ペン森通信
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ちあきなおみよ、もう一度
連休中は29日に用ができた。夜だけペン森に出る。1,2,3日は昼間から出るが、果たして何人来るだろうか。常連のメンバーは共同、朝日、日経、読売、NHK、静岡新聞と内定しているので、まだ内定をもらってないほんの数人のうちきそうなのは1人か2人。夏試験向けが加わっても3、4人か。さびしい連休になりそうだからTSUTAYAでDVDでも借りてペン森のテレビでみるか。あす27日が連休初日とすれば、DVD探しが仕事。

 新しい映画よりも古い映画に魅力を感じるのは、若い感覚についていけなくなっているからだろう。昨夜のNHK『クローズアップ現代』で大島渚をクローズアップしていた。大島は好きでも嫌いでもない監督だが、『愛のコリーダ』だけは印象に残る。セックスの本番を演じる性描写が生々しく、日本では上映禁止になったが、上映先のフランスまでおばさんたちがツアーを組んで観に行ったことが話題になった。おばさんには羞恥心がない。

 番組の全編を通じて大島は社会の不条理に対して怒りを持っていた、それがエネルギー源になっていたと述べていたが、『愛のコリーダ』のどこに怒りが爆発しているのかぼくにはわからない。カラーが美しかった『御法度』は新選組を男色の視点で描いているが、ビートたけしは絶妙の演技を披露したものの、あまりの造作場面にちょっと辟易した。時代劇でもやはり山田洋二の『たそがれ清兵衛』のようなリアリズムがぼくの好みだ。

 前衛的なものに同調できないのは好みというより、年齢のせいかもしれない。帰りに改札を出るとパチンコ屋の上階にカラオケ店があるらしく、エレベーターの出入口の前にデモ用のテレビ画面が設置してあり、カラオケの声が流れる。鼻にかかった舌足らずの声で若い男たちが、ぼくのまったく知らない歌を歌っている。それが新しい曲なのだろうが、
昭和歌謡曲世代は気色悪くて耳をふさぐ。歌謡曲が流れていたことは一度もない。

 田端義夫が亡くなったというニュースにびっくりした。えっ、まだ生きていたのか、と。
藤山一郎、岡晴夫、東海林太郎、笠置シズ子、美空ひばりがテレビではなくラジオから聞こえてきた時代の歌手だ。テレビ時代になっても田端はギターを胸に引きつけるように抱えて「オッス」と威勢よく登場した。敗戦直後、外地にいた660万人が引き揚げ船で日本にたどり着くとき、船内でも駅でも田端の『かえり船』が流されていて、みな涙した。

 田端の歌では『島唄』が一番好きだが、歌謡曲でなにが好きかと問われれば、これはもういあきなおみの『喝采』だ。車を運転していたころ、なおみの「カセット歌集」を積み込んでいつも『喝采』を聴いていた。しかし、これは全然歌えない。なおみは92年に55歳の夫を肺がんで亡くして以来、歌うことをやめ、芸能界はもちろん世間からも身をひいてしまった。この愛の深さ。なおみのカセットの広告は新聞の一面広告でよく目にする。

 そんなことはないだろうが、もしなおみが現役復帰したら大変な騒ぎになるだろう。リサイタルでもあったら、ぼくも券を入手したい。松任谷由美のリサイタルに行った以来の体験になる。GWはCDを聴くというすごし方もあった。
 

 

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相手の気持ちになるということとは
あまりに背中がかゆいので、たまらず皮膚科に行った。久しぶりですね、と互いにあいさつを交わし、中年の女医に背中がかゆいと症状を訴え、上着をめくって背中を見せた。一言「お酒を飲みますね」「うん、切れ目なしに」「肝臓が悪いと言われたことがあるでしょ」。かゆみのブツブツは体の内側からきているらしい。いつごろからかゆくなったのか、とも聞かれた。1カ月前から朝と夜、孫の手を差し入れて搔いているのでそのころからだ。

