ペン森通信
人生の旬の時期について
五輪サッカ―の優勝候補だったスペインが日本にもホンジュラスにも敗れて、まさかの予選落ちとなった。ホンジュラス戦ではゴール練習みたいに24ゴールを放ったが、ことごとく枠からはずれ、経済で苦悩するスペインを象徴するかのような試合経過と結果だった。それに比べれば、北島の平泳ぎ100の完敗は、大リーグの松井やイチローと同様、年齢的にはアスリートとしてのピークがすぎた結果だろう。旬が過去になったのだ。

人生だれでも旬の時期がある。オリンピックは4年に1回だから、前回の北京が最高潮だったのに、今回のロンドンは下り坂という選手もいるにちがいない。柔道女子の福見友子は北京では谷ヤワラに勝ったのに代表になれなかった。旬のすぎた谷は銅。福見は北京が実力の頂点だっただろうが、めぐりあわせで、ロンドンで戦うことになった。すでに引き潮だったとみられる。いまが旬かどうかを見極めるのは本人もきわめてむずかしい。

ぼくは自分の最高潮時は37歳のときだった、と思う。怖いもの知らずの感があって自信満々。社会部きっての書き手だといわれたし、自分でもそう思っていた。その後は現在に至るまで余韻で生きているようなものである。振り返れば、人生のある時期、たしかに旬がある。ただそれは人生の長さからすれば、ほんの一瞬にすぎない。その一瞬をずっと引きずって自慢をするひとは一瞬の栄光にいつまでもひたっている幸福な人種だ。

男子はおおむね30代に旬を迎え、才能が冴える。女子は男子にくらべ、見目が麗しいかどうかという外見上の問題がつきまとう。ぼくも面接官をやったことがあるが、きれい系可愛い系は多少頭のねじが緩んでいても見た目の邪魔になるものではない。女子は20代が容姿の旬だ。男子は旬を迎える前が就活、女子はまさに旬の真っ盛りに就活の時期に突入する。断然、女子が有利になるわけだが、女子の蝶よ花よ、はすぐ終わる。

賞味期限は男子のほうが長い。いつまでもじっくり味わえる。女子はその点、不利。蝶は飛び去り、花はしおれる。口うるさいおばさんになる。賞味期限は短い。長じて男子は好々爺となり女子は鬼婆となったのは、地震雷火事おやじが猛威をふるった時代の話。好々爺と鬼婆とは言い得て妙ともいえるが、いまどき好々爺も鬼婆もほとんど存在しない。じじいもばばあも気が短くなってイライラして、近親への口うるささもハンパない。

きょう毎日朝刊で香山リカがコラムでウルグアイのムヒカ大統領のスピーチについて書いている。ウルグアイは人口300万人、佐賀県と同じくらいの経済規模だが、自然に恵まれ資源は豊富。人々はローンの支払いのために働きすぎていると大統領は言う。「2倍働きローンの支払いに追われていたら、幸せな人生は一瞬ですぎて、私のような老人になってしまう」。それじゃ老人は幸せではない、というわけ? 日本の老人は幸せだぜ。

先行き不安な若い世代よりも老人は幸せ感がある。なんたって年金逃げ切り世代だし、上り調子の経済に身をゆだねてきた。日本が旬の時期に人生を送った層だ。史上最高の幸福を味わったくせに、文句だけはいっぱしいう扱いにくい世代。でもぼくは人生まだ最高潮、女子から誘惑の手が伸びてくる何回目かの旬がはじまっている。








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お盆休みは秋採の直前特訓
 この夏は夏休みをもらわねば、と思っている。世間は13日(月)~17日(金)までの休みが多いようだ。前後の土日を合わせると、11日から19日までの9日間となる。9日間もあれば、ただうちにいる手はない。海外は、アフリカの果てまで行ける。日本も縦断の旅ができる。ところがぼくは11日から19日までは休めない。マスコミ秋採用の筆記試験が迫っているからだ。最後の仕上げの集中特訓の面倒を見なければならない。

 秋採用試験とはいっても8月は真夏だ。夏の採用試験といったほうが正しい。8月18日読売、19日共同、25日NHK,26日朝日と、8月後半の土日は各社振り分けてダブらないように実施する。だから世間が休みのときに老体のぼくは出てきて、試験に臨む学生のために13日~17日は最後の仕上げの面倒を見るのである。特訓と言っても、中身はたいしたことはない。論作文の各社予想課題を持ちネタで時間内に書いてもらうだけ。

