ペン森通信
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大ニュースに押しのけられたニュース
 朝日攻撃の津波もどうやら引いたようだ。かわって御嶽山の噴火でマスコミも噴火した。ほかに知らすべきニュースや話題がないかと言えば、ある。朝日攻撃はやや意図的だが御嶽山噴火は自然災害。この2つの大ニュースに隠れて神戸の女児バラバラ殺人やイスラム国はあたかもそれが存在しなかったかのような日さえあった。テレビは本番画面の上や横の枠外で流す手もあるが、新聞は増ページして他のニュースを収容する対応もしない。

 新聞は号外を出すことはあるが、増ページはあまりしない。むかしからそうだった。進歩がないのである。どんな大ニュースもどうせ一過性にすぎないと高をくくっているのかもしれないが、その間、進行している中小の出来事はあるのだ。ぼくらは知る権利があるから報じるべきニュースはボツにしないでくれと主張していい。ページを増やせば掲載できるはずだ。たとえばイスラム国攻撃に自衛隊の参加はありうるのか、ありえないのか

 アメリカが要請した場合、集団的自衛権はこのケースで当てはめられるのか。関係ないのか。誘拐された日本の民間軍事会社の社長はその後どうなったのか、パタリと報道されなくなったのは、水面下でイスラム国と日本政府との間で身代金の金額交渉が行われているからだろう。かれが公開処刑されたら、同様に自国民が斬首されたイギリスやフランスと同じ立場になって攻撃するのだろうか。そいうことを知りたい国民も多いにちがいない。

 そんな中、きのうの毎日夕刊で6期生男子が特ダネを放っていた。八ッ場ダムの高台にできる川原湯温泉新駅をめぐり、15年前地主が国土交通省に無料で土地を提供する代わりに代替地の約束をしながらいまだに果たしてないばかりか、地主は固定資産税を負担させられつづけていた、というとんでもない話。こういう国の理不尽を見つけて告発するのが本来、新聞のあるべき姿勢だ。長期にわたる自然災害現象は報道価値があるが。

 その例が、120カ国の首脳級が出席した地球温暖化対策の気候変動サミットも重要であり見逃せない。これは2009年以来2回目の開催。世界の温室効果ガスの排出量を減らそうという取り組みだ。産業革命後の気温上昇を2度未満に抑えようという国際目標が合意されているが、目標は遠のくばかり。戦争と疫病によって人口調節をはかってきたのが人類の歴史。日本も熱帯化でマラリア、アメーバ赤痢による死者が出る時代がくるかも。

 気温上昇対策にはぼくも協力したいが、冷暖房はよく活用するし、決してよき協力者とは言えない。ICPP(気候変動に関する政府間パネル)の予測では有効な対策をとらねば地球の平均気温は今世紀末までに最大4・8度、海面水位は82センチ上昇する。4度以上の気温上昇によって食糧危機を招くという。世界一の富豪ビル・ゲイツは8兆円の資産がある。富者と貧者の差は広がり、ますます貧困が死に直結する世界になるだろう。

 先日、新聞はどうしてタテ書きなのだろう、という疑問がペン森現役学生から出た。教科書でタテ書きは国語くらいのものだ。若い人は断然ヨコ書きのほうに慣れている。たしかにメールもPCのワードもそうだ。新聞は別刷りにヨコ書きはあるが、本紙は読者に老人が多いから決断ができない。ぼくもタテに慣れている。ヨコは読むスピードが遅い。ニュースは速読みがいい。




 

 

 

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寝るか食うか、どっちかだよ。
 新築の隣家に若い家族が入居した。子どもは5歳と1歳の2人。この間の朝、5歳の男の子がぐずって泣き叫んでいた。若い夫婦は共働きだ。子どもを施設に預けて仕事に出向くらしい。それは、駐車スペースにしている車を見れば想像がつく。車は昼間、駐車スペースに置いてあるが、ぼくが帰宅する23時ごろになると、駐車スペースに停めてある。朝9時45分ごろに出るころはまだ駐車スペースだから、それから夫は出かけるのだろう。

