ペン森通信
2013年の回顧と展望
今年最後のブログ。ペン森は28日大掃除をおえて望年会、29日から1月5日まで8連休。6日から本格的に勉強をはじめる。望年会恒例の「回顧と展望」を今年のブログを閉めるにあたって、示しておこう。
*回顧
① 瀬下塾の塾祖でペン森の出資者の1人、谷雅志が58歳の若さで亡くなったこと。
  40年近い付き合いだったので、いなくなってから喪失感に襲われた。
② 車の免許を更新しなかったこと。
  70歳になった5年前にマイカーを手放して以来、ほとんど運転してない。
③ 後期高齢者になったこと。
  これまでなんでもなかったことに疲労感を覚えるようになった。いつも体がだる重い。 
④ 13期女子と長崎の島の教会群をめぐったこと。
  こんな辺鄙な島に、欧州から神父が渡ってきてよく布教したものだ。信仰恐るべし。
⑤ 妻ががんの再手術をしなくてすんだこと。
  再手術再入院かと覚悟したが、検査結果は良好だったそうで名主治医に救われた。
⑥ 旅が極端に少なかったこと。
  長崎以外遠出は鹿児島と四国だけ。ペン森男子の車で箱根と湯沢も。ローカル線なし。
⑦ 乙類焼酎のお湯割りが定着したこと。
  芋の「三岳」を12期男子が送ってくれる。黒糖焼酎も愛飲。肝臓は万全だから安心。
⑧ 牛肉をよく食したこと。
  老人には肉がよい。それを信じて肉食多し。200㌘499円の国内産をよく食べる。
⑨ 7期男子によるHP更新で19期生の出足好調なこと。
  19期生は年内に20人を超える。就活本格化の年明けには入塾を断る事態もあるか。
⑩ 雑然と散らかし放題のペン森を掃除する18期女子が現れたこと。
  汚いトイレも磨きたて、床に掃除機をかける。ペン森開設以来の女子の出現に感謝。
*展望
① 19期生から12,3人の内定者がでる可能性が高い。内定可能な受講生多し。
② 複数の旅友を確保する。前年は女子の同行希望はあれども実行少なし。
③ 温暖になったら散歩を。どんどん足が悪くなる気配なので足を鍛えねば。
④ 自分の骨を埋める場所を確定する。やはり樹木の下に眠る樹木葬がいい。
⑤ 山陰のローカル線に乗る。東北、新潟、長野は結構馴染みだが、山陰にも馴染みたい。
⑥ 新携帯電話に慣れねば。もともと機械音痴だが機能を覚えて、写真付きFB投稿をする。
⑦ 休日にDVD鑑賞。いまは4本借りて早回しで4本完了することが多い。早回し禁止。
⑧ 認知症防止や老化を遅らせるためにデートしてくれる女子を。20代がいいね。
⑨ 創作メニュー開発。ペン森で料理をする機会が増えるにつけ新メニューの必要性感ず。
⑩ 東京駅地下商店街の沖縄料理店で泡盛を飲む。酒好きの男子と行きたいものだ。 
以上、2013年を締めくくりの「回顧と展望」。どうぞよいお年を。来年もよろしく。

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夜のNHK、NEWS WEBがいいね
 最近、疲れが激しい。朝の電車はいつでも座れるすかすかの時間帯だから、ほとんど居眠りしてしまう。土日だけの休みじゃ足りないと思うことも少なくない。加齢を重ねるということはかくも肉体的な耐久力がなくなるということか、と痛感する。週に2回は23:30くらいにベッドに入って、夜中に小便に1~2回目覚めて、また布団にもぐる。7:00すぎ隣の自室に暖房をいれ、温めておいてまたベッドの布団でぬくぬくする。

 起床は7:30ごろになる。温まった自室でテレビのNHKのスイッチをいれて寝巻から部屋着へとき着替える。そうして7:40分になるのを待つ。渡辺蘭の天気概況を見る。渡辺蘭は目がくりっとしてかわいい。痩せてなくて、太ってもいないが、肉付きはいい。NHKの女子アナウンサーは早く帰宅した日は11:30からのNEWS WEBを見る。司会の橋本アナは巨乳とではないが、セ―ターから膨らむ胸の弾力ぶりがうれしい。

