ペン森通信
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『64』には口直しが必要だ
 横山秀夫の『64』を読んでいる。ぼくは元新聞記者だから、記者と警察幹部のあいだに立つ県警の広報官の仕事や記者の立場はわかる。ただ、横山小説は人間の心の底にへばりつく悪意、憎悪、怨念、裏切り、復讐心,疑惑,隠蔽といった心理を拡大して陰気にさせるので、ぼくは読むに根気を要する。善意の優しいお人よしは出てこないから,暗鬱な心境に陥る。いやな気分のまま最後まで読んでしまう石川達三や、清張の小説と似ている。

 書店に行くと、平積みで2列に積んであったから、かなり売れているのだろう。いま半分くらい300ページまで読み終えた。もうこのへんで止めて一足飛びに最後のほうのページをめくろうかと迷っている。ミステリーはこうして途中を省いて中抜きで読むことがぼくは多いのだ。この『64』は分厚くて重量があるから、寝床で開きにくい。電車でも重すぎる。老人向きに気配りした本ではないのである。だから読了に時間がかかる。

 あすあさっての土日は絶好の読書日だが、BOOK・OFFへ出向いて、陽気な文庫本でもさがすか。陰気きわまる『64』の口直しをしたい。同じ警察小説というか暴力団ハードボイルドというか、大阪弁まるだしでリアルな黒川博行作品からさがすとするか。最新刊『繚乱』はいま盛んに広告を打っているが、文庫になるまで待ってもよい。傑作『国境』は一度手にしてあまりの分厚さにあきれて諦めた。では『悪果』にするかな。

 善人が出てきて癒されるのは伊藤桂一の戦場ものだろう。戦地という苛酷な条件下でも優しさや良心を失わなかった兵隊の姿をいかにも詩人らしい濁りのない筆致でいきいきと
描く。清涼剤小説ならぼくのような老人には伊藤桂一だ。もっと若かったら三浦しをんの『風が強く吹いている』を読みたいところだが、何回も手にとっただけ。あぶない予感がしたからである。たぶんこれは泣いてしまう青春小説だ。涙腺の弱いぼくには危険すぎる。

 『永遠の0(ゼロ)』を再読したいのだが、これは電車の中では開けない。喉の奥をひっくひっくさせて、鼻水も盛大に流すだろう。先週、奄美大島へ行く飛行機の中で同行の17期女子が読んでいたのが『永遠の0』だった。若い人の必読書と言っていい。放送作家、百田尚樹のデビュー作。このあいだ「行列のできる法律相談所」をみていたら、1人の弁護士がこの本を推奨した。レギュラー席から「もう号泣、号泣だよ!」と声があがった。

『永遠のゼ0』はいまでも書店に平積みされている。口コミでじわじわと広がってミリオンセラーとなったこの文庫をぼくが知ったのは06年か07年だった。亡くなった児玉清がなにかの座談会でほんのちょっと触れていたのを目にして、さっそく買った。15期生に勧めたら、何人も読んだ。奄美大島の島尾敏雄記念館で同行ペン森生はこぞって名作『死の棘』を買っていた。20年以上も前にぼくが推薦していた女は怖いという私小説である。

 『死の棘』は映画化され、国際的な評価も高かった。『永遠の0』も映画化され、来年公開される。『64』も映画になるのだろうか。陰鬱な心理描写は『死の棘』よりも難しいのではあるまいか。で、『64』は中抜きで今晩は最後の39ページを読もう。


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島唄は奄美の集落文化の象徴
 飛行機嫌いのぼくでも奄美大島へ行くには飛行機に乗らないわけにはいかない。飛行機にペン森の男女各2人ずつの4人とぼくの5人で搭乗して鹿児島の先の島、沖縄に近い奄美大島へ3泊4日の旅をしてきた。奄美には7期生の朝日記者が赴任している。奄美に行くというより、かれに会うのが主たる目的だった。かれは赴任2年足らずのあいだに奄美にすっかり魅せられ、濃密な人間関係で結ばれている島の人に自然に溶け込んでいた。

