ペン森通信
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じいさんも『おじさん図鑑』を見た
神保町で改札をでたら、ペン森に行かず書店グランデに直行した。いつもなら手前の小宮山書店で足を止めて100円古本を物色するところだが、わき目も振らずグランデ内へ。エレベーターに乗ると、6階の鉄道の階へいってしまうので、エレベーターが見えない
正面から入店。気になっていた『おじさん図鑑』を買おうと思っていたのである。ついでにきのう読みさしを弟子にあげた『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』の補充のためだ。

 『おじさん図鑑』は前から存在を知ってはいたが、週刊文春の「ベストセラー解剖」に取り上げられ、取材期間5年間、おじさん観察のために撮った写真5000枚以上と紹介されていた。こりゃほっとけないと思った。データに「企画が通るまで3年。おじさんの街・神保町などで売り上げを伸ばして累計10万8000部」とあった。神保町でおじさん時代をすごしたじいさんとしては、気分が高ぶって入手に走ったわけ。

 文春から引用すると「『普通のおじさん』『缶ビール・缶チューハイおじさん』など、どこにでもいるような“おじさん”を48に分類、味のあるイラストと一言コメントを加えて(中略)他に類書を見ないユニークな内容(後略)」。著者はむさび出身のイラストレーターのなかむらるみ。企画通過が難航したのは「決定権を持つ偉い方達自分もおじさんなので『どこが面白いの?女子高生図鑑ならまだわかるけど』というノリだったから。

 『女子高生図鑑』でも『女子大生図鑑』でも、おじさんのように48分類も可能なほど彼女たちは人生の幅も深みもない。「偉いおじさん」「暇そうなおじさん」「半ズボン+革靴のおじさん」「ハイウエストのおじさん」「ぽっこりおなかのおじさん」「酔っ払いのおじさん」「うるさそうなおじさん」「いやらしいおじさん」「リュックのおじさん」「人の物をのぞくおじさん」「秋葉原のおじさん」「不倫してる?おじさん」…とおじさんは無限分類。

 かくもおじさんは多人種だ。同時に1人のおじさんのなかに何人ものおじさんが同居している。ぼくが年齢を下げれば、以下のイメージで見られると想像する。「暇そうなおじさん」「酔っ払いのおじさん」「いやらしいおじさん」「リュックのおじさん」「不倫してる?おじさん」。誤解だよ、と叫んだところでそういうふうに見られているのだから、あきらめる以外にない。でも、「不倫してる?」なんて、なんという他人の思い違いだろう。

 書店グランデで買ったもう1冊の『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』(赤松啓介)は同じくちくま学芸文庫の『日本の歴史をよみなおす(全)』(網野善彦)と同時進行で読むとより立体的に理解できるかもしれない。民衆の視点から見る網野史観と民衆そのものの行為を赤裸々に描く赤松民俗学の合体だ。赤松民俗学は同じく在野の宮本常一に通じる。宮本の「土佐源氏」では子どもの性が語られるが、赤松はその性に特化した点がユニーク。

 さて、あすあさってと休日。ぼくは短パンTシャツと夏のじいさんになって、買い物に行く。うちでは、自室の窓を開け放って、せめて読書にいそしむじいさんでありたい。『おじさん図鑑』は読書ではなく、見るエンタメだが。



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壮行会までに消えた酒8升
神保町に名高いビアホールがあるのをご存じか。靖国通りにあるランチョンである。いまでこそビルの2階に店を構えているが、昔はビルが建つ前の1軒家だった。店は1階。現在は明るく開放的だが、古い店は採光がわるく薄暗かった。だが、そのころから生ビールの名店の誉れ高く、吉田茂の息子の文芸批評家、吉田健一が隅に陣取ってちびりちびりとやっていたらしい。ぼくが通っていたころには、吉田健一はもう見かけなくなっていた。

ここの生ビールは乾いて冷やしたコップに7℃で供する、という。白髪の先代が注ぎ入れていたが、それはだれもまねのできない職人技で、数多のビヤホールはその味を再現できなかった。大酒飲みの吉田健一が通い詰めた道理である。ぼくも当時はビール派だった。たしかに適温かつ微妙に一味ちがって旨かった。2階に移った新しいランチョンにも何回か行ってみたが注ぎ手が2代目に代わり、ぼくはもっぱら、ウイスキーの水割りを飲んだ。