 待合室でけっこう待たされた。さっき駅の売店で買った週刊現代を開くと後ろグラビアページにカラーの袋とじが2つもあった。「史上初女性器の『検定試験』」と「後藤理沙 ベッドシーンを独占初公開」。同じ後ろグラビアでは新体操美人選手の大開脚ポーズが9ページにわたって展開されているが、そのへんはあとでペン森に着いてからじっくり鑑賞するとしてさっと流し、両隣のおばさんの目を気にして活字ページをめくる。

 古賀茂明の連載コラムを読みはじめる。「国際社会を仕切るのは、基本的には戦勝国であり国連安保理における拒否権を持つ5大国(米、ロ、中、英、仏)である。5大国以外は核保有は許されず、それに反する行動をとる国は国際法違反のならず者である。ならず者には国際社会が一致して制裁を与えることにより、その国を矯正しなければならない。それが世界の常識である」と世界の常識の説明から経産省元異色官僚ははじめる。

 次いで金正恩の理屈を推測する。「北朝鮮も米国も平等に主権国家である。アメリカが核を持つ権利を有し、北朝鮮にその権利がないのは不公平だ。米国は、何の根拠もなくイラクのフセイン政権を倒した。いつ北朝鮮を攻撃するかわからないならず者だ。ならず者に対する正当防衛の手段として核を持つのは当然だ。インド、パキスタン、イスラエルも持っている。北朝鮮に核放棄を求めるなら米国も核を放棄せよ」。なるほどだね。

 相手の気持ちになって考えることが大切だ、とよくいうけど、金正恩の気持ちになって考えた日本人は何人いるのだろう。ただ声高に非難するだけではなにも進展しない。このままだと北朝鮮は国際社会が核保有国として認めるまでがんばるつもりだろう。あるいはオバマ大統領もイラクをめちゃくちゃにしたブッシュ並みに北朝鮮をつぶしにかかり、B5やB52の最新鋭機を投じて地下に食い入る爆弾で一夜にして撃滅するかもしれない。

 金正恩は「米国領土に届くミサイルにいずれ核爆弾を搭載できる」といった意味の脅しをしている。米国はブッシュ大統領時代に実際、アメリカが脅威を感じたら先制攻撃ができるというブッシュドクトリンによって先制攻撃を正当化したのである。金正恩の綱渡りは、ブッシュ時代のアメリカに通じただろうか。オバマという2009年に「核なき世界」を訴えてノーベル平和賞を受賞した大統領をすこし甘く見ているのではないだろうか。

 ぼくらは物事を一方の目でしか見てない場合が多い。その見方はメディアによって醸成される。かつて日本の大衆が熱狂して戦争をあおったのも新聞だった。大開脚を見て喜ぶのは読者だが、さて娘の親の気持ちはどうだろう。エログラビアは週刊現代と週刊ポストだけのブームで広がらなくてよかった。アベノミクスの浮つきはちょっとこわいね。


 

女子旅友はペン森の推進力
 もうすぐGW。ペン森は29、30,1,2と開店しているが、あとの土日祝日は閉店。それでも5月にはいると3,4,5,6日と4連休だ。どこかに行く予定もないし、ゆっくりと読書したりDVDをみたり、東京見物をしたり、と大いにマイペースで楽しむことができる。連休が終わったら、温泉旅。行き先はまだ決めてないが、旅友は決めてある。18期生女子。内定したら温泉へ行こうと約束していたら、朝日、読売から内定をもらった。

 返事がよくて喜んでいると、旅はまったく実現せずあてにならないひとも少なくないが、彼女はぼくに対し畏れ多くて嘘はつけないだろう。彼女に関してはぼくの打率は10割にちがいない。少々だが、酒も飲めるので相手になってくれそう。常連の旅友が病気療養中につき困っていたが、これでまた若いエネルギーをもらって19期に注ぐことができる。旅はぼくがペン森に夢中になる推力だから、旅友は間接的に後輩のために役立っている。