 要するに持ちネタをあらゆるお題に当てはめて論作文を書く持ちネタ使いまわしの練習である。本試験の論作文時間は60分ないし70分しかない。その場で考えて新しいネタで書こうとすれば時間はすぐ使いきる。持ちネタを用意してどんな題にでも適応できる準備をするにしくはない。問題は使える持ちネタを持っているかどうか、である。論作文は駄作を100本書いても意味はない。それよりも秀作1本をもっているほうが得策だ。

 その秀作を使いまわす。論作文のおしまいに無理やり関連づける。それは採点者に見破られやすいが、それでも駄作の使えないネタよりもよほど可能性は高い。ペン森は内定率がきわめて高率で卒業生はマスコミ界にあふれているが、ぼくは記者時代の仲間にしばしば揶揄される。「きみはできの悪い連中までマスコミ界に送りだしている」。でも、本人は秀作1本を書く才能があった。その才能を見極めなかったのになにをいうか、である。

 たしかにこの若者はマスコミでは使えそうもない、というのが内定したりする。これは採用する側の人をみる目の劣化の問題であって、若者やぼくにはいささかの問題もない。
ぼくの感じでは以前、記者がネタ収集に秀でた記者と書き手の記者という二つの流れがあったころ、作文を判定する目も高く厳しかった。ペン森出身の記者は定着率が高く、離職者がすくないのは、論作文やESを通して志の部分に比重をかけているからだ、と思う。

 志の有無は記者が読者の負託に応えられるかどうかの責任感にかかわってくる。辞めなくて自分が属する媒体を活用して志を表現できれば、それに越したことはない。論作文の秀作とは表現欲望が最も効果的に表れたものである。内容の粗っぽい論作文でも、志がこもっていれば訴えるパワーがちがうものだ。その書き手は可能性のある楽しみな若者ということになる。13日からの集中特訓は秀作エキスの応用活用を試すのである。

 促成栽培のような集中特訓だが、それに至るまでの継続的な書く努力がなければほとんど意味をなさないから、結局は志追求の表現欲望が長持ちする記者やライターを輩出したいための特訓なのだ。それが終わったらぼくも夏休み。

 


魔界への使者
このあいだ小洒落た日本食レストランで昼食を摂り、昼酒を飲んでいたら席に焼酎「赤兎馬」あります、と案内の紙が立てかけてあった。「赤兎馬」(せきとば)は『三国志』にでてくる稀代の名馬である。馬体は真っ赤で1日千里を兎のような速さで駆ける際のたてがみは炎が流れるようだったと。焼酎「赤兎馬」は薩摩鹿児島の芋焼酎、20日も水割りで飲んだがすっきりとキレのよい名酒。それにしても「赤兎馬」とはよく命名したものだ。

 ぼくがいま、自宅で飲んでいるのは「魔界への誘い」。妻を相手に飲んでいること自体が魔界だね。やはり魔界に誘ってくれる妙齢美女と飲みたいね。これは佐賀の芋焼酎だが、本場の九州には意表をついた名前の焼酎が多い。鹿児島の「天使の誘惑」もいい名前。ぼくがいちばん気に入っているのは宮崎の「百年の孤独」。コロンビアのノーベル賞作家、ガルシア・マルケスの作品からとったのだろう。惜しいかな、これは芋ではなく麦焼酎。

 きのうペン森で飲みおえたのは芋の「ひとり旅」。ぼくは各駅停車乗り継ぎのひとり旅も好きだが、女子との年齢差ふたり旅も「わくわく大冒険」(麦焼酎)で胸が躍る。でもそんなふたり旅の愉悦も「千年の眠り」(麦)から覚めた「永遠の一瞬」(米)にすぎないのかも。「ショパンの恋」(麦)ならずとも、日本人も「縄文人」(いも)の古から「若造」(米)も「スーパー60歳」(米)に至るまで「こいじゃが」(芋)と異性に夢中になってきた。

ぼくは日本酒から芋焼酎のお湯割りに切り替えて、体調がよくなったような気がする。日本酒を「うまいものはうまい」(芋)と無鉄砲に飲んだ結果、医者に週三日にしな、と警告された。「どげんかせんといかん」(芋)と自覚反省し、どげんしても77歳の「BIRTHDAY誕生」(芋)にはこぎつけようと考え、切れ目なく「日々是々」(芋)、毎日飲んでいるわけである。お湯で薄めているから「破壊王」(芋)だったと悔むことはあるまい。

