ペン森通信
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ペン森の底力を見よ
ぼくと同年齢の友人が突然訪ねてきた。東大で落語研究会に属していた話題豊富な雑談の名手である。ほとんどかれがしゃべったが、話題の中心は共通の友人たちの消息。かれは千葉県在住でもう決まった働き口はないが、定期券を購入しているそうだ。ぼくみたいにラフな格好ではなく、いかにも仕事をしているように見えるスーツ姿であった。「問題はどうやって時間をつぶすかだよ。上野動物園で2,3時間すごすことが多いね」と。

かれによると、働いている友人たちは雑誌の編集長のあとIT会社をつくって独立した東大出とぼくぐらいのものらしい。その東大出はいまや5,60人の社員を抱え「えらいもうかっているようだよ」。ぼくは年金生活者だがストレス皆無の快適生活者でもある。最近、疲れを感じるのは年齢からいって仕方ない。毎日切れ目なく焼酎のお湯割りを飲んで21:58の電車に乗り、ほぼ1時間かけて帰宅するから、疲労が蓄積しているのだろう。

朝は7時半起床、10:13分の電車を利用しているから、断然ゆっくりだ。けさも女子12楽坊のCDを聴いてから悠々と家を出た。このへんは快適生活者である。しかし、ぼくはペン森がなければ、朝の余裕は必ずしも快適とは限らないだろう。ペン森に出るという仕事が控えているから、生活のメリハリがある。もし、朝から夜まで出かける用事がなければ、だらっとした日々で、根が怠惰だからひたすら酒を飲んでいるだろう。

幸いなことにパチンコ、フ―ゾク、カラオケにはまったく関心も興味もない。酒と女子だけが関心と興味の対象だが、時間つぶしは、自由の利かない女子は除外して、酒だけということになる。学歴や業種や社長や用務員に関係なく、だれしも公平平等に老いはやってくる。避けられない。現役時代、大企業の役員の定年後を取材したら「駐車場で車の整理をしているひとがうらやましい。仕事があればなんでもいい」というひとがいた。

城山三郎に『毎日が日曜日』という小説があるが、定年をすぎてやることがなければ毎日が休日なのだ。ぼくはときどき開店直後のス―パーへいくが、なんと男性の高齢者が多いことか。列車に乗ってもひとり旅の初老男性が目につく。こっちは若者と連れだっている。ときには女子とふたり連れだってやる。大抵はペン森生だが、おれは恵まれた老人だなと自ら感心する。今週の土日は内定者の第2班と第1班と同じルートで伊豆へ行く。

冒頭の友人の父親は教師だった。「教え子によく誘われていたなあ」と羨ましがっていた。ペン森出身者には新聞記者が多い。署名記事でよく名前を見る。きのうの朝日社会面の「ルポルタージュ現代」は2期生だし、特派員も日経トルコに7期生、毎日北京に1期生。先日は朝日経済面に10期・12期の女子2人が連名で書いていた。きのうは紀行文を書くという12期女子が相談に来た。10期女子が出した『美肌温泉』も刺激になったらしい。

書名記事を読んだり、本を出したりしてくれると、ペン森の底力を感じて、じつにうれしい。学校の先生とちがって、ぼくは独特の人生の味を味わっているのでは、と思う。ペン森をやめたら自宅でPCを使った添削教室を開いても悪くないなと思案しているこのごろだ。添削用のいいソフトがあったら教えてちょうだい。



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新聞の役割は終わったか
週刊ダイヤモンド』の経済ニュースを疑え!(5月25日号)が気になって買った。「スクープの裏側「誤報のカラクリ」「“売買”されるニュース」「ニュースの未来」といった記事よりも「高まるメディア不信 報道スタンス全網羅」という図表と解説にまず目をひかれた。とくにNHK放送文化研究所調査の世代別の新聞購読率が示す未来予測に照らして考えると、ペン森の受講生が減少するはずだと思わざるをえなかった。

なにしろ、新聞購読率は10代7%、20代13%、30代23%にすぎず、かくも新聞離れは深刻である。ペン森の受講生は20代だから13%のうちから数人が来ていることになる。解説記事にいう。「あらゆる情報が瞬時に駆け巡るインターネット上には、大手メディアが情報を一部しか報じてないと疑問視するコメントが数え切れないほど並ぶ。(略)
既存の大手メディアに対する信頼が失墜したと指摘される機会も増えた」

