ペン森通信
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800字の作文作法
マスコミ採用試験に課される論作文は、以前は1000字が多かったが、近年いつの間にか800字が主流になった。1000字時代はずいぶん長く、ぼくが中央大学などで面倒を見ていた6,7年前はまだ1000字だった。1000字と800字とでは書き方のスタイルをちょっと変えたほうがいい。1000字は起承転結でメリハリをつけ、800字は現在→過去→未来の構文にすれば読むほうも書くほうもすっきりとする。

ぼくは「現在」→「過去」→「未来」を受講生に薦めているのだが、ほとんどが苦手としているようだ。課された題について変哲もない前置きをしてから本文に入るひとが多い。本文は過去の思い出や出来事からはじめる場合が大半である。それは自分の体験だからほかのだれも知らない第一次情報だし、その分では悪くないが思い出を綴っても、単純平板な過去話で終わってしまい、広がりや発展性に欠け普遍的な価値にまで高まらない。

女子大生の作文はおおむね過去の思い出である。多感な当時の思い出を思い出すまま懐かしく、あるいは若干の後悔や反省を伴って書き連ねるだけ。女子大の講師をしていたとき、その情緒の強さを痛感した。そこには思考というものが排除されているので、ただ鉛筆の動くままさらさらと書き、ペン森生が2時間かかるところを30分で仕上げる。なにを主張し、訴えたいのかが伝わってこない。延べ数百本読んだはずだが中身の記憶ゼロ。

書かせる文章は新聞社によって作文といったり、小論文と称したり異なる。いずれにせよ一般論や意味づけはよしたほうがいい。作文であれ論文であれ、一次情報を素材にして展開することが大切。ネタが決め手になるということだ。ネタという引きだしをできるだけ多く用意してそれをES、書類提出時の作文、本番にどう振り分けるかである。ぼくはしつこくネタ仕込みをしておくように言っているが、19期生秋組は動きがにぶい。

ネタは自分とのかかわりをどう持たせるかによって効果が出る。なにか必然性がなければ、ただ就活のために用意したと察知されて逆効果になったりする。800字の場合、ねたは「過去」で具体的に例示できれば説得力が増す。「現在」とはいまの心境、状態、行動、環境など自分にまつわる条件のことだ。その拠って来たる理由を過去の具体的エピソードによって証明し、それらを踏まえてこうしたいという志が「未来」になる。

その「未来」はだれもが納得する普遍性をもっていなければならない。都議会のヤジがあれだけ問題になるのは、その内容が下劣で女性蔑視につながるということを共通認識としてみんなが承知していたからだ。この共通認識が普遍性に通じる価値観である。「未来」は先に希望や明るさや期待が広がるような締めくくりになればいい。間違えても「よってそいつをいつか殺したいほど恨んでいる」という暗い殺意表明にしてはいけない。

夏に実施される秋採用までにもうあまり時間はないが、せめて強力なネタをひとつ仕込んでほしい。それは記者になってやりたいと考えているテーマと合致するようなものがいいだろう。やりたいテーマのないひとはマスコミには向いてないから進路を変更せよ。







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ヤジ都議は特定しないままがいい
東京都議会でみんなの党の女性議員が19日妊娠や出産に関する都の支援体制について質問中、「自分が早く結婚したほうがいいんじゃないか」「まずは自分が産めよ」「子どもを産めないのか」などというヤジが飛んだ。自民党議員の席のほうからだったという。このセクハラヤジ問題はネットに乗って広まり、22日までに抗議のネット署名は7万人に達した。米英の有力紙も伝えるところとなり、自民党本部も収束に動き出したらしい。

 自民党は20日朝刊を読んだ時点では議員の特定はしない方針だと伝えられる。誠に下品なヤジを発した張本人の正体は不明のままだ。ヤジを浴びせた議員が1人なのか複数なのかもわからない。都議会のこととはいえ、自民党本部も頭が痛いだろう。このまま推移すれば女性票を大量に失う恐れがあるからだ。ぼくは好戦的思考の危険な総裁をいただく自民党に投票する気はないから、本人が名乗り出ることなく女性票を失えばいいと思う。