丸谷才一の古い随筆を拾い読みしていたら、「出陣」と言うタイトルの項に吉田健一がでてきた。昭和19年か20年の戦時中の古すぎる話題で恐縮だが、福島に疎開していた吉田健一のもとに召集の赤紙がとどいた。32か33歳の吉田は海兵隊に入隊することになった。そのとき吉田がやったのは、ただひたすらお酒をたくさん集めることだけだった。で、リュックに4本、両手にそれぞれ2本ずつ、全部で8本を持って東京行きの汽車に乗る。

 吉田のかみさんがそのとき言ったそうだ。「いったい、どこの世界に、お酒を8本も持って兵隊に行く人がいますか」。折しも舅の吉田茂は、戦争を終わらせようとした工作がばれて、憲兵隊に捕まって、獄中にいた。「子供の手を引いて駅から帰るとき、子どもが不意に、パパは死ぬんだね、と言いましてね。亭主はお酒をかついで入隊でしょう。お舅さんは監獄でしょう。心細うございました」と、これはかみさんが後日に述懐したことだ。

 吉田があれほど熱心に酒を集めたのは、入隊の壮行会に集まってくださる先輩知友に迷惑をかけたくなかったかららだそうだ。吉田は先輩知友に電報を打った。何日にどこそこでお別れの会をする、酒は用意してあるからご心配なく、と。ところが、汽車の中で4本の濁り酒が発酵して威勢よく噴出してしまった。1升ビンの底に少量しか残ってない。飲んでいい気持ちになるどころではない。残りの清酒4本を持って東京に到着した。

 着いたら、吉田は1本をぐいぐい飲みはじめた。そこへ来客がつぎつぎにあり、お茶がわりにだした。こうして3本は飲みほしてしまった。残るは1本。壮行会の前日、親交の深い文芸評論家の河上徹太郎と中村光夫がやってきた。2人はあすまで泊まり込みで別れを惜しもうという流れになった。こうして最後の1升は消えた。壮行会には集まった文学者のだれ一人として酒を持参せず、一滴も酒がないまま、みんな怒り狂った会となった。

 戦争末期の酒不足は想像以上の深刻さで、酒好きの戦中日記には必ず入手できた際の飛び上がるような嬉しさがあふれでる。ぼくも切れ目なく飲んでいるが、高校時代のように芋焼酎のお湯割りに切り替えたら、体調もよくなった。肝臓の数値もほぼ平均値まで回復した。これで体の機能が高校生並みに復活してくれると、いうことなし。それにしても昔の男たちは酒に関して底知れぬ強さと執着があった。とても及ばない。

 




AKB48指原莉乃と小沢一郎
老眼鏡なしで朝、毎日新聞を斜めに開いていたら「水着サミット」という社説のタイトルが目に飛び込んできた。ン、水着サミットとはいったいどのようなサミットか、と首をかしげ、よく見たら水着ではなく「水害サミット」だった。この手の勘ちがいをするのは潜在意識の露呈か、単純な見間違えか。だいたい社説なんて読まないから、目をとめることもないのだが、今朝はどういうわけか目にとまった。明らかに水着のせいだ。

なにが書いてあるか、そんなことはわからない。水害とわかったとたんに読む気が失せた。もしかしたら、小沢一郎の関連が社説になっているかもしれない、という思いがあって、社説欄に気持ちが向いていたのかもしれない。新聞もテレビ報道も、小沢離党→新党結成かと、それ一色の感があるから、あまり関心のないこっちまで男の権力争いの行く末に興味が染まってしまう。毎日は幸い社説2本とも小沢関連ではなかった。

 朝日はなんだったか、こっちはなにも引っかかる文字がなかった。他の新聞は購読してないのでわからない。小沢一郎に対してどのような論調でなにを言っていても、唯我独尊の小沢が影響をうけるはずもないから、知ったことではない。ぼくは一時、小沢に政権をもたせてみたらと考えていたが、大震災で地元の岩手に帰らなかったのをきっかけに、はっきりこの政治家を見限った。口では立派なことを言っていながら、実体見たりだ。