 信頼失墜は、「続出する誤報などの質の劣化や、過剰に保護されたメディア企業自体の既得権益化」があると解説は付け加える。既得権益化とは新聞社、テレビ局の系列化をはじめ新聞、雑誌の再販制度(他商品ではない定価販売の義務づけ)やテレビ局の免許制(新規参入しにくい)などだ。企業自体のハレンチ的な劣化もある。日経社長の特定女子社員の愛人とか共同通信人事部長の女子受験生ホテル誘いセックス強要などである。

 共同は人事部長をくびにしたが、日経は社長個人のスキャンダルなのに会社がそれを暴いた週刊誌に提訴の姿勢を見せ、上層部の劣化現象ははなはだしい。社長をいさめるどころか、逆にとりいった。これじゃ過酷な労働にあえぐ記者は、腹も立つし恥ずかしくてたまらない。とりわけ企業広報やニュースリリースに依存しがちな日経記者は牙を失って、上の不始末にも目をつぶるような記者らしくない体質になっているのかもしれない。

 『ダイヤモンド』の記事でぼくが一番身をいれたのが「ニュースの未来」だった。203X年の近未来メディア予測 記者は疲弊し報道の質は低下、と副題にある。日本に2社となった大手新聞社で働いている記者は、人間の行動を分析するリストバンド型の情報端末を手首に巻いている。この記事自体、大手新聞社の記者が副業で書いたような匂いがするが、203X年の読者がどの程度減少したか、さらに地方紙のことは全然触れてない。

 楽しみにしながら目を通したのだが、読むべきところは自動記事作成システムと自動ニュース編集サービスという技術進歩のくだりだけ。要するにグーグルやヤフーの時代に移行してゆくということだ。日経の営業にいて、新聞に見切りをつけてグーグルに転じたペン森生がいたが、先見の明があったかもしれない。ぼくは、新聞は惰性で読んでいるようなところがある。毎朝配達してくれるそのありがたさに内心、いつも感謝している。

 ホリエモンのインタビューも掲載されている。「新聞は…オールドメディア過ぎて…」という感想だが「過ぎて…」の…は「もういらない」と読める。しかし、独特の販売店制度があり、新聞の家庭における日用品化、すなわち文化性と民主主義を促した役割は憶えていてもよい。

もう一度燃えさかりたい
 このところ、土日の休みを待ち焦がれるようになった。3年くらい前まではまったくその逆で、土日はうちでペン森に行きたくてうずうずしていた。今日は金曜日、あした土曜日の休日だと思うと、じつにうれしい。近々、土曜日にランチをしましょうという声がかかっているが、これは楽しく話をするだけなので、楽しみな休みの一環となる。結婚披露宴も気重になることはなく、これもいそいそと出かけるから、内心は歓迎している。

 ペン森で作文の添削をすることはいまでも重荷ではないが、作文を読む愉悦は減じた。前は、あの子は、きょうはどんな内容を見せてくれるのだろうというワクワク感が少なくなった、とでも言おうか。内面の興奮がなくなってきたのだ。それは学生の作文力の低下というよりも、ぼく自身の感受性が鈍化しているからだろう。要するに老化してきたのだ。手の指先も確実に指紋が薄くなって、茶碗を手にすると滑りやすい。

 このような摩耗現象は回復できないように思う。精神的にもねばりがなくなったようだ。
この間、MRI検査を受けたが、20分間ただじっとベッドに固定されている状態はじつに耐えがたかった。たとえば地震で閉じ込められたら、ぼくは半日も持ちこたえることはできないかもしれない。横山秀夫の『64』を最後まで読み切ったひとはえらい。ぼくは半分読んで挫折した。長編は敬遠、最近は向田邦子や藤沢周平や山本周五郎の短編の再読だ。

 ただ、きのうは船橋洋一の大宅賞受賞『カウントダウン・メルトダウン』の上下を買った。ずっしりと重い長尺ものだが、意外に読みやすい。ほとんどワンセンテンスごとに改行してあるからである。野坂昭如や開高健のように句点までが長く、ページにみっしりと字が埋まっていないから船橋作品は粘着性を失った老人にも読みやすい。若い人は知らないだろうがだいぶ前に亡くなった『黒の試走車』の梶山季之みたいに改行だらけである。