 とにかく、20周年を迎える来年まではがんばってくれとみんなから言われている。ここは旅で気持ちを耕して、長持ちさせねばならない。ひとり旅も嫌いではないが、ひとりで列車に乗り、宿に泊まっているとふとした加減で過去の思い出にひたってしまう。そこは話し相手がいると気がまぎれる。旅友は女子とかぎっているわけではないが、女子のほうが道中気をまわしてくれる。もはや介護が必要な年になると女子力が頼りになる。

 男子でも先に走って行ってエレベーターをみつけ、ドアを押さえてくれる気働きの子もいるが、女子は階段を下りる際、腕を支えてくれる。これがありがたい。左足のかかとが階段のへりにひっかかって倒れそうになるからである。倒れたら骨折するだろう、20周年パーティどころではない。複雑骨折だと回復が遅く、間違いなく寝たきり。旅友女子は介護者としてこの上なく重宝させてもらっている。ひいてはペン森に元気をくれる。

 言うまでもなく、ぼくは男子だから、相手は女子がいいに決まっている。これまで女子の旅友は何人いただろうか。親が旅費を持ってくれた例もあった。大半はもう結婚して子どももいるが、男女としてのややこしい加害被害のケースはない。温泉へ行って同室に就寝してもぼくは、口はエッチだが、相手が襲ってきても手はださない。昔、やにわに発情してぼくにのしかかってきた豪快な女子もいた。ぼくはびっくりした。ただ重かった。

 いまは天下晴れてのEDである。60代前半までは用をなしたが、70代になってからはうんともすんとも反応しない。高齢を実感して悲哀を感じたのはインポになってからである。機能的に男ではないということを確認したとき、男はがっくりくると言われるが、ぼくには女子の旅友がいる分、若さを保ち、世の老人たちにくらべて幸福にちがいない。まわりに女子がいるだけでも幸福なのに、ぼくは旅を共にして同室にも寝ることが多い。

 川端康成の『眠れる美女』みたいでうらやましいな、という友人がいるがまるで違う。『眠れる美女』のなかの少女たちは眠らされていて、高齢男子に触られる。ぼくは睡眠導入剤を常用しているので、必ずそれを服用する。すぐにいびきをかきはじめ、昨夜はよく眠れなかった、と文句をいわれる。無害な『眠れる老人』とぼくは称して女子を誘う。ホントは有害老人になりたい下心があるんだが。

 

 

採用面接は大胆さにも加点しろ
 18期生春採用の結果がそろそろ判明する時期となった。16日までに、民放キー局1(中央法)、共同通信2(一橋院・中央法)計男子3人が内定した。朝日の最終面接は17日で男女各1人が受けるが、2人とも可能性は高い。だが、ペン森生は急激に受講生が減っているので、全員が内定しても15人にも達しない。先週、前に記者をしていた社のOB連中との会合に出たのだが、メディア人気は衰えたというのが大半の感想だった。

 作文のお題は日経「ぶつかる」、朝日「政権交代」、共同「転機」、読売「世論」、NHK「変」、
毎日「門」。いずれもそんなに苦労するような題ではない。例年どおり、ペン森生は総じて筆記落ちはしないが、面接でこぼれ落ちる。面接は明るくポジティブで感じのいい若者であることが絶対条件である。しかし、そのような条件を満たしても、正義感の強いいい記者に育つかどうかはわからない。入社してから上司に恵まれなければ、鬱陶しい。

 採用時に感じのいい若者であっても、そのまま成長してゆくわけではない。場合によってはニ度と見たくない嫌な奴に変わることもある。それは、大抵は上司からいじめられたせいである。世の中には力や立場の弱い者をいじめることで快感をおぼえる者が少なくないのだ。ぼくは新人記者のころ、1年上の先輩記者と支局長にやられた。先輩記者はこっちがまだ要領の悪い新人だから仕方ない点もあった。支局長はぼくにだけひどかった。

