ペン森通信
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人間は進化し深化したか
つい先日、自宅近くの公園の外周路でヘビを踏みそうになった。模様から見て無害のシマヘビ。体長7,80センチのチビ。ぼくを追い越そうとしていたおじさんがヒヤッとちいさく叫んで、「一番嫌いなものに出遭った」といった。「何年ぶりに見たでしょうか、こんなところにもいることはいるんですね」。ヘビもびっくりして、身をくねくねとさせながら石垣のすきまに入り込もうとするが、あきらめて背の低い石垣の上に登って身を隠した。

 ぼくはいまの家に引っ越して30年になるが、ヘビに遭遇したのははじめてだ。トカゲはよく見る。体長15~20センチの大ミミズが雨上がりの朝、公園外周路に白くふやけて伸びていることもある。これは気色悪い。子どものころはミミズをちぎって釣り針に刺し、釣りに興じていたものだが、そのミミズが気色悪いとは退化現象もはなはだしい。家族がやたら気持ち悪がるのが伝染したのだろう。ヘビだってポケットに入れていたのに。

 子どものころは知らないがゆえの知らぬが仏ではなく、生活環境による後知恵だろう。長女は小さいころ、芝生の下にいる虫をどんぶりいっぱいにして母親に自慢げにもって来て、母親を仰天させたことがあった。その母親はむかし飼っていた猫がネズミをくわえて見せにきてもサザエさんみたいに騒ぐことはなかった。どう処理したのかは知らないがぼくのでる幕はなかった。ネズミが天井裏を走るコトコトいう小刻みな音も昔のものだ。

 ひとにはそれぞれ、苦手なものがある。ぼくは、ゴキブリの大きいのが苦手。暖かい南九州で子ども時代をすごしているので、成長したゴキブリが羽を広げて家の中を飛んでいる姿を見ている。それが顔にぶつかったのがトラウマになっていると思う。ゴキブリはあの冒険家で怖いものなしに見えた植村直己も苦手だったらしい。ぼくは苦手がもうひとつあった。長野県人が蛋白源にしていたハチの子である。ウジとイメージが重なってしまう。

 敗戦直後の食べ物のなかった時代、小学生のぼくは川でハヤ、フナなどを獲り、イナゴはフライパンで焼いて食べた。スズメは頭からかじった。記者になった最初の赴任地、八王子に野鳥料理の店があってよく通ったものだ。料理といっても焼くだけの簡単料理だったが、スズメを食べた記憶に引き寄せられたのだろう。八王子セミナーハウスで合宿した帰りに17期生とその店に立ち寄ったが、野鳥ではなく鶏肉の単なるやきとりだった。

 今朝出がけに三省堂のカバーがついたままの本をひょいとつまんだら、それは2008年に読みかけの『ぼくは猟師になった』(千松信也 株式会社リトルモア)だった。千松は京大在学中に狩猟免許を取得し、先輩猟師から伝統のワナ猟、網猟を学び運送会社で働くかたわら猟をする。「文明の利器である銃を使うのには漠然とした抵抗感がありました」というとおり、猟銃は使用しない猟師である。子どものころからの自然好き山好きが高じた。

山と川で子ども時代をすごしたぼくは、記者になってからその小さな川に行って、ふるさとは遠きにありて思うもの、と実感した。上流にでんぷん工場ができ、あの清流が濁っていたのである。文明は進化し深化したが、その分自然を破壊してきた。人間の幸福追求や欲望は果てしなくむごいものだ。

 

 


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AK48の握手会とぼくの手握り
ラサール→東大出の数学の天才が九州のローカル線のボックス席で目の前に座っていた女子高校生と握手をして逮捕された。握手を強要したわけではないと東大出は弁明したらしいが「かわいかったから」という理由に下心がポロリと出てしまった。しかし握手したくらいで逮捕されるとはこの東大出はついてない、と自身思っただろう。女子高校生が学校に相談したところ学校から警察に連絡がいき、御用となったらしい。

