ペン森通信
13年も見果てぬ妄想
年内はペン森も本日で閉店。年明けは7日からだから、なんと連続11日間の長期にわたって休みだ。新宿TSUTAYAでDVDを借りる、BOOK・OFFで文庫本を数冊仕入れる、運動不足を補うため中央線→身延線→東海道線→相模線の列車に乗って途中下車をしながらぐるり日帰り1周も悪くない。1泊の旅をすれば11日間の休みの消化率もあがるからこれも考えよう。なにしろこんなに長い休暇ははじめてだから戸惑ってしまう。

こういうときにかぎって、女子からの旅の誘いもない。もちろん男子からもない。金もないから、だらだらと近所を散歩するだけで終わりそうな予感もある。年内最終日の本日は昼間だれもこないから、なかなか時間がすぎてくれない。たった1日でこうだ。こんな退屈が連綿とつづいたら、精神の平衡を保てないかもしれない。城山三郎の『毎日が日曜日』は定年後の時間のあり余る男の人生を描いているが、「毎日が日曜日」とは言い得て妙。

ぼくが働きはじめたころは1週間のうち休日は日曜のみだった。大学を出て入社すると次の日曜日が待ち遠しくて、1週間は長いなあと感じた。サラリーマンになった大学の友人たちはこぞって言っていた。それまで午前中だけ仕事だった土曜日も休みになったのは80年代に入ってからだ。この土日の休みですらもて余す者がいて、それはマスコミ人だった。週刊誌記者をしていたぼくの後輩は、ひまだから小説を書いて賞をもらった。

ぼくはもはや小説を書く感性は消えた。会話体が多く、改行も多いのを読むのがやっとの状態。加齢というのは肉体の劣化だけでなく、精神もかなり摩耗していることを自覚せざるをえない。きのう帰宅時に読む本をさがしていたら、書店のカバーをしたままの文庫の新品がでてきた。本田靖春の傑作『誘拐』。だれかにプレゼントするつもりで買ってそのままにしといたのだろう。車内読書用にしたが、脳が摩耗して細部はだいぶ忘れていた。

最近迷惑メールがやたら増え、今朝も300通近く削除したが、11連休中は大変だ。一斉削除するには新着全部に網がかかる。仮に3000通として、受講申し込みもあるだろうから、一斉削除は怖い。といっていちいちチェックするには膨大な時間がかかる。チェックしても漏れがある恐れも多分にある。明確にわかるような見出しをつけてくれればいいのだが、名前がローマ字で見出しも迷惑メールと同じようなのが困る。

ともあれ今年も大した変化なくかくてありなん。来年こそはと意気込む年齢ではなし、だが、かわゆい女子から温泉旅のさそいでもあれば、秘薬2種類をポケットにいそいそと出かける気は十分。まだまだ枯れるには間があるが、ただしこれは頭の中だけの妄想。肉体方面の凋落ぶりはまるで民主党なみだ。そういえば今年は2回も酔って横転した。うちの前の路上と笹塚駅ホーム上。線路に転落はせず、まずはすねの擦り傷だけでよかった。

本日ことし最後の定期健診の結果、このところの血圧をみて弱い降圧剤が追加された。これで1日6種類の薬服用となった。自慢じゃないが老人の薬漬けである。来年はもっと増えるのかもしれない。11連休の間に断酒してみようか。と実行不能なことを考えるのは女子との温泉旅を妄想するのと同じ。心だけは来年も夢見人です。よいお年を!






