ペン森通信
俺は好奇高齢者になる
 運転免許証の更新の知らせが届いた。さて更新しようかどうか迷う。更新しなければ返上して、免許証に代わって身分証明書となるものを警察から発行してもらう。普通、10代20代で取得する普通免許だが、ぼくは50歳で取得した。車を必要としなかったからである。運転はほとんどしなくなったが、いざ返上となると、自分のなにかをもぎ取られるような気分になる。70歳でマイカーも手放しているからこの際、返上するか。

 マイカーを捨てたあとは3回だけ運転した。一番の長時間はおととしの能登半島一周。金沢で借りたレンタカーで回った。もちろん免許を持ってない同乗者が助手席にいた。能登半島は学生時代から数回行っているお馴染みの場所だが、いつの間にか輪島駅がなくなって、道の駅の土産屋に変貌している。名所の棚田を見降ろす駐車場つき展望台があるが、ぼくはその景観よりもそこを上り下りして農作業をするひとたちの労苦を考えてしまう。

 農家の老人の腰の曲がり具合には独特のものがある。O脚が多く極端なひとはほとんど90度に腰から折れながら、上半身は反り気味で猫背はあまり見かけない。80になんなんとする知り合いの大学の講師が漏らしたことがある。「高校時代の同窓会がありましてね、わたしの好きだった女の子に会えると思うと発奮しましてね」と言ってつづけた。「一発やれるかなと期待していたんですが、農家特有の腰の曲がったばあさんで、萎えました」と。

 この講師は往時の美少女の状態のままで記憶が止まっていたのだ。ぼくの初恋は中学2年生のときで相手は内村妙子という農家の娘だった。当然、いま生きていれば腰の折れたばあさんだろうが、ぼくの頭にあるのはふっくらと愛くるしい少女だ。会っても、見てもいないからイメージはそこで止まったままである。講師のようにエッチ方面の想像力は働かないので、どうとも思わない。第一ぼくは、中学高校の同窓会にはまったく出席しない。

 過去も忘れがたいがより近未来に関心がある。車の免許をとったら、全国の海沿いを巡ろうと夢がふくらんだが、とうとう実現しなかった。井上靖に写真の手ほどきをしたニ村というひとは70をすぎてからも車でどこへでも行っていた。「カメラの機材は重くて車でないと持ち運びできないから」と。ぼくはカメラがデジタルになってからまず撮らなくなったが、ペン森生と車で各地へ出向いたフイルム写真は手提げ袋いっぱいに保管してある。

 ペン森をリタイアして自由の身になったら、ノートパソコン、小型のカメラ、できればムービーをリュックに詰めて、各駅停車で各地を回り紀行文かルポを書きたい。ノートパソコンはワード以外に添削に必要なのだ。添削に便利なソフトがあればいいのだが、いまのところその存在を知らない。ノートパソコンで受信してフォントを変えて添削できれば全国どこへ行こうと、旅先で返信して通信添削が可能になるはずだと期待しているのだが。

 あす早々とぼくの祝後期高齢の宴が開かれるが、75歳になるのは11月である。だから早々という表現になるのだが、まあ心機一転、先々の楽しみをいろいろ妄想してみようと思う。車の旅はあきらめたが、75歳になっても心だけは枯れとは縁のない生の男子だから、高貴高齢者ではなく好奇高齢者になるわけです。
 

スポンサーサイト
『秋刀魚の味』の年齢を超えて
 右の腰が痛い。ゴルフをしていた25年前、後半の16,17,18コースあたりから痛みを感じた部分にぶり返しがあるのかもしれない。ゴルフのときはやがて沈静したので、今回もそうであってほしい。おそらく土日、朝昼晩と後片づけの流し台に立つためか、不自然な姿勢で座り机の上のパソコンでDVDをみるせいではあるまいかと思う。流し台はすこし背が低い。座り机は逆に背が高く、座布団2枚を重ねているが右足を投げ出して座る。

