ペン森通信
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美女に恵まれているのに
 先週新幹線乗り継ぎで鹿児島へ行く途中、熊本で一泊した。球磨焼酎を飲んだ。芋ではなく米の焼酎だが、芋ほど匂いは強くない。13期女子が家族経営の郷土料理店に案内してくれ、大型の湯のみほどの容器にたぷたぷのお湯割りをすすった。むかし球磨焼酎を飲んだが、くせがなくこんなに飲みやすくおいしいとは!いくらでも飲めそうだったが、酒は酒であるから飲みすぎると酔うに決まっている。用心してもやはり足元は覚束ない。

 ぼくの宿泊はビジネスホテルの東横INNに替えた。その前はホテルルートイン10余年。東横INNは駅の近くか繁華街、ルートインは高速道路のインターチェンジの近くか市街地周辺と立地がそれぞれ異なる。車は手放したし、めったにレンタカーも活用しなくなった。だからルートインから東横に替わるのは自然の流れ。ルートインは1000円でビデオカードを購入すればAVが見られるが、女性や家族客の多い東横にはそれがない。

 熊本の郷土料理店に入ると店主が13期美女に「お父さん?」とぼくのことをきいた。「いえ、大学時代の恩師です」。お父さんにしてはぼくが年をとりすぎているし、同時に20代の彼女もこの父なら40代に勘ちがいされる。ペン森女子と旅をしたり食事や飲んだりすると、このカップルはどういう関係だろうかと奇異の目でみられることが多い。あまりの年齢差だから、不倫関係には結びつきそうにない。父子にしては歳の差がありすぎる。

もちろん、祖父と孫の関係と見るのも娘が年をとりすぎているし、どこか不自然。「彼です」と娘が紹介しても、紹介されたほうはただ笑うだけで信用するどころではない。なにしろ、たいていは50歳超の年齢差があるのだ。アメリカの雑誌『PLAYBOY』の創始者ヒュー・ヘフナ―は名だたるプレイボーイらしい。86歳の現在20代の女性と結婚したという。この女性は復縁で前に別れた理由は「だって夜は2秒しか持たないんだもん」。

ヘフナ―は豪邸に複数の美女を侍らせて住んでいるらしいが、ちっとも羨ましいとは思わない。周囲に美女は1人か2人いれば十分。共に旅をしたり、酒を飲んだりしてくれる美女はいまでもいるから、もうこれ以上の女性はぼくには必要がないのだ、とここでは一応強がっておこう。鹿児島へ行ったら5年足らずしか居住しなかったのに、街の変貌ぶりと自分の高齢を感じないわけにはいかず、女性とは無関係の老人にすぎないと自覚した。

そもそも、まだぼくは恵まれている。共に旅をしてくれる半世紀差の美女がいる74歳は、はたして日本に何人いるだろうか。有名人ではないからスキャンダル扱いとも無縁だし、だから東横INNの会員にもなってあちこちに出かけられる。東横INNはシングルベッドがセミダブルの大きさだから、1人寝はちょっとせつない。だが、焼酎のお湯割りをしこたま飲んで、酔って身を投げ出す分にはまことに手頃な大きさといえる。

鹿児島から薩摩川内にもどって先祖の墓掃除とお参りをした。ぼくはそのお墓に入る気はなく、東京か近辺で死後をすごしたい。帰宅してすぐ樹木葬のことを調べた。さらに寝床のベッドで帚木蓬生『安楽病棟』を読みはじめたら、気分が陰陰滅滅と滅入ってしまった。あしたは特定の美女の1人と会えるというのに、この認知症羅列短編集に自分の行く末を見てなんとも晴れない。




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ニュースを見極める刃物を研げ
あさって24日から27日の日曜日までペン森を留守にする。26日に鹿児島で挙式する13期生男子の披露宴に参加するためである。24・25とたっぷり時間をとってあるのは、熊本で途中下車して13期女子と飲むためだ。鹿児島まで新幹線乗り継ぎで行く。北陸・山陰と日本海沿いに回りこもうかと最初は考えていたが、日本海側は低気圧で降雪が続いて景色が単調のようだから、太平洋側にした。新幹線でも列車の旅は楽しみだ。