 元ちとせが高2で歌った島唄のCDを仕入れた。ぜひ里アンナの島唄CDも買いたいと思ったが、CDプレーヤーを持ってないことにきづいた。だいぶ前だが部屋を暗くして般若心経を流していると、家人が近所迷惑だと気味悪がった。CDも処分したような気がする。ちとせもアンナも奄美の代表的な唄者(うたしゃ)であるが、島ごとに歌唱法は異なるという。ぼくにはその違いはわからない。島とはそれぞれ隔てられた集落のことだ。

 これも奄美在住7期朝日記者の受け売りだが、奄美はほとんどが山地で、山と山のすきまに集落が点在している。集落と集落の間は毒蛇ハブなどがいて亜熱帯植物が密生する危険な山間地の陸路よりも船で連絡をとっていた。集落はすなわち船で行く島だったのである。その互いに隔てられ独立していた集落に独自の文化が育まれて、島唄という民謡が生まれ歌い継がれてきた。沖縄の島唄とちがって、歌唱は裏声を多用するのが特徴だ。

 もちろん、集落(島)ごとに島唄は言葉や唄の調子の微妙の違いがあるそうだが、ぼくら内地の者には歌詞の基本になっている「しまくち」(奄美方言)が理解不能だから、意味はわからない。朝日記者がさっそく名瀬にある郷土料理の店「かずみ」に連れていくと、三線(三味線)を弾いて歌っていた唄者おじさんが、かれに歌うように突然促す。かれは一瞬、たじろいだが意を決して歌いはじめた。素人くさいものの裏声もよく透る唄者だ。

 この店の名「かずみ」は店主の西和美からとったもので、和美さんは奄美大島では知らないひとがいないほど名だたる唄者らしい。地元新聞社主催の島唄大会で大賞を獲得したことがある。本人はぼくと同じく脳梗塞を患いぼく同様、完全な復調はできず店にどっしりと控え、娘さんがかいがいしく客の世話をしている。やがて三線をつま弾くおじさんに乗せられて、同行のペン森生ともども小さな太鼓を叩いて、ぼくらも島唄に合わせた。

 朝日記者は3日間にわたって夜、店を案内してくれた。行く店行く店ごとに、知り合いから声をかけられ、すっかり島の人たちに同化していた。島唄を習いはじめて1年という。島唄はみんなで寄りあって歌い、そこで共同体の心を通い合わせる効果もあるとみたが、島唄仲間はかれを自然に受け入れ、かれは共同体の一員だった。ペン森生は感服するばかりで、しきりにその愛され方に驚嘆していた。「自分もこんな記者になりたい」と。

 元ちとせの島唄をレンタカーのなかで聴いていると、哀調を帯びた裏声の旋律が眠気を誘う。元ちとせは結婚して子どもを産んで声変わりした、と唄者のひとりが言っていた。
里アンナもポップス歌手に転じた。集落がトンネルでつながれ往来が自由になって、隔絶されていた独自文化の独自性が次第に薄まるにつけ、島唄という民謡はさらに変化していくのだろう。奄美の黒糖焼酎は少女時代に歌った元や里の島唄のように伸びやかに甘い。

「野合」は男女の関係を示す
 自民党と民主党は太陽の党と維新の会の合併を「野合」と非難するし、非難されたほうは民主も自民も野合からスタートしたと悪口を浴びせる。こんなにおおっぴらに公党が「野合」という言葉を口にしていいのか、あまりにも品がない。いま手元にある『岩波国語辞典』を引いてみると、野合とは「男女が正式な結婚手続きをふまずに関係すること。私通」とある。時代小説には男Aと女Bとが裏山の藪のなかで野合した、といった表現がある。

