ペン森通信
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朝日は標的安倍に撃ち方やめ、か。
 人間のタイプは加害者型と被害者型に分けられる、というのがぼくの説。表現を換えれば攻撃型と守備型である。男女で言えば、男性が攻撃型、女性が守備型。人間以外の動物でもオスは強い子孫を残すために互いに闘い、勝ったものがメスとの交渉権をえて交渉が成立したら、子をなすことができる。人間の女性は最初被害者然としているが、結婚して時間がたつとやがて男と女の立場が逆転して、普通妻が加害者となる傾向にある。

 6月に結婚した新郎の主賓は樺島熊本県知事だった。スピーチで言うに「結婚を長持ちさせる要諦は要するに夫が我慢することです」と。樺島もすでに家庭では被害者の境遇にあるらしい。職業で言えば政治家は加害者=攻撃型だが、特捜部も乗り出してきた小渕優子はどちらかと言えば被害者型だから、攻める側の気勢も上がらない感じ。地元元秘書が矢面に立って姫を守ろうとしているからバッシングも余計にずれてきた印象。

 そこへ行くと首相の安倍は加害者型がぶれない。強気な姿勢の攻撃型だ。一見なよなよとしているが祖父の岸信介を信奉して揺るぎはなさそう。経済運営のアベノミクスはアホノミクスと陰口を叩かれたりするが、持てる者にやさしく、持たざる者に手を差し伸べない態度は変わらない。年金生活者のぼくは厚生年金が2カ月で40万円支給されていたが、37万円に減額されていた。これで消費税をさらに上げられたら、たまったものではない。

 安倍は大阪市長の橋下ほど激しくはないが、ねちっこく根にもつようなところがあるような気がする。女性に怒られるかもしれないが、そこは女性的だ。安倍が側近議員に政治とカネの問題に関して「撃ち方やめになればいい」と言ったらしいことを新聞各紙が取り上げたが、本日の朝日新聞はこの「撃ち方やめ」報道について報じている。「首相は30日午前の衆院予算委員会で、朝日新聞だけを名指しして『捏造だ』と発言した」と。

 朝日新聞は吉田証言と吉田調書問題で自滅して以来、さっぱり攻撃性をなくした。だが、安倍にとってはいまだに朝日は加害者と受け止め憎悪の対象なのだろう。「『撃ち方やめ』と私が言ったと報道がでた。これは捏造です。朝日新聞は安倍政権を倒すことを社是としていると、かつて主筆がしゃべったということです。私に確認すればすぐわかることです。私が言ってもいない発言が出ているので、大変驚いたところです」と予算委員会で述べた。

 一国の首相が一新聞を名指して、捏造記事だと言いつのるとはゆゆしき事態だ。新聞も加害者型=攻撃型の性質をもつが、朝日vs安倍の天敵関係はすっかり影を潜めた。朝日の捏造反論記事も対社面トップながら覇気がないというか弱々しい。攻撃性をなくし守備的な朝日はまったく魅力がない。日本のリ―デイングプレスがこれではいけない。新聞は守備にまわると権力の監視という役目を放棄したも同然だから存在意義すら危うくなるぞ。

 朝日主筆の安倍政権を倒す社是発言はそれ自体伝聞か捏造である。「撃ち方やめ」は質問者の民主党枝野によると産経、毎日、日経、共同も報じている。各社そろっているのだから、朝日だけ捏造はありえない。新聞は朝日だけでなく各社攻撃性を維持してくれ。



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就活と終活と、ペン森の二極化
二極化はペン森でも甚だしい。若者の就活話と年配者の終活話だ。このところほぼ毎晩お墓をどうする?と終活話が盛んである。ぼくは浄土真宗だが樹木葬か散骨を望んでいる。田舎に先祖代々のお墓があるものの、その近辺には身寄りの者はだれもいない。おととし行ったら、お寺も後継者がいないらしくほったらかしで草ぼうぼうだった。おれは女房がおれの代々のお墓には絶対いっしょに入りたくないと強硬に言っている。と言った類。

 ぼくも間違いなく死を迎えることになるが、いつになるかはわからない。11月5日にはさらに歳を重ねる。誕生日は生前告別式みたいなものである。誕生日を前に死にまつわる手続きを代行してくれる会社が募集中の会員になった。5万円で世帯の面倒をみてくれるという。樹木葬もOKというからすこしはほっとした。家内はがんを患いまだ復帰途上にあるが案外、しぶとく生きている。ぼくが先に逝くだろうが、5万円で憂いなしだ。