いたって静かな家庭だが ぼくは子どもの泣き声を久しぶりに聞いた。とりわけ葬式の席で幼児の泣き声を耳にするとほっとするものだが、日常のなかの泣き声もおおげさに言えば、人生の輪廻を感じる。泣き声だけでなく、小学生や保育園児の声がちょっと離れた場所で耳にすれば、一つ一つの声が合体した音になるのを聞くのもぼくは懐かしい。小学時代、ぼくの家は小学校のすぐ近くにあったから懐かしい思いがするのかもしれない。

先日、小学校、幼稚園、保育園の子どもたちの声を騒がしい、と感じるひとが7割いるという報道があった。どんな大人だって幼児時代があったわけだが、そのことを忘れて子どもの声がうるさいというのはちょっとおかしい。電車やバスの隣の席で幼児がぎゃあぎゃあ泣きわめくのならともかく、小学生や幼稚園児は声を出して騒ぐのが仕事みたいなもんだから、そこは寛容に受け止めようよ、と強調したい。

この世の中はどこか不寛容になった気がする。窮屈にもなった。ぼくはそうでもないが生きづらいなあ、という話もよく聞く。夏の涼やかな風鈴の音にさえ、うるさいと文句がでるくらいだ。むかしながらの日本的な風趣も耳触りという世の中である。すっかりおおらかさみたいな雰囲気が消えた。おおらかさは自由に通じる大切な要素だとぼくは思うが、いつからこのような息苦しい社会になったのだろうか。

以前ならニュースにならなかった些細なことでもあげつらうひとがいる。マスコミも同調する。校庭で遊ぶ子どもの声を騒音と捉える。バスや電車のなかでなく赤ん坊に怒る。若いママさんの困惑に同情し席を代わったり、赤ん坊をあやしたりするひとが昔はいたものだが、これだけ人生経験ゆたかな老人が増えたのに、素知らぬ顔である。赤ん坊に怒鳴っても泣きやむどころか、いっそうヒステリックに泣きつのるだけだ。

もっともぼくは無愛想だから、赤ん坊の油に火を投げる結果になるので自重している。赤ん坊や子どもは嫌いでない。結婚したペン森生女子が赤ん坊を連れてやってくると、必ず赤ん坊を抱かせてもらう。泣きだす子が多いが、笑う子もいるのだ。赤ん坊は泣くのが仕事だから、泣く子は育つ。寝る子も育つし、食う子も育つ。子どもの泣く、寝る、食う状態をおおらかに見守る世の中でありたいものだ。

寝ることと食うことは、ペン森生も重要である。2014年の秋採用もほぼ終わって内定に至らず、落ち込んで寝られないという受講生もいるが、寝られなければ食えばいい。病みそうになったら、寝るか食うか、どっちかだよ。すると病まないですむ。大空のように大きく広く生きよ。

健康長寿のための三要素
旅、酒、食。この三つを共に楽しんでくれる女子がぼくの理想である。歳を重ねるにつれ、この欲求は強くなってきた。三つが同時に味わいつくせるのは旅先の夕食。地元の居酒屋に行ったときであるから、ぼく好みの女子はぼくと同じように旅好き、酒好き、食道楽であることが望ましい。この三つがそろった女子は孤独にこもりがちで最も必要と思ういまは皆無。第一、旅、酒、食の単独でも相手をしてくれる女子は頼めばいるのかも、だ。

 おととい、京王線の車中で、京王の家事代行サービスのアルバイト募集の中づり広告が目についた。中身を見ると家事一般や買い物はもとより、「付き添い」というのがあった。独居老人向けのバイト募集らしい。65歳以上の高齢者は前年比111万人増の3296万人と4人に1人の割合である。70歳以上は18・7%、80歳以上は7・6%と総務省が「敬老の日」の前に発表した。いまさらながら日本は恐るべき高齢社会だ。

