ペン森通信
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ッペン森の食は安心安全
和食が12月、世界遺産に登録されるが、阪急阪神ホテルズのレストランで食材を偽装していることが明るみに出た。ペン森はまかないつきなので、食材を毎朝スーパーで仕入れて、リュックに入れてくる。だからいつも新鮮な手作り家庭料理を提供しているつもりだが、長いあいだ冷蔵庫に入れて忘れてしまうこともある。ときには賞味期限切れを使うこともある。ぼくは期限切れにはあまりこだわらないが、若者の目が厳しいから心配はない。

 阪急阪神ホテルズの社長は偽装ではなく、罪の軽い誤表示だと最初はがんばっていたが、ついにメニュー表示の偽装を認め引責辞任した。札幌のルネッサンスサッポロホテルも実際の食材とは違うエビの名前をメニューに表示していたことがわかった。うちは大丈夫かとヒヤヒヤしているホテルトップも多かろうと思う。新聞各社社会部のデスクは同じような偽装をさがせ、と無理難題を命じていることだろう。ぞくぞく出てくるかもよ。

 ヤマト運輸の冷凍食品の荷物を一部営業所が常温で扱っていることが朝日への内部告発によって表面化したが、ホテルの食材偽装も調理職場の内部告発にたよるほかない。偽の食材を調理職人が間違うわけがないとぼくは思うのだが、職人が気づかなかったとすれば
よほど間抜けな職人だ。トビッコとイクラなんてまるっきり素人のぼくにすら区別がつく。
ステーキに牛脂を注入してそれをステーキと称していたなんて、消費者こそいい面の皮だ。

 ぼくは賞味期限にはさほど神経質ではないが、消費期限と中国産は気になる。若者は賞味期限も消費期限も区別なく気にするようだ。まあ、一種の清潔病にかかっているのだろう。神経質な母親の食に対する安全追求が伝染しているのかもしれない。あるいはアルバイトで食品の管理の厳しさを体験しているせいかもしれない。消費期限切れ近いパンを段ボールにつめて足で踏みつける後ろめたい苦痛は作文によくでてくる。

 ぼくら世代が食材に鈍感なのは戦時中や敗戦直後の物資難、食糧難で腐りかけて酸っぱくなったものや糸を引いているものまで口にしたことがあるからだ。ぼくは農山村育ちだから、バッタをとってフライパンで焼いてよく食べた。長野を旅してバッタのつくだにをペン森の土産に買ってきたら、ずいぶん不人気でぼくが酒のつまみにしてたいらげた。でも長野県人が食するざざ虫とハチの子は口にする勇気がでない。中国産食品も買わない。

 ペン森のまかないは家庭料理だから、その場で調理して焼いたり煮たりすることが多い。
たまに出す焼き肉やすき焼きはたれが期限切れのことがある。頻繁に使用するしょうゆは最近出回っている酸化しない密封ボトルである。いま冷蔵庫をあけてみたら、賞味期限は酸みそが9月18日、からし酸みそが9月21日。マヨネーズが3本入っているが、3本とも器の表面にはなんの表示もないが蓋に表示があった。いずれも見事に期限切れだった。

 期限切れはチェックの厳しい若者が使うときに確認して廃棄処分となるが、この点に関する限り若ものの神経質は日本の食の安心安全に寄与しているだろう。今夕はきのうの残りのサンマ三尾を焼く、あとは鎌倉ハムのウインナーに秋ナスのみそ汁。安心安全です。
*11月2,3,4日は連休にさせてもらいます。4日は予定がないので、また東京駅地下街をめぐるかな。


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美人をめぐる復活愛あり。
 昨夜は7期生を中心に現役(19期生)や18期生の内定者も加わって大賑わいだった。ぼくは一足速く10時ごろ某社さしまわしのハイヤーで帰宅したが、午前2時くらいまで飲んでいたらしい。昨夜の集まりは7期の某くんが長いあいだ、苦労していた離婚がようやく成立したので、そのお祝いと解していた。ぼくが帰宅してから某くんに関して、いまだから話そうみたいな流れになったはてに、某くんは新ロマンスまで明らかにしたという。

 某くんは、離婚のもつれと並行して前に付き合っていた元かのと復活愛を繰り広げていた、という事実が飛び出した。たくましくもめでたいことである。その元かのの写真を7期の1人が席にいた連中にばらまいた、と聞いた。元かのは相当の美女で性格も温和ですばらしい、ということをぼくは前に会って知っている。某くんには、前の彼女と結婚すればよかったのに、と言っていたのだ。それがいつの間に復活していたとは、やるもんだ。