 この橋本アナは清楚な感じがあって若者に人気があるのではと思う。ぼくは橋本アナを見たいというより、その日1日の締めくくりのニュース番組として見る。この時間にはチャンネルを合わせるに足る番組はこれ以外にないからでもある。民放の女子アナは顔はわかっても名前までは知らない。知ったところでなんの益にもならない。いや1人だけしっている女子がいた。日曜日18:00からの4チャンネルのニュース番組の夏目三久。

 非常に姿勢がよくいつもすっくとしている。この子がベッドの上でコンドームの箱を手で持っている写真をぼくも週刊誌かなにかで目にしたことがある。それで憶えていた。おそらく当時の彼氏が撮って流したのだろうが、ひどい彼氏もいたもんだ。近ごろは女子高生の彼女に胸の写真を送れと迫ったり、全裸写真を撮らせてもらっていて、別れ話の腹いせにそれをばらまく手合いもいるらしい。ケータイの進化が意外な性的トラブルを生んだ。

 ぼくは新機種にかえてからいよいよケータイは使わなくなった。使い方がわからないというのが理由で、電源OFFが通常になっている。動画の機能があるのかどうか知らない。3・11大震災時にあれほど動画記録があったのには驚いた。素人撮影で十分に動画の記録が残せるのだ。そうすると当然、邪な連中は性的に活用しようという誘惑にかられるだろう。ミニスカートの女子高生のスカートの奥を盗撮していた教師や警察官も現れた。

 秋葉原には女子高生のお散歩アルバイトもあるらしい。JKお散歩というのがそれ。これが性犯罪を誘発するということで警視庁が指導に乗り出したというニュースがあった。ぼくも女子高生は嫌いじゃないが、知り合いは1人もいない。来年九州旅行を約束している孫娘は大学生になっている。ペン森は男子大学生と女子大学生が集うところだが、総じて抑制的である。いまどきのキャンパスと同じく童貞率が高い。性欲がないかの如くだ。

 今夜も11:30になったらテレビ画面越しに橋本アナとデートしよう。今夜の話題はまた去りゆく猪瀬か、都知事選候補リストか、特定秘密法はNHKには無理か、東京五輪に気兼ねして被害を少なく見積もった感じの首都直下地震か、あるいは王将社長と北九州漁協組合長の射殺事件か、はたまたスポーツ関連か。いくら疲れていてもニュースは日ごとにくるくる変わるから新鮮でおもしろい。

 


江戸時代からの就活メッセージ
15日の日曜日、谷雅志の墓参に行った帰り、東京駅商店街の飲み屋で献杯した。飲み屋は黒塀横丁の方舟という北陸と新潟の日本酒と郷土料理の店。銘酒と新鮮な魚を堪能した帰り際、向かい側にあった米沢牛黄木という店が気になった。前々日の13日、毎日新聞朝刊社会面の息抜き囲み記事に山形県の吉村美栄子知事がキャロライン・ケネディ駐日米大使に「お招きのお手紙を送った」という記事がひっかかっていたからだろう。

手紙は、ケネディ大使の父親ケネディ米元大統領が江戸後期の米沢藩の上杉鷹山(ようざん)を称賛していた縁で出した。ケネディ元大統領が日本人記者団と会見したとき、尊敬する日本の政治家として、上杉鷹山の名をあげたが、日本人記者はその名を知らなかった。ケネディがはたして鷹山の名前をあげて褒め称えたのかどうか、これは都市伝説の一種とみられていた。ところが、娘の大使は父の尊敬する日本人をしっかり憶えていた。

ケネディ大使は11月27日の講演でこう言った。「父は鷹山の善政と公益への献身を称賛していた」と。地元はやっぱり本当だった、と喜んだ。そこで招こうという流れになったわけである。去年17期男子と2人で米沢に行って、まずは上杉博物館にはいった。博物館内で鷹山の改革に反対する家臣とのドラマを再現したビデオが上映されている。短いものだが、ぼくは童門冬ニや藤沢周平の関連小説を読んでいたのでおもしろかった。