 だから日曜日の夜はいつも左の腰が痛い。おとといはとくにひどかった。これはあきらかにDVDを3本みたからであろう。最近凝っている日活ポルノはたいてい早送りですますが、おとといは1本だけ名画をじっくり鑑賞した。小津安二郎の『秋刀魚の味』である。なぜこのような題名にしたのか見当もつかないが、ぼくは小津作品のなかではこれが一番好きだ。前にみたのがいつだったか、忘れるくらい前にみて筋書きはおぼろに憶えている。

 1962年の作品だから、ぼくが記者になった年だ。画面にでてくる団地、車、服装ファッションや街の風景と自分の往時とが重なって感傷的になっている状態に映画の中身がじんわりと複合した。中学を出て40年、旧友3人組が相集って日本酒を自分で注いで飲んでいる。そのうちの1人が若い娘みたいな嫁さんをもらっていることでからかわれる。「おい薬を使っているんだろ」と盛り上がる座談などはペン森下ネタ談議と変わらない。

昔の恩師、古文の先生を招いて一献傾けるが、この先生は嫁に行きそびれた娘と2人暮らし。「ぼくが便利に使いすぎたせいなんです」と嘆く。先生が「孤独です。ひとりぼっちです」と悲嘆にくれるあたりから、この映画のテーマが俄然顔をだしてくる。主人公にも娘がいて、弟と父親たる自分の身の回りを見てくれている。このままいったら、主人公も先生のようになる、と旧友たちも言う。娘には縁談が持ちかけられていて、嫁に行く。

老人の孤独は無縁社会の現代、ますますひどくなっている。小津は『東京物語』でも家族の縁と喪失を描いたが、『秋刀魚の味』には頻繁に団地の風景が出てきて、核家族の出現を暗示する。団地という集合住宅は都市に集中する労働力のための住宅だ。新しく登場した電気掃除機、冷蔵庫といった電化製品がようやく出回りはじめた1962年のころである。こうして日本は坂道を登りつめ、いま下り坂をどう下りようかと戸惑っている段階だ。

 ぼくは毎日上等?の焼酎お湯割りを愛飲しているが、『秋刀魚の味』にでてくるのは、銘柄不明の日本酒、サントリーの安いウィスキートリス、当時あこがれだったジョニ赤。出演者の初老のおじさんたちはよく飲むが、病気の話をいっさいしないのが現代とは大いに異なる。若い連中が「これはカラダにいい」などと気にしだしたのは80年をすぎてからだと思う。平均寿命が伸びるにつけ、清潔病が当然になり、賞味期限神話も定着した。

 腰を痛めると、ぼくは非常に困る。ローカル線利用は、椅子が固く尻と腰に響く。始発から終点まで乗る身にとっては、これがとりわけこたえる。8月長崎への旅を計画しているが北陸本線→山陰本線→鹿児島本線→長崎本線と各駅停車や急行を乗り継ぐのは無理かも。介護優しき女子でも同行してくれればいいけどね。

 


あいつだけは許せないのだ
 安倍首相の田中均元外務審議官のインタビュー発言に対する逆上気味の反応に首相の器かと疑問を呈するひとが多い。インタビューは6月12日の毎日新聞朝刊に掲載された。「国際会議などで、日本が極端な右傾化をしているという声が聞こえる」とか「飯島さんの訪朝がスタンドプレーだとは言わないが、そう見られてはいけない」などと皮肉った。安倍はFBで「彼に外交を語る資格はありません」と興奮をもろに出してののしった。

 一国の最高権力者が一民間人を名指しで非難するとは、と同じくFBで噛みついたのが民主党の細野豪志幹事長。田中は、現在は一民間人だが、小泉政権時のアジア大洋州局長として加わった訪朝団の一員。安倍は官房副長官として同道している。このとき、拉致被害者5人を北朝鮮に帰すべきと田中は主張したが安倍が覆した、と言う。「この時、田中氏の判断が通っていたら5人の被害者と子供たちはいまだに北朝鮮に閉じ込められていた」と。