と嘆くぼくも恐るべき社会を形成している一員。左脚を転んで悪くして杖つき歩行者になってはじめて気づいたのだが、杖をついている老人がこんなに多いとは知らなかった。いたるところにいる。こんなに老人が多い日本だから、当たり前と言えば当たり前だが、翻って自分も老人と見られているのかと思うと、ちょっと待てと叫びたくなる。帰宅の際、女子と駅まで手をつないで歩くのが恒例だが、年齢差恋人同士に思われてほしいと願う。

若い女子と老人と手をつないで、ほほえましい間柄に見えるのかもしれないが、当方は恋人同士気取りである。女子にとっては単なる付き添いにすぎないことでも、こっちはただ、不道徳な関係に映ればうれしい。「あのじいさん羨ましいな」と酔漢が感じてくれないものかと思う。女子と旅をするにつけても、相手はぼくがじいさんでなければ同行して同じホテルに宿泊してくれるはずがないのだ、とわかっていてもぼくは恋人気分である。

歳をとると、肉体的な機能はたしかに衰える。その代わり精神的には回顧的になる一方、肉体の劣化をカバーしようとするのか発情方面は活発化してくる。本人が言っているのだから間違いない。ほかの老人がそのことに触れないのはみっともないから、黙っているだけの話。ぼくもいままで黙っていたが、老人になって肉体と精神のバランスをとろうとしていよいよスケベになりました。そうは見えないだろうけど。老人は枯れませんよ。

男性の平均寿命は80歳を超えたが、ぼくは徘徊3年寝たきり5年はいやだ。旅、酒、食は、健康年齢を持続させるための方策である。女子たちは口ぐせのように「いつまでも元気でいてください」とか「長生きしてください」と声をかけてくれるが、元気で長生きの秘訣は女子と旅、酒、食をいっしょに楽しむ以外にない。ぼくの場合、女子の協力があってはじめて元気で長生きは可能なのだ。あくまでもぼく好みの女子が条件だけど。

来週の月火(22,23日)はまた夏休みをもらうが、どこにも行く予定はない。土日を含めて4日間の休みがあれば、以前はよく遠出したものだが、このところ誘ってくれる女子はまず全然いないし、ただひたすら家でごろごろするばかり。旅、酒、食と三拍子そろった同好の女子がこの数カ月事情あって逼塞している。いまはひたすら復帰を待つのみ。

 

 




朝日はこれからも野党たれ
 本日、日本テレビ報道局からインタビュー依頼の電話がかかってきた。ぼくに対する依頼ではなく、ペン森現役に対する依頼。きのうの朝日木村伊量社長の記者会見についてマスコミ志望の学生がどう感じたかを聞きたい、ということだった。残念ながら,いまは秋採用が中日の面接途上と地方紙を残すのみとなってほぼ終わった。作文を書きに来る受講生も1日1,2人程度で年間を通じて受講生が最も少ない谷間の時期に当たる。

 そのむね伝えると電話してきた女性記者は納得してくれたが、危うく「ぼくじゃダメなの?」と売り込みたくなった。渡邊恒雄読売新聞グループ取締役会長は主筆を兼ねている。経営トップが編集トップを兼務していることに疑問を感じていたからだ。ぼくは読者から負託を受けている編集権の独立のために経営は編集にタッチすべきではないと考えている。
渡邊は人事権をもっているから、絶対権力者である。巨人軍の人事も読売内部の人事だ。

朝日の社長会見で木村社長は「私が先頭に立って編集部門を中心とする抜本改革など再生に向けておおよその道筋をつけた上で、すみやかに進退について決断します」と辞意を表明した。社長が編集をいじると言ったわけである。本来、経営と編集は分離するのが正しい新聞のあり方だとぼくは思っている。だから渡邊会長が編集の決定権をもつ主筆についている点に納得がいかないのだ。経営トップが論説委員室に出入りするのもおかしい。