 藤沢周平の小説は絶筆となった『漆の実のみのる頃』だ。日向(宮崎)の高鍋藩の二男が上杉の養子になる。その治憲(鷹山)が17歳で米沢藩の9代目藩主としてお国入りをするくだりを詳述してある。鷹山は馬を降りて歩いて米沢に入る。米沢藩は藩租の上杉謙信の時代からあとは、豊臣側についたために減封に次ぐ減封の憂き目に遭い、守旧派家臣を擁して細々と続いていた。鷹山がお殿さまになったときは、窮乏はなはだしかった。

 鷹山がまず手をつけたのは倹約令であった。自ら一汁一菜を貫き、武家の庭先は畑にして作物をつくらせた。その家屋敷の模型が博物館のほぼ中央にしつらえてある。まるで太平洋戦争敗戦直後に庭を耕してカボチャやサツマイモを栽培して食べた当時を思い起こす都市生活者の年配者も多かろう、と思わせる。ぼくも鷹山が上杉の養子になる前に属した高鍋と同県で敗戦を迎えるが、農村だったので庭を耕すまでには至らなかった。

 鷹山が名君として名高いのは改革の断行と教育を推し進めたことにあるが、改革の断行には人材の登用があったことも見逃せない。周りにお友だちや賛成者を集める近代日本の狭量な政治家とは異なる点にもその人物の偉大さが伝わる。鷹山の有名な名言は「なせばなるなさねばならぬ何事もならぬは人のなさぬなりけり」と家臣に示した歌を縮めた「なせば成る」だ。やる気を出してやればどんなことでもできないことはない、ということ。

 なにごともなせば成る。なさないのはやろうとしないからだ。就活生に送りたい言葉を鷹山は江戸時代に言っていたのだ。なせば成るの精神を胸に刻んで、19期生よ、内定するまであきらめるな! 内定したら米沢牛を食べに行こうぜ。(ケネディ大統領の鷹山エピソードは3,4年前にもこのブログで書いた)。

老いてますますモテる
先日、人間ドッグなみの検査を受けた。朝起きてからすでに5時間が経過していたのに採尿ができない。小便がでないのである。通常は朝と夕方は頻尿なのだが、こんな必要なときにかぎってホースの先端に蓋をしたような状態になっている。尿意はあるような気がするが定かではない。このへんが老人の切なさで、あるようなないような、きっぱりと認識できないのである。心電図と胸部CT撮影、採血など一連の検査が終了してやっとでた。

 トイレでは老人の後ろに並ぶな、とよく言うが、ぼくも老人のくせに老人の後ろで順番を待つことはない。若いひとは勢いよく放出して、誠に羨ましい。加齢を重ねると確実に小便のキレが悪くなる。尿意はあっても、いざでるのかでないのかわからにときがぼくには先週もあった。焼酎のお湯割りを飲んでいるから頻繁にでそうなものだが、それが計算どおりいかない。帰り際、ペン森のトイレに入って、1分たってもうウンもスンもない。

 やむなく電車に乗るが途中でもよおすのでは、と気がかりでしようがない。それで途中下車してトイレに行くが、頑張っても努力してもやっぱりでない。後ろで待っているひとがいるので、未遂のままあきらめてまた電車に乗る。下車駅で用をたそうとしてもでない。他の便器は入れ替わり立ち替わり水を流すが、その水の音を誘い水にでないかと期待するが結果はむなしい。そのくせうちに向かっている最中、急に切迫して立ち小便に至る。

老人用のおむつやパンツの広告に尿漏れ、失禁といったコピーが目につく。11期に体験的に老人用のおむつを2週間してみた女子がいて、見事大マスコミに入社した。こんな身近な体験ネタはない。知恵だ。南アのマンデラの葬儀で手話通訳の男のインチキが世界的な問題になっているが、インチキ手話通訳を4時間にわたってやっていたと聞いて、その間小便をどう我慢していたのだろうと、ぼくはそっちのほうが気にかかった。