 本人が名乗り出なくても周囲の議員はだれがヤジを飛ばしたかを知っているはずだ。すると、周囲が名指しに躊躇せざるをえない大物議員かもしれないが、ほっておけばW杯でやや気落ちしているテレビがこぞって取り上げ、週刊誌も参戦して加速してこじれるにちがいない。ぼくは自民党が一向にヤジおやじを特定しないで本人も知らん顔で居座ることを期待する。そうでないと1強の自民党を切り崩して引きずり降ろすことはできない。

 もうすでに質問女性議員に謝罪しただけではすまない状況になっている。自民党は議員辞職を促して収束を図るかもしれない。「ここは男らしく名乗り出たらいい」というテレビのコメンテーターがいたらしいが、この「男らしく」のコメントはこの場合なんかおかしい。男らしい、とはなんとは単に雰囲気だけのような気がする。そもそも現代では男と女の区別がつかないことも多い。けさも青色の上着をきたおばさんを男と間違えた。

 ぼくもセクハラまがいの言辞を弄することがあるが、ペン森は治外法権と勘ちがいしているむきもいるから、いまのところ幸い糾弾も抗議もない。その前に相手も酔っている場合が多いから、鈍感でもあるし寛容でもある。セクハラまがいとはいえ、都議会議員のように女性差別や蔑視につながる内容ではない。自分の肉体的劣化現象を引き合いに出してからかうくらいのものだ。相手がその内容をハラスメントと感じれば仕方がないが。

 卒業生の女性記者が電話をかけてきたり、訪ねてくることが多い。口をそろえて指摘するのが警察官などのセクハラのひどさと、社内も含めた不倫の横行である。戦後日本社会は男性の論理によって形成されてきたとぼくは思っているが、近年、ペン森でも採用試験に表れるのと同じく女性のほうが優秀だから、男性優位は終焉を迎えている。ヤジ議員は明らかに男性優位の意識があり、無意識のうちにセクハラ心理が醸成されたのだろう。

この無意識というやつが最もたちが悪く、男社会であればあるほど無意識なセクハラが通りやすい。警察なんかそのいい例だが、マスコミも例外ではない。男性諸君、気を引き締めようぜ。
 

 

サッカーも願望的楽観はだめ
メディアはサッカーのW杯ばかりである。けさもテレ朝にチャンネルを合わすと、アメリカVSガ―ナ戦をやっていた。思わず試合終了まで見入ってしまった。追いつかれたアメリカがコーナーキックをヘッドで決めて2-1と再び1点リードして終わった。アメリカは野球とバスケットが盛んな国で、サッカーはとんとだめと思っていたが、どうしてどうしてガ―ナと伯仲した試合をした。もたもたした日本チームよりも鋭かった。

日本VSコートジボアール戦はまさか負けるとは思ってなかった人が大半だろう。メディアが日本チームの調子だけを細大漏らさずひいき目に伝えていたからだ。コートジボアールがどこにあるかも知らないひとがかなりいたのではないか。ぼくの家内がそうだった。アフリカと知っても、サッカーがどれほど強いかまではわからないだろう。日本よりも格上にランクされる強チームだ。どうして井の中の蛙になるのだろう、日本は。

ぼくも日本VSコートジボアール戦はNHK総合で観戦したが、視聴率は50%くらいだったらしい。本田が先取点を入れたとき、アナウンサーが「またしても本田」と連呼した。またしても、はこういう場合ふさわしくない言葉だろう。相手チームがまたしてもあいつにやられた、というのならわかる。失敗や否定的なニュアンスの強い「またしても」を味方に使うとは、誤用法である。違和感をもって聞いた視聴者も少なくなかったはずだ。