熊本の女子は北海道から転勤して現在の勤務地が熊本という記者。東京にいた学生時代、ぼくと帰りが同じ電車で途中下車してたびたび焼酎を飲んだ。ぼくが若いころ飲んだ焼酎に再び染まり、いまや焼酎お湯割り一辺倒となったのは彼女のおかげだ。彼女はよき酒友であると同時に旅友でもある。彼女は鉄子で、ぼくら2人とも鉄道ファン。あのローカル線の只見線で新潟・小出から会津若松に抜けたと聞けば鉄ちゃんは地団太踏むだろう。

熊本立ち寄りも飲みすぎにはなるまい。翌朝早くから彼女は仕事らしい。郷土料理の店に案内してくれるそうだが、さて熊本の郷土料理はからしレンコンしか思いつかない。
まさか、熊本ラーメンで焼酎を飲むわけにもいくまい。でも昨日の昼は、中華麺を肴に紹興酒を飲んだ。六本木の名店・香妃園のトリ煮込みそばを14期女子と食べた。久しぶりに食したが、相変わらず絶品だった。この店はもう30数年前から味が変わらない。

 市ヶ谷にトリ煮込みそばをまねしようとした中華店があって、ぼくはその煮込みそばの味見をよくさせられた。マスターは麺がどうしても時間がたつと伸びてしまう、と嘆いていた。香妃園の麺はなぜ伸びないのだろう、とぼやきながらついに諦めた。麺だけでなく、煮込みそばの汁も絶妙と感心する。容器の土鍋にもなにかしらの理由があるはずだ。きのうは可愛い女子とともに紹興酒をなめつつ、トリ煮込みそばが食べられて幸せだった。

 その14期女子はこれから旅を重ねるかもしれない。いまでも旅友ではあるが、あまり旅をしたことはない。老年に達して女子の旅友がいるという状態はじつに気分がよい。こういう老人はそうはいないようだ。孫娘と旅をするのさえ珍しがられるのだから、ましてや可愛い美系とともに旅ができるとは、とぼくの仲間はよだれを流す。ぼくと20代女子との組み合わせ旅を珍しがるのはみんなが画一的類型的な通念に陥っているからだ。

 きょうはぼくの古い教え子たちが中心の新年会である。出版社の社長や編集幹部に現役の学生もまじる。現役は自分の未来をOBOGとイメージを合わせるかもしれないが、メディアの状況は10年前と比べても激変している。既存メディアは明らかに下降線をたどっている。ネット社会を反映して、新しいコミュニケーション手段が進化と深化を遂げ続けている。では既存メディアに未来はないかというと、条件付きで未来はある。

 たとえばぼくが20代女子と仲良く旅をするのをふしぎがる画一的類型的な通念のわなにはまっているなら、未来は闇だろう。既存メディアのとくに新聞や週刊誌は、ニュースという原料を見極め獲得する刃物をもっている。この優位は長い歴史の産物だ。この能力を保っている限り、衰退はしても消滅はない。若者よ、ニュースという原料を見極める刃物を研げ!研ぐことによってのみ未来が開ける。

 

 


中断された渡辺淳一新聞連載小説
 中国の『南方週末』紙の当局介入改ざん事件ほど騒がれてはいないが、日本の新聞でも作家の知らないまま連載小説が打ち切られるという事件があった。渡辺淳一が地方十数紙に連載していた「愛ふたたび」という小説が突然、中断されたのである。「もう50年近く小説を書いているが、こんなことは初めて」と渡辺は週刊新潮1月24日号のエッセーで怒っている。ぼくはこれが本になるのを楽しみにしていた。テーマがインポテンツだからだ。

 渡辺によると、
「この小説、地方紙からぜひ載せたい、といわれて書きはじめたのである。それを、こちらの了解も得ずに、勝手に打ち切るとは。まさに驚き、かつ呆れたが、新聞社のいいわけは次の如し。
『内容が過激すぎるので』
しかし過激になることは、連載する前からいっていたことである」

「小説の主人公は73歳の医師。年齢(とし)をとっても、気楽に生きていきたい、ということから気楽堂と自称している。この気楽堂先生が、不能になってしまった。もちろん、その4,5年前から局所が弱くなって、バイアグラを服んでいたが、それも効かなくなり、まったくセックスをできなくなってしまった」。渡辺エッセーで初めて知ったが気楽堂先生とぼくは年齢がごく近く、気楽に生きていきたいという気持ちにも通じるところがある。