旅好きのぼくは列車に乗る際、必ずトイレのある車両かその隣接車両を利用することにしている。都市の通勤車両はトイレがついてない。駅間距離の長い特急に乗って、尿意や便意をもよおしたらもう悲劇だろう。老人はそういう問題に関して用心深いから、少なくともぼくは特急利用はしない。新幹線や長距離優等列車はほとんど絶対に、窓際席は選ばない。いつも通路側だ。窓際席から通路側のひとを何回もまたいで行くのがいやなのだ。

ホテルでも男同士で仮にツインに宿泊する場合、ぼくはトイレに近いほうのベッドにしてもらう。常用している睡眠剤を旅先に持参するのをよく忘れる。すると眠れないまま、何度もトイレに立つ。これがつらい。もともとやや不眠気味のたちで、睡眠不足は血圧が上がるからと、睡眠剤は医者が勧めたものだ。彼氏の部屋に寝ておねしょしたという15期女子もいたが、ぼくは幸いおねしょはまだない。小便がしたいときは夢で目覚める。

ペン森の若者もいずれみんな平等に老人になる。暴走した団塊の世代もまもなくこぞって老人になる。昨夜は女子3人が団塊よりも年上のぼくを駅まで送ってくれた。女子の旅希望者、デート希望者が何人もいる。ぼくは小便のキレは悪いが、女子とは縁の切れない老人である。ふふ。

安倍政権は民主党政権より悪質
ここだけの話だけど、と前置きして某くんがA男はB子に惚れてんじゃないのと席にいたみんなの気をひいた。ここだけの話は秘密が守られず、あっという間にひろまる。秘密には口外したい欲望が働く種類と、絶対に言ってはいけない種類のものがある。さらに妻や家族には口を閉ざしておきたい限定された秘密もある。浮気なんかがそうだ。ぼくには限定された秘密はないが、相手から死ぬまで黙って、と言われた人権上の秘密はある。

 人間には人生の過程で口にしてはいけない秘密を抱えたひとが多いだろう。それが本人には大事であっても、第三者にとってはなんだそんなの、というちんけな秘密だったりする。国家の秘密事項は軍事や外交関係を中心に30万件とも40万件ともいわれる。その数は大臣1人で見切れるものではないし、判断にも疑問が残る。そこで官僚の出番となる。官僚が秘密を指定する。指定の価値判断には個人差があるのに規定なくあいまいなのだ。

ぼくは国家に隠すべき秘密は当然あると思っている。だから全否定ではない。特定秘密保護法案は本日12月6日か、ずれ込んで国会の会期延長の末、じきに成立するだろう。参院も自民・公明の与党が強行採決すれば可決される。外国にも秘密保護の法律はあるが、それは情報公開や厳密な秘密指定のチェックを伴うもの、とされる。日本の秘密保護はその点、なにが秘密かが明らかでないままだし、国会や司法も関知できない性質の法だ。

なにを息せき切って成立を急ぐのか。アメリカの要請にこたえようとしっぽを振っているのだろう。安倍政権はまことに不気味だが、いつまでもつづくものではない。いつかは他の政権になる。だが、特定秘密保護法はそのまま生きていく。ぼくは自走して足が止まらなくなるときがあるが、法律も自走して抑止がきかなくなる。治安維持法は共産主義の浸透をせき止めるための法律だったが、やがて政権批判も検挙するように変質していく。

石破自民党幹事長の「大音量のデモは本質的にテロ」というブログによって自民とこの法律の正体が現れた。政権批判のデモはやがてテロ扱いされかねない。原発ルポなんかもテロを防ぐという理由で不可能になるかもしれない。テロ防止を錦の御旗として濫用してくる危険性も計算しておいたほうがよさそうだ。官僚や政府機関を取材する記者やライターは委縮せざるをえない。官僚たちの口はますますそっけなく固くなってゆくだろう。