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2012ぼくの重大ニュース
 年末のここにきて、風邪をひいた。何年ぶりのことだろうか。ぼくの風邪は治りが遅い。
23日、17期男子と山形・米沢に旅する予定なのに、まことに間が悪い。今年もあと10日足らず。特筆すべきものはなかったが、2012年のぼくの重大ニュースを考えた。

①友人知己の鬼籍入り。今年は喪中を知らせるハガキが11月から届いた。差出人の名前にまったく憶えない女性名で舞い込んだ喪中ハガキは、古い大阪の友人の死亡を知らせるものだった。「主人が長野で大けがをした時、私たちと一緒にいて下さり、本当に有難く思っております。今でも忘れられません」。取材中に頭を打ったのである。ぼくはふと予感がして、直前に保険に加入させていた。3週間の入院費用はそれでまかなえた。

②ぼくの肉体の経年劣化がいちじるしいこと。朝までぶっ続けで飲むなんてことはもうできない。翌日、疲れがたまってだるいに決まっている。年齢相応に男性機能はゼロに近い。いわゆる秘薬を3人の受講生からもらった。試してみたいが最初からあきらめて使わない。「いつでもOKですよ」という女子がいるのに、まるで反応できない。

③旅が激減した。23日、24日米沢に行くのが今年の旅納め。同じ山形の鶴岡へ行って、藤沢周平記念館に入館したことと、奄美大島へ総勢5人で行って7期生男子にお世話になったことはいつまでも記憶に残る。島唄はもともと好きだったがいっそう好きになった。現地の7期男子にはこういう記者生活もあるのだな、とその生き方に感服した。

④四国の地元の地方紙で記者のスタートを切った女子が全国経済紙へと転進して、その可能性にぼくが刺激を受けたこと。アメリカは地方紙から段階を踏んで中央紙へと上がってゆくのが普通。この若い才能にぼくがかなうわけはないのだが、よしおれもこれからだ、と忘れていた意欲を呼び戻して野望に火がついた。肉体はスカでも精神は若いぞ。

⑤スニーカーをはきはじめたこと。ぼくには元来が靴おたくみたいなところがあるのだが、革靴は大学の講座へ行くときだけだ。革靴は重いし、もしかした際の脱出には向いてない。ましてやぼくのような左足が不自由な老人は、軽いスニーカーにかぎるのである。きっちりとした勤め人ではないから、靴店で最も軽量のスニーカーをさがす。

⑥酒が芋焼酎に変わったこと。ぼくの酒歴は焼酎→ウイスキー→ビール→ウイスキー日本酒→焼酎とたどっている。日本酒の時期が最も長かった。次いでビールだろう。焼酎は高校生時代に飲んで、大学生時代はウイスキーだった。回帰してまた焼酎というわけだが、焼酎の厄介なところは便秘をすることだ。便秘経験は皆無なので最近まいっている。

⑦読書量が落ちた。横山秀夫の『64』は300ページ読みさしで閉じたままだ。重く鬱陶しい心理描写に疲れるし、それ以上にこの本は重量がありすぎる。靴と同じで本は軽いのが老人向きだ。めったなことでは単行本は買わなくなった。文庫の古本を買うことが多くなった。近くにBOOK・OFFが開店したからだ。来年からキンドルかな。

だからぺン森の内定率は高い
案の定、民主党はオウンゴール連発みたいな負け方をした。あしたはぼくの中大マスコミ論作文講座の年内最終日だが、作文が誤字だらけでオウンゴールみたいな採用試験の失敗はしないようにたのみたい。ペン森生は、さすがに誤字は目立たないが、着想が的外れでなにを言いたいのか伝わらない作文で失敗しないようにお願いしたい。まあ、ペン森生は採用試験までにまだ間があるから焦ることはない。修正可能である。

そくヘ行くと、中大のぼくの講座を受講している学生は気の毒だ。年内最終のあしたは前回書いてもらった作文「生きる」と、本番に備えるES・課題作文「試練」を返却するが、作文力が格段に向上した受講生が2,3人いて大いに楽しみだ。気を抜くことなく、多くを深く考えつづければ、大手マスコミの内定獲得も現実になるだろう。中大生は地味にコツコツやるタイプが少なくないから、新聞の読みこなしと時事問題には秀でている。