 小沢が一族郎党を引き連れて、脱党しようがしまいが、属していたのがもはやなにも期待しない、失望感や空虚感を与えるだけの民主党だから、切歯扼腕するにはいたらない。小沢グループの離党騒ぎは小沢の口ぐせ国民のためではなく、選挙をにらんだ自分のためにほかならない。不人気の民主党が選挙で掲げる旗印が消費税増税と原発再稼働ときては、当選は遠い夢だ。消費税にも再稼働にも反対だったといえば、有利だという計算が働いた。

 『週刊文春』の離婚した小沢妻の手記の謀略説がまだ根強くくすぶっていて、文春の手記掲載号は永田町方面では売り切れだそうだ。それをもって、小沢問題への関心の高さはかなりのものという観測もあるが、それはない。同じ号に「AKB48の指原莉乃は超肉食系でした」というタイトルで恋愛禁止のAKBなのに元カレの告白記事が載っている。指原はAKBの総選挙でいきなり4位に浮上して一躍注目を集めたのはご存じのとおり。

 若者は当然、小沢よりも「ヘタレさしこ」に多大の興味がある。雑誌編集者をしている卒業生の女子は「コンビニを4軒も回ったのに全部売り切れ、AKBは売れる」と嘆いていた。ぼくはどちらかといえば小沢の方に関心があるのだが、とはいってもその文春を購入したのは、文春が文藝春秋社から自宅に届くからである。ただでもらっては申し訳ないからほぼ毎週、週刊文春だけは購入しているわけだ。他の週刊誌は買わなくなって久しい。

 民主党の小沢は家庭内別居のような関係にあった。指原のようにエッチもしてたのに、と泣きもいれられない。指原はこのスキャンダルで福岡に左遷された。民主党と小沢はいっそ別れたほうがすっきりする。こうして、民主党の解党がはじまってゆくのだろう。










皮製品の元とプロセス
 『動物文学』という季刊の雑誌にぼくの親友が犬の話を継続して書いている。平成24年初夏号が届けられ、それに犬の日本史11回目を書いている。「江戸で多いもの、伊瀬屋稲荷に犬の糞」と冒頭に振って、その考証を綴った。犬の糞のように姓の多いたとえの例として、福島の磐城・相馬地方では「佐藤斎藤犬の糞」、佐賀では、「松尾山口ゃ犬の糞」鹿児島では、「山下中村犬の糞」とそれぞれ出典をあげて紹介しているのが可笑しい。

 いまも犬はじつにおびただしい数だと思う。とくにうちの近所では休日の夕方、リードをつけてペット犬の散歩をさせているひととひきも切らず出会う。小型の座敷犬でも樹木や電柱の根元をくんくん嗅いで、後足の片一方をあげてマーキングしようとするから愛玩用とはいえ、野性だねと見直してしまう。飼い主は糞の始末をする袋を必ず持参しているから、糞が道に散らばっているという光景はほぼ都会では絶無である。大したマナーだ。

 ぼくも子どものころは中型犬を飼っていた。田舎のことだから当然放し飼いで、隣のうちの茶色の大型犬にいつもいじめられていた。ぼくもその大型犬は怖かった。いまでも犬嫌いなのは、しかしそのせいではない。寝そべっているほかの犬をまたいで通ろうとしたら、ふくらはぎをガブリと噛まれたことがトラウマとなった。70をすぎた現在でも犬とは目を合わさないようにしている。ぼくが怯えていることがわかるのか、よく吠えられる。

 犬の肉はまだ食べたことはないが、千葉の銚子在のペン森卒業生が、うちの犬と隣の犬とその隣の犬が行方不明になった。うわさでは、漁船の清掃をする中国人が食用にしたのでは、と話していた。で、ぼくは銚子に行った。地元のおばさんにきいたが、なんとかという地区では野犬が多く、群れをなしているから怖い、という的外れの回答だった。骨があったとか、保健所が動いているとか、そんな裏付けはまったくとれなかった。

 犬は赤犬の肉がおいしいとされる。こういう言い伝えがあるということは、すなわち、犬食が日本にもあったということだろう。東大の5月祭だったか、学生が犬を料理して食べて問題になったことがあった。その学生が亀井静香である。名は体を表すという言葉の逆を亀井は若いころからいっていたらしい。戦前までは、貴重な蛋白源として犬肉をよく食べていた、という八戸の話が『日本の路地を旅する』(上原善広著)にでてくる。