 まあ、アオカンと似たようなもので、言ってみればラブホなどの専門施設がないころの表現にちがいない。「野合」の本来の意味を知らない有権者も多かろう。冗談にしろ女子に対して、きょうおれと野合しようよ、なんて言ったらりっぱなセクハラだ。もっとも相手が「野合」の意味を解しないで、いいですね、どこでしますか、などと応じたらハラスメントにはならない。気取っておつにすました女子にちょっと言ってみたい気もするね。

 ぼくはテレビ朝日の前田有希アナが好きだ。03年入社の彼女には言えても、まだ女子としてベテランではない卓球の石川佳純にはこんな汚すようなことは言えない。剛力彩芽にはもちろん言っちゃいけない。前田アナは明るいお嬢さま系だが派手ではなく、地味でもなく、頃合いの飾り気のなさがぼく好み。ただ2003年入社というのが、20代前半を高言するぼくにはオ―バ―エイジ。石川佳純は試合が少ないので見る機会がない。残念。

 剛力彩芽はCMでよくお目にかかるが、名前はさっきまで知らなかった。「決定!第34回読者が選ぶ・講談社広告賞」のベストキャラクター賞を受賞したことが週刊現代に載っていたので気がついた。彼女は独特の妖しい目にくらくらする。魅惑的な女子高生みたいな佳人だ。自民党幹事長の石破のような危険な怪しい目とは異なる。剛力はごっつい姓の割に名前が初々しい印象でかわゆい。石川は平凡な顔つきだが、笑顔が健やかな清楚系だ。

 一般的に少女にも大人にも使えない言葉を政治家はメディアで平気で使っている。メディアもそれを委細構わず使用して、まるで鈍感だ。かれらに言葉の乱れと若者の風紀の乱れを嘆く資格はない。「野合」には別の意味もあるが、第一義は男女の性的な関係だから、人前で口にできる言葉ではない。単にくっつくことをさして悪口を言う言葉として流布している気配だ。子どもに野合ってどういう意味?と聞かれたら、どう答えるのだろうか。

 それにしても、12月16日の投票には困った。入れるところがない。15も政党が乱立しているが、その全部の政党名を言えるひとは少ないだろう。石原慎太郎はどういう党ではじまってなんという党に落ち着いたか、これはまるでクイズだ。党名とそれぞれの主張を言えるひとは皆無かもしれない。これまで声高らかに言っていた政策を捨てて合流したり、じつに打算むきだしのありさまに嫌気がさすばかりである。

 メディアの世論調査が出ているが、メディアによって支持政党の数字にかなりの差が生じているのは、有権者に迷いがあるからだろうか。あるいはメディアの分析の主観の差が投影されているのだろうか。新聞やテレビの選挙報道も悩ましい。

 

今回も投票は犬の遠吠えか
選挙と聞いてテンションが上がるのは報道機関と政治家だが、今度は国会全体が混乱状態のまま解散となった。与党民主党は自壊作用を起こしているし、野党第一党はいつか来た道を自覚しないまま次期政権の座だとほくそ笑んで舞い上がっている。第三極といわれる小政党の群れはどことくっつくか、くっつかないかで騒ぎたてるばかりで、理念も方向もさだまらず、烏合の衆みたいだ。15あった政党がこの2,3日でまた増えて実体不明。

民主党が大勝利をおさめて政権党になった3年前の総選挙の開票日、ペン森生数人と伊豆高原の温泉付きコテージにテレビ開票速報を見に行った。自民党が敗れて民主党が第一党の与党になる、政権交代を見越して興奮していたのである。NHKのその特別番組がはじまったとたん、長妻昭の当選確実がでて、みんながワーッと歓声をあげた。それは永田町の長妻昭事務所でアルバイトをしていた女子ペン森生が混ざっていたからでもあった。

そのペン森生に対して、「おめでとう」「おめでとう」と声をかけたのも、歴史の転換を自ら祝福するような晴れがましさの表れであった。自民党から民主党への政権交代をわがことのように喜んだのはまったく不明の至りだったが、喜んだのは新聞もそうだ。とりわけ朝日新聞の民主党への肩入れは並ではなかった。朝日も先見の明がなかったと恥ずべきだろうが、朝日の目を狂わすほど民主党政権への期待が大きかったというべきだろう。

