ペン森通信
異性に関心のない絶食系
ペン森は童貞と処女が多い。実際には調べようがないから、これは自己申告による。早い女子は「私は15歳で初体験した」とみんなの前で言い放ったが、全体に性体験は高年齢化しているのでは、と思う。中央大学の山田昌弘教授が23日の毎日新聞にコラムを書いていて、国が継続的に行っている未婚者の状態を把握するための基礎資料(出生動向調査の結果)を読み解いて若者論を展開している。若者の無縁化を調査が裏付けた、と。

 この調査はすでに報道済みだが、われわれが目にしたのは「独身男性の6割、女性の5割に交際相手がいない」という結果だった。ところが山田教授によると、交際相手に異性の友人もふくんでいるから、独身者の半数以上は異性の友人さえいないことを示している。相手がいないから童貞率、処女率が高いのが近年の世間一般の傾向であって、ペン森だけの特異現象ではない。

 このあいだペン森で、30歳年の離れた男性と火のような恋をしたという経験済み女子が、童貞を強い口調でなじっていた。童貞が、彼女ができてもフ―ゾクに行くと言ったからである。「信じられない。そんなこと!不潔よ!」。そばにいたぼくまで怒られているような気がして、すねに傷をもたないでもない身としては首をすくめて嵐が止むのを待ったが、性の解放が進む一方で、純愛潔癖女性もいるもんだ、と感心した。

 男女交際が不活発だからこそ合コンがはやり、フ―ゾクが衰えない。山田教授によると「18~34歳の未婚男性の約75%、女性の約65%に恋人はいない。性体験率も頭打ちで中でも18~19歳の性体験率は5年前に比べて減少した(男性31・5%→26・0%、女性31・8%→28・1%)」。中高生男子の性への関心が低下しているという別の調査もあり、異性全体に関心がない絶食系男子という言葉も出てきたそうだ。

 彼女ができてもフ―ゾクに行くクチはさしずめ、外食系男子だが、くだんのペン森童貞は性への関心が高い。国語辞典を開いては膣とか女性器に興奮するという、昔の男子が経験したことをごく当たり前に実行している大学生である。草食系どころか内面は外食好きでたまたま、モテない勇気がないという哀しい男子なのだ。ただ、やんぬるかな女性の扱い方を知らないので、女子の前で彼女ができてもフ―ゾクに行くと言ってしまう。

 この童貞は金持ちの息子だが、恋人保有率の低さは、若者の無縁化に結びつくと山田教授は心配する。背景にあるのは若いひとの雇用状況の悪化だ。未婚者の就業状況は30~34歳では男子の正社員率は55・6%(92年84%、05年63%)にすぎない。20代前半男子の半数弱が未婚、うち正社員は半数強、9人に1人が無職だ。年収の低い男子ほど女性に対して消極的である、と山田教授は指摘している。結婚も絆も金次第だ。

 結婚できなくても彼氏や彼女がいなくても、いまの若者は幸福に暮らしているという社会学者もいるが、はたしてその幸福は持続可能か、と山田教授は疑問を呈する。ぼくも持続可能じゃないと思う。無職率はいま11・2%だが、92年は2・4%だった。女子は結婚相手の経済力や職業を重視する。結婚してからの貧乏に耐えられない。幸福はつづかないのである。悪くなる一方の若者環境に男子たるもの、黙っているのか!
(今年最後のブログ。どなたさまもよいお年を!)

 


 

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冬休みの旅友を募集
年末年始の休みが今回は長期になる。24日から26日夜の「望年会」をはさんで、1月3日まで、である。24,25,26日とどこか遠出をしたいと思っている。同行の相手を探しているところだが、行き先はその相手次第。ぼくとしてはいまのところ宮城・松島のぬる湯の温泉ホテル、しまなみ海道を渡って高知県の足摺岬、函館の湯の川温泉を候補にあげている。近場でも各駅乗り継ぎにすれば遠出気分になる。伊豆、米沢、飛騨…。