 では皮はどうなる?4,5年前、ペン森女子と墨田区の皮なめし工場を訪ねたことがあったが、血の付着した生々しい皮は豚のそれだった。似たような工場が近くに点在し、女子が「このへんは被差別部落ですか」ときいたら応対の女社長が「ここでそんなことを話題にしたら大変よ」と血相を変えた。『日本の路地を旅する』の路地とは被差別部落をさし皮の文化を守った。豚皮はハンドバッグもなっていた。犬皮は太鼓などになるらしい。

 
 皮靴はもちろん、ベルト、バッグ、三味線、コートやあらゆる皮製品の出自をわれわれは想像しない。高価な毛皮コートに身を包んだ欧米狩猟民族の末裔ご婦人は、捕鯨には反対するが、自分の身に付けた皮製品が生命体であったことを考えるのだろうか。われわれは結果だけを手にする。たまにはその元とプロセスを考察してみようよ。

 

 

日本人体質の体現
 シリアの戦闘はついに内戦状態に入った。国連の事務次長がそのような認識を示した。政府軍と反政府軍の激闘と流血がやまない。政府軍による民間人の虐殺まで起こったようである。アサド大統領は首が長いが、タクシーの乗客が「キリン見たいだね」といったら、運転手に密告され逮捕されたそうだ。市民のあいだに密告屋が大勢ひそんでいるというから、酔ってなにを言うかわからないぼくなんか、命がいくつあっても足りない。

 国連は軍事介入をしたいだろうが、ロシアと中国が反対する。ロシアも中国も資源ねらいである。極悪非道の政権側に兵器も供給しているであろう。人類の歴史は殺し合いであった。戦争を体験してない世代がリーダーを占めるようになると、また戦争を繰り返し、その記憶があるうちは「二度とやってはいけない」と猛省する。人間は好戦的な細胞で形成されているのかもしれない。欧米狩猟民族は征服欲が強そうだから、油断はできない。

 その点、農耕定着民族の流れをくむ日本人は隣家との境界などのちいさな争いが頻繁な一方、けっこう陰湿なところがある。むかし、日本人の俳優は兵隊と娼婦の役が上手といわれた。女優が娼婦をなぜ巧みにこなすかは知らないが、兵隊はわかる気がする。古参兵の新兵いじめは真に迫ってとても演技とは思えないくらいうまい。村八分とか出る杭は打たれるという排除の伝えは、組織のバランスを保つための農耕民族的病理現象なのだろう。

 農耕は雨、雪、台風、冷気、暑気、干天など自然に左右される。台風や大雨に文句やぐちを言ってもはじまらない。抗いようもない。諦めの心理がここに働く。日本人はどんな悪条件の自然でも受け入れる災害民族なのだ。災害に見舞われたら、すぎたことは仕様がない、とあきらめ、つぎの作業に乗り出す。大震災被害の後始末や原発再稼働の野田政権には過去を忘れる災害民族固有のDNAが最も濃く残っているのではないか。

 旧日本軍の陰湿ないじめの歴史は自衛隊にも引き継がれているようで、いじめによる自殺が問題になったりする。学校でいじめが絶えないのも、異質性の排除に関係がありそうだ。異質性の排除が欧米中東文化の異教徒排除ほどしつこくないのは元来、対立概念がそこにたちはだかってないからだろう。加害者と被害者、強い者と弱い者の立場があるだけで対立はないが、後者が強制的に押し込められると、被害者や弱い者も爆発する力をもつ。

 大震災の場合、絆や我慢強さが強調され、それによって爆発を起こす点火力に水がかかった。がれき受け入れの拒否は、なにが日本人の絆かと思わせる。メディアは被害者や弱い立場の味方になることによって、存在価値を高めるが、取り上げても断片や個別に矮小化あるいは情緒化して全体のパワーを引き出すには至らなかった。つねに新しい刺激とえさを求めるメディアが一番過去を忘れる災害民族、日本人の体質に合致しているのかも。

 ついつい、柄にもなく日本人論になってしまった。こういうまじめな内容はあまり人気がないようだ。ぼくは異質好きの老人だけど、下ネタや意外なことだけでなく、こういうまじめ路線も苦手じゃないの。




矛盾、疑念、原因、遊び。
中年の産婦人科医の男が若い女子のスカートの下にスマホをあてがって盗撮して捕まった、というニュースが2週間前にあった。産婦人科医が盗撮!だってさ、とペン森男子に言ったら、かれは「いつでも見られるのに」と感想を述べた。ぼくも根っこは同じだが、一言で表現するとその行為は「矛盾」である。見られる立場なのに罪を犯してまで撮る。知り合いの女子は診察に行った婦人科の医者が男だと、そのままだまって外へ出るそうだ。