中大のかつてのぼくのゼミや論作文講座からペン森に入塾した学生もかなりいて、全員が大手マスコミに就職した。ゼミや講座からペン森というコースは、本人のもてる可能性を引っ張り上げるなにがしかの効果があるのだろう。ペン森は異なる首都圏の大学、大学院生も多い異なる学年、理系も多い異なる学部の学生と親しくなれる機会に恵まれている。加えてESは志望先のペン森卒業生が目をとおして適切なアドバイスをしてくれる。

頻繁にペン森にきて現役性と親交する卒業生はかぎられるが、それは地方在住が多く、ペン森に顔を出しがたいからである。それでもESを郵送するとしっかり読んで赤字を入れて送りかえしてくれる。ペン森は神保町にあるが、神保町だけで成立しているのではない。全国的なバックグランドを備えているから、本番に強いだけでなく、入社してからいい仕事をして、目立つようになる優秀な記者を出しているわけだろう。

 このペン森もあと2年で20周年を迎えるが、それまでは継続したいものだ。ぼくの健康状態がそのカギになるが、左足はやや不自由ではあるが内臓方面に故障はない。脳梗塞の再発をおそれつつ、焼酎のお湯割りを切れ目なく飲みつづけて、すこぶる元気だ。現役や卒業生が温泉などに誘ってくれるから、唯一といっていい趣味の旅は月1くらい楽しめる。年内はあと1回17期生男子の内定者とうまい肉を食べに遠出する予定だ。

 このところ休日によく牛肉を口にしているが、牛肉はぼくの体質に合うらしく、食した翌日は体の調子もいい気がする。牛肉を食べてあと5年はペン森を続けられそう、と思うこともある。元気な老人経営者や政治家は牛肉やうなぎを好み、それが元気の元と聞くが、ぼくもそれにあやかりたい。牛肉だけでなくうなぎもぼくの大好物だ。ただうなぎを食べる際、日本酒も飲んでしまう。うなぎ店を出るときは酔っているから女子の評判は悪い。

 若いひともぼくたち老人もオウンゴールの失敗だけは避けたい。そのためにはやはり日々の積み重ねの継続以外にない。100万円も1円からの積み重ねだからね。

 


自殺減少に統計の嘘はないか
 自殺者が3万人をはじめて超えたのは1998年だった。今年2012年は3万人をきるそうだ。じつに15年ぶりのことである。この間、ずっと自殺者は3万人を超えていたわけだから、合計すると人口50万人規模の中都市がひとつ消滅したのと同じだ。『NHKスペシャル』か『クローズアップ現代』で自殺問題を取り上げたNHKのディレクタ―はあまりの深刻さを真剣に受け止めてNHKを辞め、自殺問題に直接取り組むことにした。

ディレクターの話はTBSラジオで知って、このブログにも書いた記憶があるが、かれの熱意が国会議員を動かして議員立法で06年に成立したのが自殺対策基本法である。今年自殺者が減ったのは自殺対策基本法などの政府の総合的な取り組みが効果を上げてきたからだ、という意味のことを内閣府はコメントしている。さらに前原国家戦略大臣も自殺者減少は民主党の取り組みの成果、と地方遊説の演説で触れ、自画自賛している。

今年の自殺者の中には兵庫県警本部の留置場で自死した尼崎市の連続変死事件の首謀者とされる角田美代子も加わるが、それは統計上の最小単位としてであって、犯罪も人間性も隠れてしまう。いじめ自殺も同じく、統計を構成する単なる数字に化ける。その点、作家は作品が残るから、過去の自殺統計で消えても影響も記憶も消えない。太宰治、田中英光、三島由紀夫、川端康成、江藤淳、野沢尚などは自殺したが、ずっと消えない。

昔は殿さまが亡くなると、武士の追い腹という切腹美談があった。1986年アイドル歌手の岡田有希子が18歳で飛び降り自殺すると同じような年齢の若者が次々に高所から飛び降りて、あとを追った。自殺者は70%強が男性で中高年が健康や経済的な生活問題を苦にする場合が多いが、岡田由紀子のようにファンの自殺を誘発することもある。殿さまの場合は病死であっても部下が後追い自殺を図ったが、同じ後追いでも時代を写す。