 これは想像だが、安倍と田中のあいだには抜きがたい確執があったにちがいない。互いに不快に思う存在なのだ。だれしもあいつだけは許せないという相手がいるものだが、安倍にとっては田中がその一人なのだろう。でなければ11年前の話を持ち出して「外交官として決定的なミス」と断じるわけがない。あるいは安倍は案外執念深い性格から、けんか腰の狭量な言葉を投げかけたのだろうか。批判に対して免疫がないのかもしれない。

 国際的に日本が懸念されている右傾化にはなにも触れないで、一国の首相が批判者に対してもっぱら個人攻撃をする。これは怖いことだ。これでは異論を言う人間はいなくなる。ただでさえ内閣の支持率の高さゆえ、安倍のポチ現象が言われているのに、それに輪をかけるだけだ。田中は外務省在職中から亡国官僚と悪口を言われ、自宅に爆発物もしかけられたことがある。細野は一民間人にも表現の自由があると書いた。ぼくも同意する。

 ぼくは、「岸を倒せ!」のシュピレフコールデモ隊が国会を取り巻いた60年安保世代だ。岸とは、安倍の祖父岸信介。太平洋戦争開戦時の商工大臣でA級戦犯だったが釈放され、政治家となった。安倍の父親は元自民党幹事長の阿倍晋太郎。晋太郎は毎日の政治部記者で、現首相安倍を自民党代表選に出馬して総理をめざせと尻を叩いたのが、ぼくも顔見知りだった毎日政治部出身の三宅久之。毎日が安倍に甘いかというと、批判派に近いだろう。

 毎日はきのう20日の社説で書いていた。「首相らの言葉 著しく思慮欠く罪深さ」。高市早苗政調会長の「福島原発死亡者なし」と合わせての苦言である。おとといの夕刊でも論説委員の与良正男が「首相、器が小さいよ」というコラムを書いていた。原発の輸出に関しても記事や社説で疑義を投げかけている。でもこれが国民のパワーに昂揚するわけでもない。安倍の天敵と思われていた朝日だが、妙に仲良しの印象があって、気色がわるい。

 さて、23日は参院選の前哨戦の東京都議選。これまた困った。いったいだれに投票したい党がない。維新の会は橋下と慎太郎だけでなく大阪と東京が分裂含みの様相を呈している。外野から見るとこのけんかはおもしろいが、どちらも応援する気はまったく起きない。ひねくれのぼくは反原発・憲法改正反対の共産党に1票を投じるか。自民、民主も他の党も気乗りしないなあ。


 

怨念のNHKスペシャル『ガラスの巨塔』
文庫本になったら買おうと思っていたNHK内部をあからさまに描いている『ガラスの巨塔』が文庫化された。著者の元NHKエグゼクティブ・プロデューサー今井彰もツィッタ―で文庫になったとつぶやいている。今井はNHKの看板番組だった『プロジェクトX』を手がけたすご腕プロデューサーだったが、この本によるとNHK内部に渦巻く嫉妬で石もて追われるように去ってゆく。今井は激しい性格のようでいじめた元上司を容赦なく責める。

今井は「エビジョンイル」と言われた絶対権力者、海老沢勝二元会長に可愛がられたが、2004年当時不祥事続きのNHKがマスコミ批判の集中砲火を浴びた際、海老沢会長が
辞任すると今井への風当たりは一層強くなって、四面楚歌の状態になる。今井は渋谷で7300円の商品を万引きしたかどで逮捕されたが、そのことにも著書で触れている。この件は不起訴処分となったが、本人の文章を読む限り不起訴は当然と思える。

 ぼくは番組制作のことはよくわからないが、ずいぶん手間をかけるもんだと思った。番組でなくても事件事故の現場では、やたらNHKは記者、カメラマンを投入してくる。3・11大震災の際、津波の襲うさまを上空のヘリコプターから撮影した映像はさすがと感じ入ったが、大きな空港にはカメラマンを常駐させているのである。1世帯当たり年間約3万円の聴取料をもらっている手前、それくらいの金と人の使い方は責任上、当然だろう。

