ペン森通信
精力絶倫と水虫の関係
 きのうは定期健診を受けて血液採取などをした。そのためペン森着も遅くなって、小沢無罪を知ったのは午後のTBSラジオだった。小沢判決に毎日新聞は号外を出したそうだが、メディアの関心の高さは異常だ。市井のひとたちはそれほどの関心興味はないのでは、とぼくは思っている。予想どおりの結果で蚊が1匹すねに止まった程度の刺激とも言えない刺激を感じただけ。週刊文春は小沢に隠し子あり、をこの日にぶつけてきた。やるのお。

 でもね、このスクープ記事で売れるだろうか。小沢ほどの陰にこもった精力絶倫的肉食系には、女の1人や2人はいたにちがいないと容易に想像できるから、隠し子がいたからといって意外性はすくない。週刊文春はすでに小沢が、ずっと支えてきてくれた妻と別居していることを報じた。妻と別居したから精力があまって別の女性に子を産ませたのではなく、隠し子の男児はもう21歳になるというから、若いときの不倫である。

 これまた妻以外にも子をなした田中角栄の秘蔵っ子だから、隠し子程度で興奮するひとはそんなに多いとも思われない。しかし隠し子の存在が発覚したときの心境はいかがなものだろうか。ぼくにはまったく縁のない話だが、ヒステリーを起こした妻とのあいだに狂乱の修羅が展開するのだろう。想像したただけで身の毛がよだつ。知り合いの女性は相手の妻に関係がばれて、乗りこまれる恐ろしさを考えると浮気はできないと言っていた。

 ぼくも彼女のように純情可憐のところがあるから、そもそもばれて往生するようなことは避ける。フィリピンには日本人男性がフィリピン女性に産ませた子が1万人にのぼるとう。20~30年前になるだろうか、フィリピンや韓国に行く男性は好色家とみられ、事実、旅の恥はかき捨て的な行為を自慢する男たちは少なくなかった。外国へわざわざ「乗り逃げ」に行く欲望むきだし男が多かったのは、経済成長の陰の部分であった。

 パリのホテル、ニッコードパリには日本人の男性相手のフランス金髪女が待ちかまえていて、深夜酔って帰還した出張中のぼくのエレベーターに乗り込んで部屋までついてきた。なにしろ泥酔していたので、よくはおぼえていないが、結果的にはなにごとも発生せず潔白だった。水虫で靴下が臭くて靴を脱ぐのをためらい、お金を握らせて退散してもらった。ほんとだよ。靴下も洗わずただ1足の皮靴自体が汗で臭気を放つようになっていたのだ。

 しばらくのあいだぼくは、しまった、とても損をした気分だったが、足の臭さに対して羞恥を感じるほど内分泌が活発だった昔のことだ。いまは水虫もできない。田中角栄や小沢や精力の強い男は足裏や足指の股が枯れることなく水虫に悩んだと推察する。女なら首都圏連続不審死事件のあの毒婦、木嶋佳苗は絶対に水虫だよ。ここで名前をあげた3人の男女はたぶん、羞恥心を感じることのない人生だ。うらやましい。

 (明日からGW。5月1日と2日出て、あとは明日から6日まで閉店です。7日から再開)

 

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毎日の物語がおもしろい
4月の新年度から新聞各紙は紙面刷新をしたはずだが、朝日と毎日を購読している身にとって、朝日に横書きが増えた、毎日に長尺読み物が登場したことだけはわかった。朝日の横書きは新年早々からだから、4月刷新ではない。横書きは教科書に多いから、いかにも教科書的な朝日らしい。中身は、危うし民主主義、といった現代の限界を書いているようだ。だが、横書きはスピードを持って読めない。だから思索する、というわけでもない。

ぼくが注目しているのは毎日の日曜日1面(1行10字)と4面全部(1行20字)を贅沢に使ったストーリー。ぼくは朝日が教科書なら毎日は物語、読売は事典と決めつけているが、毎日の新企画はいかにも物語、だ。ダルビッシュからはじまって先週は橋下徹の弁護士研修時代、今週は被災地津波直後の救助の自衛隊。当事者あるいは周辺の人物から取材して、取り上げる主人公を立体的に浮かび上がらせるというストーリー展開。

 4面左上に執筆記者が写真入りで紹介されている。わが社にはこんな長文をこなす記者がいるんだよ、と自慢しているようにも見えるが、実際、よくこなして長文を書くもんだなあ、と感心する。救助自衛隊の筆者は防衛大学の出身で、サンデー毎日の記者経験もあると添えられていた。新聞記者は短文の型どおりの定型に慣れるよう訓練されるから、長文には苦労する、その点、週刊誌ライターを経ていれば、長文もそんなに苦にならない。