 人生は言うまでもなく「無限大」(米)ではない。人間はみんな、その時代時代を生きている「時の旅人」(麦)である。その時々に「酔十年」(すいとうねん・芋)と「あなたにひとめぼれ」(麦)の季節がめぐり、どんなに「豪放磊落」(芋)な男でも、仮に相手が「芋娘三姉妹」(芋)であっても、最初は「王妃」(黒糖)にみえるものである。「我は海の子」(芋)の元気者もなよなよとしばし「天使の恋物語」(米)風の純真無垢におちいる。

 焼酎と並んで多種多様の名前がついているのは、おコメだろうか。こちらはひらがなかひらがな交じりが多い。「あきたこまち」「なごりゆき」「夢しずく」「あかね空」・・・焼酎ほどの着想の冴えは見られない。相撲取りの名前にしても日本語の豊富さと奥深さが感じられて、知らないことの多さを知って愕然とする。とくに一般紙のスポーツ面の見出しづくりの苦労も日本語ならではのだいご味だろう。ロンドン五輪でいい味をだしてくれ!。

きょうは極めつきの名焼酎「大魔王」がある。早めに飲んで魔界へ走りこもう。魔界にもきれいなねえちゃんがいるといいな。


 

梅雨明けの真夏は郷愁の季節
梅雨があけて、帰宅中の夜11時前に公園を通過している際、樹木の梢からたしかにセミの声がしていた。ことしはセミが鳴かないね、とペン森で話したばかりだったので、心境的にホッとした。早めに羽化する二イニイゼミだろう。暑い夏はどういうわけか知らないが、郷愁を刺戟する。ぼくは半世紀以上前の少年時代を思い出す。中学の途中まで育った村は東側に山の連なる宮崎の農村で、その中心を流れる小さな川でひねもす遊んでいた。

 中学に入ると間もなく、鹿児島市に転居して、今度は自宅から歩いて行ける距離の磯という海水浴場に通い詰めた。高校時代の夏休みは勉強そっちのけで夕方7時前の下り列車が通るのを機に浜にあがった。桜島まで距離4キロだが、中間点の2キロ沖合で空気を腹いっぱい吸い、あおむけになってまだ明るい空を眺めていた。海水だからぷかぷかと浮くことができたのである。ときどき底からなにかに引っ張られる気がして不気味だった。

 沖合に出ると潮の流れで流され位置がずれた。浜まで泳ぎ着くのがけっこう大変だった。足がつったこともあったが、これはいったん沈んで海中で手を使って、思いきり伸ばしてなおした。毎夏2カ月も通っていたから、体は上半身逆三角形に発達して、海水パンツの跡がくっきりと大学生になっても残っていた。軟弱なコンニャク機能のいまでは想像できないくらい、胸も厚くたくましい10代20代。女子に見せたい精力的な肉体だった。

 8月中旬になると、クラゲがわいて体中を刺された。痒くて痒くて畳の上を転げ回ったものだ。中華料理のクラゲを食べたのは新聞記者になってからだ。こりこりしておいしくて、大量に食べたら、じんましんができてまいった。クラゲの毒素が体に残留していて、化学反応を起こしたらしい。70歳の半ばになろうとするいまでも恐る恐る少量口にするだけだ。少年時代の思い出はかくも肉体に潜んでいる。トラウマはばかにできない。

 泳ぎをおぼえたのは小学生のころ、村の青年団から川に放り投げられたからだ。なんとも無鉄砲な水泳の覚え方だったが、おかげで溺れそうになったことは1回もなく、無事にこれまで生きてこられた。やがて肉体を鍛えることもなく、心身ともにやわになったのは新聞記者というインテリ職業に就いたせいかもしれない。むかしの記者はたくましかったと振り返る元記者もいるが、よわよわしい文学青年崩れの被害者タイプも目立った。

 ぼくもどちらかといえば、よわよわしい記者でその証拠に事件取材よりも企画もの担当
が多かった。だいたい警視庁の捜査一課(殺人強盗担当)や四課(暴力団担当)の記者は、記者とは思われない粗暴なタイプが多かった。ネタとりのうまい記者と、書き手の記者という両極の流れがあり、ぼくは後者といわれた。強いてあげれば世相若者女性を得意分野とする軟派記者。恥ずかしながら、これはお前だ、という特徴はなかったのである。