 この本はNHKを1企業として書いているが、NHKは法人税免除、事業予算は国会の承認を必要とする特殊法人である。国営放送というとNHKの人間はいや公共放送だと不愉快な顔をするが、国に首根っこを押さえられている関係もあって与党に弱い体質は否めない。
新聞はその点自由だが、放送は放送法によって律せられ新聞ほど自由ではない。新聞は論説委員がいるが放送局は論を張ってはいけないので、論説ではなく解説委員である。

 NHKの解説委員は50人という大人数。大手新聞論説委員の倍くらいの数だ。その解説委員で定年を迎えた友人に3・11後ばったり会ったら、「うちの会社では福島原発の批判はあまり扱えない」と立ち話で憤慨していた。扱っても視聴者の少ない深夜だと嘆いていた。知人のドキュメンタリー監督は「NHKは民放に比べると窮屈でかなわない、もうあそこでは仕事はしない」と切り捨てていた。うかがい知れぬ不自由さがあるのだろう。

 どこの会社にもそれなりの規律があるだろうが、どうも今井本を読むとNHKは度外れているようだ。エネルギーは外ではなく内へ向けて発揮され、それが怪文書や社内空気の汚濁に結びついている、と読める。だが権力争いや派閥暗闘には新人はまだ心配しなくてよい。だが社員1万人を超える巨大組織だ。同期同士の足の引っ張り合いはすさまじい、と聞く。少しでも目立ち、他人は目立たせないようにしよう、という作用が働くらしい。

 幻冬舎文庫の『ガラスの巨塔』は小説仕立てのドキュメンタリーだが、NHKの実像がよくわかる。読後が決して愉快ではない。NHK人間群像の憎悪や怨念やねたみや誹謗中傷や告げ口などの醜悪さが拡大されて目の前に提示されると、自分の内面にもそのような唾棄すべき心理が潜んでいるような暗示を受けておだやかではいられないのだ。

 

 

結婚内定もうれしいもの
 結婚についての質問に答えるのは気恥かしい。日本人の高齢男性はほとんどみんなそうではあるまいか。恋愛か出来あいか見合いか、いずれにしても赤面の過去だ。高齢者の結婚にはまだお見合い結婚という古典的な夫婦がいるのだ。ぼくらの場合は恋愛ということになるのだろうが、出来あいともいえる。出来あいは授かり婚と近年では言うらしいが、ぼくら夫婦は子どもを授かったのは結婚してからであるが、ことは事前に終えていた。

 ペン森の女子のなかには結婚まで処女は大切に守っていきたい、という古いタイプがこれまでけっこういた。童貞率と処女率は高いほうか低いほうかは知らないが、何人か童貞処女がいることはたしかである。ぼくに処女喪失の報告をした女子は3人いたが、これは報告すべきことかと首をひねったね。「ごめんなさい」と謝った女子さえいた。男子は黙って語らない。処女より童貞のほうが多いとぼくはみているのだが、童貞卒業報告ゼロ。

 ペン森生は21,2歳だから結婚まではまだ7,8年ある。童貞処女を早く捨てる必要もないが、晩婚化と少子化は気になる。最近、産めよ殖やせよ、の風潮が少し出てきた。社会の受け入れ態勢は不備のままである。簡単な話、20代の給料を増やして結婚しても生活できるようにすればいいのだ。アベノミクスの成長戦略で安倍首相は「10年後1人当たり150万円以上増やす」と言ったが、年収200万円が350万円にはならない。

 かつての池田首相のような所得倍増政策だとぬか喜びしたひとは喜び損。安倍首相は「国民総所得を150万円増やす」と言ったのであり、個人の所得が増えるわけではない。国民総所得(GNI)には企業のもうけも含まれるのだ。企業のもうけの蓄積は内部留保だが、内部留保は260兆円とも300兆円とも言われる。企業は非正規のアルバイト、契約社員、パートなどを増やしてもうけを内部留保に回してためこんでいるのだ。