 ぼくも新聞と週刊誌の仕事に就いたが、週刊誌のライター経験はない。はじめから他人の原稿を見る立場のデスクだった。その代わり、ひとの原稿を見る目と企画の勘どころはいくらかわかる、と思う。記者が原稿という場合、内容は記事、レポート、ガイド文、紀行文、人物紹介、書評とさまざまだが、書くひとによって文体も特徴がある。新聞記者の文章が総じてそっけないのは、形容詞や副詞を排除した定型文慣れしているからだ。

 しかし、しばしば読み手の感情に訴えるのは形容詞や副詞のまざった主観表現の文章が多い。新聞文章は事実の客観的な表現が生命だといわれるが、ぼくは考えがちょっと違う。どの事実をとりあげるか、という選択の時点ですでに主観が働いている。強調すべきポイントをはっきりさせるべきだという論は主観を明示せよ、というに等しい。強調のためには形容詞や副詞の節度ある使い方は効果的だ。だが、この節度ある使い方がむずかしい。

 とくに手紙は夜に書くもんではない。感情過多状態になっているからだ。節度を失った状態にある、といってもいい。でも、女性にだすラブレターは夜にしたためたほうがいいかもしれない。男性よりも感情や感受性が豊かな女性は形容詞や副詞の多い、情緒表現に流されやすい面があるからだ。いまどき、ラブレターを書く若者はいないので、詮ないが。ぼくは学生時代ラブレターを何人かに書いたが、長文のわりに情緒が微量すぎたんだね。

 さて、毎日はつぎの日曜日にどのようなストーリーを読ませてくれるのであろうか。あのひとはいま的な物語もほしいね。主観描写の小津映画に欠かせなかった永遠の処女、原節子には性欲はなかったのか。小泉純一郎が日本を料理する、とか早稲田政経のゼミ仲間がこきおろす野田総理とか。これくらいの主観があれば、毎日物語はもっとおもしろくなるよ。

 



なぜ旅へ出るのか
 まもなくGW。5,6月は1年間でぼくのいちばん好きな時期だ。薄緑の若葉が萌えたつ生命の季節である。GWから梅雨までのあいだ、さわやかな風に吹かれてローカル線に乗って旅をしているときに、ぼくは無上の幸福感にひたる。山間のホームに降り立って新緑の風景を眺め、木々の葉が裏返って白い腹を見せるとなんだかほのぼのとなつかしい。少年のころ走りまわって転んだ斜面の土の凸凹と匂いがよみがえる。

 今度のGWは暦どおりにペン森は開閉店する。ぼくもペン森はじまって以来はじめて、GWらしいGWになる。5月1,2日に顔を出すだけであとは休みだ。春採用が一段落して、この時期は最も気が休まるのである。だからうちにじっとしているテはない。近場のローカル線に乗ろうかと算段しているところ。もうほとんど乗りつくした感があるのだが、なに気分が変われば同じルート同じ列車でも乗り心地も車窓の光景も新鮮になる。

GWがすぎるとぼくの花粉症(鼻炎)が激しくなるのだが、体の変調よりも外気の清々しさのほうが勝るので、旅の計画をたてている。奄美大島に7期生が赴任している。かれを訪ねてゆこうかという話がペン森生のあいだで盛り上がっているが、さてどうなるか。ぼくの知り合いの作家は大の飛行機嫌いで、東京から陸路と船で4日かけて奄美へ行ったというが、飛行機嫌いのぼくには、その真似はできない。鹿児島経由で向かうのかな。

 奄美は目下のところ女子3人と男はぼくだけだが、7月になると被災地の三陸町に行く予定。ここにも12期生が駐在している。大学生になったぼくの孫娘とペン森生の混合旅である。こっちのほうは旅費もたいしたことはないが、奄美は旅費がかさむ。来年の2月に13期生が鹿児島で結婚式を挙げる。これにも出席しなくてはならない。ぼくの財政がもつかどうか。ペン森生は旅費の都合がつくのだろうか。なにか気がかりな奄美行き。