朝日の社長会見は自浄作用があったのも背景にあっただろう。記者たちの発言や突き上げが社内世論を動かし、社長も腰を上げざるを得なかった、とみている。もちろん、池上コラムの見送りと掲載によって点火したのである。12日付で解任された取締役前編集担当は会見で池上コラムに「過剰反応した」と反省したが、これで孤高の高みに立って1段上から睥睨しているように見えた朝日も世間を気にしていることがわかった。

ぼくは普段目にしない読売と産経を駅売店で買った。鬼の首を取ったような2紙の論調も愉快なものではなかったが、記者会見の質疑応答の一言一句まで網羅して読みではあった。経営と編集の分離の視点から問う記者はいなかったようだが、朝日の社長が約束した第三者委員会の調査はたぶん編集権の独立についても触れるだろう。多くの新聞社が株主を社外に求めず社員による持ち株を守っているのは編集の独立のためにほかならない。

朝日木村社長が進退を示唆したとき、既視感があったのは「あのおっさん」と吉田調書で言われた大震災時の総理管直人が同じように表明してから、いっこうに辞めようとしなかったからだ。よもや木村社長はそういうことはするまいが、新聞は編集出身でないと社長になれないというル―ルも変えたほうがいいのではないか、という点も、第三者委員会で指摘してくれるだろう。メディアの激変の時代だからこそそこまで踏み込んでほしい。

いまの政治状況は1強多弱と評される。多弱の中にはメディアも含まれるとだれかが意見していた。新聞で言えば安倍政権応援団は読売、産経、日経でアンチ安倍は朝日、毎日、東京。この逆風に朝日は弱腰になってはより信頼を失う。民主党政権にはひよったが、戦後朝日だけが真の野党だった。厳しさと闘志と硬直さと、矜持なき朝日は見たくない。





公開された昭和天皇実録をめぐって
 デング熱、錦織圭、朝日新聞で明け暮れた1週間が終わってまた新しい週になった。9日の火曜日は公開された昭和天皇の実録に新聞は大スペースを費やした。ぼくはこれを読むのを楽しみにしていた1人だが、朝日と毎日とをくらべると、圧倒的に毎日のほうが読みでがあった。毎日の1面は靖国神社不参拝に絞って記述している。88(昭和63)年の記述によると、靖国神社にA級戦犯が合祀されて以来、昭和天皇は参拝を止めた。

 このことは06年に日経がスクープした富田メモで明らかになった。富田メモは宮内庁長官を務めた富田朝彦が昭和天皇の発言を書きとめたメモ。靖国神社のA級戦犯合祀に昭和天皇が不快感を示し、参拝を取りやめたと受け取れる記述がある。富田が警察庁官房長をしていた当時、ぼくは警察庁担当記者だったから多少の面識はあったが、それはここではなんの関係もない。富田は鋭さが感じられずもっさりとした好人物ではあった。

 その富田メモと太平洋戦争開戦とポツダム宣言受諾、陸海軍と統帥権をもった昭和天皇との関係、戦争責任問題、占領軍との関係や憲法上の立ち位置、など知りたいことはいっぱいあるが、これは新聞の断片的な報道で全部を知るのは不可能である。もっとも、だれと会ったかについては詳述してあるが、その中身には素通りしているらしい。新聞の座談会の識者がそう言っているから、肉声的な生身の声はあまり集録されてないようだ。

 興味のあるペン森生は実録の写しの特別閲覧が11月まで皇居・東御苑できるので行って閲覧するといいだろう。ただし1回50分と短い。しかも月金はおこなわず、閲覧には整理券が必要。和とじで計61冊1万2000ページもあるので、50分で読みこなすのは速読でも無理。実録の体裁を観察して昭和をなでるのがせいぜいだろう。昭和天皇は戦前、主権者だった。国民が主権在民の民主主義になったのは平和憲法の施行からである。

 昭和天皇は人間宣言をしてから全国をめぐるが、ぼくが児童期をすごした宮崎の田舎も通った。列車だったか車だったかは記憶にないが、小学校は小高い丘の上にあった。ぼくが学校の階段に腰掛けていると、「そこは天皇さまの上にあたるぞ。下りろ」とものすごく叱られた。小学生にとって天皇は宣言をする前から人間だったのである。校庭の奥に御真影殿があって、それに礼拝してから教室にはいったが、意味はまったくわからなかった。