 非正規社員は働くひとの3分の1を占め、年収は総じて低い。働くひとの4人に1人は年収200万円以下。いわゆる「ワーキングプア」である。「ワーキングプア」に最初に目をつけたNHKはなかなかのセンスでえらいと感心する。メディアが弱者や貧者に目を向けねば、世の中は悪くなる一方だろう。母子家庭や生活保護者やニ―トの若者に同情する報道をすれば、高給取りが正義ぶって、と皮肉る向きもあるが、報道しないよりはましだ。

 年収200万円では若者が結婚生活を送れるわけがない。ぼくは26歳で結婚したが、ぼく1人の収入で生活は営まれ、子ども2人もまかなえた。高度成長期とはいえ、子育てはいまよりも楽だった。いま暮らしはきつくなっているのが実感ではあるまいか。小泉政権時、上位富裕層の所得を増やせば下位の層を牽引して潤う、といわれたが、そんなことはなかった。アベノミクスも打ち上げ花火みたいだ。株の乱高下をみると先行き不安定。

 きょう14日、2期生に第2子が誕生した。おめでたい話だ。ペン森生もとくに11期以上に結婚して子をなしている者が多い。女子の娘からいきなり母性豊かな母親への急変ぶりは、まぶしくてじつにいいものだ。記者は男女とも転勤が多いが、いずれいっしょに住んで生活できる。採用内定もいいが、結婚内定の知らせもうれしいものです。

 


きょうは若返って還暦だ
いまぼくは東京都多摩市に住んでいるが、ここは新人記者時代の持ち場だった。まだ多摩村といい、木造の役場で村長は40代の奇人だった。その村長の家にも行って飲んだが、村長はトイレでオナニーをするのだと威張っていた。ぼくの現居住地は市の庁舎とは徒歩10分足らずの、旧多摩丘陵を開発した住宅地である。山野だったせいかどうかは分からないが、やたら野鳥が多い。鳥たちの鳴き声の騒がしさで朝目が覚めることがある。

ぼくは田舎育ちのくせに野鳥の名前や野草の名前に暗い。冬の庭にきていたメジロやヒヨドリは区別がつく。メジロは小学生のころ、トリモチで獲ったのをかごに入れて飼っていた。かごの上部のすき間からメジロの頭をつっついて血だらけにしたモズはその鋭い鳴き声もまだ耳になじんでいる。けさ、妻に最近頻繁に庭先に姿を見せるヒヨドリよりもちょっと大きめの鳥はなに?ときかれた。ムクドリと思うが自信がないないな、と答えた。

なぜそう判断したかというと、「ギャーギャー」というやたら騒々しい鳴き声を発している発声源ではないかと思うからだ。実際に鳴いているところは見たことがない。姿も声も判別できるのはヒバリ、スズメ、ツバメ、セキレイ、ハトくらいのものだ。きわめて限られている。空高く舞いながら澄んだ声を響かせていたヒバリは田舎にももう昔ほどはいないだろう。都会にも飛来して巣で子育てをしていたツバメも見かけなくなった。

 庭に植わっている金木犀ともっこくに野鳥はよく来て枝から枝へと飛びまわっている。ことしの初夏は下品なムクドリが騒いでいるくらいで、あとの野鳥は音信がなくなった。おととしまで近所の駐車場の内側に巣をつくっていたツバメも来なかった。スズメの数も減ったような気がする。路上で長い尾とともに尻をぴこぴこ上下動させ、ツツツと小刻みに歩いていたセキレイの愛くるしくもせわしない様子を見ることはとんとなくなった。

 近くの小川は護岸工事が盛んで、家庭排水が流れ込んで白い泡が浮いているが、鴨が飛来してよく遊んでいる。ぼくは足をひきずりながら、ゆっくりと散歩する。去年まで40分で完結できた遊歩道をいまでは1時間半もかける。途中で休憩をとるせいでもあるが、なにより歩くスピードが遅すぎる。早足にすると、自走して止まらなくなるおそれがあるから余計にゆっくりだ。自走して横転した手の傷がいっこうに治らない。復元力低下。