 あすの土曜日もうちでDVDをみることになるだろうが、DVDもたいてい早送りだ。きのうは『ヨーク軍曹』とナチの『強制収容所』各500円を仕入れたが、『強制収容所』はドキュメンタリーだから、『ヒトラーの犯罪』でもみた実写が頻繁に出てくるにちがいない。数少ない実写の使いまわしだろう。見たような映像が出てきたら、これも早送りになるが、20年前に目にしたアウシュビッツの記憶の上塗りにしたい。記憶持続道具としてのDVD。

 で、ぼくが短気になったかというとそうではない。あまり腹も立たなくなった。酒とも気長に付き合っている。嗜好品とはいえ焼酎から日本酒やビールに回帰することはあるまい。女子も好きな子は変わりなく好きだ。浮気をしてもそれは、酒の好みの変化と同じで、一人の対象に熱中する期間は長い。でもぼくの先はもう知れている。肉体もいちじるしく衰え、精神の保ちも悪くなったのだから、勾配のきつい急坂を下っているわけだ。

 ローソクの灯もまさに消えようとする瞬間、最後にひとさかり燃える。ぼくの人生もこうありたいね。燃える相手はこれまでのように20代前半だよ、と贅沢は言うまい。でも20代がいい。このまま摩耗して消えゆくのではなく、もう一回燃えてみたいのよ。

 


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生きているることが夢のような
 18期生の内定した男子3人と計4人で伊豆高原のコテージに19,20日1泊の小さな旅をしてきた。6月は8,9日に女子とまったく同じところで待ち合わせ、同じ昼食を楽しみ同じコテージに宿泊する。男子組は前日の19日、うち一人が寝技中心の旧帝大柔道の伝統を守っている東大柔道部の出身者である。かれの希望で三島市の井上靖文学館へも足を伸ばした。井上は金沢の第四高等学校に学んで京大に進むが、文学と柔道に明けくれた。

 井上靖文学館では井上の代表作のひとつ『天平の甍』の展示をやっていた。三島のこの地はこれまた代表作のひとつ『あすなろ物語』とゆかりの地である。井上は幼少期伊豆の湯ヶ島、中学時代の三島、沼津、高校時代の金沢を転々とする。これは自伝三部作『白番場』『夏草冬濤』『北の海』にくわしい。井上の作品は幅広く、山脈にたとえられるが、ぼくはシルクロード西域もの『蒼き狼』『楼蘭』と歴史小説『おろしや国酔夢譚』が好きだ。

 ぼくは内定者たちに『おろしや国酔夢譚』を読めと勧めておいた。これは吉村昭の『大国屋光太夫』と同じ素材だから比べてみると一層おもしろいだろう。これを歴史小説の範疇に入れるには、いささか違和感があるが、漂流ものするのはもっと違和感がある。言ってみればロシア ものだ。東大柔道部出のかれは管内で販売していた文庫本を何冊か購入したが、「おろしや国酔夢譚」は手にしてなかった。『天平の甍』も購入したようだ。

『天平の甍』は日本の奈良時代、中国では唐の時代を背景に描き、第九次遣唐使が鑑真和上にようやく訪ねつき、鑑真が日本渡航を5度失敗して6度目に成功して、日本に根付く様子を書いている。鑑真は75歳で没するが、当時は数えの年齢だからちょうどぼくと同じ歳まで生きたことになる。ぼくは75歳で死亡する予定ではないが、ペン森卒業生たちが75歳後期高齢者入りを祝って6月29日土曜日に大パーティーを開催してくれる。

この年齢になってパーティーの主役になるのを生の区切りに受け止めて、自分では生前葬になるのではないかと喜んでいる。生きているうちに生かしてくれたひとたちに一言、お礼を言っておきたい。なお生き続けるとすれば、第一回告別式にして、次を第二回にすればすむ。いま憲法改訂や右傾がらみで戦記もの『父たちの戦記』を読んで戦争と生を考えているが、ぼくの前の世代はなんとと戦地で餓死病死をしたひとが多かったことだろう。

戦争末期のころ国民小学校1年生だったし、校舎は兵隊に占領されていたから、戦争の非人間性はかすかにわかる。憲法を変えれば、即戦争に結びつくものではないが、先の戦争の実相を知っておくことは無駄なことではない。ぼくは戦後の世代に属するが、こんなに恵まれた日本人は歴史上、いただろうかと思う。ずっと平和だった。いま日本には平和ですごしてきた後ろめたさみたいな空気があるように感じる。平和でどこが悪いんだ。