男は、常習癖はないと申し開きしているというが、AKB48のノコギリ男よりもまだ救いがある。ノコギリ男は秋葉原事件と同じ青森出身だった。「人が多く集まる場所でだれでもいいから殺したかった」という供述した。動機も似ている。出身県による共通項はないだろうが、現代が潜ませている不安、不満、孤独、疎外感にはなにがしか関係があるだろう。いずれ気のきいた納得できる分析をだれか評論家がしてくれるにちがいない。

AKB48にはとても及ばないが、ぼくもよく握手した。「先生と握手をすると内定する」という伝説のおかげだ。女子だけでなく男子も手を握ってくる。老人だからもはや脂っけはなく、すべすべしているので先生の手は感触がいい、という声を女子たちが漏らしていた。といって、ぼくにも好き嫌いがあるから、いやいやながら握らざるをえない場合もある。好きでもない子の手を握るのは苦痛だ、と言っておこう。まあ、贅沢な話だけどね。

相手も信じてはいないだろうけど、内定に絡んでくると思うと、むげには断れない。かわいい子だったら、ラサール東大出と同じくこっちから手を差し出す。逮捕の心配はまったくないので、そのへんは気楽だ。でも、すでに就職した女子が久しぶりに遠方から訪ねてくると、内定とはもう関係ないのに、昔からの慣れで日中やホームや車内で手を握ってくることがある。他人の目がひどく気になるから気は抜けないのだ。

AKB48の女の子は顔を見ただけで吐き気がすると心で思っていても、握手会ではにっこりしていなければならない。アイドル商売も楽じゃないな。ぼくの「握手会」は3期生のころからつづいている。だからもう15年以上の歴史があって、AKB48よりも古いのだ。もっともAKB48のその勢いが一向に衰えないのに比べ、ぼくが握手をすることはめっきり少なくなった。効力がないことを学生たちが学習したのかもしれない。

就活はワラをつかむ心境に陥るというから、近年ぼくの手握りが激減したとはいえ、19期生の何人かとは実施する機会にめぐまれた。AKB48の握手会はファンとの距離を縮めるために考案されたという。アイドルたちははるかな星空のスターではなく、すぐそこにいて手も握れるし、ほんの数秒会話もできる存在だ。ぼくの握手とはちょっと種類がちがうようだ。第一、ぼくは知能の劣化現象が気になる平凡なじいさんである。

ぼくは立場上、作文を添削指導する先生と呼ばれる存在だ。家族に英雄なし、という言葉があるが、ぼくも学生との距離がない。最近は男女学生が老人をいたわるように扱ってくれるようになった。足が悪く歩みののろいぼくは神保町駅まで他人の倍4~5分かかる。見かねてしっかり手を握って付き添い、介護してくれる女子も出てきた。もっと出てこい。






シカ肉,クマ肉を食べようぜ
いなかの温泉に行くと特別料理の注文ができるところがある。特別料理とはイノシシ鍋、クマ鍋、シカ鍋などだ。長野県と岐阜県の境にある奥飛騨温泉郷の平湯温泉に行ったときも相方はクマ鍋を食べていた。ぼくは、クマ肉は硬いのであまり食欲が刺激されない。敬遠した。昔、八王子の高尾山のふもとに、イノシシ鍋を提供する店があった。そこはよく利用した。冬はぽかぽかと体があたたかく、気のせいか精力増進にも役立つようだった。

 本日23日、これまで保護されてきた鳥獣を捕獲できるように鳥獣保護法が参院本会議で改正された。高山植物や植林の苗木がシカに食べられる獣害が問題になっていたが、法律改正によって銃やわなでの捕獲がほぼ解禁される。これからは都会でもイノシシやクマ、シカ肉が食べられるようになるだろう。捕獲制限をしてきたのとハンターの高齢化などによって、全国のニホンジカは20年で9倍近くに増え11年度には261万頭を数えた。

いなかでは人口がどんどん減り限界集落や廃村が目立つが、一方で野生のイノシシやサルやシカやクマはわが物顔でのしてきた。野生動物が住む森林と里山との境目がなくなったせいで、これらの野生動物が人間社会に入り込んできて、畑の作物を荒らし人間まで襲ったりするようになった。今度の法律改正はこれじゃたまらん、という声を反映したのだろうが、ぼくなんかイノシシやシカを食べて野性的な魅力をぷんぷんさせようかと考える。