 支局長が車を運転していて交通違反でひっかかった。まだ点数制度のないころである。交通課の警察官が違反書類をもっている。「おまえ、もらい下げてこい。それも警察担当の仕事だ」と支局長はぼくに命じた。ぼくは警察署に行って「うちの支局長を逮捕してくれ」
と頼んだ。逮捕するほどの罪ではないことくらいわかっていたが、腹にすえかねた。しぶしぶ支局長は警察に頭を下げたようだった。昔は堂々ともらい下げも通じたのである。

 東京23区内の警察を担当していたころ、警察署の署長の次に偉い次長の机の上にはもらい下げを依頼する紙があったように記憶する。もらい下げを頼むのは新聞記者や区会議員たちだっただろう。ところが制度が変わって交通違反も点数制が導入され、もらい下げは自由にできなくなった。ぼくのように要領悪く不器用に生きる者にとっては願ったりかなったりである。幸いぼくは人間が鈍感だから、若いころに比べてけっこう気長になった。

 ぼくがいじめを深刻に受け止める性質なら、新人記者時代に参っていたにちがいない。組織にはいじめられるタイプもガス抜きとして必要だと言われるが、ガス抜きの対象にされたらたまったものではない。優秀2、ふつう6、不出来2、の割合で組織は動くという説がある。優秀2と普通6で生産力の100近くをまかなうらしいが、これは現代には通用しまい。出来が悪い2のなかにけた外れのPC専門家がいたりするからだ。

 アベノミクスは、過去の経済学に照らすと失敗の恐れがあるという。ぼくはその恩恵を受けないが、大胆な政策転換には賛成だ。メディアも学者もアベノミクスに関してまだ慎重なところがある。ぼくは採用面接にも大胆さを加点してほしいと思っている。そうしたらメディアもおもしろくなるだろう。

 

 

旅心わいて駅弁を思う
 このところ気温が低いが、あさっての日曜日あたりから高くなるらしい。陽気がよくなると旅心がうごめきだす。孫娘と四国へ行って間もないのにもう時刻表を手にして、行きたい場所を探すありさまだ。昨夜、8期女子に「温泉へ行きましょう」と誘われたが、部屋に温泉が引いてあるコテージがいいなあ。ぼくが会員になっているのは伊豆高原のルネッサ赤沢・城ヶ崎だから、三島でうなぎを食べて熱海から向かういつものコースがいい。

 もっともルネッサはちょっと行きすぎの感じもある。合宿でも何回か使ったし、ぼくの会員カードには20個も利用印が押してある。次回は宿泊無料となるので、割り勘にしても同行者はうんと得をする。7月26日までは1泊2食付き8800円、土曜日とGW中と7月14日は10800円で夕食には『アワビの踊り焼き』「サザエの壺焼き」「伊豆牛の鉄板焼き」の中から1品選べるサービスもついている。各コテージの風呂は温泉がでる。

 部屋の風呂の蛇口から温泉が出るのは、山梨・勝沼のぶどうが丘にある町営のホテルもそうだ。ここも合宿に使ったことがある。1000円で地下のワインセラーで何十種類ものワインの試飲ができるので、ぼくのような飲み助にはたまらない。試飲だけで十分に酔ってしまうくらいだ。ホテルに連接する温泉「天空の湯」の眺めも素晴らしく、まさに天空にいるムード。ただし、ここのレストランは夜景が食欲をそそるが、食事はまずい。

 料理はおいしくないが、量はそんなに多くないからぼくら老人は助かる。温泉地の旅館は料理の品数を競争のようにそろえるが、もったいないことにぼくは何品か必ず残してしまう。酒の肴になるおかずだけ手をつけて、あとはご飯もみそ汁も口をつけないまま。こういう旅館・ホテル、家庭などの食べ残しの総量は約2200万トン、1人当たり171キロになる。一方、世界では食料不足による餓えや栄養不良で8億人が苦しんでいる。