 小学唱歌や童謡のハーモニカ演奏のCDを折あらば部屋で流している。ぼくの子ども時代テレビはなく聴取はもっぱらラジオだけ。戦後まもないそのころ、亡母は童謡が好きでしきりに聴いていた。「みかんの花咲く丘」「故郷」「月の砂漠」「雨降りお月さん」といった曲だ。CDには26曲の童謡が収めてある。それを聴くともなく聴いていると、子ども時代のあれこれが蘇る。高齢者特有の記憶の底から過去がせりあがってくる郷愁病である。

本日は気分転換に真っ赤なポロシャツを着てきた。還暦のつもり。14,5歳若返った。肉体は言うことをきかないが、心持は若いよ。来たれかわゆい女子!6・29にぼくの後期高齢祝いと称するイベントがある。生前葬になるかもしれないから、みんな来てくれ!



日本社会も”個”が足りない
ザックジャパンの本田圭佑が「日本チームに足りないものは“個”だと思う」と言った。「チームワークは日本人だから自然に備わっている」という前提に立ったうえでの“個”である。要するに選手は自分の持ち味をだれにも遠慮することなくもっと発揮しろ、ということだろうが、このコメントはじつに意味深い。日本人は“和”の精神を大切にする国民性をもっている。第一、本田ほど自己主張が強かったら会社では有用されない。

 実力はあっても人間的にね、と評価されて社内のチームワークを乱す存在だとみられ、出世はむずかしい。日本社会では「おれが、おれが」と主張するタイプの出る杭は打たれるのである。農耕定着民族は狩猟民族とちがい、伝統的に一定の価値観の枠内で協力し合って共同で作業し、抜け駆けをすると村八分という、いじめに遭う。そのようないじめは村落共同体に根強くあったが、それは現代、学校共同体に引き継がれているようだ。

 小学校の運動会の50メートル走でみんな仲良くお手手つないでゴールイン、というばかばかしい平等主義が横行したことがあった。その経験をしたペン森生が小学生のときアメリカンスクールに転校したら、親も子もおれがおれがの競争心むきだしで思わずひいたという。われがちに獲物を獲り、原住民を銃で殺して開拓していったアメリカ人と日本人とは成りたちがちがう。銃の放棄は自己否定につながるから規制できないのがアメリカだ。

 昔の西部劇、たとえば『西部の男』をみると、アメリカ人はなんと野蛮な気質をもっているかと思う。日本人が概しておとなしいのは、ものいわずとも言おうとするところがわかる阿吽の呼吸があるからだろうが、最近は、男は黙ってではなにも通じないとぼくも妻からよく指摘される。それだけ仲間内だけの共同体は崩壊したということだろうし、世代間の感覚や意識の差も生じている。欧米人や欧米文化の流入も目を見張るばかりだ。

 50年前のぼくの大学時代に比べても外国人の数は飛躍的に増加している。逆に外国に行く日本人も多くなった。サッカーの日本代表チームだって、本田や香川や長友をはじめ主力選手は西欧チームの所属だ。サッカ―にかぎらず企業の進出や工場の展開も人材も世界的な交流が日常的になってきた。こういった流れのなかで、日本から抜け出せないままだと「ガラパゴス化」と悪口を言われる。しかし日本人的なものは容易に変化しない。

ペン森生も地方で長期間農業体験をしたりするが、最初はなかなか地域に受け入れられてもらえない。作文で自分たちはよそ者扱いされると嘆いている。日本にはまだまだよそ者警戒論があるようだ。早い話、採用試験の面接でも本田選手の言う“個”は異物扱いされるのがオチだ。それよりも協調性である。あくまでもチームワークに比重がかかっている。“個”が重視されるとすれば、みんなに好感がもたれる感じのいいタイプだ。