 ペン森は20期生を迎えている。つまり創立20年ということである。創立した当時、信じがたいことにぼくは50代だったのだ。1期生が40代のおじさん、おばさんになっているのだから年年歳歳、月日は流れて例外なく死へ近づいているわけである。40代50代では元気でいる限り死のことや葬式のことなんて1ミリも考えない。肉親や友人が亡くなっても自分に引き寄せて考えることはない。それはまだ考えの外にあるのだ。

 もっとも東日本大震災や御嶽山のような不測の事故に見舞われる事態もありうる。東京の場合、直下型地震が怖い。脚の不自由になってから地下鉄に乗っていると、この体ではとても逃げられないと意識が変化した。体幹というのだろうか、体を支える1本の強力な芯がないように感じるくらいたよりない。1本足でズボンもパンツも靴もはけたのはもう30年も前だった。いまや家の階段、トイレ、風呂場に手すりをつけている。

 脳梗塞で倒れて以来、左脚はひざが上がらず擦り足状態になっているが、ことし8月11日に飲みすぎて転倒したとき、すでに杖をもっていた。杖をついた記憶は5期生と尾瀬を歩いたとき以外にない。なんのためにいつ買ったのだろうか。自分が転び体質であることを無意識にも察知して転ばぬ先の杖を用意していたのだろうか。まだボケてはいないつもりだが、判然としない。事情はどうあれ、杖はあらかじめ用意していたのである。

 その杖をついて歩くのがもう日常化している。今度の土曜日は15期女子の結婚式に参加するが、空は晴れてほしいと切に願う。杖と傘で両手がふさがる上に引き出物をもつ難儀を思うからだ。まして披露宴でほとんどブレーキなしに飲むだろう。杖なしでは歩けないかもしれない。ペン森から帰るとき、普通は酔っている。19期→20期女子が手をとって神保町駅に送ってくれるが、電車を降りると杖にたよらねば確実に転んでしまう。

 杖と手すりのぼくにも就活の若いころがあった。有為転変があったにせよ、幸福な人生を送り、こうして終活の時期に突入した。樹木の下でペン森こぞってあの世をいっしょにすごそうよ、と言ったら終活組は大賛成だった。

おいしい牛肉やうなぎをを食べたい。
 神保町は本屋街で知られるが、ラーメン戦争やカレー戦争でも有名だ。ラーメン店は2,3知っているが、カレーはスマトラカレーしか知らない。だいたい昼は自宅から持参する弁当、夜は焼酎のお湯割りとともにペン森の手料理ですませる。神保町界隈の4,5人で話ができる静かな店を紹介して、と言われると困る。本屋なら三省堂、東京堂、書泉グランデ、岩波ブックセンターのどこにどんな本があるか言えるが、食いものは不案内だ。

 と言って、食いものに興味がないわけではない。むしろきわめて関心が高いほうだと思う。テレビの食いもの番組は大好きだし、土曜日夜9時からのテレビ東京「アド街」は欠かさず見る。神保町がカレー戦争の街だということもこの番組で教わった。神保町は高級ではなくB級グルメの街だと考えているが、中華料理の水準は高い気がする。「アド街」で紹介された店はメモを取ってないのでたいてい忘れる。頭に残っている店がいい店だ。

神保町の中華では揚子江菜館の中華丼が絶品だと思う。めったに行かないがそこへ行くと必ず食べる。1700円かそこらで少々値ははるがそれだけの価値はある。ちょっと老人には量が多すぎるが、魚介類と野菜を中心にした具の上に透明のあんがかけられ、れんげですくって最後まで食べる。いつも混んでいるからおいしさはだれもが認めるところだろう。近くに上海蟹の新世界菜館もある。この辺りに辛めの四川料理の店は見かけない。

 ぼくも昔はラーメン好きだった。いまは六本木の香妃園のトリ煮込みそばをなにかにつけ食べに行くが、この店は六本木を転々としていまの場所に落ち着いた。ぼくは30代のころから通っているので、もう40年近くひいきにしている。市ヶ谷にトリ煮込みそばに似た中華そばを売り物にしたいという中華の店があった。ぼくは味見をたのまれ何回か通った。マスターはつなぎが難問で伸びない麺はどうしても真似できないとあきらめた。