 と言って、ぼくは元かのに道で会っても気がつかないだろう。その程度の知り合いである。恵比寿で何人かとなにかの機会に会った。ひと目見てすごい美人の彼女を某くんが連れてきて、ぼくがずっと手を握っていた、だけの知り合いである。世の中にはまだまだ美形が残っているものだとうれしくなる。男子はぼくのように例外なく美人が好きに決まっている。昨夜の話を耳にしている最中、これまた目の覚めるような美人が来訪した。

 新婚の13期生が美形の新妻を伴って九州から上京してきたのである。彼女は地元のNHKでキャスターをしているから見栄えがいいのは当然だが、いわゆるNHK的冷たさのような印象が微塵もない。いかにも九州育ちらしく、目元がくっきりとしている。化粧もずいぶん控え目だ。この2人の結婚前夜、ぼくと3人で飲んだが、酒もかなりいけるくちと見た。感じがいいひとである。女子アナでいえば、顔だちもテレ東の大江麻理子か。

 大江がニューヨークに赴任してからも、土曜21時からの『アド街』はほぼ欠かさず見ているが、この番組で紹介される美食の店には若い美人と行ってみたいと、そのつど思う。ぼくの場合、老齢に加えて外で飲み食いをすることがないから、昔はともかくいまは、女子はペン森に限定される。ペン森女子はみんな好きだが、某男子が評するに「先生はかわいい子が好みですよね」。たしかに中肉の清楚なかわいい系がタイプだ。

 NHKきっての、と言っても過言ではない5期美女は、1年目全滅して2年目になって必死だった。ぼくは、マスコミは朝が弱いから、と日本三大朝市を勧め、輪島、飛騨高山、千葉勝浦の朝市に同行した。彼女は結局、作文は輪島の朝市をネタにTBSとNHKに内定した。輪島で彼女は車のぼくをほっといて、1時間道にしゃがんで塩田のおっさんの話を聞いていた。この子はいい記者になる、と確信した。美女を伴うと老人も目が覚める。

 美人論の井上章一によると、日本でいちばん美人が多いのは東京だそうだ。東京にはテレビ局があるからという。なるほどNHKでさえ、美人記者が多い。美人は得をする。これは間違いない。離婚もめでたいが、復活愛おめでとう。

ホモ・サピエンスはカネに目がくらんだか
 きのう定期健診を受けた。医者が「元気ですね。75歳とは思えない」としきりに感心していた。「しかも脳梗塞をやったとはね」と付け足した。元気なのはペン森生、とりわけ女子のおかげだ。若い人たちに囲まれているから、無害放射能が体内くまなく行き渡っている。ペン森は再来年4月、創立20周年を迎える。それまではよほどの想定外の事件事故に遭遇しない限りぼくは命脈を保っているだろうが、年内か来年中には確実に息絶える。

 そうして世の中は何事もなかったかのように動いてゆく。ペン森やぼくの名前は歴史にとどめたいが、それは安倍晋三が残らないのと同じように歴史のかなたへ消え去るだけだ。仮に安倍が歴史に名を残すとすれば、小泉純一郎にならって原発ゼロを宣言し、それを実現したら後世に称えられる。原発の使用済み燃料の最終処分場は公募しているものの引き受け手はいない。使用済み燃料が無害化まで10万年、人類は10万年無事に存続するか。

 安倍が推進する原発輸出、再稼働ゆえに事故が起こり、アメリカが自国民の避難区域とする50マイル(80キロ)圏内の避難民が生まれても歴史のひとコマにすぎない。ゼロにすれば子子孫孫永久に事故は起こらない。原発事故が起こらず、有害な放射能も浴びない原発ゼロが現実すれば、人類の10万年は安泰だ。もっとも、核兵器不使用を堅守できればの話だが、広島・長崎や『渚にて』の再来があると、人類の未来はない。

 核のゴミの処分場もあてがないのに、原発推進なんて、こんな未来世代に対する無責任はない。それを許す現世代はどう考えてもおかしい。日米が共同でモンゴルに処分場を建設する計画があったが、2年くらい前、毎日のスクープでおじゃんになった。処分場の建設が進んでいるのは小泉が視察したフィンランドの「オンカロ」だけだ。地震国で地層の弱い日本と違って、フィンランドは固い岩盤の国とはそもそもの地層条件が異なる。