 だれだかは忘れたが、年寄りが長生きするには義理を欠くのがいちばんいい、と言っていた。冠婚葬祭の類には健康のため欠席するにこしたことはない、というわけだ。普段でさえぼくは酒の切れ目がない。冠婚葬祭には酒がつきものである。たいてい昼酒だから、つい度を越してしまう。高校時代ぼくは昼間から焼酎の水割りを飲んでいた。ツッパリ不良ではなかったが、まじめな規格品でもなかった。大学では焼酎がウイスキーになった。

 むかし社会部記者だったころ、部員旅行があった。宿に着くと、すでに数人がぐでんぐでんの状態だった。それでも夜遅くまで酒あり、麻雀あり、花札ばくちあり、暴力沙汰あり、ヌードありの治外法権的な騒ぎがつねだった。こういう美風もいつのまにか消えた。酒の上でタチが悪いのは、教員、警察官、銀行員という。日常が抑圧されてストレスがたまっていると解したい。新聞記者も他者を抑圧し、自らを窮屈な職業に変えてきている。

 ペン森は合宿を年2回実施する。八王子でおこなうようになってから卒業生の参加率が格段に増えたが、これは一種の帰巣本能の発露ではないかと思う。合宿は旅ではないが、旅的な雰囲気があって、帰巣本能を刺激するにちがいない。どこへ行っても胸の高鳴りをおぼえて飲むぼくの旅は若返り希求かストレス解消か。

酔って女子にあげたイタリアの名品
 『サライ』の「日本の作家100年の歩み」号をきのうまた買った。また、というのは先週も買って同じ号が2冊ダブるからである。1冊は所蔵本として取り置き、もう一冊は電車やベッドで読む。いや、10人の作家に1冊は書き込み用、もう1冊は取り置き用、というわけでもない。単純に特別付録のオリジナル万年筆がほしかっただけの話である。35年くらい前、万年筆に凝っていた当時の病気が再発したとみられるのだ。

 しかし、病気の再発ではないだろう。万年筆を使っていたのは手紙か、アルバイト原稿の場合だけだったから、いまはほとんど使用する機会がない。書くアルバイトもしなくなったし、第一、データを送信して、という時代だもんね。手紙なんてめったに書かなくなった。『サライ』の意図は手紙を書くときに活用してくれ、ということらしい。ぼくは手紙の代わりにこの際、日記でも再開してみようかな、と考えないでもない。

 ほぼ毎日記録しているのは、血圧手帳に朝8時半と夜11時半に測定している血圧だけである。これに『サライ』の万年筆を使いはじめた。ペン先はやや硬めで太字に近い中字。すこぶる書きごこちがよい。最初に使ったとき書き味が楽しめそうな好印象をもったので2つ目も買ったのである。これで手紙も書きたくなれば『サライ』の期待に応えることになるのだが、書きたい相手もいないし当面、血圧の記録だけにとどまりそうだ。

 万年筆にマニア的にこだわっていたころはたしかに手紙をよく書いていたような気がする。使っていたのはモンブラン、ウオーターマン、ペリカン、シェーフアー、オマスといった3~5万円クラス。インクも青は青でも深みと気品のあるロイヤルブルー一本やりで浮気はしなかった。モンブランにしてもペリカンにしても軸の比較的太いのが僕の趣味で字も太字が多かった。いまはモンブラン2本しか所有してない。あとは進呈したのだ。

 進呈したといえば聞こえはいいが、じつのところ、酔っぱらって胸ポケットからとりだしては万年筆自慢をしたあげく女の子などに気前よくあげてしまったのである。女の子には使い勝手はよさそうな類のものではなかったから、彼女たちは「ほらこんな珍しいものを酔っ払いのすけべおやじからもらっちゃった」と男にそれこそ進呈したにちがいない。いまでも惜しかったと思い出しては悔しがっているのがイタリアのオマス3万円だ。

 オマスはいかにもイタリでデザインに優れ手作り風で気品があった。これを愛用している最中、いっしょに飲んでいたあまり親しくもない女子大生が「すごそうな万年筆ですね」と顔を触れそうなくらい接近して胸ポケットを覗くから、取りだして見せびらかした。「インタビューでは使わないんだよ。万が一インクが飛び散るおそれがあるからさ」。「これはなんという万年筆なの?」「イタリアのオマス」「すてきね」「ほしかったらあげるよ」。

 『サライ』の万年筆が気にいったのは洋ものとちがって書体が直線的で縦書きの日本語に合っているせいかもしれない。ぼくがもっていた洋ものは、英語がそうであるように横文字は曲線が多く日本語には微妙に合わないのだ。と自分を納得させようとするが、オマスはもったいないことをしたなあ、といまだに口惜しい。