 食料不足によって世界では餓死し、あるいは死にそうな人びとが日本の人口の約6倍もいるというのに、もったいない運動もマータイさんの死亡でなんだか尻すぼみ状態になった。ぼくらの世代は駅弁のふたに付いたご飯粒の一粒一粒を箸でつまんで食べたものだが、
いまどきはふたと中身のあいだに薄いラップ様のものが挟んであって、普通ふたにご飯粒が付着することはまずない。おかずの類も種類も多く豪勢になった。

 駅弁のおかずは多少濃い目に調理してあるので、酒の肴にはもってこいだ。さすがにぼくも駅弁は食べ残すことはない。ぼくは駅弁ではおかずとご飯が別々に入って2段かまえの中央線小淵沢の「元気甲斐」(1300円)が好み。これは朴の葉が底に敷いてあって香ばしい傑作駅弁だ。ただし列車の中ではいささか場所が狭くて食べにくい。「元気甲斐」もいってみれば幕の内スタイルだが、幕の内が酒のつまみにはもっとも合う。

 旅はやはり行ってないところに行くのが新鮮で一番いいだろう。とすればぼくにとっては山陰本線ということになる。カニの本場だが、カニにはほとんど興味がない。駅弁は「城下町とっとり」(1050)いいかな。「とっとりの居酒屋」(1350円)もよさそう。だれかいっしょに行かないか。駅弁をおごるよ。

 

 

 

もう終わったけれど・・・
 珍しく『週刊朝日』を買って電車に乗った。全国3291高校147大学合格者数が半分くらいのページを占めているので、かなり分厚くて400円。だがこの合格者数が目当てではなく、「死ぬまで寝たきりにならない」という特集に気をひかれたからである。ちばてつや(74)、曽野綾子(81)、三遊亭金馬(84)、内海桂子(90)堺屋太一(77)、五月みどり(73)のの高齢5人がそれぞれ、元気の秘訣を述べている。

 新聞広告をよく見ればよかったのだが、ぼくは渡辺淳一(79)も登場するものと思いこんで購入したのだが、これは思い違いもはなはだしかった。渡辺の言うことも想像がつく。「若い女性と恋をしろ」。かれの『欲情の作法』によると、「男が若い女性の肉体により惹かれ、欲情するのは、若い女性のほうが妊娠しやすく、そして子孫を残すという、人類の基本的願望と密接につながっているからです」と。男の欲情があればこそ人類はある。

 ぼくは年齢的な原因によるEDだが、欲情がないかというと、とんでもない。欲情があるから精神的に高齢にはまだいたってない、と自分では考えている。だれでもそうなのだろうかとやや不審だが、肉体と精神は切り離されて独立した別個の存在である。肉体は精神みたいに発情しない。精神の高揚にくらべて肉体はうんでもすんでもなく、動かざること寝たきりだ。ぼくは部分的に肉体は寝たきりなのである。

 ところで最近、ぼくは動画サイトをよく見ている。ライオンやチ―タやワニの肉食動物がインペラやシマウマやバイソンの草食動物に襲いかかってのど元に食らいついて放さない。倒された草食動物は暴れに暴れて逃れようとするが、食らいついたほうは絶対に放そうとしない。1頭が食らいついているあいだに他の仲間が前脚の付け根や腹や後ろ脚の付け根をかじりだす。粗食動物はなお脚をばたつかせながら、食われてゆく。

 ぼくはのど元の頸動脈を切られて草食はすぐに息絶え、肉食は新鮮な死肉をむさぼるのかと思っていたが、それは見当ちがいだった。草食はぴくぴく生きているうちに食べられ死んでいくのである。とても残酷で目を覆いたくなるが、じっと見てしまう。怖いもの見たさである。動物動画を開いていると、交尾シ―ンがまぎれ込んでくる。馬のその場面は小学生のころ見たが、種馬はもうすこし歯をむき出しにして笑ったはずだ。