東大医学部卒の医者の集まりに加わったことがあるが、患者はばあさんばかり、たまに若い娘がくると興奮するねえ、と内科の開業医が言っていた。しなびたおっぱいの先端に付着している干しブドウより、ハリハリに張った胸のほうがいいに決まっている。ぼくは壮大なスイカップよりも、感度のよさそうなミカンカップを愛する。実際は、イチゴカップでもかまわないのだけどね。こっち方面は昔から縁がないから、夢物語的妄想です。

オウム真理教の菊地直子は性欲に悩んだらしい。オウムの教義では性愛は禁止されていた。麻原教祖はれっきとした妻とのあいだに2男4女がいた。正室のほかに8人の側室がいた徳川三代将軍、家光の生まれ変わりと称して、麻原は愛人部隊によって性欲を満たし、教団ナンバー2の愛人とのあいだでも3人の子をもうけた。幹部は麻原好みの女を見つくろい、愛人部隊に送りこんだ。麻原は性愛のないセックスをやっていたのだろうか。

10日日曜日のサントリーレディースで16歳の韓国アマチュア―、あどけない高2の少女が優勝したが、1800万円の優勝賞金は4打差の2位だった佐伯三貴が獲得した。アマは優勝しても賞金をもらえないのである。なんという矛盾。少女は1800万円をふいにした。不倫スキャンダルからセックス依存症が発覚し、治療を受けていたタイガー・ウッズは先日の米ツアーで優勝して完全復帰をはたしたが、女嫌いになったのか疑問。

10日のNHKスペシャル『激動 トヨタ ピラミッド』はトヨタの二次下請けのインドネシア進出に焦点を絞り、国際競争の激しさを取り上げていた。だが物足りない。御曹司の豊田章男社長が登場して直接決意を語らなかったからだ。2008年、GMに代わってトヨタは世界トップに躍り出た。それが現在8位、7位日産の次。1位VW。5位は韓国の現代。トヨタ凋落のA級戦犯は章男社長と断じるのはノンフィクションの佐藤正明。

75歳の加山雄三を若大将というのは、73歳のぼくに21歳の女子旅友がいるという年齢差矛盾に似ている。ぼくは定型人間よりも型にはまらない類型外人間が合う。野菜でいえば規格外。大学は学問をするところなのに、勉強そっちのけでなにか一点に執着して熱中する学生は見どころがある。列車もレールに遊びの部分がなければ、脱線する。車もいっしょでステアリング(ハンドル)に遊びという余裕が必要。人生も遊びが大切。

オウムの高橋克也は逃亡17年、ついに追いつめられているが駅構内や商店街にこんなにも監視カメラが設置されていたとは!驚いたひとも多いだろう。高橋を監視しているカメラだというのに、メディアはいまやすべて防犯カメラと呼んでいる。なんかヘン。このカメラには遊びの要素がないから不気味。

 

一流作家の頭の中
またまた書店グランデの6階に行ってしまった。ぼくにとって禁断の鉄道本・雑誌・グッズ・DVD売り場である。今度はついにDVD『JR高千穂線』2500円を買った。運転台展望のDVDである。宮崎の延岡から天孫降臨の地、高千穂という山奥まで単線で単調に分け入って行く。沿線に集落が点在するが駅に人っけはない。すれ違う列車もなく、1日に3ダイヤくらいの線路らしい。ところがこの書店に入るまでの誘惑が大変なのだ。

直前に100円本を並べている古書店があるからだ。ぼくはどうしても立ち寄って物色してしまう。いま電車で読んでいるのも100円文庫本だ。井上靖の『敦煌』。井上の透明感のある誌的な緊張した文体が心地よい。恥ずかしながらページを開いてからまだ読んでないことに気づいた。買ったときは再読のつもりだったのである。おなじ西域ものの『楼蘭』と間違えたようだ。昔読んだ『蒼き狼』も傑作だと思ったが、『敦煌』もすばらしい。