いまの若者はゲーテの『若きウェルテルの悩み』のように恋人との失恋に絶望して自殺することはまずない。恋愛に命をかけるなんてないのだ。純粋無垢の感情があったとしても、他に相手が見つかれば、そっちになびく。そのへんの生き方は不器用な昔に比べてきわめて器用になった。あんなに盛大に結婚披露宴をして永遠の愛を誓ったのに、3分の1は離婚する。結婚という契約ですら簡単に破るのだから、恋愛関係もまあ、一過性だ。
 
 日本は自殺大国だ、なんとかしなければと訴えたのが五木寛之だが、日本よりも韓国の自殺が多い。世界で韓国が一番。次いでリトアニア、カザフスタン、ベラルーシと続き5番目が日本である。日本の次がロシアだから、旧ソ連圏の寒い国は総じて自殺が多い。日本では東北や日本海沿いが目立ち、世界の傾向と同じく温暖な地域ではあまり自殺はない。ぼくは南九州で生まれ育ったせいか、失恋しても仕事に失敗しても、まるで関係なかった。

 自殺者が3万人を下回るからといって、これはめでたい話題ではない。案外、統計の嘘を衆院選の前に内閣府や警察庁は意図的に発表したのかもしれない。統計上、2012年にもし変死が増えていたら、疑っていいだろう。

 

死の間際になにを考えるか
昨日火曜日はこのブログの更新日である。そのことをすっかり失念していて、夜になってなにかを忘れているような感覚がわいてきて、ようやく気づくありさま。ボケではあるまいと思うが、確信はもてない。一昨日、認知症防止団体のそれなりの地位にある後輩に会ったら、まだ大丈夫ですよ、と太鼓判を押してくれた。深刻な心配はしてない。でもいまや同じ年齢に達した昔の仲間に会うと、あれあのひと、と実名抜きで会話が成立する。

ぼくは若いときから酔うと、即時に対応できずに友人の名前さえとっさにでてこないことがあった。パーティーでいままで話していた友人を紹介しようとしたら、名前がでてこない。「あ、こいつは親友」と名前を言わずに紹介してしまった。紹介されたほうも親友をなんと呼んでいいのか参っただろう。かれはあいまいな表情のまま親友と会話していた。ぼくが親友の名前が急に口をついて出たのは、電車に乗ってうちに帰ってからだ。

 年をとるということは目の前に経験したことを忘れ、遠くにすぎ去った古い記憶をきのうのことのようによみがえさせることができると聞いている。よく走馬灯のように頭をよぎった、と死の間際にもらすと小説にある。若いひとも頭に再現したことを走馬灯のように浮かんだと、作文に常套句のように使うが、だいたい村の祭りがなくなってきたのだから、走馬灯そのものの存在を若いひとが知っているわけがない。それでもよく使う。

 ぼくが小さいときは村の祭りには必ず、まん中の豆電球?の照明に周囲の紙に描いた極彩色の絵を浮かびあがらせる「まわりとうろう」が柱などにぐるりと繋がれていた。もしかして死に際にいたったら、ぼくの脳裏にも古い古い村の祭りが浮かんでぐるぐるまわってくるのだろうか。いまはこうして無理矢理思い出さねば絵のイメージもうかばないが、死の間際には休眠中の記憶がひとつひとつ目覚めるのだろうか。

死は悪い記憶や不都合な記憶を削いで、混ざりけのない純なものにする作用があるのかもしれない。死の間際まで悪夢にうなされるのはたまらない気がする。ぼくは大して不行跡なことはしてないが、しかし自慢できるような道徳的な過去でもない。ひとの命を左右するほど責任ある立場の、たとえば政治家や経営者や医師や官僚は自覚があれば不眠に悩まされるはずだ。死んでからも悪夢がつきまとい、死んだ気がしないのではないか。