そこでまた時刻表を取りだしては、あれこれと想像を巡らせて楽しんでいるわけ。今年2月までだったら、必ず三陸がはいってきたのだが、まことに残念至極。三陸鉄道に乗りたかったのだが、全線が通じるまでにはまだ時間がかかるだろう。被災地へ行ってただお金を使ってくるだけでもなにかの足しにはなるだろうから、現地で乗りもしない鉄道の切符を大量に買うというボランティアをしてこようか、と思ったりする。

それにしてもほぼ10日間の休みである。休み方に慣れてない身にとって、これはペン森を辞めてからの老後の過ごし方を研究しておけという、神のお告げかもしれないと思う。
せめていまのうちに同行してくれる相手を見つけて楽しまねば、そのあとには先の見えた限界人生に旅友はいないんだぞ、と警告を発する休みに恵まれたのかもしれない。旅友は当然ながら、女子がいいね。いまひとり、年明けに行きましょう、という女子がいるだけ。

 ひとりいるだけでもうらやましい、という向きもあるだろうが、同行相手がどんなに若かろうが、美女だろうが心配ご無用。ぼくは福島原発なみに冷温停止状態である。完全な、なにごともない冷温停止に近い停止状態だから、危険因子は残っている。でも外に向かってはあたかも冷温停止が実現しているかのようにごまかしたくなるのは老人のプライド。実際にどの程度の停止かは、10年来起動してないからまるで見当もつかない。

 で、休み期間中に1泊か2泊、同行してくれる相手が名乗り出てくれれば即決まり。名乗りを上げる前に承知してもらいたいが、ぼくは車中本を読んでほとんど無口、昼めしどきに酒を飲む、宿に着いても飲む。はては下ネタ連発、ときには触る。以上を覚悟し了解したらどうぞ、ということになる。旅先には哲学や思想は持ちこまない主義だから、議論をしょうなんて興ざめはお断り。学生なら、ES添削や模擬面接まではなんとかOK。

 もちろん複数でも可だが、1人か2人が好ましいね。部屋割の都合上、3人までよしとするか。おそらく、今年も相手なくむなしくひとりでどこか駅のホームで立ち食いそばを食べ、夜はビジネスホテルの狭い一室でただテレビを見てすごすにちがいない。焼き鳥でも買って宿にこもり、冷酒をちびちびやるのもクリスマスの夜としては悪くはない。限界老人としては、残りの人生というものを考えざるをえないからね。

年賀状よりも年末状だ
年賀状書きの季節だが、ぼくはもう30年以上年賀状は出していない。代わりに年末状を年内に発送する。今年お世話になりました、来年もよろしく、という趣旨である。新聞で年末状を出すひとを自分で企画して探し出し、特集を組んで以来その真似をしてきた。だいたい650通のはがきを出すが、年賀状と違って相手が喪中であっても気にせずにすむのがいい。年賀状という習慣が肌に合わないという個人的事情もあるが。

年賀状は記事でいえば、予定稿だ。あらかじめ書かねばならない。以前、元気にがんばっています、と年賀状がきたとき、ご本人が亡くなっていたということがあった。死人から年賀のあいさつが届いたのである。予定稿には出すときともらうときとがずれるから、こういうことが起こる。年賀状は年始回りが極端に簡素化されたもので、メール時代の近年はもっと簡素化されて、年賀状は書かず出さず、ケータイメールですます若者も多い。

先週末、宮城の南三陸、女川、石巻と被災地をめぐったが、被災したひとたちに新年になっても「おめでとうございます」とは言えないと思った。年が改まったわけだから、そこは気分一新のつもりで、と胸の中では割り切っても口には出せないな、と感じた。肉親を亡くし、家を流され、職を失い、これからどう生きようかとまだ途方に暮れているひとに対する新年のあいさつはどう言えばいいのだろうか。「おめでとう」と言えるか。

その点年末状は、気持ちを直接相手に伝えることができる分、手段としては年賀状よりも優れている、と自画自賛したい。ぼくは年賀状を400通ぐらいもらうが、年末状を見てあわてて書いたと推察できるのも何通かある。年賀状は数が多いから、ひとつひとつ丁寧に見るとはかぎらない。年末状は喪中のはがきが一段落したころの年末に到着する。目を通してもらえる確率はきわめて高いのである。