 ただ、ユニークではあったと思う。大学の教養課程時代の哲学のレポートに子どものころよく見ていた馬の種付け場面を詳述して、教授を元気づけようとした。教授の顔色が悪く痩せて、息も絶え絶えの印象だったので、同じ男として奮い立ってほしかったのだ。無垢な少年時代、馬の種付けをつぶさに観察したのがぼくのすべての原点では、とも考える。

無人島に持ってゆく本は妄想本
 無人島にもっていきたい1冊という問いに対して、ひとはどういう基準で1冊を選ぶのだろうか。すでに読んだ本、まだ読んでない本とに大別すれば、まだ読んでない本は中身の正体を知らないからぼくには怖くて選べない。すでに読んで感銘、感動、教示を受け、想像力を刺激してくれた本ということになるだろう。小説はいったん筋がわかると興味が失せるので、哲学書や歴史書、辞書、エッセー、自然科学の類、その他に落ち着くのでは。

 では具体的にはどの本?ということになると、はたと困る。それでも決めねばならぬ。これが無人島に連れて行きたい女性を1人選べ、となると比較的簡単だ。まさか性格の悪い女性を選ぶばかはいるまい。これまた知っている女性、ということになる。いや、性格の悪い相手に二重丸をつける男がいるかもしれない。いつ殺してやりたいか腹が立って、イライラと苛立つので退屈しなくて好ましい、というタイプがいないとも限らない。

 だがぼくはせっかくだから理想を追って、性格のいい従順な、文句や愚痴ひとつ言わない明朗闊達な健康体の女子がいい。もちろん、本と違って人間には感情というものがある。こっちが勝手に相手を決めて持ち去るというわけにはいかない。相手がいっしょに行ってあなたと2人で暮らします、と了解しなければ実現しない。相性もきわめて重要な要素だ。相性の合わない同士だと不運きわまれり、わざわざ地獄へ行くようなものだ。

 ぼくは無人島行きを仮定して、目星をつけている女性がいるが、相手にとっては青天のへきれき、たまったものではないだろう。でも、妄想は勝手です。妄想に従えば、彼女は唯々諾々とぼくと行動をともにする。喜んで同行してくれる。無人島で子どもも産みます、
育てて、家庭を築きましょうよと張り切る。これは誤算。ぼくは子孫を残すなんてことまでは妄想してない。若い相手は本能のままぼくに日夜迫るかもしれない。えらいことだ。

 と、まあ、ひまなときは妄想も飛躍する。いま、「ひやく」を転換したらいきなり「秘薬」が出てきた。秘薬も効き目のない老人だから、飛躍的な妄想によってホルモンの分泌を促そうとするのだろうが、切ない身になったものだ。妄想だけで鼻血がでた過剰な肉体はどこへ行った。もはや、水虫もできない、ようだ。頭のなかは妄想するくらいだから、まだかなり生っぽい。ぼくは本にふけり、妄想癖ににやけるあやしい書斎老人。

 無人島へ持ってゆくとすれば、妄想をかきたてる本、ということになる。それは歴史書でも哲学書ではない。一見して無味乾燥な分厚い本。この1000ページを超える中身には情報がみっしりと満載され、妄想を巻き起こす材料であふれている。大判の時刻表だ。ぼくはこのJR制作版と交通新聞社版を自宅とペン森に備えている。ひまなときにこれを眺めては、飯田線のだれもいない無人駅にたたずみ、次は北海道の日高本線に乗っている。

 時刻表は鉄道路線図だけでなく主要駅構内案内、列車編成表、路線バスの路線、ハイウェイバスや空路のダイヤ、都道府県の都市・温泉別のホテル・旅館が掲載され、ちらちら見るだけで興奮、うずうずする。旅ごころが湧いて、非日常の世界にたちまちいざなってくれる。旅には必ずかわゆい女子が同行して、ほれ酒の相手もしてくれるのだから、やはりこの1冊だ。

 


利他の精神を発揮せよ!
マスコミ各社の春採用の季節がすっかり終わって、秋採用というか夏採用というか7月にはもうESの締め切りが迫っている。20日締め切りの共同を皮切りに31日読売と続く。筆記試験は夏真っ盛りの8月に集中する。春と秋(夏)のあいだがじつに短い。ぼくが入社したのは1962年だから50年も前だ。当時は朝日、毎日、読売、NHKは10月か11月、同じ日に年1回しかなかった。失敗すると1年待ちだから、必死だった。