ところが実際は気楽堂先生とぼくはまるで異なる。以下引用。
「しかし、彼には彼女が2人もいて、完全にあきらめきれない。そこでなんとか女性を手離さずに、愛の関係を続けることはできないものか。小説の内容は、そこから男が考え出した、さまざまな努力の実態を描いたものである。はっきりいって、これは遊びや戯れではない。高齢男性にとって無視できない、重大かつ深刻な問題である」

 ぼくは重大とも深刻とも捉えてない。愛人がいないからだ。いたら重大かつ深刻かもしれない。第一、もはや肉体の快楽を求める欲望はまずない。代わりに酒や旅という快楽を楽しんでいる。さまざまな努力を必要としない旅友女子には女子大生の孫娘をはじめ恵まれている。先日、駅まで送ってくれた14期女子に路上でさりげなく「(不能になったのは)いつからですか」と聞かれた。「10年ぐらい前からだよ」。事実は5,6年前です。

 地方紙によってはこの小説の連載直前、読者からクレームがきたらどう対処しようか、といった会議がもたれたそうだ。刺激的すぎるとクレームがあったから一方的に打ち切ったのだろうが、新聞社の側で勝手に「終わり」と記しても肝心の小説はまだ続いているのである。読みたいと思っていた読者にはどう対応するのだろうか。渡辺は「これからがもっとも重要な部分である」といっている。重要な部分の内容を知りたいものだ。

 「愛ふたたび」という題だから「ふたたび」があるのだろうか。再生復活の方法が提示され、ふたたびが体現できるのであれば、深刻ではないと見えを張るぼくでも知りたい。渡辺小説の勝手な打ち切りが大して問題視されないのは、どうせエロだ、という小馬鹿にしたような思いがあるからだろうか。渡辺の言い分だけで判断するなら、こんなことをされたらたまったものではない。

 
 

就職の失敗を糧とした植村直己
 きのうはペン森を16時すぎに閉めた。大雪のためである。暗くなりはじめた時刻、駅から自宅へ行く途中の公園の外周路で通行人のために雪かきをしているおじさんとおばさんがいた。えらいなあと思った。「ご苦労さま。助かります。ありがとう」とつぶやきながら通り過ぎた。けさ雪かきのすんだ外周路はふつうの靴で歩けた。いったんは長靴をだしたのだが、記者時代大雪取材に使ったもので、この日本晴れの空の下ではおおげさすぎる。

 靴の替えと靴下の替えをリュックに詰めて電車に乗った。神保町界隈でも嘘のようにまぶしい陽光に照らされて雪はみるみる溶けていった。長靴を履いてこなくてよかった。と思うと同時に,履いてくれば個性が立ったのに、という気持ちもある。テレビのレポーターの足元を見ると、こぞって柄模様のカラフルな長靴を履いている。田舎で農作業をするひともまだ黒か白一色が多い。どうせ泥まみれになるのだから黒一色が理にかなっている。

 長靴というと思いだすのだが、数々の偉業を成し遂げた世界的な登山家にして冒険家の上村直己である。公子未亡人から聞いた話だが、植村の父親が上京してきたとき、東京駅のホームで植村は父親と離れて歩いた。兵庫の田舎から息子に会いに出てきた父親は、天秤棒を担いで、その棒に黒い長靴を結わえていた。「私が並んで歩いたのよ」と、未亡人は穏やかに笑っていた。あまりの田舎丸だしの父親に植村は赤面していたにちがいない。

 植村の実家は田畑のなかの1本道を行った先の、長三角形地形の二つの長辺が交わる寸前のところに建っていた。決して裕福な感じではなく、木造の古びた平屋。もう30年近くも前に植村の故郷を訪ねたときの記憶である。このような田舎からかくも偉大な人物がでたのだなあ、とぼくは感嘆しきりだったのだ。いま考えると、植村の人生を変えたのは就職の失敗だ。かれは明治大学の農学部に入り山岳部に加わるが、就職はできなかった。
 