なかにはぼくからの年末状を心待ちにしているひともいるようで、「あなたの恒例の年末のあいさつが来ると、あらためて今年も暮れるなあ、来年も元気でがんばらねば、という心境になります」と言ってくるひともいる。年賀状は年々、形骸化してゆく。ぼくはきのう年末状を書いたが、今年という越し方と、来年からまたはじまる自分の行く末に思いを馳せざるをえなかった。最近、高血圧がつづいている、果たしてあと何年の人生か、と。

年賀状の利点は心おきなく新年に当たっての決意表明ができることだ。年末状は反省しきりになりやすい点が残念なところ。高血圧は切れ目のない深酒のせいか、運動不足のせいか、塩分の摂りすぎのせいか、と振り返る。来年から改めなければ、と決意も裏付けなく弱弱しい。しかし、反省から発展や成長がはじまるから、若いひとに年末状を書けば未来がひらけるぞ、と言いたい。



「うそだろ!」と叫びたくなる津波のあと
 松島センチュリーホテルの温泉は日本酒にたとえるなら、淡麗さわやか、気品のある美少女だ。大浴場にはやや熱め、とややぬるめと二つの湯ぶねがあった。当然ぼくはぬる湯につかる。これは快適、透明な単純泉のさらさらしっとり湯。美少女湯を楽しんだ。昨日から風雨に激しく悩みながら、宮城県の被災地をめぐって回向の旅をしていた帰路であった。仙台の銀行に勤める卒業生が名案内人になってくれた。

 その日の朝はまず根こそぎさらわれた南三陸へ。3階建ての防災対策庁舎は鉄筋の骨組みだけが、あばら骨状態で残っていた。ぶら下がっていた鉄板が強い風にガランガランと壁や鉄筋に打ち付ける。平べったい更地になった住居跡にはコンクリートの土台が残っているだけ。「うそだろ!」と叫びたくなる生命感のない風景がひろがる。そのなかにぽつんと生活の匂いのするバラックが建っていた。理容と書かれた旗がはためいていていた。

 前のスペースに軽自動車が停まっていた。床屋の中から、おじいさんと中年女性が出てきた。地元の老父と娘らしい。娘の運転で車は見通しがよく、道筋がはっきりわかる光景の中を山のほうに去って行った。周りをよく見ると、ほかにも背の低い土気色のバラックがぽつりぽつりと建っている。遠くに機動隊服の警察官がバラックに近づいて行くのが見える。バラックはコインランドリーのようだった。急ごしらえのコンビニもバラックだ。

 ぼくらペン森生は南三陸から石巻、女川の津波痕跡をたどった。4階建と5階建ての2棟とも最上階までがらんどうになった南三陸の志津川病院は無人の病室に犠牲者のうめきが折り重なっているようだった。全校108人のうち68人が死亡6人が行方不明になった石巻大川小学校の裏には山が迫っているのに、生徒は津波の来る方へ誘導された。校舎の壁に捜索の写真が貼ってあったのが虚しい。誘導の判断ミスを責めてしかるべきだろう。

 石巻雄勝町の公会堂の屋上には、津波で流されたま南三陸観光バスがまだ乗っかっていた。広大な裏庭にはがれきが台形の山となって大量に積まれている。川沿いの道の先に雄勝中学校があるが、公会堂への立ち入りを見張っていた警備員によると、生徒は無事だったが、ここまでくれば安心とお茶を口にしていた大人が津波に呑みこまれたそうだ。日曜日だったから、観光客も目立ち屋上の観光バスを撮影していた。ぼくらもそのクチだった。

 初日は南三陸のホテル観洋に泊まった。太平洋に面したリゾート大ホテルだ。3階まで津波に浸かったが、客も従業員も無事だった。8月9日に営業再開。温泉があり、ボランティアや復興関連の作業員や応援警察官がほっこり休む。ぼくらが泊まった日もほぼ満室で被災地の宿泊施設は震災関連のひとたちで埋まっている。道路や橋が通じているのは、全国から寄せてきた作業員の労働に負うだろう。宿泊施設のルポもおもしろかろう。