 「オンカロ」はすでに着工されているが、地下420メートルの地下に核廃棄物を10万年保管しておく施設だ。日本でも国内調査はやっていて理論上は技術的に閉じ込めておくことが可能だと、安倍はみんなの党の渡辺喜美の質問に答えているが、閉じ込めておくその管理はどの機関が10万年も引き継いで行うのだろうか。紫式部の『源氏物語』は1000年前、過去1万年にさかのぼると人類は大洪水や隕石によって大破局に見舞われた。

 このブログの」書き出しとは別にとんでもない方向に話が展開した。どうしても原発ゼロに引き寄せられてしまう。10万年と一口にいうが、10万年前は知恵あるヒトとして他の動物と区別する我々の祖先ホモ・サピエンスが地球上に広がりはじめたころである。どうもお金なら1兆円、歴史なら10万年というとてつもない単位を近年、軽く口にするようになったことが気になる。1兆円は100円の累積、10万年は1年間の累積なのだ。

 ぼくの元気は左足が多少、不自由なだけで心身の支障は目下のところないが、やはりj寿命が来たら果てる。小泉も安倍も同じだ。ただし、人類がエネルギー源として使用しているコントロールのきかない原発の放射能はほとんど寿命というものがない。ホモ・サピエンスの本質は理性的な思考を行う、のではなかったか。原発推進のホモ・サピエンスはカネに目がくらんで理性を失ったか。他の動物はカネを知らないのだ。

 

成長する者と更新なき者と
このところ朝日、毎日、読売、日経、共同、時事、講談社の記者・編集者と立て続けに卒業生の来訪があった。出張だったり、転勤だったり、単に顔見せだったり、休暇だったりみんなたくましい記者や編集者に成長しているからうれしい。なにしろ19期生が入塾しているのだから、1期生はもう40代のおじさん、おばさんになった。ほぼ全員が久しぶりである。ペン森に通っていた当時はみんな大学生だった。ぼくも若かった。

瀬下塾ジャーナルで谷雅志の追悼号を出すに際して、懐かしい写真をごっそり出して見た。ぼくは若白髪で小学生のころから白髪があったが、ペン森初期のスナップをみると、なんと若々しいのだろうと思う。若いとは言っても、すでに50代後半にさしかかって60歳が目の前のころだ。ペン森の講師をしてもらっている朝日の名物記者よりも1,2歳上の年齢になる。亡くなった谷雅志とちょうど同じ歳まわりである。

それを思うにつけ、谷はほんとうに若くして鬼籍に入ったものだと感じざるをえない。卒業生の来訪が多いのは谷の死去も関係しているだろう。ぼくが落ち込んでいるのではないかと様子を見に来たり、いつまでも元気でいてくださいよ、と慰め励ましてくれたり。男子よりも女子のほうの気配りが深く親身である。女子好きのぼくだからこそ余計にそう感じるのかもしれないが。ペン森の女子は付き添ってデートもしてくれるし心根が優しい。

ぼくは妻からよく近所のひとにもうちょっと愛想よくしてと注文をつけられる。ぶっきらぼうすぎると非難される。営業マンではなかったので、愛想は身につかなかった。その点は谷も同じようなものだった。新聞社では政治経済面を硬派といい。社会面を軟派という。ぼくは軟派記者だったが、それは女子好きとは何の関係もない。谷は週刊現代をへてフライデーの編集長になったが、軟派よりも硬派の政治ネタが好みで部数を下げた。

谷は、とくに芸能ニュースやヌード関係にはあまり興味を示さなかった。その点はぼくと大いにことなる。ぼくはその道に詳しくはないが、芸能も裸も嫌いではない。ただし、なんとかフェチのように1点突き詰めて深入りし、こだわるわけではなく底は浅い。谷の女性関係は謎だったが、通夜に銀座のママたちが来ていたことから類推するに、玄人を相手にしていたのではないだろうか。浮いた話はなかったがあやしげな男ではあった。

いまごろになって、谷雅志の正体がわからなくなった。ぼくの女子好きにいい顔をしなかったのは自分の娘がちょうどペン森生と似たような年齢だったからだろうか。結局は電通に決まった長女の就職を心配していた。相談のメールが届いたが見出しはあっさり「娘のことです」。長女は1回だけペン森に来たが、ぼくは他人のような気がしなかった。思わず手を握った憶えがある。前に会ったときは小学生だった。すごい美女に成長していた。