 トリ煮込みそばを食べにかみさんと行ったTBSの記者がいた。夫婦けんかになった。「普段、こんなにおいしいものを食べているのね。ときどき女の子も連れて来るんでしょ」とかみさんに言われたのがきっかけでけんかになった。そういえばぼくも女の子と行くことが多い。前回行ったのも中国に留学する14期の女の子と同期の女子といっしょだった。ささやかな歓送会である。その席の記念写真を携帯とPCの待ち受けにしている。

 留学しないほうの女子とはうなぎ仲間。用賀にあるうなぎ屋に年2回くらい行く仲である。その狭い店で向かい合って酒を飲むとぼくはすごく幸せを感じる。酒は新潟の景虎である。新潟の酒と肴を提供する店が東京駅の地下、黒塀横丁にある。そこには米沢の牛肉を食べさせる店もあり、牛肉もうなぎも好きなぼくは年内にもう1回双方に行きたいと願っている。前回全館休みだった日本橋三越前のCOREDOはリベンジしなければならない。

 ペン森は火木がぼくの料理の番。最近でこそさんまが多いが、肉料理も多い。トリ肉、豚肉、牛肉を使いまわしている。ときどき出来あいのとんかつや唐揚げになるが、若いひとには腹もちする揚げものも必要だ。これからの季節は断然鍋だ。トリ鍋の創作料理のアイデアがあるから、食べてもらうのがすこぶる楽しみ。



 

 


「社会を変えたい」若者たち
新聞の連載コラムで最も最も同意するのは毎日の水曜日に掲載される山田昌弘中央大教授の若者論あるいは日本人論である。山田は前任の東京学芸大時代にはパラサイトシングルという言葉と日本に広がるその現象に着眼したことで注目された。9月24日のコラムでは日本企業の新卒一括採用と年功序列の慣行が崩れない理由は日本語の「敬称」や「敬語」にあるかもしれない、と考察している。そこに日本的上下関係が包含されている。

年功序列が企業や公務員の社会でまだ局所的に守られているのは、仕事上の上下関係が人格上の上下関係と混同しているからだという。いままで、おれおまえで呼んでいた関係で一方が昇進し、一方が敬語を使う関係になると、ぎくしゃくする。英語や中国語などには丁寧な表現はあっても身分的な上下関係を表すための敬語はない。職場は職場、人格は人格と割り切るひとが多いから、年齢にこだわらない採用や昇進が行われる、と解説した。

ペン森は19期生の就活がほぼ終わって、大学3年生の20期生が問い合わせてきたり、申し込んだりしている。もちろんかれらは新卒一括採用の機会をねらっているわけだ。このあいだすでに新聞記者として就職している男子が20期生の男子と話している最中、突然怒り出した。「きみはおれにタメ語をずっと使っている」と。1年先輩たる19期生のプライドが傷ついたらしい。若者をも染め上げたなんとも厄介な上下関係意識である。

ぼくが前に勤めていた職場にはアメリカ人の部下が2人いた。かれらは前方から歩いてくるぼくを認めると脇にどいて通りすぎるのを待っていた。要するにボスに道を開けていたのである。アメリカ人の場合も違った意味で上下関係はうるさい。軍隊で上司が戦死するとつぎのボスをだれにするかでもめるが、決まると全員がそれに従う。これは指揮命令系統を明確にするための知恵なのだろう。ボスが代わっても敬語が不用な点はいい文化だ。

新聞社も放送局も若い社員の流出に悩んでいる。毎日が11月23日に採用試験をやるのもそのせいに違いない。新聞社は受験できる年齢制限は30歳近くまでとゆるやかだが、他の業種はそうはいかない。だから新卒時に就職できないとその後も正社員になるのは難しい。若者の6人に1人は貧困だといわれるが、そのほとんど全員が非正規だろう。本日の山田コラムは「意義唱えぬ日本の若者」である。香港に比べてたしかに異議は唱えない。

 内閣府の2014年版『子ども・若者白書』によると、「社会現象が変えられるかもしれない」と答えた若者はアメリカ、フランスなど調査7カ国のなかで最低の30%だった。30%もいるのかと、ぼくなんかほっとした。「社会をよい方向に帰るために行動したい」という30%の若者たちこそ記者志望にふさわしい。むかしから「若者こそ、社会を変革するエネルギーをもつ」といわれたものだ。大勢に従うおとなしい若者が増えたのはなぜか。