いや、傑作とかすばらしい、というのもおこがましい。傑作ですばらしい、に決まっているのである。何回もノーベル文学賞をとるかとうわさされ、その季節になると文芸記者たちが門前に群れた。ノーベル文学賞をもらって当然の作家だったが、大江健三郎のように作品の翻訳に力をいれて海外進出を図ったり、海外で講演したりとPRに執着しなかったこともマイナスに作用した。このことはアメリカの大学の日本人教授から聞いた。

ぼくは社会部記者だったから、文芸担当みたいに作家と親しんだわけではない。1回でも会ったのは、開高健、近藤啓太郎、渡辺淳一、中村武志、沢木耕太郎、野坂昭如そして、井上靖くらいのもので、少ない。酒席をともにした作家が大半だが、最も親しかったのは中村武志だったのではあるまいか。中村はちょうどいまのぼくの年齢、ぼくは40代のとき、よく中村孤立宅へ出入りした。裏ビデオの新着の知らせで呼びつけられたのである。

中村は内田百の汽車旅ものにでてくる「ヒマラヤ山系」と錯覚した時期もあったが、ぼくの40代のときにはブームの欠片もなく、すでに過去の作家になっていた。知っている同僚も少なかった。「ヒマラヤ山系」同様、国鉄の職員で、かつ百の弟子を自任して、百をこの上なく敬慕していた。中村は『目白三平』という哀歓こもるサラリーマンもので一世を風靡するが、同じサラリーマンものの源氏鶏太のほうが作家としては長持ちした。

井上靖は新聞社の先輩記者である。井上が70代のころ、40代後半のぼくは自宅に伺って飲む機会があった。井上は酒もたばこも「人類がはじまっていらしなじんでいるんだから体に悪いわけがない」と強がっていた。酒はブランデーを2日で1本空けると言っていた。向こうも酔いこっちもしこたま飲んで酔っ払ったのが堀口大学邸を取材で訪れたときだった。「瀬下恵介君来訪」と毛筆で書いたサイン本がどこかにあるはずである。

作家に会うたびに思うのは、このひとの頭1個に壮大に網羅された歴史観、人物伝、ストーリー形成力、地理感覚、時代性、国家意識、人間観察力、自然洞察にはいかなるコンピュータも及ぶまい、と思わざるをえない。井上y靖の『敦煌』を読んで、その総合力への尊敬の念をいっそう深くした。



 


橋下待ちか、日本の政治
こんど国政選挙があったら、さてどの党に投票するか、おおいに迷うひとがおいだろう。ぼくは、政権をとる心配のない共産党にまた投票することになる可能性が高い。橋下の維新の会には世の中の激流に逆らって入れる気がしない。維新の会はいまの民主、自民などなにも決めずに停滞したままの既成政党に対する痛烈な批判ではあり、いずれ橋下は総理になるだろうが、その豹変体質がぼくには受け入れられない。

そもそも橋下は最初、確か国政には進出しない、といっていたはず。ところが国会議員擁立の維新塾の塾生を養成中で、民主、自民議席の相当の議席を奪ってしまおうとの計画。おそらく50、60の議席を獲得するのではないだろうか。たぶん、自民よりも期待が失望、絶望に変わった民主のほうが食われる。食われて当然だが、国会議員は国民性の投影とはいえ、民主は政権を握っても、グランドデザインを示したことはないし、ひどい党だ。

だから橋下に足元を見透かされて、決断する民主主義を、とかまされる。野田首相は被災地復興にはどの程度真剣に取り組んでいるのか、大飯原発再稼働や消費税増税に比べてあまり熱心ではないように見える。野田首相はそれでも民主党政権になってからの鳩山、菅よりもましではあるが、あまりにも財務省の掌の上で振り付けどおりに踊っている感じ。首相としてまるで地味で華がない。日本酒が好きという点ではぼくと同じだ。

 でもぼくはいまや日本酒ではなく、いも焼酎のお湯割り専門になった。首相がいも焼酎派だったら、ワイン党になっていたかもしれない。菅首相のときはめしどきにテレビに映ると、テレビを消したものだが、すでに遅く消化器官に悪影響を与えたように感じた。鳩山、菅、野田とひどい首相がつづくのは、民主党の層が薄すぎるからだ。今回の内閣改造の顔ぶれをみても、胸にひびくものがまるでない。先の楽しみがまったくない。