 人間である証拠に昭和天皇はがんに冒されて逝去した。ぼくがニューズウイーク日本版の仕事をしていたとき、英語版に「cancer」という表現があった。日本版に「天皇はがんだ」と訳していいものかどうか、と判断を仰がれた。がん告知は日本ではまだタブーの時代だった。ぼくは天皇も人間の一人として扱いたい、と答えた。天皇ががんに罹患していることをすでに察していたひとも多かったが、敢えて隠したままにしておくことにした。

 昭和天皇実録公表ですっかり昭和の自分を振り返ったが、未来に通じる要素がないから仕方あるまい。新聞、とくに朝日は懐かしき昭和回顧録ようで、それこそ昭和天皇が「最もつらい思い出」と悔んだ昭和と天皇と戦争について特別に触れてほしかった。委縮しているのかも。

 

2人の吉田に悩まされる朝日新聞
 朝日新聞が混乱している。ジャーナリスト池上彰の連載コラム「新聞ななめ読み」の掲載を断り、池上が連載中止を申し入れた。毎日新聞によると、これを知った朝日の複数の記者がツイッターで「池上彰さんの原稿を掲載できないと判断した人は、紙面の信用が何に起因するのか、考えてほしい。恥ずかしく,悲しい」などと自社の対応を批判する投稿をした。朝日は一転して、8月29日に掲載するはずだった池上コラムを4日に掲載した。

 池上は朝日が慰安婦報道を検証した特集(8月5,6日掲載)について「過ちをしたら謝罪すべきだ」などと書いている。朝日新聞は池上に「なんでも自由に書いてほしい」と言っていたという。朝日への追撃厳しい週刊新潮(9・11号)が朝日幹部の話として紹介しているところによると「(原稿を)受け取った担当者は“いい原稿だ”と掲載に向けて作業を進めていた。それが果せるかな、上役によって、“罷りならん”と退けられたのです」

 朝日は一転して掲載したのだから、言論機関の責任として一連の経過を読者に説明すべきだ。朝日が池上コラムを断ったことは、他のメディアによって知っている人が多いから、ただ黙して嵐がすぎるのを待っていては堕ちた信用がさらに堕ちる。「罷りならん」と言った上役はおそらく偏狭な愛社精神の持ち主だ。自社に対する批判は絶対に許せない人物なのだろう。5日のフライデー広告も朝日は「誤報」を消して白抜きにしていた。

 朝日の従軍慰安婦報道は吉田清治という人物の体験談と称する話に端を発している。朝日検証記事はこの吉田は、とんだ食わせものだった、騙された、と悔んで32年前の誤りを訂正したが、池上が指摘するように謝罪はしていない。ぼくは朝日の吉田調書のスクープは新聞協会賞かもと思っていた。だが、事実に感想を加えたり、吉田調書入手報道(5月20日)の際「所長命令に違反して第一原発所員の9割が撤退した」と不正確に報じた。

 その後、夏になって産経と読売、共同が吉田調書を手に入れ朝日報道を否定したらしいが、そのことは知らない。朝日は2人の吉田報道によって墓穴を掘る?こととなった。吉田調書は近く政府が発表するので、朝日の墓穴かどうかはその時点で明らかになる。吉田調書スクープは新聞協会賞どころではなくなった。代わりに協会賞の編集部門5社のうち朝日は猪瀬前都知事に対する徳洲会からの5000万円問題で受賞しやっと存在を示した。

 新聞協会賞編集部門受賞5社のなかには常連の毎日新聞も入っている。これは予想どおり。吉田調書は外れたが、毎日の行方不明認知症「太郎さん」は当たった。認知症の行方不明者をめぐる「老いてさまよう」キャンペーンの取材キャップはペン森2期生銭場祐司である。きょう5日に伺いますと本人から連絡があった。たまたま本日はご母堂が亡くなられた岩田一平の通夜・告別式の受付を担当する19期生の打ち合わせもあって賑わう。