   


旧作名画DVDなら神保町
 神保町は便利な街で書店をのぞけば新刊本や話題の本が買える。世界一の古本屋街でもあるから、時間をかけて回って200円300円あれば、買いそびれていた本を仕入れることができる。このところぼくは100円古本から掘り出し物を見つける楽しみをおぼえた。最近はビデオやDVDの名作も書店、古本屋の店頭に並ぶようになったから旧作映画好きのぼくはたまらない。先週は小津安二郎の傑作『東京物語』を380円で買った。

 観ようによっては、この映画は田舎から上京してきた両親を実の息子や娘が次第にけむたがってゆくことから、無縁社会や孤立死を予感させるような皮肉映画である。その店には小津映画がそろっているが、洋画の古い名作も数々ある。きのうはジョン・スタージェス監督の『ガンヒル決闘』と『郵便配達は二度ベルを鳴らす』を仕入れた。『ガンヒルの決闘』はカ―ク・ダグラスとアンソニー・クインと汗臭い体臭がぷんぷんする2人が主演。

 決闘西部劇ではゲイリー・クーパーにグレイス・ケリーと天下の美男美女の共演『真昼の決闘』と愛しのクレメインタインの歌の哀切が胸を締め付ける詩情あふれる『荒野の決闘』が名高い。この名作は混同されがちだが、『荒野』はあの『駅馬車』のジョン・フォード監督でヘンリー・フォンダの主演。監督と俳優だけでもう名作とわかる古典。ただフォード作品には単細胞マッチョのジョン・ウェインがのさばっているのが気にくわない。

 『真昼の決闘』は英語名の『ハイ・ヌーン』としゃれて言うひとも多い。小泉元総理もそうだった。これは保安官が正午の列車で降り立ってくる殺し屋たちにひとりで立ち向かうという小泉好みの筋立てのサスペンス西部劇だ。監督はリベラル派で知られるフレッド・ハイネマン。最初、応援を申し出る街の男たちだが、時間の経過とともに1人去り、2人去りして、ついに保安官1人になる。アメリカ版「空気の研究」にもってこいかも。

 アメリカ映画で「空気の研究」といえば、やはりゲイリー・クーパー主演の『群衆』をあげるひともあるだろう。『スミス都へ行く』のフランク・キャペラ監督の社会派ヒューマンタッチの傑作。くびになりそうな女性記者が自殺志願者をねつ造して、その志願者がヒーローにまつりあげられ、やがて群衆の蔑みにさらされ、逃げる。最後のスピーチはチャップリンの『独裁者』のそれを思わせ、キャぺラ映画ではこれを一番に推す映画人もいる。

 きのう買ったもう1本の『郵便配達は二度ベルを鳴らす』はテイ・ガーネット監督のアメリカ版。この奇妙な題名の小説は4度映画化されたが、これは3度目。ぼくはルキノ・ヴィスコンティ監督のイタリア版が好きだ。性と暴力のシーンが過激なせいか、日本では上映さず。ガソリン屋兼レストランに流れ者が居つくき年の差婚で欲求不満の若い妻とデキて2人で夫殺しをはかる。流れ者と妻がヤるシーンが迫真的すぎる、年の差婚の悲劇。

 ところがぼくはもう数年、映画館に行ったことがない。映画館で最後に観た映画はなんだっただろうか。ぼくら老人は1000円きっかりと聞くが、テレビがデジタル化で大型化してからビデオやDVDの画面が鮮明に見やすくなった。この間の休日には「戦場のピアニスト」をまた観た。テレビが大画面になってから映画観賞が楽しみになった。デジカル化にもいいところがあってよかった。

 

女子の手を握るか握らないか
 村上春樹のコラム集『村上朝日堂』の「食物の好き嫌いについて1」にこんなことが書いてある。「僕はけっこう偏食がちな人間である。魚と野菜と酒についてはほとんどといっていいくらい好き嫌いはないけれど、肉は牛肉しか食べられないし、貝についてはカキ以外はまるでダメである。それから中華料理となると一切食べられない。だからだいたい魚と野菜を中心に、あっさりとした味つけのものを食しつつぼちぼちと日々を送っている」

 コンニャクだとかヒジキだとか豆腐だとか、要するに老人食だね、これは。とつづくのだが、村上春樹にくらべるとぼくの偏食なんてへでもない。鼻がきかないくせに匂いの強い山菜の類が苦手だ。三つ葉や春菊はやっと口にできるようになった。中華料理は全部好きであるが、本場で食するという犬や猿はダメだろう。テーブルに穴を空けて猿の頭だけをだして、鋭い刃物でてっぺんを輪切りし、脳みそを食べるなんてことぼくにはできない。

