する選挙期間中のことであって、終わってしまえば知ったことかであろう。これで安倍はますます好き勝手やれる。憲法も改訂されるにちがいない。なにしろそれが安倍の野望だからだ。ぼくが安倍嫌いなのは、安倍がA級戦犯とされた祖父の岸信介を尊敬しているからである。ぼくら70代半ばの老人にとっては60年安保時代の「岸を倒せ!」のシュピレヒコールが耳の底にこびりついている。

 岸の孫である安倍に対していい感情を持ってないのはぼくら世代に共通しているかもしれない。一方で経済成長には郷愁を抱くこともない。日本は念願の経済成長を果たして幸福になっただろうか。なんでもそろっているがなにか大切なものが足りない。1000兆円もの借金を国がかかえて若者にとって未来は暗い。夢をもてといっても身の回り15センチぐらいの夢だ。明治維新にかけて20代がいだいた雄大な夢は見ようにも見れるはずもない。

 いま司馬遼太郎の『翔ぶが如く』を再読中だが、20年前に読んだ中身はまったく新しい。筋だけ憶えていて、固有名詞は木戸孝允とか西郷隆盛とか名前は知っていても司馬が調べたであろう細かいエピソードはまるで記憶にない。忘却のかなたにあるのはそれだけではない。PCは何回操作を教わっても憶えないのだ。このブログの更新が遅れたのもそのせいである。字が小さくなって、老眼をかけても読みとれなくなったままにしておいた。

 ぼくも老人になったものだとつくづく思う。いまペン森生のあいだで日本が登り坂を上っていたころの勉強をしようとの機運がある。司馬の『坂の上の雲』を読んだことがあるかどうかからではじまった話だが、幕末から明治にかけて14:00から16:00までぼくが講師となってスタートすることになるかもしれない。老人にできることは専門の作文添削か下り坂を下っている若者と日本の青春期をいっしょに読むことぐらいである。

 安倍は日本のさらなる成長を強調するが、ぼくはもう成長しなくていいと思っている。成長すると格差が広がる。子どもの貧困は6人に1人。シングルマザーも貧困。日本はいつの間にか貧困が目立つ先進国になっている。これから先の世代のことを考えると、気が沈む。民主党なみではないだろうが安倍政権へのぶり返しにせめて期待しよう。

安倍政権に好き勝手やられるメディア。
 若干名採用するという毎日の補充募集の筆記が終わって、6日と8日に一次面接がある。この面接に男女2人ずつ4人が挑むが、さて結果はどうなるか。2人は可能性ありとみているが、何人採用するかによってペン森の内定人数も変わってくる。毎日は自由闊達な社風で最近はいささか左翼じみているが、ぼくはあまり勧めない。理由はただひとつ、企業年金がないからである。定年後は厚生年金で細々と生活しなければならない。

給料も朝日などの高給社にくらべると安い。朝日はあの一連の誤報問題で部数と広告収入への影響が大きく、この冬のボーナスは20%カットだそうだ。それでも毎日よりはずっと多いだろう。早稲田の探検部にいて朝日に入って退社した探検家のノンフィクッション作家某は著作のなかで朝日の給料のよさについて触れている。「この会社は金だけはよくくれた」と。朝日は終身年金だから死ぬまで生活の面倒をみてくれる。

いまは自民党を離党しているが、官房長官まで務めたリベラル派の野中広務は「高給をもらいながら貧者の味方のような顔をしている」という意味の発言をして皮肉ったことがある。朝日だけではなく、民放などのメディアに対して言ったのであろうが、たしかにそのとおりと思う。格差が広がり、若者やシングルマザーの貧困問題が取り上げられるようになった日本では、記者たちの目のつけどころのひとつだが、高給では説得力がない。

そうは言っても貧困にあえぐ層を支援するのはメディアと自治体の役割である。メディアのなかでは貧乏に慣れている毎日がこの問題についていちばん熱心な感じがする。貧困専門の記者もいる。本日の毎日「記者の目」=若者よ、選挙に行こう、の筆者もそうだ。「記者の目」に言う。「未成年の子がいる母子世帯の約半数は、国民の平均的な収入の半分に満たない『相対的貧困』層に属する(略)さらに悲惨なのは子どもだ」と続ける。

「給食費が払えず修学旅行に行けない、進学もできない。貧困家庭の子には珍しくない。親が長時間労働を強いられているため日常の世話ができず、栄養不足や劣悪な衛生で心身の健康が危機にひんしている子もいる(略)日本は若い世代の福祉や教育に充てられる予算の率が極端に低い国である。どうすれば改善できるのか、選挙こそ絶好の機会ではないか」。しかし、自民党が300を超えるという世論調査の結果が出た。棄権が多いだろう。