ペン森生は卒業してから、明らかに成長しているが、成長のピークはあるのだろうか。女子はやがて母親になって、再生急成長してそれが人間形成に大いに作用する。ぼくら老人は肉体上も外見上も更新が止まる。でもぼくはまだペン森のみずみずしい女子から若い水流をもらっているから、ほかの老人とは違って水分が多い。谷雅志はどんな老人になっただろうか。
 

経済成長が招く心のさまよい
 14日は「体育の日」だった。「鉄道の日」でもあった。明治5年10月14日、新橋―横浜間に日本最初の鉄道が開通した日である。ぼくはいままで大江戸線は新宿から先の都庁方面に乗ったことがなかったので、新宿から終点の光が丘まで乗ってみた。新しい都営の地下鉄なので、向かい合わせの客席間の距離が通常の電車よりも狭いが、乗り心地は外の見えない普通の地下鉄電車と同じ。最も深い地下を走っているがその実感もない。

 でも乗ったことで宿題を終えたような安堵感があった。これで東京の地下鉄は副都心線完乗を残すのみとなった。「鉄道の日」にちなんで東京駅構内も見て回った。昼間の2時すぎだったが、黒塀横丁を1軒1軒表のメニューを見ていたら、新潟の酒を飲ませる店や沖縄料理の店があった。よほど1人で入って飲もうかと思ったが、今度は休日に女子とデートで訪れて昼酒を堪能しようと考え思いとどまった。相手してくれる女子がいるかしら。

3連休の最終日だったので、東京駅構内の商店街は大いリの賑わいだった。地方からきている人が多い感じで、店のわきにしゃがんで休んでいるおばさんやおじさんも目立った。
日本の活力はすごいもんだと改めて感じいった。酒がはいっていたら、必ず人にぶつかりひと悶着起こすかもしれなかった。改札の中はすでに見たので今回は改札の外側にしたが、2時間かけて半分見たかな。ラ―メンストリートにもいけなかったが、活力に元気がでた。

夜の9時からはNHKスペシャル『中国激動』。前回の農村の強制的な都市移動は昭和30年代40年代の日本を想起させた。農村から都市への人口移動が起こった。労働力を収容するため住宅団地に入居させたが、入居の競争率は高く日本住宅公団の職員は役人なみに威張っていた。ぼくも東京から北九州に異動したが、木造アパートからやっと団地に入れた。中国は広大なうえに人口がけた外れに多い。新築の集合住宅入居の困難さがわかる。

14日のNスぺは中国激動の後編で中国人の「さまよう心」。キリスト教と儒教に心の安寧と救いをもとめる人々を扱っていた。よくこれだけ密着して取材したものだとひたすら感心したが、同時に中国人はどうしてこんなに荒んだのだろう、それは経済の発展とどのような因果関係があるのかと考えた。番組はその要因を中国人に語らせ、専ら現象面をひたひたと追っていたが、明らかに拝金主義によって中国人が悩んでいることがわかった。

キリスト教信仰は共産主義と相いれない性質のものだと思うが、どうやら公認の教会もあるようだ。儒教は、孔子の教えを敬う思想だが、いったん悪人とされた孔子は現在見事に復活している。貧富の差の拡大が大きく作用しているようだ。反日デモが燃え盛ったデモ隊に孔子と毛沢東の顔も掲げられていたが、孔子も毛沢東も反日とは何の関係もない。中国の為政者に向けられた仁とか平等とか道徳観を訴える類のものだったのだろう。

2020年の東京五輪招致を機に過去を振り返るテレビも多いが、前回の五輪当時から日本は物質的なすさまじい発展をとげ、貧富の差も拡大し国民の大半、特に若者は将来への希望も失い、心がさまよっているように見える。とりあえず東京駅地下街に行けば活力はもらえる。活力を見につけるかどうかは本人の志次第。

クビになった週刊朝日編集長の女癖
JR北海道とみずほ銀行の連続不祥事にいまのところ単発ではあるが、朝日新聞まで参入してきた。週刊朝日の編集長がセクハラで懲戒解雇された。朝日も含めた新聞は「就業規則の内容は関係者のプライバシーに関わるため公表は控えます」という広報のコメントを掲載しているが、関係者のプライバシーに関わるということはセクハラの相手女性を慮ってということである。53歳の編集長がセクハラをしたな、ということがすぐわかる。