ともあれ、日本チームは一次リーグであとギリシャとコロンビヤ戦が残っている。一次リーグ4チームのなかで世界ランクは最下位だから決勝リーグ進出は相当な難関だ。コロンビヤにははじめから勝ち目はないと見られていたから、せめてギリシャに1勝しなければ選手は顔向けできまい。ビッグマウスの本田は「目標は優勝」なんて、大言壮語して日本人を惑わした。勝手に日本チームはそれなりの実力あり、と錯覚してしまった。

ぼくはいまの選手のことはほとんど知らないが、高校時代はよく自校チームの試合の応援に行った。自校チームはひとつ覚えのように右サイドからセンターへボールを蹴り込んでいた。右サイドを走っていた桑波田はたしか明治大学の選手になった。自校の応援をするのはぼくだけだった。観客席などないただの広場みたいなグランドでぽつねんと、ただサイドラインの外側に立っていた。サッカーのこの隆盛には昔日の念が湧く。

今回のW杯のテレビ放映料収入は2000億円という。日本のNHKと民放は共同で400億円をだしたらしい。だから優勝賞金35億円とべらぼうな額。仮に日本チームが1勝もしなくても8億円はもらえる。8億円の参加料をふるまうなんて、国際サッカー連盟(FIFA)は潤沢な資金をもっている。日本が一次リーグ上位2チームに入ら姿を消してしまえばテレビ局は予定と違って大弱りだろう。願望的な楽観主義は禁物だ。

ペン森でも採用試験前から入社してからのことを心配したり気にやむ受講生がいる。サッカーも採用試験も結果がすべてである。でもスタートは大事。ペン森には早くも来年に採用試験を受ける大学3年生の20期生が入塾してきた。願望的楽観主義によれば19期につづき20期生も豊作だね。



絶滅危惧種で思い出した
うなぎを食べたい。高価だけど食べたい。ぼくはそんなに食べてないのに、ニホンウナギが絶滅危惧種に指定された。稚魚シラスウナギの漁獲量がいちじるしく減少していることは知っていたから、年にほんの数回大事に味わっていたが、ついに絶滅危惧種のうちでも2番目にリスクの高い絶滅危惧1B類に分類された。ワシントン条約で稚魚の輸入が制限された場合、ますます高価な食べ物になる。稚魚は中国、台湾からも輸入している。

以前、何回か足を運んだのは九段宮川だった。客が来てからうなぎを割いて焼くから待たされる。その間、おしんこで日本酒の冷やをちびちびと口にする。「あなたはおしんこが好きだから大盛りにしたの」と女将がいうくらいのなじみではあった。いい心持になったところに重に入ったうな重がくる。その店は住宅街にあって一見わかりにくく、客席はすべて2階の小部屋。中庭から水の音がして昼間から飲むにも、どこかしら風情があった。

九段宮川のうな重はぼく好みのやわらかめのご飯の上に焼いたうなぎが2枚乗っていて、紙をかぶせて蒸気を吸い取り、さらに蓋で覆っている。タレについてはほかのうなぎ店を知らないので語る資格はないが、関東風のやや辛めだったような気がする。その店にもペン森をはじめてから通った記憶はない。女将は20年も前から高齢だった。元気だろうか。ペン森をはじめてからしばしば行ったのは三島広小路のさくら家だ。

そこは週刊新潮で知った。江戸時代からつづく名店である。うなぎを3日間富士山から流れてくる清流の天然水で泳がせて泥を吐かせてから焼く。中央大学で講師をしていたころ、教え子の女子を伴ったことがある。「ずいぶんやわらかいですね。口の中で溶けてしまいそう。こんなおいしいうなぎは人生はじめて」と感嘆しきりだった。人生はじめてと言ったところで22歳である。若いうちからこんな贅沢をさせてはいけないと思ったね。

さくら家は休日ならまず1時間待ちは覚悟しければならない名店。この前、バス旅番組でもレギュラーの徳光和夫らがおいしいおいしいを連発しながら食べていた。日本酒は地酒の冷やが楽しみだったが、いつの間にか新潟の景虎に変わっていた。徳光は大学時代のゼミの1年後輩だが、友人の結婚披露宴の司会をしていたが特別面識はない。「この酒おいしいね」と係の和服女店員に感心していたが、ぼくは前の地酒のほうが好みだ。