子鹿物語の小鹿も幼いころはめっぽうかわいかったが、やがて畑を荒らして憎まれるようになる。ついに山に放たれるのだが、赤ちゃんのころはシカもクマもイノシシもかわいい。人間も赤ちゃんはかわいいが、やがて憎々しく成長して犯罪を犯す大人になったりする。成長とか知恵はいい結果を生むどころか、じつは相当量の不純物を含んでいる。少なくとも人間もサルもイノシシもシカもクマも成長して知恵がつくと悪さをする。

以前、早稲田大学のゼミで千葉の房総半島で野生ザルの調査をしている女子がいた。ぼくも昔のことだが、房総半島のサルをめぐる千葉県庁内の捕獲派と保護派の軋轢を取材したことがある。早稲田の学生から聞いた話ではサルが増えすぎて年間1千頭を撃ち殺しているということだった。房総の房はサルのふさふさした毛にちなんだ命名だと耳にしたこともある。今回の捕獲制限の緩和も、過ぎたるは及ばざるが如し、だからだろう。

ペン森は夕食酒付という珍しい塾で、きのうもおとといも牛肉のすき焼きだった。来年あたりシカやイノシシの鍋を提供して見ようかと思っている。長野へ行ったとき、お土産にイナゴのつくだにを買ってきたら、若いひとは気味悪がってだれも手をつけず、結局ぼくが一人で焼酎のつまみにした。はたしてシカやイノシシを口にするだろうか。長野や熊本は馬肉文化がある。この両県の出身者は抵抗なく食べてくれるかもしれない。

あした24日、栃木県足尾の鉱害に遭った山で植林活動がある。ペン森生も参加するがせっかく植えた苗木も大半はシカにやられる。周囲の山には苗木の周囲を金網でかこってあるところもある。さすがに動物保護団体も獣害のひどさに声があげられないようだ。




大川小の犠牲は人災だったと思う
3・11の大津波で児童・教職員84人が死亡、行方不明となった宮城県石巻市立大川小学校の事故で児童23人の遺族が石巻市と宮城県に対し、総額23億円の損害賠償を求めた裁判が19日からはじまった。遺族側は「これは人災である。児童たちは助かる命だった」と訴えている。ぼくは大川小の現場に2回行ったが、2回とも子どもたちは助かる命だったと感じた。教職員の慎重な判断がなされていれば子どもたちは救われた。

たまたま校長は留守だったものの、学校には先生たちがいたのである。親にしてみれば先生がいれば大丈夫だろう、と安心するのは自然の心理だろう。だが、子どもたちは校庭に51分座って待機させられ、一斉に津波に向かって行動しはじめた。校庭のすぐ裏は山だ。この山にどうして逃げ込まなかったのだろうとだれしも考える。けっこう勾配がきついところもあるが、そうでないところもある。椎茸の栽培もおこなわれていた山だ。

先生たちは、山は勾配がきついからかえって危険だと考えたのかもしれない。普段から山には登るなと注意していたのだろうか。でも子どもたちは身軽である。ぼくも小学生のころは里山で育ち、よく仲間たちと山に入り浸っていた。斜度30度くらいなら、木の幹や枝をつかんですいすいと登ったものだ。もっとも南九州なので、大川小の裏山みたいに雪で滑りやすいということはなかった。だが、どうして裏山に避難させなかったのだろうか。

遺族らも「裏山に避難させれば全員が助かった」といっている。大川小のそばを流れる北上川流域には小中学校が点在するが、大川小ほどの犠牲者は出ていない。84人のうち先生の犠牲は10人、児童の犠牲は74人。生き残った先生は1人。フォトジャーナリスト加藤順子の調査報道によると、この男性教諭の報告を市教委がまとめ、車の中で一夜を明かしたというが、実際は裏山を抜けた先にある民家にいた、という。