 奈良時代中国へ船で渡る派唐使は決死の覚悟だったが、それに比べて現代では、と恵まれた文明に感謝したい。夏は現役時代いい原爆記事が書けなかった長崎行きを考えている。行っておきたいところに生きているうちに、という気持ちもつよい。大災害を別にして、戦争もなく人生を逆算して考え計画することができる現代人は、夢のような時代に生きている。

記者を辞めるか、辞めないか
就活女子学生をホテルに連れ込んだ「大手マスコミ」人事部長の名前、という広告コピーにひかれて思わず週刊文春を買った。どこの新聞社だろうか、あるいはテレビ局かと興味津津でページを開くと、それは共同通信だった。ぼくの出身母体の新聞社かもと、まさかと思いつつも一抹の不安がかすめたが、このところ不祥事の目立つ共同だった。共同はペン森生にも人気があり、これまで30人が記者になっている。ことしも2人内定した。

 文春によると、人事部長は52歳の男ざかり。企業説明会で知り合った女子学生を「作文を添削してあげるよ」と言って呼び出した。男のぼくから見て、下心丸見えだが、目をつけられた女子学生は気の毒。終電の時間がすぎて、人事部長は「ホテルをとってあげる」と言って誘い、いっしょに部屋にまで入り込み関係を迫ってきた。人事部長の職にある者が作文を見てあげると個別指導をするのは、便宜供与にあたるが、共同の処分はうやむや。

 ことし共同では他社の試験と重ならないよう時間をずらして受験することが許された別枠の学生もいたらしい。ペン森の受験者にはそういう特別枠の待遇を受けた者はいなかった。この公平性を欠く入社試験はゆゆしき問題だ。入社試験をやり直してもおかしくはない。共同に入ったペン森生から聞くに、共同は昨年の大分女児死体遺棄事件での写真取り違えからチエックが厳しくなったらしい。一方で、全体にゆるすぎる社風、とも評される。

 以前、知り合いの共同常務と話したことがある。「おたくの入社試験はいいですね。作文を1日3本書かせる。これは力の有無がはっきり出ますね」「いやあ、おほめいただいて恐縮です。あれは私が考えたんですよ」「そうなんですか。ほんとに素晴らしい選考方法だと思いますよ」。作文1日3本がどうしてなくなったのか知らない。おそらく採点する記者の余力がないか、記者をそれほど信用してないかだろう。読めない記者もいるからね。

 あるいは、筆記試験よりも面接重視で採用してから鍛えればよい、と考えはじめた可能性もある。マスコミはそれ自体が壮大な教育機関という側面があった。いまでもそのような気風は残っていて、出身大学によって内定が左右されることは少ない業種だろう。東大だからと言って、内定に近いわけではない。大学よりも教育機関たる自分のほうの実力を大事にしていた。ところが入社して辞める記者が続出してプライドがずたずたになった。

 きのう16日のNHKクローズアップ現代で新人警察官の1割が辞めると言っていた。あんたのところはどうよ、とまぜっ返したくなったが、NHKも必ずしも社内風土は健やかではないようだ。それはNHKならずとも、記者という仕事につきまとう厳しさによって形成される。NHKも共同も朝日も読売も記者は自社のために働いているのではない。読者や視聴者の負託に応えるという責任感が第一である。その認識がどんどん希薄になってゆく。

 さて、ぼくは作文添削をした女子学生と来月、同宿するが迫ることはない。愛ふたたびはない、たぶん。最近は介護頼みで力の強い男子といっしょに行く機会もふえたが、男ざかりが遠い過去になったぼくは、かわいい女子とふたり連れのほうが気持ちは休まる。夜の酒もうまい。解放されて負託のない身は、楽です。何十年もかかったけど。

社会主義日本は幸福だった
10年近く前に出した作文の題に「自由と民主」というのがあった。自由は競争、民主は平等だと言い添えたことを憶えているひともいるだろう。戦後の日本は民主に寄りかかった自民党政治がつづいた。ぼくは経済学にも経済にも疎いが、供給側に立った市場原理の新自由主義は小泉純一郎内閣のときに採りいれられ、比重を増した。この内閣が格差を拡大させた、いうのが定説となったようだ。このときから不平等がはっきり見えはじめた。