ぼくは毎日の1社しか就職試験は受けてない。一発必中。先日同期生会があったが、ぼくは出席しなかった。どうせ古い思い出話と病気自慢で盛り上がるに決まっているからである。当時は東京と大阪、九州で採用していたが、カメラマンも含めて記者は全社で60人だったそうだ。東京は書く記者26人?東京オリンピック直前かつ高度成長期で増員をはかったのだろう。幹事によると連絡がとれたのは48人。12人は行方不明か死亡。

まあ、幸福な同期生といっていいだろう。48人に連絡できたというのだから、ペン森よりも所在確認はすばらしい。ペン森は創立17年をすぎたが、いったい何人が入塾し、在籍したのか不明だ。長いあいだ黙って来ないから来ないものだと思っていると、久しぶりですとひょっこり顔を出し、また来なくなる。これでは実体がつかめない。最新の17期生ですら27人が在籍していたが、次第に消えて行って、現在は新人を含めて8人。

内定者はだんだん顔を見せなくなる。顔を出して新人にアドバイスをしてくれるひとは、人の恩とか縁を大事にする見あげた存在だなと感心する。先輩が残していってくれたESや作文のお世話になり、あるいは直接先輩に指導を乞いながら、あとは知らんふりという人間失格もいる。人間失格者はこのところはっきり目立つようになった。こんなのを採用しちゃだめだよ、と叫びたくなるが、内定してしまったりする。採用側には見る目がない。

ペン森をはじめるとき、友人の河合塾幹部に「受講料は厳しく取り立てねばつぶれるよ」と忠告された。最初は安く設定してしまい、学生が値上げ要望をだした。営業活動も活発でビラやポスターづくりと大学就職課ヘの連絡、路上での配布活動まですべて内定者が手分けしてやってくれた。1人だけ受講料未払いの2期生男子がいたが、あとはきっちりしていた。受講料未払いだと生涯の負い目になるはずだが、いまはそうでもないらしい。

3・11以来、思いやりや絆が言われるが、これを翻訳すれば他人に対するやさしい配慮ということだろう。利他の精神と言ってもいい。河合塾の友人が指摘したとおり、ペン森はつぶれたも同然だが、卒業生の寄付やキリンビールの差し入れなどの利他の精神によって命脈を保っている。利他の精神を持続せねばとぼくは近々、ミレーの「種をまく人」をまた山梨県立美術家舘に見に行く。種をまいていい芽がでた、という例は最高の気分。

6期毎日男子の小沢一郎金銭追撃特ダネ、10期読売女子の社長賞と副賞50万円、12期朝日男子のその後の被災地南三陸報道・意見、そして10期雑誌女子記者の共同通信への連載「民芸を旅する」・・・ ぼくもミレ―並みに力強く大地を踏みしめて種をまくから、みんないい芽をだしてくれ!


原発事故調と『失敗の本質』
「福島原発事故は明らかに人災」と断じた国会事故調査報告書が公表された。事故調は、他に政府事故調、東電事故調、民間事故調とあるが、きのう5日に公表された報告書が最も歯切れがいい。第三者の考えがにじみでていた民間事故調の報告書は「多種多様な癒着構造をもっている原子力ムラ」の弊害を指摘した。これは1冊の本にまとめられペン森の講義にも使わせてもらった。国会事故調の黒川清委員長は民間事故調から引き抜かれた。

 事故調が4つもあるので、一番権威があるのはどれか迷うところだが、国会事故調はメンバー選びに自民党の意向が反映されている。すくなくとも東電事故調よりは信頼性は高い。今回の東電、官邸、経産省を指弾する報告書のメンバーは大飯原発の再稼働をどのように受け止めるのであろうか。メンバーがそれぞれメッセージをだしている。その点に絞って質す記者はいなかったのか。黒川委員長は現政府の安全基準を批判していた。

 新聞には報告書の要旨が掲載されていたが、6日朝のテレビはほとんどこれに触れてはいなかった。触れても新聞の「人災」を強調した見出しなみでおざなり。中身まで踏み込むには内容が広範すぎて、制約された時間内にコンパクトに報ずるにはお手上げ状態で、テレビの不得手な分野だったのだろう。あるいは視聴率はとれないと見たのだろうか。新聞とて、要旨を読みこなした読者がいたかどうか、疑問だ。ぼくも読み通してない。

 しかし、週末には読まねばならない。うちでは毎日と朝日を購読しているが、新聞購読時間は朝約1時間にすぎない。ペン森で毎日を読む時間が約2時間あるが、リハビリ治療のために整形外科に寄ってくるようになってから、購読時間はより少なくなった。このところ、春採用試験の時期がすぎ、秋採用の受講生の入塾を待っているが、入塾者はごく少数でその分、時間の余裕はできた。余裕時間は読書にあて、夕刊を精読して酒になだれる。