 子どものころは路上で犬の交尾をしばしば目撃したものだ。交尾結合でオスとメスがつながったままうろうろしていた。それを見かけると水をかけて2匹を放そうとしたものだが、効果はなかったとように思う。交尾結合が人間に起きるとさぞ困るだろうね。聞くところによると、男性が心臓発作を起こして腹上死すると似たような現象になるというが、事実かどうか。都市ホテルでは年に2件ぐらいあり、毛布をかぶせて搬出すると昔聞いた。

 怖いもの見たさで動物の交尾動画を見てしまう。交尾は子孫を残すというごく自然な行為だが、オスのカマキリのように死と直結する場合もあるから怖い。ぼくはすでに動物的な役割が終わって部分的寝たきりだから、人生がはぐれたようで怖い。


満身創痍的につき万事ゆるゆると
どうも近ごろ疲れが激しい。ペン森に来る時間を1時間以上遅らせて、最寄り駅発10時34分の電車に乗って11時40分には着くのだが、途中で開いた本を床に落としたりする。居眠りをしてしまうのである。読書スピードも格段に落ちた。1冊の文庫本を長い時間かけて読むことになるが、最終ページまでたどりつく本は少ない。いい加減あきてしまって、ほかの本に手を出してしまう。『夜明け前』は1週間かけてまだ80ページだ。

本は昔から多冊同時進行のくせがあったからそれはいいとして、スピードののろさに加えて、読んだ文章の記憶の歩留まりや理解度もかなり悪化してきた。同じところをまた読んでいて、しばらくたってから、あっもう読んだ、と気づくありさま。いまは『夜明け前』とは別に3冊同時に消化しようとしているが、当然消化不良である。読書は寝どこでも重宝しているが、酔っているうえ睡眠導入剤のせいですぐに寝入ってしまう。

疲れがたまっているな、と感じたのは一昨日の雨まじりの風の強い朝だった。自宅を出て、あるかなきかのゆるい上り勾配を50メートル歩いたら、両脚の太腿が異常にだるい。
そのまま駅へ向かい、今度は公園のゆるい下り坂にさしかかったら、風に押されてちょっと小走りになった。以前にも経験したことだが、こうなると自分では止まれない。自走にまかせていたら、左足がつっかえて前につんのめった。右指と左右の膝を負傷した。

 傘も骨が折れてねじ曲がり、通りかかった中年の男性がすぐ助け起こしてくれた。改めてその男性にお礼をしたいのだが、人相着衣をよく憶えていない。ひとの顔や名前の憶えが悪いというのも困った現象だ。このあいだ、17期生と称する男子が訪ねてきたが、かすかに憶えているものの、名前までは記憶にない。なんとも情けない状態になったのは、年齢の影響かもしれない。家人は「いつも深夜帰宅で疲労がたまっているのよ」という。

左手の付け根の近くの内部も痛くて、シャツを着たり脱いだりに難儀するが、これはおそらく頸椎の仕業と思う。左上腕部の痛みは頸の作用で車を運転していた当時からのものだ。このところ痛みがひどくて芯に刺激が加わると悲鳴をあげそうになるが、介護は嫌だという家人が朝もんでくれるようになったから、少しは緩和するのではと期待している。脚はマッサージ師の資格をもっている二女が揉んでくれるという。

要するに、よってたかって家族が面倒を見てくれる態勢になった。その家族と歩いている際、小走り自走状態が発生し、走っていってひっくり返ったことがあるので、余計に心配しているのだろう。ぼくは一連の痛みやだるさは温泉に浸かればある程度、回復するのではと思って、20分も30分も浸かれる温泉へいこうかと算段している。うちの風呂では1年を通じて、シャワーしか浴びない。風呂場の暖房により十分乃温かさなのだ。