この失望感は結婚にもたとえることができる。あれほど好きで愛してゴールインしたのに一緒になったら、互いのあらが気になって仕方がない。恋愛時代は可愛いと思っていた彼女の仕草も結婚したら疎ましくてたまらない、夫が暴力を振るう、セックスの相性が悪い・・・。ストーカよりもDV被害のほうが多い現在、結婚した夫婦のうち3分の1が別れる。それと同じで、ぼくもまた民社党にのぼせあがっていた。のぼせはいずれ冷める。

失望した政治家たちは民主党から脱走したり、新しい党を立ち上げたり、理屈は並べるが、ホンネは選挙で当選したい一心の行動にちがいない。なにしろ落選したらなんの権力もないただのおっさん、おばさんになってしまうのだから、主権が国民にあるということはいいことだ。有権者は政治を操ることができる。そのへんは中国とは大いに異なる。政治家のだれもが国民のためとか、やたら国民を連発するが胸の底はそうではあるまい。

今回、どの党に投票しようかと決めかねているひとが多いだろう。ぼくも迷っている。民主党も観念右翼を総裁に戴く自民党もだめ。まあ、政権をとる可能性ゼロでチエック機能の鋭い共産党か白票ということになろうか。反原発、TPP賛成、消費税増税やむなし、という立場である。この3条件を満たす党がどこなのか、まだ仔細に検討してないのでわからない。でも条件にかなうのが小政党なら、主張は立派でも所詮は犬の遠吠えだし。

実際のところ民主党への投票行動は有権者にとって犬の遠吠えにすぎなかった。この失望感は政治不信に直結した。今回も棄権だけはしたくないから、さて12月16日の投票日にむなしく犬の遠吠えをするか。

ぼくのぬる湯ベスト10
卒業生もふくめて最も旅をする旅友は10期生の女子である。10期生だからもう7,8年の旅友だ。多いときでも年3回程度にすぎないが、なにも起こらないまま長続きする。その彼女からぬる湯への誘いがあった。「近場だと山梨の増富ラジウム温泉、群馬の霧積温泉、静岡の畑毛温泉あたりが先生好みの温湯かと」。増富と畑毛にはすでに行って、温泉につかった。ぼくは温泉好きだが、熱いのが苦手だからシャワーだけということも多い。

温泉へ行ってシャワーだけ浴びて帰る、というのはまるで間尺に合わないが、ぬる湯にはなかなか行きあたらず、熱湯に入るよりはましだ。温泉のガイドブックにも源泉や温泉の温度表示はまずない。ぼくの熱めとぬるめの境は40度。ところが最近、湯温も記してあるガイド本を見つけた。『旅の手帖』のムック「達人の秘湯宿」である。年に100日温泉取材をする秘湯大好きの温泉紀行ライター飯出敏夫著。以下、ぼくのぬる湯ベスト10。

10期旅友女子は飯出と面識があるそうだ。ぼくが近々行きたいのは ①群馬県水上町の川古温泉・浜屋旅館。ここは猿ヶ京温泉の1湯らしい。ぼくにとっては懐かしき猿ヶ京だ。この温泉郷に仲間数人と別荘を建てようという話が盛り上がり、3回土地を見に行ったことがある。結局、夢は夢で終わったが、そういういきさつがあるから行きたい。ほとんどの滞在客が2,3時間入浴するという。30人は入れる混浴露天風呂も魅力。

群馬県の西上州エリアには高温の湯はわかない、ということもこのムックで知った。②下仁田町の下仁田温泉・清流荘。ローカル線上信電鉄の終着下仁田駅から2キロ足らずの1軒宿。源泉温度14度の炭酸泉を加温、イノシシ、シカ、キジ料理と自家栽培野菜を食することができる。③山梨県早川町の奈良田温泉・白根舘。昭和27年に開業した山里の1軒宿。内湯は源泉かけ流しで真綿に包み込まれるような名湯らしい。ぼくも包まれたい。