この教諭は重要な証言者であるが、いまだに記者会見にも出ていない。仙台地裁で裁判がスタートしたので、いずれは、児童はなぜ犠牲になったのか、防ぐ方策はなかったのか、なぜ校庭に51分も待機させていたのか、どの時点で大津波が来ることがわかったのか、など証言しなければならないだろう。それは生き残った大人の責任だ。大川小の悲劇は真実があきらかにされないまま、ここまで3年余の月日がたったのだ。

宮城県や石巻市は請求棄却を求めて争う構えだ。要するに、想定を超えた大津波による未曽有の災害下で起きたものである、として遺族側があげる人災説に反論する姿勢である。たしかに未曽有の大災害であったことは間違いない。観光バスがビルの屋上に上げられた隣町の雄勝で「ここまでは津波はくるめえ」と近くの川っ淵でたばこを吸って休んでいた中年男性2人が津波に呑まれて行方不明になったという話もそのビルの警備員から聞いた。

ぼくも若い未来ある若者を預かる身だから、縄はしごとヘルメットは用意している。ペン森は2階だから、階段を利用すればすぐ外に出られる。避難先の靖国神社、北の丸公園が近い。だが2階だから、上の階の圧力でトイレや出入口のドアが開かない恐れがある。首都圏直下地震が来ないことを祈るのみ。







「カネ儲け日本のワンマン経営者安倍」
村上春樹のエッセイ集『村上朝日堂 はいほー!』を読んでいたら、新聞を取ってない、という前触れのあとにつづけた。「新聞に好みはない。昔僕の家では朝日と毎日を取っていたので、その二紙の紙面にはわりに慣れているけれど、それ以外の読売とかサンケイとか東京とかが嫌かというと、そんなことはない。なんだって同じようなものじゃないかと思っている」。昔の村上家同様、ぼくも朝日と毎日を購読している。

 そのエッセイを書いたのは80年代、小説でいえば『羊をめぐる冒険』から『ノルウェイの森』までの5年間である。「なんだって同じようなものじゃないか」と村上はいうが、いまやその論調は朝日・毎日・東京のアンチ安倍政権組と読売・産経の親安倍政権に色分けされている。80年代も論調は変わらなかったように思う。読売も産経もあまり読まないのは、この二紙に友人はいても巷間いわれる評価に影響を受けているからかもしらん。

ぼくはどちらかといえば、リベラルな感性をもったハトだと思うが、これはもしかしたら長年の朝日・毎日に染まったせいかもしれない。朝日・毎日を読むと安倍は不気味で嫌いになる。読売・産経を読んでいてもそれは同じだろう。ぼくは原発ゼロ大賛成だし、憲法9条は日本の生命線だから変更の必要はないと考えている。軍隊は人殺し部隊だが、憲法に縛られた自衛隊のように人助けに徹する軍隊が世界にひとつくらいあってもいい。

 12日に講演をお願いした新右翼一水会最高顧問、鈴木邦男は講演の中で「非武装中立」という昔の社会党委員長、石橋政嗣が唱えた懐かしい用語をもちだした。講演会場は日中友好協会が入室している東方会館ビルだったせいで、なんらかの刺激を受けたのかもわからない。その鈴木邦男と坂本龍一との対談本『愛国者の憂鬱』を出版したのが『週刊金曜日』の(株)金曜日である。金曜日は岩波の雑誌『世界』とならぶ安倍批判誌である。

 週刊金曜日の臨時増刊号の表紙は安倍の肖像画だが、両眼の黒目部分に日の丸があしらってあり、縦に鼻すじまで「検証 暴走する安倍政権」とあり横に交差して「さらば、独裁者」と貫く。中身はトップが内田樹の論評「民主主義よりカネが大事な日本人」。まず合意形成力に乏しい独善的な安倍の危うさを指摘したうえで、安倍支持は「国民国家の株式会社化」によって成り立っている。「カネ儲けできるかどうか」がすべての基準のという。