これまでよりより遅めにペン森を開けるので、早く電話をしたり訪ねてきてもぼくはいないだろう。年相応にぼくのすべてが緩慢になった分、それに合わせてゆるゆるするつもりだから、そのつもりで対応してください。芋焼酎のお湯割りはお湯の量を増やさねば。

 




得意芸を阿波踊り風味に
お座敷の日本酒宴会が盛り上がると、芸達者が率先して持ち芸を披露する光景もほとんど見られなくなった。新聞社では全舷と称する部ごとの1泊旅行が恒例だったが、それもなくなったようだ。団体宴会が苦手な若い部員がふえたこと、女子部員が多くなったこと、家族サービス優先の部員が家族の反対で参加しなくなったことなどが理由だろう。社会部宴会には血の気の多い部員や犬猿の仲の部員のけんか・暴力沙汰も付きものだった。

 足の便のいい近場の熱海温泉などが行き先だったように思うが、なにしろ到着したときには、もう酔いつぶれていた記者も少なくなかった。旅館に着くなり、風呂、宴会とつづきマージャン、酒、バクチ(おいちょかぶ)になだれこむ。酒好きは出発時から夜通し飲みつづけ、その間に乱暴狼藉があったのである。障子やふすまが破れたり廊下に投げ出されたり、旅館からもう二度と来てくれるな、と塩をまかれそうな状態も珍しくなかった。

 いつ果てるともない宴会場の舞台ではマイクをもった記者が歌いつづけ、女に手の早い奴は空き部屋で仲居とヤッていたらしい。ぼくは酒とバクチのみ。ぼくがいた当時の社会部員は120人で、100人ぐらいのつわものが参加したから壮観だった。4、50年前のよき時代を経て、現在の部員は80人くらいという。いまは各人仕事を抱えて多忙をきわめるから、みんなそろって親睦する?という建て前の宴会旅行どころではないだろう。

 急に古い宴会を思い出したのは、四国へ行って徳島で阿波踊り会館というところで阿波踊りをみて連想したからである。阿波踊りは右足をだせば右手をだし、いう具合いに手と足を左右交互に動かせる通常の歩行スタイルとは異なる。この阿波踊りスタイルをぼくは持ち芸にしようと昨夜自宅に着いた際、姿見の鏡の前でやってみたのである。これがなかなかむずかしい。「右足右手」「左足左手」と声をかけながら鏡を見るがうまくいかない。

 ぼくはおちょちょ踊りを持ち芸にしていて、仲間内の小グループの飲み会ではよく披露していた。ちょうちょは蝶のことで、ひらひらと舞っているこいつを踊りながら手で捕まえようとする動作をして、ついに捕まえ埋葬したあと自分もひっくりかえって昇天するという芸。蝶は止まっては飛び、はげ頭に止まっては滑ってまた飛ぶ、という変化を取り入れて踊る。新人記者のころ1年上の東京新聞の記者に教わったのではないかと記憶する。

 このおちょちょ踊りを阿波踊りのスタイルでやってみようかと思いついた。徳島の阿波踊り会館では観客も前へ出て踊りませんかとプロの踊り手に勧められた。ぼくはでていこうかとむずむずしたのだが、いかんせん左足を引きずって歩く70代である。ゆっくり踊る分にはなんとかなりそうだが、2分の1拍子のテンポが速くなるととてもついていけそうもないから涙を飲んだ。でもうちで阿波踊りのおちょちょ踊りを練習してしてみよう。

 ぼくは意外に体が柔らかい。若いころ、うしろに反ると手のひらが地面について、そのまま歩けた。腹に幼いわが子を乗せて部屋を歩いたものだ。阿波踊り風味のおちょちょ踊りに反り身風味も加味してみようかと思う。そうすると独自の味が出せる。じつはこれで歩行困難者にリハビリ効果があるのでは、と期待しているのだ。

 



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