山梨県にもぬる湯の名湯がそろっていて、身延線の下部温泉がその代表格だが、ここは先を急いで新潟県へ。④三条市の越後長野温泉・嵐渓荘は木造3階建て。大正ロマン風の客室に人気があるそうだ。ごく親しい女子を伴っているときは平成4年建築のバス・トイレ付きの客室がいいな。老人は小便が近い。一気に静岡に入り、⑤静岡市の田代温泉・民宿ふるさとは大井川鉄道から「南アルプスあぷとライン」に乗り継ぐ。奥大井の秘湯。

⑥岐阜県高山市の新穂高温泉・野の花山荘。眺め抜群、露天風呂からの視界が広い。オープンキッチンスタイルと暖炉の置かれたロビーで会話が弾む仕掛け。⑦富山県氷見市の指崎温泉・民宿いけもり。ここはなんといっても富山湾の新鮮な海の幸で一献傾けたい。寒ブリ、ズワイガニ、アンコウ鍋に氷見牛のたたきも加わる。⑧富山市の越中山田温泉・元湯玄猿楼は開湯701~4年の古湯。自噴するアルカリ性の美しい湯の温度は40度。

『江~姫たちの戦国~』もヘンな大河ドラマだったが、その姫たちが入ったらしいのが⑨滋賀県長浜市の須賀谷温泉。赤褐色の湯に特徴があるが、ツインベッドの洋室仕様がぼくにはありがたい。古湯といえば、弘法大師が発見したといわれる ⑩島根県吉賀町の木部谷温泉・松乃湯の源泉は間欠泉だ。濃い茶褐色の炭酸泉でいかにも効能がありそうに見える。




レバ刺し禁止と反日デモから連想
レバ刺しは口にしたことはなかったが、今年7月1日に禁止されたことは知っていた。たかが牛のレバーが生で食べられなくなるというだけのことなのに、なぜこれほど大騒ぎをするのだろうかと当時、ふしぎに思った。その後、レバ刺しもどきの登場は何回かテレビで見た。しかし、全体としては禁止令の施行と同時にレバ刺し騒ぎはピタリと止まった。この止まり具合が中国の反日デモの強制消滅に似ていて、気色悪かった。

「生食文化に政府は口を出すな」と気炎をあげていたひとたちはやはり従順な日本人だった。中国人は従順ではなく、相当に扱いにくい国民性だが、なにしろ泣く子も黙る共産党一党独裁である。上からの指示や命令を破ったり無視したりすると怖い。その怖さが骨身にしみているから一斉にデモは止んだ。まことに不気味。表現の自由が認められている日本でどうしてレバー食いが嘘のように消えたのだろうか、首をひねるばかりだ。

たとえばぼくは焼き肉店には30代までずいぶん通った。神保町の京城苑が行きつけだった。レバ刺しなんて見たことも聞いたこともないころだ。脂っこいカルビが好みで、紹興酒を飲んで牛のしっぽのスープにひたしたおじやのテグタンで閉める、というのがぼくのコース。現在まで20年くらい焼き肉店にはほぼ行ってない。ほぼというのは前のペン森があったビルの近くに焼き肉店があったからだ。やむをえず3,4回何人かと行った。

話はそれるが、京城苑から路地を入ったところにアナゴ専門のすし店があって、そこは不潔だった。アナゴすしを握ったり巻いたりする白い上着を着たおっさんが、しょちゅう床につばやたんを吐く。目ざわり耳ざわりでたまらなかったが、たれをつけないアナゴが美味なので何回か通った。中国の食風習を連想させるおっさんのつばたん吐きが不潔だった。そういうおっさんにはつばたん吐き禁止令を出しては取り締まってもいい。