 民主主義がめざす対話による合意形成、少数意見の尊重、弱者救済、富の公平な分配などは「カネ儲け」の障害となる。トップに権限も情報も資本も集中する上意下達の政治になったのは、メディアが「決められる政治」や「ねじれ解消」を言いたてたからだ。いま、有権者の過半が株式会社の従業員でかれらが安倍を支えている。そうしていまの政府は「ワンマン経営者が仕切る会社」に似てきた。そういう意味でも安倍は独裁者である。

 この臨時増刊号には『週刊金曜日』の編集委員、佐高信の対談も二つ載っている。をアベノミクスをドアホノミクスと痛烈に批判する経済学者、浜矩子と新党大地代表、鈴木宗男の対談だ。ほかにも堀江貴文と森達也の対談あり、盛りだくさんで読みでがある。ついでに佐高信の『この人たちの日本国憲法』(光文社)も一読を勧めたい。

 


動乱を起こして日本を救え
遅まきながら『里山資本主義』(藻谷浩介 NHK広島取材班)を読みはじめた。藻谷は50万部のベストセラー『デフレの正体』で一躍有名なエコノミストになったが、意外にも著作は少ない。講演や地方回りで多忙のゆえ、本を書く余裕がないということだ。『里山資本主義』はまだ読んでないから確実なことは言えないが、里山という田舎を冠しているからには、幸福の追求、あるいは日本の再生には里山が原点になりうるという内容だろう。

里山に希望を見つけるのとは真逆の推計を本日9日付のメディアが大々的に扱っている。2040年には全国1800市区町村の49・8%にあたる896自治体が消滅するおそれがあるそうだ。子どもを産む20~39歳の女性人口が2010年からの30年間で5割以上減少することが有識者団体の推計でわかったからである。国の推計では毎年6万~8万人が地方から大都市に流出し、その流れは20年には落ち着くと計算している。

だが有識者団体は、国は甘すぎる予測している。20年以降も6万~8万流出は止まるまいと仮定し、計算し直した。その結果はじきだされたのが40年に20~39歳の女性が10年の半分以下となるのが896自治体となったのである。女性が減ると流出が出生数を上回って医療・介護保険の維持が困難になり、消滅の危険が迫る。世界中で大都市に人が集中する現象が顕著だが、有識者会議は日本の大都市のみ残る姿を「極点社会」と呼ぶ。

人口を維持するためには1人の女性が生涯に産む子どもの数の統計上の数値が2・07でなければならないとされるが、現在の1・41では到底およばない。人口減の推移は①子どもや働き手は減っても高齢者は増える②高齢者は横ばいか微減③どの世代も減少する。
① ②の経過を経て③の本格的な人口減がはじまるわけである。東京などの大都市は①だが、
地方は②の段階。地方の働き場のない若者が大都市に移っていくのである。

 ぼくもそうだったが、南九州の里山で生を受けて物心つくまで育ち、東京の大学に進学してそのまま東京に定住している。東京の人口の少なくとも6割は地方に故郷があると聞いたことがあるが、だからお盆や正月には帰省ラッシュが起こるわけだ。欧州のバカンスラッシュの色合いとはいささか趣が異なる。ペン森には地方出身者の学生もまだ多いが、首都圏の学生も少なくない。親世代には東京近辺に居を構えたひとも多くなったのだ。

 ある試算によると、自治体の半分が消滅するどころか、3000年後には日本の人口はゼロになるそうだ。日本消滅である。日本は人口を増やさない限り、消滅してゆく。出産、子育てに向いた社会に転換する以外に方法はない。日本を取り戻すというスローガンを掲げている安倍政権は夫1人の給料だけで子だくさんの一家が養えた昔の日本を取り戻してくれ。働く妻が心配なく子育てできる環境を整えてくれ。それにはまず給料をあげてくれ。

 若者の5人に1人は非正規である。かれらは結婚できるだけの給料をもらってない。職を失うとホームレスに直行する運命と背中合わせだ。ますます階級化する流れを止めねばならない。若者よ、ネット社会に生きる世代だからこそ里山に根を張って、アラブの春みたいに改革を訴え、日本にも動乱を呼び起こしてくれ。

 

 



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