 もし植村が順調に就職していたら、世界的な冒険家にはなっていなかった。就職に失敗したことをかれは忘れてはいなかったようで、ぼくが毎日新聞からTBSブリタニカに転じたさい「安定した職からよく転職しましたね。あなたこそ冒険家ですよ」と目を丸くして信じられない表情をしたのだ。就職できなかったかれは、窓ふきの仕事をして、新天地を求めてアメリカへ渡る。そこで実入りのいいアルバイトをしてお金をためる。

 とんかつ屋の娘公子と結婚するとき、すでに有名な登山家だったが、「もう山には登らないから」と約束し安心させる。しかし、かれの血は騒ぐ。登山をしない代わりになにをやったかというと、冒険だ。アマゾンの単独河下りに挑み、成功する。その後、単独で犬ぞりを操って北極点に到達し、グリーンランドを単独犬ぞりで縦断する。公子が終点で迎えたが、妻をみた植村はただ「おう」と言っただけだったらしい。照れくさかったのだろう。

 植村は実直素朴のまれにみる好人物だった。なぜ就職に失敗したのか、面接官に人物を見る目がなかったいうほかない。だがかれは失敗をエネルギーに転換した。就職できなかったからこそ、植村直己は歴史に名をとどめるのである。今春採用試験のESがはじまった。もし失敗してもそれを糧とする強い精神をもて!

悪い歴史は繰り返す?
 ぼくのPCはどうも気まぐれのようだ。暮れから悩んでいた迷惑メールの洪水が今朝はピタリと止まった。しっかり仕分けされて迷惑メールとして振り分けられている。一括して削除できるので、おおいに手間が省ける。1日300通の迷惑メールは一つ一つ確認しながら削除するのに1時間以上かかる。単純作業だから確認漏れは避けられず、何通か有効なメールを消し去ったかもしれない。返信がない、と思っているかたはお待ちあれ。

意図的でも悪意があったわけでもないので、そのへんはご寛容に。中国の『南方週末』紙のように権力の介入で主張が改ざんされたのとはわけがちがう。ぼくは中国には行こうとも思わないが、旧式の日本人としてあの国の貧乏イメージはなかなか払拭できない。中国の経済発展に浴しているのは沿海州の4億人というし、まだ貧乏人もうようよいるのだ。貧乏イメージは『あの子を探して』の子どもたちや代用教員と木造校舎などからくる。

 このイメージ形成はぼくが中学の途中まで宮崎の山村の木造校舎で育ったことと無縁ではあるまい。ぼくは田舎育ちだから、地方育ちに同じような傾向がみられる観念的もしくは前衛的な考えがある。メディアが地方と都会の意識のずれをならして平均化したのは、もっと若い世代のことでぼくらの世代はあまり影響を受けてない。だが若い層にネトウヨと呼ばれる観念的な右翼がふえたのはなぜだろうか。右翼はごく一部いるだけでいい。

 中国はすさまじい発展ぶりだが人民や支配層の意識が、建ち並ぶ高層ビル同様に進化したかというとそうではあるまい。中国はまだ世界の巨大な田舎イメージである。田舎の人間が意外にも尊大でずるいことは戦後の買い出し時代に都会人はいやというほど知ったはずだ。中国が尊大でずるいのは、情報が偏っているから当然である。ぼくは日本国憲法については護憲の立場をとるが、それは国際公約とみるからだ。社民や共産にはくみしない。

 日本では護憲派はどんどん少数派になっていく気配だが、ぼくは戦争放棄の精神が近隣諸国に与えた安心感は大変なものだったと思う。9条のおかげで戦後の経済発展を遂げたことも忘れてはなるまい。アメリカは80年代「戦争に勝って経済で負けた」と地団太を踏んだ。軍事をアメリカが請け負ったから、日本経済は開花して成熟した。しかし現状と未来が明るいかというと、村上龍が言うように日本にはなんでもあるが希望だけがない。

 中国や韓国もネット社会らしく、若者がネット情報に発奮し熱く元気に見える。いずれも日本以上の格差社会である、韓国は自殺数が世界一だ。中国は憲法に言論の自由をうたいながら、護憲派のメディアを弾圧する。基本的人権もない。あの怒涛のような経済発展は何年か先、中央道笹子トンネル事故と同じ状態を生むのだろう。79年からはじまった1人っ子政策はいびつな結果になるだろうし、少子高齢化も日本が先んじているだけだ。