 以上、9カ月たつ被災地の現象的なことを書いたが、考えたのはひとの生と死の差、運命、幸福と不幸、それらのすべてをふくむ人生ということであった。ぼくみたいになんのわだかまりもない自由人も、人生が突然断絶されるという大津波の大暴力に絶句した。拘束や制約を嫌う自由人は災害からも解放され、いつまでも自由だと思う気持ちがどこかにあったのだ。

 

  

 

人間は人間を裁けるか
福井の女子中学生殺しの再審が決まったのは、朝日新聞の大阪地検特捜部の証拠改竄報道の影響の及ぼすところが大きかったと思われる。裁判は警察・検察の言とおりの筋書に沿って進め、判決を下しているのが普通だ。裁判官も遅まきながら、一方の主張だけに寄りかかるという不公正に気づいたのだろう。この裁判は、証拠はなく犯人とされ服役した前川彰司さんの知人の供述だけに頼っていた。知人の元暴力団の供述は二転三転した。

一審の福井地裁は供述の信用性には矛盾があると退けて、無罪を言い渡すが二審の高裁金沢支部は信用性を認めて逆転有罪を下していた。最高裁も上告を棄却し、刑が確定する。前川彰司さんは服役後、再審請求をしていた。今回、高裁金沢支部が裁判のやり直しをきめた。やり直し再審となったのは、これまでの裁判で検察側が開示してこなかった新証拠をだしてきたからだ。弁護側の要求と裁判所の勧告に検察が折れた末だった。
 
 要するに検察は自分に不利な証拠を隠してきた。証拠は検察がほぼ独占しているという構図だから、証拠の全面開示の声があがるのは当然だ。今回は、取り調べの可視化はもとより、冤罪を防ぐには関係者の聴取の可視化まで必要と、ぼくは受け止めた。警察や検察は困るだろうが、可視化は時代の流れである。裁判員裁判を取り入れた以上、国民の代表である裁判官が公正な判断をするために、密室の可視化と証拠開示は欠かせない。

 『裁判官が日本を滅ぼす』という告発ノンフィクションが新潮文庫にある。強姦犯を無罪にして再犯を招く、などでたらめ裁判官が登場するが、福井事件の二審有罪判決の裁判官も裁判官の資格はあるかと疑いたくなる。当然裁判官も人間だから感情がある。公判中の居眠りはよく聞くが、夫婦喧嘩をして思考が乱れることもあるだろう。黒い法衣を着用して厳粛な顔で席に座っているが、内心ではスケベなことを考えているかもしれない。

 裁判傍聴マニアの北尾トロ『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』(文春文庫)だったと思うが、傍聴席に女子高生の群れがいたら、裁判官ががぜん張り切った、という場面が活写してある。こわもての硬直したイメージの強かった特捜検事も、朝日の特ダネ報道をきっかけに一変した。大阪地検の元特捜部長も副部長もそのへんにいる気弱そうな悩めるサラリーマンのおじさんとちっとも変わらないことをテレビ映像が照明してくれた。

 裁判官にも研修制度があり、民間企業や報道機関に年間約50人が派遣されている。ぼくが記者をしていた昔にはそういう制度はなかったのが残念だが、もし男の裁判官研修生がそばにいたら思い切り下ネタを振ってみたい。これは見識を広めるため、という研修の目的に合致するのでは、とぼくは思う。もちろんTPOは考慮しなければいけないが、一概に下ネタは不見識ともいえない。沖縄防衛局長の下ネタの譬えは不見識すぎたけどね。

 ぼくは果たして、人間を裁くに値する人間はいるのだろうか、と危ぶむ。批判には反論があるから、大いに批判はしていいと思うし、それがメディアの務めでもある。1億人いれば1億の価値観と人格がある、この多様性を警察・検察は一色に染めあげようとしてきた。裁判官もそれに乗る。パターンどおりの思考停止のマンネリが冤罪を生んできたともいえるのだ。

 

 



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