 案の定、週刊文春と週刊新潮がその内容にさっそく食い付いた。文春のほうが詳しく報じている。文春によれば、アエラ編集部にいる契約社員の女子に「自分と付き合えば社員にしてやる」と迫った、という。共同通信の人事部長が就活女子大生をホテルに誘って関係を迫ったのに似ている。共同の場合、人事部長は懲戒解雇になり社長も辞任した。悩んだ朝日の契約女子は周囲の女子らに相談した。すると編集長は社内痴漢常習者だった。

 編集長は橋下大阪市長の出自をめぐる連載記事で当時の編集長が更迭され、その騒動後にアエラの副編集長から昨年12月1日付で新編集長に就いた。女子社員らによると、「何人かの女性が関係をもっていたらしい。編集長には妻子がいるが長く別居して現在は1人暮らし。女性記者と不倫関係にあったこと社内では有名」という。酒席で胸をもんだり、キスをしたり、テーブルの下でスカートの中に手を入れて太腿の奥を触ったり、と病的。

 ほとんど病気の行状とはいえ、日本を代表するクオリティー・ペーパーの内部はぼくの好きな日活ロマンポルノも顔負けだ。これをモデルにしたR指定映画をだれかが仕立てるかもしれない。クオリティーを標榜する表向きとフ―ゾク的内部との落差がありすぎる。「関係をもった」と告白する女子社員も複数いるそうで、女子部員との酒席でのキス場面は何度も目撃されている。任命権者は社内で名だたる痴漢中年を知らなかったのだろうか。

 この男は痴漢だけでなく、契約社員の弱みにも付け込んでいた。女子の契約記者が痴漢行為を拒否したり嫌な顔をしたりすると「契約更改はこれからだよね」と今後の契約を匂わせたりもした。たちが悪い。立派なパワハラである。さすがに朝日女子たちもたまらず、編集長の行状を洗いざらいしたためて朝日本社に告発した。関係者に事情聴取すると酒癖、女癖はもちろんセクハラまで、女子たちが次々に証言したと文春は伝える。

 ペン森は朝日記者の供給源だが、うち出身の女子はいかがわしいことはしていないだろうし、カモにもなってないと信じる。編集長は事情聴取に対して「セクハラではなくて恋愛関係。ただそれが複数だっただけ」と申し開きしたそうだ。要するに同時進行で女子のあいだを渡り歩いて関係していたらしく、絶倫ぶりを自慢したということだ。朝日の風紀はどうなっている。男女がくっついたり離れたり、めまぐるしいのは若いうちだけだ。

 以上の内容は、週刊文春の記事による。組織も人間も一皮むけば本性がむきだしになる。だから文学が成立するわけだが、酒好き女子好きのぼくも自戒せねば。ぼくは清廉潔白ではないが、クビになった週刊朝日の編集長ほど癖は悪くないと思うよ。くだんの契約女子は朝日出版の社員をめざして地方新聞記者から転進してきたという。正規に採用せず呼び出して契約にした。ずるい。お詫びのしるし社員に格上げして報いるのが誠意だろう。
*14日の祝日、ペン森は閉店です。
 

 

富と繁栄の東京集中
前の東京五輪でやむなく妻の家は立ち退きをしたというが、前の五輪で立ち退きをさせられさらにまた半世紀以上たって2020年の東京五輪でも立ち退きを迫られる住民がいるのをご存じか。五輪によって二度目の立ち退きを迫られているのは都営霞ヶ丘アパートの住人たち。競技場周辺の整備のためアパートの取り壊しが決まっているのだ。住人は引っ越さねばならない。という内容が『週刊現代』の新国立競技場批判記事の中にでてくる。

 新国立競技場奇抜なデザインはもうおなじみだが、宇宙船を思わせる流線型。ところがこのデザインでは建てれないのでは、計画を見直す必要がある、との見解を世界的な建築家、槇文彦が示した。日本建築家協会の機関誌にそのような趣旨の論文を発表したというが、ぼくは槇が同じ見解を寄せた朝日新聞の一文で知った。他の専門家のあいだでも批判があるらしく、これはかなりもめそうな成り行きとなっている。