再び話はそれる。食いものの話題には連想が連想を生むようなところがあるからご容赦を。社会部の新宿支局に勤務していたころ、仕出し弁当を取り寄せたら、ふたの角にごく小さなクモの巣があった。まだ血気盛んだったぼくは仕出し屋の主人を呼びつけ怒鳴った。
その際、保健所に通報したかどうかは記憶にないが、仕出し屋は3日くらい営業を自粛したように思う。あるいは知らせたのだろうか。仕出し屋の謝罪ぶりをよく憶えている。

 土日の休日は旅にも出かけない。うちですき焼きだ。ひとつ先の駅、多摩センターの三越地階に入っている肉店の牛肉1000円盛りきりを2パック買えば十分。翌日のぼくの弁当まで解決できる。ぼくは弁当男子なのだ。すき焼きもそうだが、鍋ものに必須の白菜は中国・朝鮮から輸入して品種改良を加えて全国に広まった。いまは食品をただ輸入するだけのような気がする。日本人の嗜好に合致する品種改良を重ねているのだろうか。

 中国は最高権力者の交代が行われる。日本の高度経済成長の入り口となった所得倍増をぶちあげたが、伝えられる官僚腐敗と貧富の格差はただごとではない。体制や制度を輸入して自国に合うよう、改良しなければ国が内部から自然に崩壊してゆくのではないか。レバ刺しを食べれば体内が崩壊するのだろうか。ブリの刺身のほうが食べたいけど。

田中真紀子は正しい面もあった
文部科学大臣の田中真紀子が新設3大学を不認可にしたが、再審査することになった。ぼくは真紀子も将来を見据えていいことを言うなあ、と最初は思った。日本の大学の数は778校(国立86、公立95、私立597)である。2009年に大学進学率は50%を超えた。若者(18~22歳)の2人に1人が大学生だ。大学の数は増えるが、少子化で若者は減っていくばかり。減り続ける若者にそんなに大学を用意する必要があるのか。

田中真紀子ならずとも、矛盾はなはだしい大学の多数と若者の少数だ、と思うのが普通の感覚だろう。将来、若者の数がふえていく統計上の見通しがあれば、まあ許せる大臣の不認可だったかもしれない。だがその保証はまったくない。日本は05年から人口減少社会に転じているから、年金の世代間格差が大問題になっている。ぼくはきのう74歳になったが、払った金額よりも多く支給される世代だ。逃げ切り世代という恵まれた層である。

昔の寿命からいうともうこの世に生命体として存在してないはずだ。それがどうだ、ピチピチピカピカの20代女子と親しく戯れて、いまだにホルモン増産の活発な活動期にある。あと10年は生き長らえそうな勢いだ。10年生きると、それだけ現役世代に迷惑をかけることは承知している。医者にかかってもぼくはたったの1割負担ですむ。JRもジパング加入を利用すれば200キロ以上が3割引きとなる。3割はでかいよ。

ぼくら世代は日本の歴史上、最も恵まれた世代にちがいない。戦争に行かずにすんだ。前の親世代よりも生活は上昇するという社会的な約束ごとがあった。高度経済成長の上昇気流に乗ってただ浮かんでいればよかった。繁栄を知らず不況下の若者にはほんとに申し訳ない。日本の年金制度は賦課方式だから、現役世代がリタイア世代を背負う仕組み。当然破綻する。積み立て方式に転換すれば自分で積み立てた分は戻ってくるのだ。

だが、その移行期間をどうしのぐか、知恵が浮かばない。労働力と兵隊を補強するためぼくの戦前生まれ世代は兄弟が多い。ぼくも家内も6人兄弟である。一郎、二郎、三郎ときて、このへんで産むのは止めようと最後は留吉と名付ける例もあった。ぼくの孫は1人っ子だ。出生率は2010年1・39。89年に1・57ショックと呼ばれた衝撃を経て、少子化になれっこになった。出生数は73年がピークで209万人、いまは105万人。