 不平等はもちろん富を分配される側、需要者の不平等である。戦後の日本は長い間、社長と新入社員の給料が13倍の差しかない平等社会だった。富の分配が平等に行きわたっていた民主社会だった。自民党政治もなかなか弱者への目配りがきいていたのだ。ところが世界は国境が低くなり大量のヒト、モノ、カネ、情報が行きかうようになり、同時にアジア経済の台頭である。日本がその対応に忙しくなる過程で、強者と弱者が色分けされた。

 ワーキングプア、非正規労働者、契約社員、年金老人、生活保護家庭などは弱者に入る。
ぼくは紛れもない年金老人だが、これまでの戦後民主社会の恩恵にひたってきて、マイホームを建てることもできた。あと半年すると75歳になり、自嘲的な表現をすれば後期高齢者の仲間入りをする。あと何年生きているかわからないが、この年にして将来不安はぬぐいきれない。自分自身のことに限定すれば1に健康不安、2に経済不安である。

 ついきのう13日に血液採取と頭のMRI撮影をしたばかりだが、すべからく無事健康というわけにはいくまい。左足の弾力のなさからして、ちょぼちょぼと脳梗塞は発生中であろうし、肝臓の劣化は背中のブツブツとなって現れた。結果によっては酒の制限があるにちがいない。そうすると、ぼくの楽しみは旅のみとなるが、これは旅費・宿泊費が必要だ。ここで、年金老人はたくわえがないことに震えてしまうのである。

 母の日に名称が変わったが、振り込め詐欺の被害老人たちはなんと金持ちだろうと思う。負債を含む個人資産140兆円の半分は60歳以上の高齢者が抱え込んでいるというし、老人にも金持ちはいるのだ。アメリカの上位1%の所得は全体の20%というからこれはすごいが。それに比べれば、ぼくがペン森というライフワークに投じた2000万円は微々たるものだ。むしろライフワークを持っている幸せの価値は計りしれない、と威張りたい。

 このライフワークから派生した幸せには旅友の男子は当然、女子もいることが含まれる。ぼくのような年金老人はほかに何人もはいないだろう。背後に国民皆年金、皆保険という民主平等の社会主義日本が支えてきたから、幸福の享受が可能なのである。いやしくもペン森出身のジャーナリストたちは、社会補償費という老人医療費が年1兆円かかるとはいっても、皆保険、皆年金の崩壊を防ぐためにペンで戦ってくれるだろう。

それは自分の将来のためだし、子孫のためでもある。戦後築いたこのダムが壊滅したら、日本の先行きはさらに細くなる。ぼくが好きなことに没頭できたのは戦後社会主義のおかげ。保険による健康と老人を大切に扱う金があったからだ。健康が心配だが、これから1日でも長く好きなことをやってすごしたいもんだ。

浮かれて解体する日本国
あの有名な論客、内田樹が朝日のオピニオン欄に8日「壊れゆく日本という国」という題の一文を寄せていた。見出しは左右に1本ずつあり右は「『企業利益は国の利益』国民に犠牲を迫る詭弁 政権与党が後押し」、もう1本の左は「国民国家の末期を 官僚もメディアも うれしげに見ている」。先週、毎日の夕刊に内田の「アベノミクスは日本全体を株式会社にしようとしている」という短いコラムが載っていたが、その詳細を知る寄稿である。

内田は断言する。「国民国家としての日本」が解体過程に入った、と。国民国家という統治システムは国際政治の基本単位である。それがいま、ゆっくりとしかし確実に解体局面に入っている、という。TPP参加も解体現象の一つかもしれない。ぼくは、TPPは江戸から明治にかけての開国と同じだと考え、賛成の立場だったが、安倍政権の極端な日米同盟優先主義に待てよと考え直し、じつは中国包囲網の安全保障論と聞いて疑念がわいた。

元大蔵官僚の榊原英資が月刊文藝春秋5月号で反対論をぶちあげていたが、その影響もあって、反対派に鞍替えしたのである。榊原は、安倍総理は日米関係重視に偏り、バスに乗り遅れるなと飛び乗った。日本から要求するものは自動車の関税引き下げくらいで、ほとんどなにもない、これは将来に禍根を残す、と言い切っている。安倍の日米同盟重視に憤慨しているのだ。その安倍は米議会報告で「強硬なナショナリスト」と懸念されている。