景虎を飲ませるうなぎ屋は世田谷の用賀にもある。用賀の店は、景虎の前の日本酒は梅錦だった。その梅錦を生んだ愛媛出身の13期女子と用賀には年に3,4回行ってはうなぎと酒とおしんこを楽しむ。ここのうなぎは器からはみ出すように盛り付けてある。三島さくら家の繊細さにくらべて豪快である。駅から至近距離で急行は停車しないが神保町からも便利だ。絶滅危惧種に指定されたことで、用賀の店と13期女子を連想した。

さらにうなぎで思いだすのは子ども時代すごした宮崎の田舎のことだ。もらいものの生きたうなぎをおやじが錐であたまと首の境目を刺し、くねくねと悶えるうなぎを包丁で裂いていった。味は憶えていないがその様子はよく憶えている。古いことがよみがえるのは老齢の証か。


春組の最後の内定者
ペン森19期生のマスコミ2014年春採用組の就活が終わった。常連通塾受講生はほぼ全員が内定をもらった。常連中の常連だった男子が最後まで気をもませて京都新聞に内定した。かれは、現役はもちろんOBOGにも顔なじみが多く、あいつはどうなったのかと聞かれ、対応にやや困っていたのでこれで一安心。今夜はかれを含めた内定者のお祝いの会を催すことになっている。本人が招集の声をかけたようだから賑わうだろう。

その常連男子は神戸から就活のために東京に来た。ネットで調べて入居したところが脱法ハウスだった。あだ名は「脱法」である。「脱法」は、腰の軽い便利な青年でぼくはちょっとした買い物、ゴミ出しに重宝した。パソコンにもくわしく、ぼくのPCにはいってくる連日100くらいの迷惑メールの排除を考えてくれたのもかれである。器用なかれだが、育ちきってない幼稚なところがあり、しばしばOBに怒られていた。

 それは怒られるくらい近しい仲になっていたということでもある。独特のコミュニケーション能力をもっていることも確かだ。かれの悪い癖はESも作文も来訪してきたOBOGのみんなに見せることだった。見せられればなにかいじらねばならないから、すこしずつかれの個性は削られてゆく。一次面接で角のある若者を通過させても、上に行くにしたがい角のない丸い若者が残るものだが、かれの最終ES,作文も個性が消えていた感じだ。

言ってみればESも作文も個性のないごく普通のレベルになった。その上関西人特有の冗談とも真剣ともとれる一種の軽さを体質にも、口調にももっていた。そういうもろもろの条件が重なって、かれは就活に苦労したのだろう。「脱法」は数社の最終面接までこぎつけたが、ぼくは各社ともいい人材を採り損ねたと思う。要するにかれの本質を見抜けなかったのだ。発見する力と観察眼には優れた資質がある。警察官にも好かれるタイプだ。

かれはあまりにもたくさんの人間に頼ったので、おれが、わたしが内定させてやった、と自慢するOBOGがでてくるかもしれない。有名人が死亡すると友人がいっぱい現れるのと同じだ。三島由紀夫が亡くなったとき、石原慎太郎が親しい友人だったと言って、失笑をかったらしいが、「脱法」の成功に際しても同じような現象を生むかもしれない。遠方に赴任しているOBから脱法だけはなんとかして、と電話がきたこともある。ぼく1人ではなんともならんが。

「脱法」のやりたいテーマは地方・田舎・シャッター商店街の再生である。昭和を懐かしむ古色を帯びたニュアンスが漂っている。もうひとつ「住み込み取材」にこだわっていたが、これはぼくが数年前に提唱した密着取材法。それをパクった印象があるが、高知新聞が連載した「50人の村」のような、傑作住み込みルポを書いてくれればこれに勝る嬉しさはない。人口減社会を憂える増田寛也も地方への逆流をめざせと、叫んでいる。