明るく万人に与える印象が感じのよい“個”が採用試験では有利である。本田のような煙たがられるのは上も下も歓迎しない。長友、長谷部、香川は内定組。日本企業は新卒一括採用にいつまでもこだわっていては「ガラパゴス化」の泥沼に陥る。多様な“個”を許容しなければ世界に伍していけなくなるばかりか、若者も納得しないだろう。



 



「憲法」の風向きが変わったぞ
 慶応大学の小林節教授は名だたる改憲派の憲法学者として知られる。そのごりごりの小林教授は安倍首相の悲願憲法改正の理解者と見られていたが、朝日紙上で憲法96条改正に難癖をつけたから驚いた。96条は改憲の国会発議の要件を衆参両院とも議員3分の2以上の賛成が必要で、国民投票で過半数を得なければならない。ご存じのとおり、まずはこのハードルの高さを低くして跳びやすくしようというのが安倍首相のもくろみである。

 首相は第一次安倍内閣時代、大腸炎で政権を投げ出す前に、改憲の手続きに必要な国民投票法を成立させている。今年7月21日投開票の参院選で自民党と同じく改憲党のみんなの党や日本維新の会と合わせて改憲に必要な議席を確保することもむずかしくないと思われていた。だがここにきて、橋下のあの発言とみんなの党との仲たがい、加えて株の乱高下と円安による高価格が招いた末端消費者への打撃という冷や水が浴びせられた。

 憲法改正には96条の改正から手をつけるべし、と安倍首相に知恵をつけたのは維新の会の橋下徹共同代表だといわれるが、真偽はわからない。だが橋下は弁護士でぼくが毎日曜日午後9時から見ていた日本テレビ「行列のできる法律相談所」のレギュラー回答者だったからなるほどと思う。意見をはっきり言う歯切れのいい、物おじしない多少生意気な若手の回答者。それがたぶん島田神助のアドバイスで政治の世界に足を踏み入れた。

 飛ぶ鳥を落とす勢いの橋下と安倍は自民党総裁選前から会合を重ねていたと伝えられた。当時から2人は教育問題や憲法では共通認識をもっていると見られていたのだ。大阪維新の会の維新八策には96条改正が掲げられている。首相の96条改憲の先には、もちろん戦争放棄をうたった9条を変えようとする意図がある。国民国家の構成条件のひとつに正規軍の常備があるが、自衛隊を国防軍に格上げして軍事力を強化しようというわけだ。

 ところが連立を組む公明党が考えを異にする。公明党は創価学会を母体とする反戦・平和の党である。学会の婦人部と青年部は平和運動に熱心。96条は9条改正への入り口だから、婦人部は戦争への道を開く9条改正には強く反対している。それが前のめりの首相の目の上のたんこぶとなっている。公明党の山口那津男代表も演説で「議論が成熟していないなかで96条だけを変えるのは国民になじまない」と言っている。あくまで慎重だ。

 ぼくは共産党に投票することはあるが、党員ではないから、機関紙『しんぶん赤旗』は購読してない。ところがなんということだ、この共産党の新聞のインタビューを自民党の元幹事長で重鎮の古賀誠が受けて、「96条改正は認めることはできない。絶対にやるべきではない」と答えたという。古賀は安倍嫌いの上に反戦平和志向者である。しかし、いまや自民党は安倍首相のポチばかり、党内の平和勢力が立ちあがっての論争や闘争はない。

 その自民党内のポチ化がこわい。いつか来た道へなだれ込む危険性をはらんでいる。このところ、小林教授の96条裏口入学論がきいたのか、アメリカ議会の右翼呼ばわりがこたえたのか、参院選に不利と見たのか、首相の改憲論はちょっとなりをひそめている感じがある。しかし寝たふりに騙されてはいけない。いまこそ日本人だけで310万人が死んだ太平洋戦争の戦記を読んで考えよう。




プロフィール

瀬下先生

Author:瀬下先生
FC2ブログへようこそ!





最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する