 野田首相は「内閣の機能強化の視点で内閣を改造した」といったそうだが、もともとない機能が強化されるという理屈は通じない。機能がないという点ではぼくと似ている。ひとを変えれば機能強化に役立つのなら、ぼくも真似をしたい。防衛大臣に民主党批判派の防衛大学出身の森本敏を起用したのは、消費増税で協力願いたい自民党への媚にちがいない。それにしても森本は大臣というえさが、自分を曲げてまでほしかったのか。

 自民党も森本は仲間だから質問でいじめるわけにはいくまい。「増税への守りの布陣」と新聞の見出しに出ていたが、これから不毛の印象がある民主VS自民の攻防が展開される。そのすきに橋下維新が刃を研ぎ、国会に乗り込んで切りつけようとねらっている。どうも野田は野たれ死に、の運命にあるような気がするが、この点もぼくの行く末と通じるかも。日本の政治には楽しい未来はないようだ。どっちみち、橋下待ちか。怖いねえ。

 

果てしない欲望の期限
神田神保町で最もロマンと妄想を刺激する欲望はてなしの場所は、ぼくにとっては書泉グランデの6階だ。わくわくして年がいもなく夢見心地になって、時間を忘れる。あたかも好きな女子と官能にひたった状態に似ている(うんと昔だけど、ぼくもそんな快楽を経験したことがあったなあ)。その6階は鉄道専門の雑誌・本の売り場で、鉄道好きが集う占有領域。きのうはここで『鉄と鉄道』7月号と『全日本鉄道旅行地図帳』を仕入れた。

ぼくはいわゆる青春18キッパーではないが、各駅停車乗り継ぎを楽しむ旅好きではある。青春18キップはとっくに青春がすぎ去ったコンニャクでも、りっぱな有資格者になれる。ぼくもこの夏は利用してみよう。『鉄と鉄道』は「最長片道きっぷ」を特集し、現在の最長ルート稚内→枕崎5641キロを4人の作家などがリレールポしている。最長ひと筆書きの旅はいまも盛ん。ぼくは国鉄の古典的なルートを17期の旅友女子に勧めている。

旅は「どこへ」「だれと」が夢をかきたてる最大の要素になるが、17期の旅友女子はぼくに弟子入りした。夏に父親と2人で北海道からスタートして片道ルートに行くらしい。ぼくも本州のどこかの区間で同行受け入れを期待している。彼女も酒好きだから、五能線や羽越本線から窓外の日本海に沈む夕日を楽しみながら一献傾けつつ、秋田、鶴岡で途中下車して街を歩いてみたい。坂町から内陸に入り米沢、山形、新庄と見所も見逃せない。

古典ルートは駅前や商店街の興亡を確認して昭和を知る旅になるはず。だから沿線の事前考察がこのルポの成否を握る。ただ列車に乗るのではなく、鉄道沿線ルポが眼目なのだ。列車の旅人なら、宮脇俊三や種村直樹がいる。宮脇の文章は文学的な香りが高く女性のファンも多い。ぼくの知人、種村は乗り鉄マニアの教祖。宮脇の本には種村にも教えを請うたことが書いてある。種村は孫娘を「こだま」「ひかり」と名付けたくらいの徹底派だ。

ぼくの孫娘も鉄女にしたい。去年は松本→飛騨高山→金沢とまわったが、今年は7月に南三陸にペン森生とともに行く。9月ごろ、まだ彼女の大学が始業する前に別の旅ができればいい。高校生になった年から旅友に加わった孫娘はもう大学生である。9月はペン森生が4人いる四国行き、と算段している。愛媛にいる女子と孫はおととし会って顔なじみだ。この愛媛女子は旅友ではないが、旅友に近い。仕事があるので時間がとれない。残念。

70代は人生の決算期が迫る時期だ。ぼくは崇高な人間ではないから、元気なうちに好きなことをやっておこう、という心境になっている。これまで制約、拘束を課してきた人生を解放しようと決めたのは4年前だった。いかにも俗人だが、根が俗なので仕方がない。といっても、列車の旅をすこし増やしただけの変化しかないのだが。思いきり欲望を満たしてみたい、という欣喜法悦の我欲は果てしない。でも、肉体が言うことをきかぬ。

きょう電車を降りたら、14期女子に声をかけられた。別れ際、「わたし、彼氏ができたの」とうれしそうだった。えっ、いままでいなかったの、と内心びっくりしながら、人生これからだね、と慶賀した。恋のできる年齢に期限はないが、体の能力には期限がある。







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