19期生の秋組はすでに14人(うち通信添削3人)。春組常連組より多い。秋組も徐々に減ってきて、常連になるのは多くて7,8人か。有望な受講生がいるので、春の内定12人と合わせるとかなりの内定者になるだろう。やりたいテーマも雇用、貧困、女性、教育、医療、外国人労働者、福祉などいかにもジャーナリスト向きだ。精一杯、社会と対峙してくれ。







安倍批判は「神州不滅」の供養
昨夜は集団的自衛権行使容認の是非について受講生をまじえずに3人で議論した。受講生が参加しなかったのは、珍しくだれも来なかったからである。来訪した40代、50代に70代のぼくが加わった。3人の男たちのうち、太平洋戦争をかすかながらも 体験しているのはぼくだけである。40代は容認、50代は反対、ぼくも反対。ぼくは歯には歯をではなく、ガンジーの非暴力主義を理想として、暴力に訴えないことがモットーである。

暴力を振るった体験は小学生で止まっているが、怒ったことは数知れない。激怒して発する言葉が暴力なら、10年以内に数回ある。戦争は最悪最大の暴力である。そういう意味で軍隊は紛れもない暴力装置といえる。太平洋戦争で日本が降伏したさい、「暴に報いるに暴をもってせず」と報復行為を強く戒めたのは中華民国の蒋介石総統だった。中国からの軍人の復員や民間人の引き揚げが比較的に速やかだったのもそのためだったと言われる。

かと言って、なんの苦労もなく日本に戻って来られたのではない。それは多くの体験記が示すとおりだろう。一時、ぼくの上司だった政治評論家の故岩見隆夫もそうだった。がんの通告を受けてからぼくらかつての部下全員に『敗戦 満州追想』という書きおろし本を贈ってくれた。その本に言う「旧満州大連生まれ育ち、敗戦を迎えてから、祖国の日本に引揚げるまでの濃密な1年半は、私の人生の原点だった」と記している。

岩見の本から引用する。「一体、あの戦争は何だったのか、としきりに思う。日本が仕掛けた侵略戦争で片付ける訳にはいかない。はっきりしていることは、国際社会のきわどい利害衝突の中、一島国が懸命に泳ぎ抜こうとした結果だった。錯誤もあったが、理想もあった。しかし、二度と戦争を避けるべきは当然だし、もっと避けるべきは敗戦なのだ」。戦争したら勝たねばならない、というのが晩年の岩見の持論だった。

集団的自衛権の行使容認というのはよく言われるように「売られてもないけんかを買うようなものだ」。アメリカがけんかすれば日本も応援に繰り出す。ノ―ム・チョムスキーによれば、第二次大戦後最も数多く戦争をしている国はアメリカである。アメリカはすぐ戦争をする危ない国なのだ。日本はれっきとした独立国だが、米軍基地は沖縄をはじめ日本の各地に点在する。土地を使わせているのだから、と強いことが言えない属国は弱い。

岩見の言う国際社会のきわどい利害衝突とは、現代に翻訳すれば、安倍の言う世界情勢の変化が中国と北朝鮮の動向をさすのと同義だろう。あっちが攻めてくるかもしれない、という疑心暗鬼から戦争がはじまるかもしれない。平和のために、というスローガンでほとんどの戦争が起こっているが、アメリカだって自国の平和のために戦争するのだ。日本人には加担するよう求めるが、日本を守るためにアメリカ青年の生命を捧げはしまい。

自室の本棚に『記録写真 終戦直後』(三根性久大 CAPPA BOOKS) という本があった。その一文。「空襲の激化や、相次ぐ玉砕の報道によって、戦況が日本に不利に傾いていることは想像できても『神州不滅』と教えられ、敵を引きつけて置いての『本土決戦』で、一気に鬼畜米英を打倒するか、『一億玉砕』するのだと素朴に信じていた一般庶民」。あのとき大衆をあおったのが新聞だったことを忘れてはならない。安倍政権を批判するのが太平洋戦争犠牲者の供養になる。



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