ぼくの義父はナチス的な色合いをもった大政翼賛会宣伝部副部長をやっていたが、演説会場では刑事にいつも見張られていたらしい。「あんな嫌なことはもうごめんですよ」と義母が嘆いていた。治安維持法はしまいには共産主義とは真逆の立場にいる国会議員まで監視するようになっていった。法律は運用によって変わってゆくからはじめに議論して詰めておく必要がある。国民に害を及ぼすという意味で安倍政権は民主党政権より悪質かも。

朝日、毎日の秘密保護法大反対の大キャンペーンをものともせず、特定秘密保護法は可決成立する。公務員を縛るどころか、日本という文明の進化した国では人権すら危うくなってくる。多様性の芽も摘まれる恐れが出てきた。ここだけの話だけど、ぼくにも彼女ができました。ブスです。

大もりを注文した老人力
 駅中の中華チェーン日高屋で昼食をとっていたら、隣席にすわった杖つきの老女が肉野菜炒めの大もりを頼んだ。こんな小さなばあさんが大もりを食べるのか、とその食欲ぶりに感心していたら、大もりの皿が一向に減らない。すると、ばあさんは買い物袋からビニールの袋を取り出して皿の中身を詰めはじめた。どうやら夕食にするらしい。だから大もりなのだろう。これは老人の生活の知恵だなあ、とまたまた感嘆しきりだった。

 自宅から駅を挟んで向こう側が多摩ニュータウンである。多摩ニュータウンはいまや老人タウンと化し、子どもはほとんで見かけない。朝10時すぎスーパーに買い物にいくと、やたらじいさん、ばあさんが目立つ。そういうこっちもじいさんだが、こっちのかごにはインスタントものは入ってない。生の肉、魚や野菜が主で、包丁やガスといった手をかけねばならないものばかりだ。見ようによっては食堂などの料理人だが、量は少ない。

 近くに小学校中学校はあるが、周囲は圧倒的に年寄りが多い。若者は多摩大や国士舘、中大,帝京といった大学が近くにあるので、アパート・マンション住まいをしている学生たちである。深夜に帰宅すると、途中で大声を出してしゃべりながら歩いている若い男女としばしば出会う。子どもの声が聞こえるのは町内の公園で行う餅つき大会のお触れをして回るときか、祭りの山車をかついでいる元気な甲高い掛け声くらいである。

 ぼくがここに引っ越してきたのはほぼ30年前だ。小学校にあがる子どものお祝いを町内でしていたから、子どもの数もそこそこあった。京王の特急停車駅だし特急で新宿まで30分、小田急も通っていて不便なところではない。物価も安くすごしやすい住宅地なのに、若者は結婚を機にでてゆくみたいだ。町内もいつの間にやら老人が目につくようになった。うちの東隣は主人を亡くして老未亡人独り、真向かいは夫壮健なるも妻認知症。

 という具合なので朝おそくうちをでると、施設の車が駅へ行くまでの10軒のうち3軒は停まっている。介護の出迎え車である。すっかり姿を見なくなったね、と妻と話していると、すでに亡くなっていることも再三再四である。東京の郊外でこういう状況だから都心の団地や地方の限界集落はもっとわびしいだろう。それでもぼくの町内では新築住宅が4軒建ち、物干しを見ると子どもの小さい若夫婦が住みついたようである。

 若夫婦は隣近所になんのあいさつもないから、干してある洗濯もので家族構成を推測する以外にない。でも住民の新陳代謝があるのはいいことである。ほっとする。先日の日曜日、ふとしたことから妻が「私たちのお墓どうする?」と聞いてきた。ぼくは樹木葬と決めているが、場所は未定。「都の抽選は何十倍もあるそうよ」と妻がいう。「何回も応募を続ければそのうち」と重ねる。先祖の墓地は鹿児島県にあるがあまりにも遠すぎる。

 天皇・皇后も終活をしていたようで、土葬ではなく火葬にしたいと言った。日本は火葬の国だから当然、ぼくも火葬になる。骨壺の上に土盛りをして樹木の苗を植え、その樹木が墓石代わりになるのだろう。ぼくは俳句を詠むとき若い時分から号を恵山人と称してきた。樹木葬こそぼくにふさわしいのである。




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瀬下先生

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