 報告書の要旨は新聞の見開き2ページにわたった分量。明日土曜日か日曜日に読むことになるが、読み通さねば、と思いつつも読まぬままずるずると今日にいたっているのが、名著『失敗の本質』。これのは「日本軍の組織論的研究」という副題がついているから、言うまでもなく旧日本軍を分析した組織論である。組織論は嫌いではないが表現が硬く、かつ軍事用語が多い。防衛庁担当経験があって抵抗のないぼくなのに手こずったままだ。

 福島原発事故でまず思い出したのが、この『失敗の本質』だった。おそらくどの事故調のメンバーも、『失敗の本質』は参考のために読んだにちがいない。東電だけでなく、官邸も、東電社長も総理大臣も担当大臣も官僚もあの太平洋戦争で旧軍が犯した失敗をまた繰り返したのである。ぼくも中公文庫の著名な『失敗の本質』を断片的な拾い読みではなく、ぜひじっくり腰を据えて読み通さねばならない。とまた、何回目かの決心をする。

 

煮詰まった民主党
つぎの総選挙で民主党は、どういうマニフェストを掲げるのだろう。守られない公約をいくら訴えても、浮気は絶対にしないと誓う新郎と同じで、だれも信じない。最近、派手な結婚式をあげて祝福にあふれてスタートした若い夫婦が離婚して周囲をびっくりさせた。3組に1組が離婚する時代だから、相手と生理的に合わないとかの理由で別れても、それ自体が社会に影響を与えるわけではない。民主党のマニフェスト破りこそ罪だ。

 既成政党に対する不信感と政治に対する不満はもはやアラブの春をよんだチュニジアやエジプト並みのレベルに達しているかもしれない。6月29日に官邸を取り囲んだ普通のひとたちの大飯原発再稼働反対の大デモは主催者によると20万人に達したというから、アラブのように内発的な盛り上がりであった。ツイッタ―やフェイスブックの呼びかけで自然発生的に集まった市民デモはインターネット時代の歓迎すべき新しいスタイルだ。

 ぼくらが経験した60年、70年安保も一部自然発生的な要素があったものの、党派の指揮による組織だった行動という面が強かった。民主党も指揮者なしの印象。野田増税総理はいのちを賭けると何回吠えてもまったく効き目がなく、小沢一派は出て行った。その小沢一郎の威光も哀しく衰え、被災地の地元岩手の議員2人がそっぽを向き、新党どころか死に党みたいだ。それは民主党の運命も同じで滅びゆくうたかたを予感させる。

 新聞もテレビも民主党分裂の政争報道に熱心だが、これでなにが変わったというのだろう。実体はなにも変わらない。社会保障はどこへ消えた。国会議員削減は夢幻か。歳入庁はどうなった。自民、公明は消費税増税だけの部分連合で、民主の社会保障には反対。つまり自民、公明は一時的に体の関係は結んだが結局は、はいそれまでよ。未練たらたらの民主はなお身も体もなげうって、誘惑しようとするが、自公はまるで冷たい。

 つぎの総選挙は近いといわれるが、民主も小沢新党も見る影もなく惨敗だろう。代わって自民がのしてくるが、衆議院過半数にはいたらない。民主と連立するだろう。別れた夫婦がいやいやながらいっしょになるわけだ。これまで屋外で騒いでいた維新の会という暴れん坊も堂々と屋内にはいってきて、大声をだしはじめる。ちょっと収拾がつかない感じだが、維新の会はその革新性で一家を乗っ取る勢い。ま、こういう流れで、希望はない。

 橋下維新の会は天下を取るかもしれないが、橋下は姥捨て政策を掲げている。老人には苛烈な合理化を進めそう。世の中には老人嫌いが多いから、それでも支持を集めるのだろう。自分も老人になるのを想像しないでさ。いずれだれでも長生きすれば、しなびたじいさんばあさんになる。ぼくみたいに肉体老人、こころ青年という変わり種もいるけど。小沢分派党も民主も自民も公明もその他の党も、なぜこうも清新さに乏しいのか。

 民主は、古色蒼然たる自民にくらべ、最初は清新だった。いまやそれは微塵もない。人間も結婚披露宴の新郎新婦は清新だ。ときに新婚3年で古びてしまう妻もいるが、民主は新幹線復活、原発再起動と政権3年にして存在が煮詰まったばあさんより詰まってきた。

 



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