20期生になる19期の延長組女子は地方銀行に内定している。記者になって女性の貧困問題に取り組みたい、と志は冴えている。銀行に勤めてなにか金融関係の資格を取ってからでも遅くはないとぼくは言っている。新聞は2,3年後でも十分に間に合う。意識さえあれば、銀行から社会を見て感じることは作文のネタになるし、女性の貧困もリアルに見えるはずだ。

調査報道の表現欲と人生テーマ
 小渕優子経産相はいつも目を見開いてびっくりしたような表情をしているが、今度ばかりはほんとうにびっくりしただろう。言わずと知れた政治資金疑惑の発覚である。週刊新潮と毎日新聞が16日の紙誌面で報じて明らかになったが、国会答弁や記者団との応答を聞いていると、本人は本当のことは知らなかったのではないかという印象を受ける。直前にうちわ疑惑でやり玉に挙がった松島みどり法相のふてぶてしさに比べればの印象だが。

 小渕優子はさしたる美人ではないが、スタイルはすこぶるよい。淡々としたそつのない受け答えぶりも、さすが読売が自民党幹事長にとの予測記事をだしたほどの政治家と思わせる。週刊新潮は「デタラメすぎる『政治資金』」と見出しをうった。「政治資金」は税金である。これからも野党の追及は続くにちがいないが、場合によっては公職選挙法に抵触することが明らかになり、大臣辞職まで追い込まれるかもしれないが、同情はされまい。

 大臣の進退問題に発展するとなると、小渕は女性登用を人気取り政策にする安倍首相の目玉人事の有力な一角が崩れることになり、野党はすこし溜飲を下げる。小渕の夫はTBS社員で2人は社内結婚である。TBSがどう報じたか知らないが、さしあたりあしたの夕方の「報道特集」とあさって朝の「サンデーモーニング」を注目しよう。NHKも含めて放送局に政治家や有力者の息子や娘が入社しているのは明らかにコネ入社である。

 報道機関は自社に不都合なことでも、社会的に報じるに足る価値があると判断すれば報じなければならない。ぼくら古い記者教育をうけた者は自分の親が罪を犯したら書かねば記者になった意味がないと教わった。親よりも社会性と読者から知る権利を負託された職業であることを常に忘れるなということだろう。それは公務員や政治家などの税金で生活している人間にとってはなおさらだ。かれらの仕事はつねに国民のためであるはずだ。
 
きのう遅い夏休みを取って、旅をした帰りに立ち寄ってくれた12期生がいた。福島の原発事故と被災者被災地を取材しているが、現地の役場に中央から派遣されている官僚のなかに「一生ここにいて被災者のために尽くしたい」というひともいるそうだ。なんという気高いと感じ入った。松村みどり、小渕優子その他政治家、官僚、マスコミ人にそのような奉仕というか利他主義というか自己犠牲というか、崇高な精神はないように見える。

 以上のような立場や職業をめざす学生にも、精神の純粋さがなくなってきていると思う。残念ながらペン森生もそうだが、とにかく朝日、共同、読売、NHKから内定をもらいたい、という願望が強い。自分がなにを読者や視聴者に届けたいか、という意識はほとんどないかもしれない。その意味で第一志望が広島の中国新聞でみごと内定した19期生がいたのは快哉ものだった。進路は自分の人生観との適合を優先させると人生は充実する。

 小渕優子の疑惑を報じた毎日新聞の筆者はペン森6期生の杉本修作である。かれは政治資金収支報告書を読みとる稀有な記者だ。かれと同じく調査報道グループに属している2期生の銭場裕司は「老いてさまよう」報道の取材キャップとして今年の新聞協会賞を受賞しただけでなく菊地寛賞も受賞した。調査報道の表現欲と人生テーマが合えば最高だ。

 

台風は騒ぎすぎじゃないの
  台風18号のときもそうだったが、19号もやたら自治体の避難勧告が目立った。去年まではなかったことである。言うまでもなく、自治体の責任回避である。だが、それまで空振りでもいいから、住民になんらかの事前通知をして安全をはかるべきだ、という意見が強まっていた。名古屋市は19号に際して、市の100万以上の全世帯に対して避難勧告をだしたというNHK報道があった。いきすぎじゃないの、という声はなかった。