 新競技場をめぐるすったもんだはあっても締め切りがあるから、決着はする。ぼくが気になっているのは、東京五輪のために作業員や機器が東京に集中して、被災地の復興がますます遅れるのではないかということだ。労賃も上がることだろう。その意味では下層がうるおい、慶賀の至りという面もあるだろう。東海道新幹線や首都高を間に合わせた1964年の東京五輪でもそうだったが、作業現場の偏在は2020年五輪でも必ず起こる。

 復興よりも五輪優先の雰囲気がすでに醸成されつつある。被災地を聖火が走る計画だが、その程度でお茶をにごしてはならぬ。テレビは被災地の沿道で手を振る光景をさも美談風に報じるのだろうが、もちろん本質は被災地の復興作業を五輪のために停滞させないことだ。メディアは3・11大津波被害者と原発避難民のことをわきに置いて、五輪に浮かれてはなるまい。どうもメディアの五輪浮かれや讃歌に肌寒い感じがつきまとう。

 前の東京五輪の労働現場は奥田英朗のサスペンスの傑作『オリンピックの身代金』に詳しい描写がある。これは本の題名で検索するとテレビ朝日の開局55周年記念のスペシャルドラマとしてこの秋、2夜連続で放映されるらしいが、テレビ朝日で検索してもそれらしい予告はない。マルクス経済学を学ぶ東大大学院生が警察権力へ爆発物を仕掛けて挑発する。「東京だけが富と繁栄を享受することは許されない」と自ら工事現場で働く院生。

 ぼくが新人のさつまわりのころ、秋田県の出稼ぎ労働者が数人、河川の作業現場で生き埋めになった。この小説を読んでぼくは、まず一番にそのことを思い出した。小説のテーマのひとつが貧困問題だからである。それはいくらか改善されているものの、富と繁栄が東京に集中している実体は変わらない。失職予備軍の非正規労働者37・8%、生活保護158万世帯、離婚などで母子家庭・父子家庭も増えて貧富の差は大きくなる一方だ。

 東京五輪の経済効果は? とか、なんでも経済に結びつける風潮はどういう社会の投影なのだろう。ぼくもおカネはほしい。一番欲しいのは趣味の旅費用、つぎは自分の葬儀費用だから笑える。樹木葬を希望しているが、さて場所と費用は? だが漠然として厳しく考えたことがないのはまだ切迫してないから。

 


このまま終わりたくない、最後の一回を
酒井順子の『週刊現代』連載エッセイの今週の中身は性豪の話である。いまは老齢となった性豪が40代のころ、花柳界のお姐さんに折り入ってと頼みごとをされた。お姐さんは70代半ば。「私もそろそろ、人生の終り支度に入る年になった。このまま“あの事”をせずに人生を終えるのは惜しい。ついては、人生の最後の一回を、あなたにお願いしたいと思うのだが、どうか」と。「もちろんお引き受けしましたよ。意気に感じましたし」

老性豪は、選んでいただいて名誉なことだと感じたそうだ。そうしてめでたくことを成し遂げた。酒井女史が推察するに、それは性欲ではなく卒業式のように「もう終わったのだ」と後から納得するための、行事とか神事のようなセックス。お姐さんは区切りをつけたかったのだ。「もう一生しないのかもしれない」と思いながら、何年かを過ごした中で「最後にもう一度だけして、思い残すところをなくしておこう」と思ったのではないか、と。

ぼくも、もう一生しないかもしれない、と考えながら、何年かをすごしている。だが、もう一度というわけにはいかない。実戦能力の実弾がない。どれが最後かわからないまま、区切りもけじめもなく、いつの間にか最後が終わった。ここ数年、完全なセックスレスである。男性は80歳くらいまでは性に関心があるといわれる。ぼくの場合、実際には永遠のゼロだが、間もなく75歳になるのにまだ気分だけは現役バリバリのスケベだ。

 ペン森の卒業生女子のなかにも夫婦のセックスレスで悩んでいる20代30代がいる。酒井順子のエッセイにこんなくだりがある。特に結婚生活が長い人を中心に、多くの人はセックスレスライフを送っている。同世代が集まると「あなたも?」「あったりまえじゃない」「もうこれから一生しないのかもと思うと、寂しい」。ぼくと同年齢の友人は60代のとき聞いたら、週1と言っていた。悩めるペン森女子は「せいぜい年2回なの」と。