内田によると、政府が「国民以外のもの」の利害を国民よりも優先するようになってきた。「国民以外のもの」とは、端的にはグローバル企業のことである。起業したのは日本国内で、創業者は日本人であるが、いまでは株主も経営者も従業員も多国籍であり生産拠点も国内に限定されない「無国籍企業」のことである。すべては国際競争に生き残るためである。なるほど、トヨタやソニーだけでなく、ゼネコンもコンビニもユニクロもそうだ

国際競争力のある企業を支援するために国民は低賃金を受け容れ、地域経済の崩壊を受け容れ、英語の社内公用語化を受け容れ、サービス残業を受け容れ、消費増税を受け容れ、TPPによる農林水産業の壊滅を受け容れ、原発再稼働を受け容れるべきだ、と。マスコミ入社試験のGDテーマにしてもいい項目が並んでいるが、国際競争力はそれほど錦の御旗かと、内田に共感したい。日本に蔓延する息苦しさの遠因は国際競争力かもしれない。

国際競争力というスローガンが国民的一体感を醸成しているが、ぼくは競争力と聞いただけで息苦しい。安倍の中韓に対する歴史認識上の挑発は相手から見れば北朝鮮なみだろうが、これも結果として国民的一体感に結びつくのだろう。内田は言う。「私たちの国では、国民国家の解体を推し進める人たちが政権の要路にあって国政の舵を取っている」。親米路線が即日本の解体に直結はするまいが、年間100万人の人口減日本は微妙に壊れゆく。

自給自足をしてなんの不満もなく暮らしているひとたちは、精神的に豊かでも市場経済の尺度では貧窮の民である。日本はあり余るほど豊かで、村上龍の言を借りると、なんでも手に入るが希望だけがない。内田は、日本の政権与党は米国の超富裕層の資産を増大させることに政治生命をかけているとも指摘する。株だの円安だの、ぼくら年金生活者の100円ショップ愛好者には迷惑だ。浮かれすぎじゃないの。

老いて果たせぬ夢あり
 まったく夢のようにGWは過ぎ去った。なにをしたかというと、CDが聴けるラジオを2980円で買って、元ちとせと女子12楽坊のCDを聴いただけ。元ちとせは昨年奄美大島で求めたものだが、女子12楽坊はどこで仕入れたものかとんと記憶にない。それが本棚にあったのだ。車を運転していたときはちあきなおみと谷村新司のテープを聴きながらハンドルを握っていたはずだが、あるいはその車はCDも流せたのだろうか。

 どうやらCD機能つきの車だったらしい。その証拠に日本歌曲の演奏曲は美空ヒバリの歌で耳になじんだものだ。女子12楽坊も盛んに聴いていたと思われるが、そのへんの憶えはあまりない。女子12楽坊がいまどうしているのか、解散したのか、メンバーを入れ替えて中国で健在なのか。ぼくのCDは彼女たちが紅白にでた初期のメンバーによる演奏のように感じる。静かな水面をさやかに渡る5月の風のような演奏はそのままだ。

 夢のように過ぎたGWと同じように人生も過ぎてゆくのだろうと思う。人間はだれしも生命を得たときから死に向かっているが、そのことを日常意識することはない。ところがGWのように家にいることが多いと、ついつい過去を追憶してしまい、昔の思い出と亡くなったひとの多さに自分の未来をかぶせて考え込んでしまう。昨夜はテレビがなにかの都合でみることができなかったので、時間をもてあましてつい追憶にひたってしまった。

 田舎の道を歩いていると、まるで人っ気はないのにテレビの音だけが風に乗って届いててくることがある。ぼくはテレビがいかに高齢者を慰めているかを深く思ったことはなかったが、テレビがなければ孤独に耐えられない老人もさぞかし多いと察する。NHKはよく地方向けの番組を流すが、国民のNHKのこれはひと助けだ。仮に民放だけがあってNHKがなかった場合、はたして日本は世界一級の長寿国になっただろうか。