 安倍内閣が掲げる3本の矢はメディアの採用試験に必ず出る。きょう閣議で決まった安倍カンフル剤がどこまで効き目があるか不明だが、7月の参院選まではなるべく原発再稼働にもTPPにも触らず、刺激しないように行くらしい。本性を表すのは8月からだ。悪い歴史は繰り返すのか。中国みたいに護憲派弾圧はいやだよ。自殺が韓国に追いつくのも勘弁してほしい。
 

日本はいま、何時か
年末年始は11連休と豪勢に休み、きのう始業したが、まだ休み足りない感じ。休みの最初のころは、さて新潟へ雪を見に行こうかとか、岡山から四国へ渡ろうかとか、妄想がふくらんだが、なに遠出はせずほとんどひきこもり状態。兆年の疲れが蓄積していたようだ。テレビや小説やDVDに寝転んで接し、お参りに大国魂神社と深大寺へ行って旅友との旅行きの願をかけただけの11連休。最も笑った娯楽はにっかつロマンポルノDVD『快楽学園 禁じられた遊び』だった。

このポルノ映画の監督は鬼才、神代辰巳である。神代を知っている若者は多いと思うが、60年代を中心に90年代まで数々の映画やテレビドラマで名をはせた。石川達三の『青春の蹉跌』、谷崎潤一郎の『鍵』などの文芸路線も手がけた。ぼくは以前『鍵』は映画をみているが、『青春の蹉跌』は、小説を読んだだけだ。神代作品では『宵待草』もよく知られているのに、ぼくはみたことがない。これもまた青春のアンニュイを漂わせる映画らしい。

これもまた、というのは小説『青春の蹉跌』が青春のアンニュイだからである。石川には『僕たちの失敗』という小説もあるが、この歪んだ青春小説が映画化されたかどうかは知らない。かつて石川作品をお嬢さま清純系の女子に勧めたところ、彼女はすっかり石川小説にはまってしまった。石川小説は嫌な気分のまま最後まで読んでしまうから、読後感の気分が悪い。石川ファンになった彼女もぼくは嫌いになった。彼女は歪んだ清純派だった。人間には表と裏がある。

昔のことを思い出して話がそれたが、11連休が神代作品を見直すきっかけになったのは収穫。これでTSUTAYAに行く楽しみがますますふえた。人気絶頂の園子温監督もにっかつロマンポルノを撮っているが、奥深い味わいや時代投影や着想ではやはり神代ワールドだ。ぼくにとって、神代ポルノは妄想に点火してくれるから、夢世界が無限にひろがり、70代半ばのたそがれ男にとっての回春映画だ。青春ただなかの20代男子には単なるエロ映画だろうけど。

といって、ぼくは11連休の間中、ただポルノにニヤニヤしていたわけではない。吉村昭『深海の使者』、山本周五郎『青べか物語』を読みなおした。若いころ読了した本だからだろう、記憶にある記述はほんの少し。かくも記憶はさびついてゆくのかと、またまた老齢の悲哀を再認識した。真面目な本も手にした。『この国はどこで間違えたのか』。沖縄と福島から見えた日本、という副題がついている。毎日新聞から沖縄タイムスに転じた記者のインタビュー集。

沖縄タイムスに連載されたインタビューをまとめた本である。インタビューに応じて語っている碩学は内田樹、小熊英二、赤沼博、佐藤栄佐久、佐野眞一、清水修二、広井良典、辺見庸。この八人全員を碩学としてくくるには抵抗のある向きもあろうがここでは敢えて、沖縄と福島原発を通して日本を語るにふさわしい権威としてくくった。元福島県知事、佐藤栄佐久は国に立ち向かう姿勢が明快だから、道州制がいわれるいま、意見は新鮮である。

日本は政権が交代して、デフレ脱却・景気浮揚の大合唱が起こっているが、これは夜明けのなかった民主党政権へのリアクションだ。自民党政権の安倍ノミクスが失敗すれば、またリアクションに見舞われる。今週の作文題のひとつは「日本はいま、何時か」。さて、若者は何時とみているのだろうか。




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