 名古屋がそれほど危険な都市なのかとは認識したことがないので、ぼくはびっくりした。名古屋市の人口は226万6400人だが、もし全員が避難したら収容場所に入りきれないだろう。もちろん避難する住民はごく少ない、微々たるものだと市側は踏んでいるわけで見えすいた避難勧告であった。こんなオ―バ―な対策をしたら、避難勧告くらいで避難する住民はいなくなる。避難指示だって聞く耳をもたないひとが続出するだろう。

 それにしても、台風そのものに対して事前に騒ぎすぎではないだろうか。事前情報におびえたり、不安がったり、ぼくのような脚だけでなく体が思うままに動かせない身には余計に心配がつのる。18号も19号もすぎてしまえば、一気に広がる青空を見上げて、なあ―んだと気が抜けた。まあ、すべては結果論にすぎないとはいえ、そもそも台風も人生みたいなもので沖縄あたりでは少年期だが、九州の青年期を経て東京ではもう中高年だ。

 気圧の数値が上がってくると雨はともかく、風の勢力は弱まってくる。次第に弱まってしまいには温帯低気圧というくたびれた老年期に入り、やがて消える。1日中NHKテレビをつけて獰猛な少年期から観察していると、台風も生命体をもった生き物のようだ。その獰猛さもおとなしくなるはずだが、恐怖イメージだけはいつまでも引きずる。19号もスーパー台風という極端に気圧の低い状態がインプットされたまま固定した感じだった。

おそらく避難勧告を出した自治体も19号の最初のイメージから抜け出せず、不安だけが増幅した。空振り容認の空気が日本中に醸成されてきたので、安易に避難勧告を出して責任を避けた面もあったにちがいない。マスコミも事前にいくら大げさな予報を流しても責任が問われない。人事の予想などに比べたら気楽なものである。予想が外れて被害が少なければいい結果につながって怒るひとはいない。謝る必要はまったくないのだ。

世帯の数と同時に対象人数も発表される場合が多いが、世帯数に比べて人数が少ないのは日本の少子化、高齢化、単身化現象の表れだろう。もちろん、核家族化も反映しているはずだ。○○世帯××人に避難勧告が出されました、とアナウンサーが読み上げるたびに
世帯の数に見合った人数はいないな、と日本の未来に改めて不安を抱いたのはぼく1人ではなかったろう。せいぜい1世帯3人足らずの人数であった。これでは日本は先細りだ。

台風報道には気象庁という情報源がある。マスコミが自由に情報を操作しているわけではない。台風は仕方ないが、本日の秘密保護法運用基準の閣議決定報道も毎日などの一部を除いてまるで政府広報のようだった。新聞の存在価値も先行き心配だ。






 

新聞記者志望なら吉村昭を読め
日本ではじめて新聞を創刊したのはアメリカ彦蔵である。れっきとした日本人だが国籍はアメリカ。江戸時代の嘉永3年、13歳で炊事手伝いとして乗船していた船が破船漂流する。アメリカ船に救出されアメリカ生活を送るが、両国の文明の差は著しく、彦蔵は一気に未来を旅するような体験に投げ込まれる。彦蔵は一少年船員にすぎないが、日本の文化度は高く、すでに読み書きができた。善良なアメリカ人に出会いのちに英語の達人になる。

これは吉村昭の『アメリカ彦蔵』という伝記小説に詳しく書いてある。この分厚い新潮文庫はもう読んだと思っていたが、先週から今週にかけて目を通すと、まったく読んでないことを知った。けさ腰が痛いので、本棚の隅に押し込んである痛み止めの貼り薬をとりだそうとしたら、以前に買っていたらしい『アメリカ彦蔵』が薬のわきにあった。買っただけでもう読んでしまったと思いこんでいたにちがいない。とんだ錯覚であった。

彦蔵が船に乗った嘉永3年は1850年であるから、いまから164年前だ。徳川末期のころだが、日本もアメリカものんびりと平和だった。日本船は沿岸沿いに物資を運ぶ内航船の構造だったから、外海に出て嵐に見舞われると破船して漂流を余儀なくされた。黒潮に流されてロシアへ漂着するケースも多かったが、日本近海でクジラを追っていたアメリカの捕鯨船に助けられる例も少なくなかった。彦蔵の先輩ジョン万次郎はそうだった。