ぼくが大学に入った1958年、大学進学率は10%にも届かず、大学数も234校(国立72、公立32、私立130)にすぎない。ぼくは私立だが新聞コースの学生39人に対し教授4人。個人指導のペン森よりもきめ細かだった。さて、真紀子大臣のことだが、最初は、とことわったのは、再審査3校のうち2校が専門性の強い大学だからだ。日本社会は異端排除の傾向があり、大学で培った専門性が殺される面がある。画一的なのだ。

つまり強い個性は出る杭だから打たれる。個性派大学の京大からノーベル賞受賞者が多く、官僚派の東大が少ないこともそのことを表しているだろう。グローバル化のこれからの時代、井の中の蛙では勝負できない。個性派大学を不認可にするなんてとんでもない。大量生産の偏差値優先の出ない杭こそ不要だ。田中真紀子は出すぎた杭だが。



気長と短気のどっちが好きなことをやったか
 亡くなった作家の藤本義一は『貸間あり』『青べか物語』の映画監督、川島雄三に弟子入りした。川島は藤本に叩きこむ。「プロは嫌なことをするから好きなことができる。アマは嫌なことを避けるから好きなことができない」と。以上、きのう1日の毎日新聞「余禄」からの受け売りである。ぼくは嫌なことを避けながら好きなことしようとして、これまで生きてきた。好きなことだけやろうとするからプロではない、と自覚している。

現役時代は嫌なというか、不得意不得手なこともいやいややった。といってプロと威張れる腕利きの特ダネ記者ではなかった。ぼくは文系だから理系はまるでだめ。数字にも弱い。古い話になるが、それでも「円高包囲網」という連載を85年のプラザ合意後の急激な円高を題材に社会部のぼくがひとりで十数回書いた。編集局長になんで円高を社会部がやるんだ、と経済部から強い抗議があったとのちに耳にした。偏狭な、なわばり主義。

その連載の商社記事と銀行為替部門の符丁を日経が追いかけた。不得意な分野だからこそ、ぼくの素人質問に相手は丁寧にこたえる、間違ったことを書いてもらっては困るから不安のあまり、時間を割いてくれる。不得意不得手には知ったかぶりは大怪我のもとだし、謙虚に頭を下げて記事の材料を集める。ぼくは1円1円を積み重ねて100万円をためるタイプではなく、行き当たりばったりのタイプだから、書く内容はその日に決める。

きょうはデパートを素材にしようと思いたって当時有名なスター社長のいた西武百貨店にねらいを定めた。突然行って「社長に会いたい」と広報に言った。謙虚ではなくかなり乱暴。「アポイントをとっていますか」「とってない」「じゃアポをとって後日」「後日じゃ間に合わない。すぐ会わせてくれ」「そんな無茶な」「おたくの社長はトイレに行く?」「そりゃ行きます。人間ですから」「ぼくはついていってトイレで取材するよ」

とまあ、広報とやっさもっさやって、ついに社長に会えた。そこで円高の取材であることを広報にも話していたが、直接告げた。社会部はいい話題はほとんど書かないので警戒される。為替の話でどうして社会部なのだろうと首をかしげながらも、悪口を書くわけではなさそうだと察して折れたようだった。社長に了解を得て、社長とともに店内売り場を回った。ぼくは輸入品の品物を指しながら、円高でうるおう側面を聞いたのである。

不得意不得手であれば、こっちも血相を変えて迫力が生まれる。その勢いで相手を押し切ることもできる。でもこれはせいぜい30代までのような気がする。年を重ねるとそれなりに世渡りの知恵がつく。この知恵がつくと男の場合、好々爺になるか、いらいらと気難しく短気な石原慎太郎のようになる。男はおおむね気の長い老人と短気な老人の二手に分かれる。さて短気は好きなことができたほうか、好きなことができなかったほうか。

好きなことができたほうが短気だ。慎太郎は嫌なことを避けて好きなことができた珍しい例。嫌いなことに直面した経験が少ないからすぐいらいらする。ぼくは好きなことがごく少なく旅、酒、女子の三つしかない。短気起こして一つでも失っては生きられない。この三つを同時にゆったりと味わい付き合う。来週月曜日74歳の好々爺になります。



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