 食いものの好き嫌いから女性の好みの問題につながって行くのは当然の流れ。村上春樹もこの法則に絡みとられ「どうしてああいう奥さんと一緒になったの?」という質問は難問だ、と力説する。ぼくの場合、かわゆい系や美人系には評価が甘いとよく男子から指摘されるが、これはぼくが男だからある程度仕方ない面がある。ぼくが現役記者のころ女性記者はいなかった。5,6年あとにはじめて女性記者のサツまわりが登場した。

 他社の女性記者といっしょにサツまわりをした後輩によれば、女性記者が腰をおろして休んでいたソファから外へ出て行くと、その席に男子記者たちがわれ先に陣取ろうとしたそうだ。他を制して座った勝者は「まだぬくもってるぞ」と叫んだらしい。いまやむかしの話である。メディアはどこでも女子の比率を増やした。同期入社のうち4割3割は女子という時代になった。女子のほうが入社試験の成績がいいから多く採用せざるをえない。

 ということもあるが、取材現場で女性記者のほうがネタを取りやすいという傾向も大きいだろう。記者になって最初に放りこまれるのは警察に加えて裁判所・検察の司法。警察はとくに男の体臭がむんむんとする現場である。かわゆい系や美人系におっさんたちが鼻の下を伸ばすのは自然の摂理である。政治の世界でも女子はネタとりが巧み、というかネタを教えてもらえるのである。情報商売はネタが勝負だ。女性記者がふえる道理である。

 『村上朝日堂』のコラムは安西水丸のイラストが楽しい。昭和62年の発行だから相当古いが、若者が熱気にあふれ、社会が燃えていた当時の空気が伝わる。新装版だが、巻末の新刊案内に村上の『海辺のカフカ』や川上弘美の『センセイの鞄』などが並んでいる。『センセイの鞄』はぼくの好きな小説で、30代のひとり暮らしのツキコさんと70代の先生との年齢差哀愁恋愛ものだ。まだ70代になってなかったぼくも胸キュンとなったね。

 女子についての好きか関心がないかはぼくの場合、おおむねはっきりしている。酒が入ったとき、手を握りたくなれば好き、握りたくなければ嫌いか関心がない。感情よりも手のほうが正直に反応するのだ。清楚系女子ならしらふでも飲んでも握りたい。相手が握り返してくれれば、天にものぼる。
 

 

 

春の採用試験はじまる
マスコミ春採用の朝日、読売、共同、NHKの筆記試験が4月1日におこなわれた。大どころのこの4社は筆記試験を通過すれば面接と言う段取りになる。

この4社とも秋採用試験があるから、春に円がなくても再チャレンジが可能である。ぼくが毎日新聞社を受けた当時1961年、大手は年1回だけのチャンスだったから、失敗すると1年間待たねばならなかった。そのころ、朝日は学生の志望ランクの上位の常連で上位を占め、毎日も上位10位以内にはいっていた。新聞が言論機関としてまだまだ優位な地位にあり、商社よりも人気企業であったころの話である。中央官庁にいったん就職して翌年受け直してきた東大法卒もぼくの同僚には2人いた。

新聞の権威は失墜しているが、これは多メディア時代という客観情勢から見て当然の流れだろう。4月に地方から上京してひとり暮らしをはじめた学生のなかで新聞を購読している若者はほとんどいないのではないか。

新聞をめぐる環境は激変しても、入社試験はそれほど変化してない。エントリーシート(ぼくの時代は志望書)→筆記試験→面接(一次・二次・三次、社によっては四次=最終面接)という形態は同じで、途中に作文や模擬取材を加えたり、研修を加えたり、長時間面談を加えたり、と内容はすこし複雑にはなったが。
 
1日に実施された筆記試験での論作文のお題は朝日「経済成長」,読売「世代間格差」,共同「影」,NHK「光」。朝日は幸福論、読売は年金、共同はうつ・自殺・財政難、NHKは復興・地方・女子の活躍、といずれも現代の底流にある課題にヒントを得たと思われる題で、時代をみる目があれば書けるものであった。今回入社試験を受ける若者はおおむねゆとり教育世代である。

うがった見方をすれば、考える力に乏しいといわれる彼らが、どれだけ考えているかをみるという計算が働いた題かもしれない。



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