吉村昭は漂流もの、戦記もの、幕末もの、医学ものとあるが、事実にこだわり調べることにかけて新聞記者がかなわないところがある。『戦艦武蔵』を書いてドキュメンタリー作家となるが、武蔵の造船舞台となった長崎へはその後も含めて107回も通っている。下調べと接待要員の編集者などは伴わず、必ず1人である。このことはエッセイ『ひとり旅』に詳述してある。事実を求め歩くその執念には恐るべきものがある。

ぼくが一番好きな作家である。文章は淡々として透明感があり、装飾を可能な限り省いている。同じ事実でも例えば本田靖春の代表作『誘拐』は犯人が生育した社会そのものに光をあてて容赦なく差別や偏見や社会を告発する。吉村は直接的ではなく社会や組織が内包する矛盾をあぶりだす。新聞記者志望者なら、ぼくも嫌いではないがどこかとりとめのない村上春樹よりも、本田靖春と吉村昭の書いたものをすすめる。ぜひ一読されたい。

彦蔵が渡米してから、日本は幕末の動乱、アメリカは南北戦争に大揺れとなる。彦蔵はキリスト教禁制の日本には帰れぬと思い、洗礼を受けてアメリカに帰化する。アメリカで学校に通って勤めもしたから英語はきわめて得意なために、日米に重宝されるが、いかんせん日本語、とくに漢字が不得手ときている。彦蔵が創刊した新聞『海外新聞』の記事を明快な日本語で綴ったのは、のちに東京日日新聞(毎日)の記者になる岸田吟香である。

彦蔵は明治30年に61歳で病没する。墓碑は妻の手で青山の外人墓地に建立された。碑面の上部に英文で彦蔵の墓であることが記され、その下に浄世夫(ジョセフ)彦之墓と刻まれているそうだ。本田靖春や吉村昭にならって、墓がまだあれば新聞のお世話になったぼくは拝みに行かねばならない。ついでだが、吉村本は作文のネタの宝庫である。


好きなことをやって成功しろ
 ノーベル賞の物理学賞に3人の日本人の受賞が決まった。暗いニュースや殺伐としたニュース続いていたが、久しぶりにひとの死や血を感じさせない話題だった。ぼくは3人のうち中村修二だけは知っていたが、赤崎勇は名前だけ、天野浩は初耳。ぼくと似たようなひとも多かったのではないか。物理学なんて普通のひとは大して関心もないし、わからない学問だが、今回は素粒子とかではなく、身近にあるLEDに関するものであった。

 3人とも東大出ではない。赤崎京都大、天野名古屋大、生村徳島大。赤崎と天野は不可能とされていた青色発光ダイオード(LED)の開発に成功した、中村はその量産技術を開発して世界で初めて製品化した、ということらしい。赤と緑は先に開発されていたので、これで光の三原則をつくりだすことが可能となった。われわれに馴染みのLEDは消費電力が少ないうえに長持ちする。授賞理由は「15億人以上の生活の質が向上した」。

 光の乏しかった、たとえばアフリカの子どもたちに明りを届けて勉強できる環境を提供できる、ということだろうか。新聞は毎日だけ熟読したがそれには触れてないので、よくわからない。だがテレビの電話取材でそれに類する内容のことを中村は言っていた。中村は地方大学を出て地元の中小企業に職を得る。中村の開発成功によって特許を取得した会社は何億円も儲かるが、中村に対する報酬はわずか2万円にすぎなかった。

 中村の異才ぶりは週刊朝日に書いていた連載エッセイでもうかがえた。だいぶ前なので細かには憶えてないが、ずばりずばりときわめて切れ味よく個性的だった。中村はアメリカ国籍になっているが、日本の器には入りきれない柔軟性がある。アメリカの自由が肌に合うだろう。中村の生き方を知るにつけ、日本は窮屈だと思う。いわゆる世間にしばられ、
とくに男性は敬称や敬語による上下関係のわずらわしさに悩まされ狭くうるさい。

 ノーベル賞物理学賞によって今夜からにわかLED通やLED評論家が飲み屋方面で発生することだろう。ぼくも新聞とテレビの情報をつまみ食いしているだけで、真新しい話題はない。あるとすれば赤崎がぼくのライバル高校の出身ということだけだ。赤崎は旧2中の甲南高校、ぼくは旧1中の鶴丸高校が母校だ。赤崎が通った高校生のころはまだ旧制中学だった。ぼくのころはすでに新制高校になっていた。