 この種の嘆きを女子から直接耳にするのは、一度やニ度ではない。とくに最近は多い。男子の側に問題がありそうで、原因は仕事の疲労、ストレス、精力の減退。第二子や第三子はあまり期待できない。大問題だ。朝日新聞調査によるとセックスレスは20代11%30代26%、40代36%だが、もっと多いのではと感じられる。女子がぼくに対してそういう秘すべき夫婦間の話をするということは、かなり悶々としている証左だろう。

 ぼくも最後の儀式を行いたい、と切に思う。相手の女性が70代なら願い下げだ。やはり20代。秘薬を使っても反応はむずかしいが、ぼくのほうが無力の状態であっても、怒らない寛容ない女子がいい。20代ならだれでもいいというわけではなく、それなりの愛情がぼくになければならない。そうすると、候補が1人いる。強いて言えば2人。相手が応じてくれるかどうかは考えない。ほとんど勝手な妄想で絞ると、2人だけはいた。

 ところで10月14日は「体育の日」だが、「鉄道の日」でもある。74歳と日帰りで列車に乗って旅をしてくれる20代女子はいないかしら。贅沢は言わない。だれでもいいよ。

小泉純一郎の原発ゼロはあっぱれ
山崎豊子が亡くなった。これで福島第一原発をめぐる人間の矛盾、欲望、無責任、汚濁、闇を追及してくれる作家が消えたと思った。山崎が原発許容派か反対派かは知らないが、入念執拗な取材を進めて行くうち、このエネルギーは核兵器への準備にもなり、人間の制御できないものだと改めて指摘して、鋭い作品に仕上がるだろう。なにしろ放射能を含んだ燃えかすを始末する場所がないことひとつをとっても、未来世代への負荷は重い。

 山崎なきいま、期待できるのは元総理、小泉純一郎だ。小泉は今年8月中旬、フィンランランドの島で建設が進んでいる使用済み核燃料の最終処分場「オンカロ」を見に行った。
同行したのは三菱重工、東芝、日立製作所など日本で原発が製造できる原発メーカーの幹部である。この幹部たちが地下400メートルに10万年以上にわたって閉じこけておく施設にどのような感想をもったか知りたいが、だれも取材しようとしないのだろうか。

 ところが小泉は毎日新聞の政治コラム『風知草』の執筆者、山田孝男に電話をかけてきて、「原発ゼロ」の姿勢を鮮明にする。小泉は首相退任後、メディアのインタビューには応じてないから事前にインタビューを申し入れていた山田にこのような形で自分の意思を伝えた。小泉の「原発ゼロ」が8月26日の『風知草』に掲載され、大きな反響を呼んだのである。その後各週刊誌賀取り上げ、小泉の考えはじわじわと広がりはじめる。

 今週はきょう10月1日発売の『週刊朝日』がトップ記事で扱っている。「小泉純一郎元首相 脱原発宣言60分」。これは60分にわたる講演の内容を紹介している。「原発が動かなくなってもう2年ぐらいになる。ことしはもう(稼働は)ゼロですよ。(それでも)平気で生活している。政治が早く、将来原発ゼロにしようという目標を打ち出せば、多くの国民がどんどん協力すると思いますよ」。国民は節電で協力してくれると見通しているのだ。

 しかし安倍政権は再稼働、原発輸出へと動き出している。小泉とはまるで反対の行動である。小泉は言う「(日本には核のゴミの)最終処分場がない。原発がいちばんコストが安いと3・11の前までは、電気事業連合会の資料で説明していました。しかし,今はこの資料を信じる人はほとんどいない。私も信じられない。第一、これまで54基の原発を建設する際に、どれだけお金を使っているか」。じゃどうするか、小泉は以下のように唱える。

 「原発に投入したカネを、それくらいの額を、自然を資源にするさまざまなエネルギーにこれから向けていく。私は日本国民なら必ずできると思う。そういう大きな転機がこの大震災でやってきたと捉えたほうがいいと思うんです」。相変わらずのワンテーマ主義だが、このテーマは郵政民営化よりも賛同者が多いだろう。安倍は小泉によって幹事長や官房長官に引き上げられた。小泉が元であるのが惜しい。山崎なみに秘密を露呈してくれるか。

 小泉はもはやあまり影響力はないと言われるが、原発講演の参加費が2万8000円と高額なのに、200人以上が並んだという。人気と期待は、安倍以上かもしれない。息子の小泉進次郎が復興政務官に就いた。進次郎よ未来世代のために、無害になるまで10万年かかる脱原発クーデターの首謀者になって未来に名を残せ。

   




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