 新聞協会賞は新聞界の最大の栄誉だが、ペン森出身は読売10期生の東電OL殺人事件「ゴビンダ無実」に続き2人目の受賞。先輩の活躍を直接知って19期生をはじめペン森生が発奮してくれたらうれしい。認知症が高齢社会の闇に目をつけて行政まで動かしたように独自の視点で、先輩たちをしのぐ記事を書いてもらいたいものだ。誤報は論外。



 

 

ペン森女子は結婚して子供を産む
 おとといの日曜日、表参道であった11期女子の結婚式・披露宴に出席した。杖をついているぼくは係から下へもおかぬ老人扱いを受けた。スピーチもしなくてすんだのに、大変疲れた。フランス料理はすこぶるうまくワイン、焼酎と飲んだが、飲み疲れというほどは飲んではいない。表参道から新宿までタクシーに乗って、京王線新宿駅で座れる電車を探して乗車した。天気に恵まれてよかったが、もし雨だったら引き出物は持てなかった。

 これで11期女子はみんな結婚した。新婦が最後の独り身だったのである。披露宴でのぼくのテーブルには11期女子3人と、新婦の友人2人が着いた。新婦の友人2人は美系の感じのいい子だった。1人が和服、もう1人が白いワンピース。11期女子の1人は共同通信記者。1人が朝日記者。残る1人は公務員。その公務員女子は同席の共同女子記者の披露宴二次会でぼくが酔っていたことが共同男子記者との結婚に結びついた。

 共同女子記者の披露宴は高崎でおこなわれた。おととい結婚した女子と公務員女子とぼくとで参加した。ぼくはスピーチもした。「民主党政権はなにもいいことをしなかった。だが八ッ場ダムをめぐるごたごたのおかげでこの新郎新婦は出会った。民主党はなにもしなかったがこの2人を結婚させたことだけがいいことだった」。新郎は地元で有名な牛乳屋の御曹司である。新婦は八ッ場ダムの特ダネを連発するうち新郎と親しくなった。

 その披露宴には新婦共同記者の同期男子記者も何人か来ていた。二次会でぼくはかれらの輪のなかに入っていって一席ぶったらしい。輪のなかの1人を公務員女子のところに連れていったかどうかして、2人は接近した。それどころか、2人はそのうち同棲をはじめ結婚に至った。6月の朝日女子記者の結婚式の日、第一子が生まれた。そのことをおととい結婚した女子が嬉しそうに教えてくれた。公務員女子とおとといの新婦とは親友である。

 おとといの新郎は東京大学経済学部出身の経済学者のひよこ。私立大学で経済学を教える専任講師である。「70歳の定年まで安定した収入があります」と上司のスピーチにあった。春に式を挙げた朝日女子記者の夫は灘高→東京大学法学部→国家公務員という絵に描いたようなエリート。来賓代表が蒲島郁夫熊本県知事。蒲島が東大教授をしていたころの教え子らしい。その縁で現在夫は総務省から熊本に出向中である。

 共同女子の子どもは早2歳。「なんでもかんでもちんこ、ちんこと言うのよ」と隣席で話していた。「それはおまえさんのDNAじゃないの」とぼくは口から漏らしそうになった。なんでも男の子を授かると、若い母親はわが子の誇間のちんこを見て、それをどうつまんで扱ったらいいのか戸惑ったと若い母親たちが話しているのを耳にしたことがある。最近ではそういうことはないのかもしれないが、以前は女子もうぶだった。

 おとといの披露宴会場に赤ん坊の声がしていた。ぼくは結婚式とか披露宴とか、葬式の会場で赤ん坊の泣き声を聞くと心がなごむ。本日夫婦になったこのカップルもいい子を産んでくれよ、と言いたくなる。葬式はまさに消えいった生命と新しい生命との入れ換わりのようで祈りを捧げたくなる。子どもは未来そのものだからそれだけでも祈りたくなる。





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