生まれたての子はみんな純で善良だ。それなのに育つにつれ、不純物が混合してきて、その量が多くなってくる。子ども時代の村祭りのころはぼくもまだ十分に純だった。長ずるに従い、出世、性欲、カネ、物欲などが肥大化してきた。酒欲は若いころからコントロール不能だが、できれば死の間際まで性欲に苦悶してみたい、と思う。ほかの欲望はいらないから、少年時代のような性の目覚めに懊悩してみたいという欲望は尽きない。

ぼくは小学1年時に病をえて死の世界に片足を突っ込んだ。その際、死ぬときにどのような思いが去来したのだろうか。まだ欲望もなく、生きてきた蓄積もなく、酒の味も知らず、女子も知らず、それこそ不純物のない純な子どもだっただろう。74年生きてくれば、船底に貝が付着するようになにかが付着する。それを取り払おうとしてバランスをとろうとするのが、死に際しての走馬灯かもしれない。

 

 

 



日本は階級社会になったか
 課題文を読みとりそれを自分の意見へと昇華させるなど表現の面倒をみてきた女子高生が上智大学の推薦入試に合格した。ペン森本来のマスコミ志望支援は今年、転進に1人だけが失敗したが、あとの転進組3人は、時事→共同、愛媛新聞→日経、テレビ新潟→読売と希望を達成し、まずまずの成績。かくいうぼくも毎日→TBSブリタニカ→ペン森開設という段階を踏んだ。ぼくの場合は若い時分ではなく高齢になってからの転進であった。

 大学キャンパスへ行くと、12月1日に就活が解禁され、リクルートスーツ姿が目につくようになった。ぼくは行き当たりばったりの計画性のないタイプだから、転進に際して考え悩んだりすることもなく、なんとはなしの思いつきの勢いで転じた。そもそも、毎日新聞に就職したときから、この会社で定年まで記者をすることはないだろうな、と予感していた。あきっぽい楽観主義だからだろう、生涯を決めることですら深刻に考えない。

 先の心配をしない楽観主義のゆえではなく、若いときだから年金なんてまったく頭にはなかった。毎日新聞1社しか受けなかったが、毎日に企業年金の制度がないのを知ったのは60代になってからだ。おまけにTBS-Bにもその制度がなかった。当時の同僚に会うと「最低の総務だったね」と愚痴がでる。企業年金は厚生年金に上積みされる私的年金である。企業の負担を伴うが社員に豊かな老後を送ってもらいたいための制度だ。

 業績の悪化がつづく近年でこそ、会社の負担になる企業年金を見直す傾向がみられる。右肩上がり経済のなかで社員生活を送ったのにぼくは、厚生年金のみ受けている。とはいえ、支払った金額よりも多額の年金を受給する幸福な正規社員世代である。ぼくの町内に年金の合計が50万円を超える老人がいて、やれイタリアに行ってきただの、フランスは何回行ったことか、と海外旅行三昧である。まあ最近は円安で国内より割安ではあるが。

 優遇される高齢者がいるのに比べ、貧困にあえぐ若者はあまりに切ない。年収300万円が結婚できるかどうかの境目らしいが、ぼくの年収300万は高額をもらった過去の延長線上にある。妻子がいて、持ち家があり、そこそこ旅も楽しめる。その点、若者はストックがない。統計によれば10代の7割、20代前半の4割がパート、アルバイト、契約、派遣などの非正規労働者だ。企業側にとってクッションになる非正規の身分は不安定だ。

 日本はOECDから正規と非正規雇用という労働市場の二極化を改めよ、と勧告を受けているが、一向に改善されない。ますますひどくなる一方だ。労働者の3割強が非正規でこれが二極に階層区分されている。この階層が固定化すれば階級社会だが、いまや階級社会になっているのかもしれない。ペン森にもテレビの契約社員から新聞社の正規社員に脱出しようとがんばっている女子がいるが、時間の自由がきかずに通塾できない。気の毒だ。