 テレビと日本人の長寿との関係を調べた学者はいないのだろうか。テレビに話しかける独居老人がいるときいたことがある。観なくてもただ点けているだけでいい、という話はよく聞くところだ。NHKはNHKスペシャルにはいつも脱帽だが、火曜日ゴールデンの歌謡曲番組ももしかして大変な効用があるのかもしれない。歌謡曲だけのこの番組は当然、田舎向けだ。若いペン森生はこれに聴きほれる様子は全然なく無関心である。

 歌謡曲や唱歌で育ったのはぼくら高齢者世代であって、若者はもっと異なるジャンルの音楽を聴いている。いっしょに旅をする孫娘は列車の中でずっとレシーバーを耳に当て音楽を聴いている。どんな音楽かは知らない。歌は世につれ世は歌につれ、という言葉は現代に通じるのだろうか。女子12楽坊をすらいまの若い世代は知っていない。それほど世の流れは急だ。なにごともあっという間に陳腐化し、過去のものになる。

 辞世の書を読むと人生は夢のようだった、と振り返るひとが多い。ぼくも夢のようだった、と過去をしのぶ年齢だが、まだはたしてない夢がある。第一、新装なった東京駅や渋谷もしっかり見てない。東京駅や渋谷で女子とデートをしてみたいね。

猪瀬発言はオバタリアンと同類
「それ見たことか」とか「ざまぁ見やがれ」と内心でほくそえんだひともいたにちがいない。2020年オリンピック・パラリンピック招致のライバル、トルコのイスタンブールを「イスラム教国は互いにけんかしている」と批判した猪瀬直樹都知事のことである。風圧の強さに猪瀬は、発言を撤回しておわびしたが、これははいそれまでよ、ということにはなるまい。仮に9月に開催地がイスタンブールに決まれば発言はむしかえされる。

いくら撤回してもインタビューしたニューヨーク・タイムズに記事は残る。猪瀬によると、記事はインタビュー後の雑談での感想だったと伝えられるが、猪瀬に同情する声は聞かれない。それほど猪瀬は周囲の人から好感をもたれてはいない。ぼくは直接話したことはないが、傲岸不遜、編集者いじめで知られるお山の大将である。あんな男に権力をもたせたらどうなるか、投票した都民はその人柄を知るまいと憤慨するひとも多い。

ぼくはこの発言を知ったとき、ひと昔前に非難された「オバタリアン」を想起した。電車の中でわがもの顔にふるまうおばさんが集中砲火をあびた、あの現象である。家庭が自分を中心に回っていることからくる「お山の大将」ぶりを、公共の場たる社会に持ち込んでとくに男たちから非難ごうごうとなったのだが、その後おばさんが態度を変えたたような気配はない。社会が寛容にも容認したか、そのずうずうしさにあきらめたかだろう。

もちろんそのときも、男たちが声をそろえて非難した根城は酒場であった。直接、かみさんに意見をする男はあまりいなかっただろう。怖くて言えない。おばさんたちの反撃に臆してか、メディアもおおむね口を拭っていた。集中砲火は飲み屋で盛り上がり、やがて消えて行った。だが猪瀬は公的な立場で言った。最初「真意が正しく伝わってない」と逃げたが、「記事には完全な自信がある」というニューヨーク・タイムズの反論に降参した。

インタビューは相手がメモ帳をとじたときに終了したのではない。記者は大抵、一見インタビューが終わったその直後に相手が本音をもらすことを知っている。わざとメモ帳を閉じるというずるい方法を実行する場合も少なくない。猪瀬の場合、インタビューはこちらから申し込み、通訳も同道して記録していた。当然である。もちろんニューヨーク・タイムズ側も日本語の達者な記者2人がインタビューした。録音もしていたはずだ。

この猪瀬発言についての報道は、これがオリンピック東京誘致の瑕疵にならなければいい、という論調である。メディアはいつのまにか東京誘致について国民がこぞって歓迎しているかのような空気に染まっていた。このようにして反対は非国民扱いされる風潮が醸成されてゆくのだろう。では、大地震が来たらどうする。いつ来るかもわからないと言っているのだから、とてもじゃないが近未来も安心安全な開催地とは言えない。

改めて言葉の大切さを強調したのは、ほかならぬ猪瀬そのひとである。前の都知事の暴言もひどかったが、その個性はひろく行きわたっていて、またかというくらい、ひとはあまり気にもしなかった。猪瀬ははその前知事の大物ぶりをアメリカで気取ってみたかったのだろうか。




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