 同じ紙面に小保方SPAP嬢が早稲田大学から博士論文を取り消すという処分を受けた。若き女性の理系博士ともてはやされ、STAP細胞はノーベル賞ものだという意見さえあった。彼女は一時的にせよ、大きな夢を抱かせた。物理学賞の3人は口々に「好きなことを継続してやってきただけ」と言っている。小保方晴子も好きなことをやってきたにちがいないが、大失敗した。失敗にもめげず、夢を追うつもりだろうか。なら応援するぜ。

 ノーベル賞受賞者のみならず、好きなことをやれ、という言葉はあふれかえっている。全体からみると、失敗とともに消え去ってゆく例が嫌になるほど多いのが現実だ。それでも若いひとは好きなことをやってくれ。

 

 

 

朝日は日本に必要な新聞
2日参院本会議は開会が20分遅れた。法相の松島みどりが1日の本会議で本人のイメージカラーの真っ赤なストールを着用していたことや質問時のマイク音量は野党より与党のほうが大きいという疑問がでてもめたせいである。ばかばかしいが、これが党派を超えて公正な審議をするといわれた「良識の府」の実態である。参院規則は「議場に入る者は帽子、外套、襟巻などを着用してはならない」と定めているというが、ストールは襟巻か。

 アントニオ猪木は昨夏の登院時、赤いマフラーを衛視に見とがめられ、外した。マフラーは襟巻とされたのである。ではストールは一体なんだろう。おしゃれのファッションか。
ぼくは中央大学でゼミをもっていたが、そのとき、ストールを巻いて講義を受ける男子学生がいた。先生のぼくは襟巻をしたまま授業にでる良識はずれのばかがいると思った。それだけが理由ではないが、その学生には4単位の単位をやらなかった。

 かれがどうなったかは知らない。さて、参院本会議だが安倍首相は代表質問で11月に実施される沖縄知事選で辺野古移設の反対派の知事が誕生しても影響はないとの政府方針を明らかにした。「埋め立て申請はすでに承認されているから、判断は示された」との見解である。沖縄の民意は辺野古移設反対の結果になると見られるが、知事選の前に方針はもう決まっている、むだな抵抗はやめろと言っているわけだ。辺野古はもう過去なのだ。

 朝日新聞あたり安倍答弁に噛みついてもよさそうだが、吉田証言と吉田調書後遺症か、どうも気勢があがらない。委縮しているのか、自粛しているのか。反安倍の心意気と沖縄応援姿勢はどうしたのだ、と言いたい。最近OBの読売記者がよく訪れるが、読売と産経はやりすぎだと苦い顔をしている。吉田調書で朝日が見出しにとった「逃げた作業員」がいたら、その時点で事実としての報道があったはず、裏取り以前の問題という記者もいた。

 読売、産経、週刊新潮、週刊文春などの朝日たたきは度がすぎている。ぼくは産業としての新聞には未来はないと思っているが、記者という職種にはまだまだ未来がある。メディアがいかに電子化してもニュースを取得して表現する手段が変わるだけの話だ。それだけのことだが、その背後には活字文化の衰退という深刻な現象がある。活字メディアをおとしめているのは朝日よりも読売、産経、週刊新潮、週刊文春のような気がしてきている。

 メディアの役割と責任が権力のチェックであることは言うまでもない。でもその牙が殺がれているのではと気がかりだ。仮に朝日新聞がなくなったら世の中おしまいだね、と言った読売記者がいた。ぼくも同意した。朝日問題は他の新聞、週刊誌も他山の石とすべきものだ。特ダネ競争に明け暮れるうち、いつ自分も似たような間違いを冒すかわかったものではない。特ダネはポイントを強調したいあまりセンセーショナルな扱いになるのだ。

 ペン森は20期生を迎えるが、目下新規に2人が在籍している。カメラマンとディレクターと、いずれもNHK志望だ。新聞志望は19期生の延長組の女子2人。これまで19年間の感じでは朝日入社組が最も優秀だった。ペン森は朝日記者が最多を占める。だからぼくは朝日に優しいのではない。日本にとって必要な欠くべからざる新聞だと思うからである。




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