 企業年金は正規社員だけが対象。ペン森の内定者はすべて正規社員になるが、自社に企業年金があるがどうかを調べると財政の余裕があるかどうかの判断材料にはなる。下り坂日本にいるからには、それくらいの自己防衛は必要だろう。若者よ、巧みに坂を下れ。

ミルクココアと酒と選挙
このところミルクココアを毎朝飲んでいる。ぼくは酒飲みのくせに甘党だから、ミルクココアのその甘さが美少女のように好ましい。けさは起きぬけにまず午後の紅茶のミルクティーをコップ一杯飲んで、ペン森に着いてから、ローソンで買ったNestleの牧場ラテミルクココアにさっそくお湯を注いだ。食器棚には名糖のミルクココアも保管してある。朝の一杯では落ちつかず、昼食のあとにもう一杯と、1日2杯は確実に楽しむ。

午後の紅茶が好きなことはもはや知れ渡っているが、ミルクココアはまだ若葉マークである。そのうち女子がきっとプレゼントしてくれる。三陸の被災地へ行ったとき、同行の14期女子が飲み物を買ったついでにぼくの分の午後の紅茶ミルクティーも買って手渡してくれた。たかが廉価な午後の紅茶ではあるが、その心づかいが身にしみて、女子を一層可愛く感じた。午後の紅茶を自販機で落とすと150円だが、近くの西友は89円だ。

酔って帰路について最寄り駅改札を出る前、自販機に150円を投じるのが癖になっている。土日の買い出しの際には89円を必ず買う。150円と89円ではかなりの差だから、チリも積もれば差額で文庫本一冊買える。経年劣化してぼくのボルトもさびついているものの幸い、糖尿の気はないから自由に甘いものが口にできる。自宅の冷蔵庫には不二家のジャンボシュークリームが入っているが、他の甘いものの消化が先で手つかずだ。

自宅冷蔵庫では奄美大島みやげの黒糖バウンドケーキもまだ眠ったままだ。冷凍庫にはピコが詰めてある。ペン森の冷蔵庫には100円ショップのぜんざいをしのばせている。こんなに甘すぎるものにはさすがにだれも手を出さない。以前、粒あん状の小豆の缶詰を開けて夕食前に1人で平らげた女子がいたが、いまのペン森女子はどちらかというと、酒好きが目立つ。日本酒や水割り焼酎をコップ酒でぐいぐい飲む酒豪が2人はいる。

最近、リハビリを必要としないほど体が軽い。左足は相変わらず引きずり気味ではあるが、昇りの階段は手すりにつかまらなくても昇れる。どうしてだろう、不思議。奄美大島でカヌーを漕ぎ、黒糖焼酎を飲み、島料理を堪能した効用だろうか。あるいは毒蛇ハブの粉末をときどき食事前に飲んでいるからだろうか。毎日曜日に牛肉を食しているせいだろうか。理由は不明。これでわがボルトの経年劣化が止み、復調すれば言うことないが。

衆院選は本日公示。東京は11月29日に知事選が告示され、16日にダブル選挙となるが、投票意欲を削ぐこんなあきれた国政選挙も珍しい。ぼくはどの党に入れるか、だれに入れるかまだ決めてない。決めようもない。大騒ぎの第三極は、慎太郎が参入して橋下と慎太郎のぶれやずれが露呈した維新は、瞬間風速が吹いただけのようだし、受け皿と期待された未来も小沢一郎が参謀であることが明らかになって濁りが生じ、純度が落ちた。

党名と党首と公約とがいまだに線で結べない。酒とぼくは直線で結べたはずだが、意外にも甘党のミルクココア路線も加わった。でもペン森へのおみやげは酒ならなんでも、できれば芋または黒糖焼酎がいいね、そこは全然ぶれません。



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