ぼくは選挙で民意を示す民主主義にも限界があると感じている。貧困家庭を生んだのも民主主義国家日本での現象だ。あのヒトラ―だって選挙で出てきたのだ。メディアががんばればまだなんとかなると期待しているが、安倍政権に対するメディアはなんとも迫力がない。特定秘密保護法も間もなく施行される。権力者が極右であってもメディアが尻ごみしちゃ好き勝手をやられる。安倍の批判者にメディアはもっとなるべきだ。

新聞は反安倍の朝日・毎日・東京と親安倍の読売・産経と旗色がはっきりしたが、朝日は安倍の捏造発言などによって血祭りにされた。一角が崩されたが、安倍の父親がいた毎日は財政的に自滅の道を歩いている。でも毎日は頼りだ。窮鼠猫を噛む。ペン森生よ、毎日に内定したら志高く権力者を噛んでくれ。

歴史は繰り返すのか、不気味ないま
 『最貧困女子』(鈴木大介/幻冬舎新書)を買うため本屋に行ったが、買ったのは『国家の暴走』(古賀茂明/角川ONEテーマ21)だった。『最貧困女子』が見当たらなかったからだが、ぼくは改革派官僚だった古賀と同じく安倍晋三嫌いである。本日12月2日は衆議院選挙の公示日だが、安倍自民党は議席を減らすことは確実だ。ただ自民党は58以上議席減の237議席以下が望ましい。すると自民党は過半数割れの大敗となるのだが。

 それでも安倍は首相の座をだれにも譲らないだろう。なぜなら解散時の記者会見で勝敗ラインを「与党で過半数」と述べて、きわめて低い予防線を張っているからである。衆院の前議席は475だから自民党が過半数に届かなくても連立与党の公明党の議席があるので、与党の過半数割れはない。これで公明党の発言力が増すことは間違いないところで、集団的自衛権行使容認をより限定的にするよう求め、安倍は困るにちがいない。

 ぼくの安倍嫌いは一国の首相として ①きわめて狭量であること。それは「撃ち方やめ」報道で各社が同様の報道をしたのに朝日新聞だけを取り上げて「捏造」と国会答弁で断じたことや、自分に都合のよい意見しか民意としてとらえないことなどで判断できる②「憲法改正をぜひ目指したい」と公言し、太平洋戦争を侵略戦争として反省しているとは思われないこと。A級戦犯が合祀されている靖国神社を参拝する独善的姿勢からもわかる。

 ほかにも多々ある。集団的自衛権の行使容認の憲法解釈を変更して閣議決定したことや特定秘密保護法を制定したこと。この特定秘密保護法は日本が戦争に走る気配がみえたとき、報道をすれば、それは23条1項の秘密漏洩の厳罰化に当たるとされる恐れがある。取材記者は戦前戦中の治安維持法の不自由な暗い時代に投げ込まれるかもしれない。NHK会長人事、経営委員人事で息のかかった経営陣を送り込んだメディア対策も見逃せない。

 どっちみちぼくらは衆院選挙が終わっても、まだ安倍晋三という不気味な異論を認めない独裁的な思考の持ち主をリーダーとしなければならない。右傾化の安倍政権が続けば、原発再稼動も国民から支持されたと都合のいい解釈をするのだろう。それまで賛成したわけではない、と言ってもあとの祭りなのだ。そうして沖縄無視がまた継続する。しかし、どんなに安倍嫌い、反自民党でも票を入れたい野党がない。この劣化現象は国民の反映か。

 『国家の暴走』が終われば『最貧困女子』を読むが、貧困と貧乏は異なる。ぼくは貧乏だが十分に幸せである。貧困は行き止まりである。安倍政権は立場の弱いひとに冷たく貧困を創出する。雇用が増えたとはいえ、大半は身分不安定な非正規である。ぼくも実感しているが年金も目減りした。富裕層や大企業は安倍政権の恩恵を受けてウハウハかもしれない。富を平等に分配して社会主義的な日本をつくりあげた戦後政治はどこへ消えた?

 集団的自衛権は今年度の流行語大賞に選ばれたが、なんだか気色悪い空気ノ覆われている。集団的自衛権という言葉に慣れるのが怖い。だれか歴史家がいまの空気は戦前に似ていると気味悪がっていたが、いつか来た道、歴史は繰り返すのか。



 



 



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