ペン森通信
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GWは『東電OL殺人事件』
野村進『調べる技術・書く技術』と似たようなノンフィクション教導本に佐野眞一の『私の体験的ノンフィクション術』(集英社新書)というのがある。取材のノウハウを学ぶという点では野村本よりもこちらのほうが参考になるかもしれない。手がかりがなにもないまま取材を進めていった『遠い「山びこ」』(新潮文庫)。「山びこ」とは、山形県の豪雪地帯の農山間地にある旧山元村の中学校で作文教育を施した「山びこ学校」のことだ。

 その学校自体は過疎により2年前に廃校となったが、昭和23年無着成恭という教師が生徒に貧しい生活のありのままを詩、作文に書かせ、その文集が本になって、大反響を巻き起こした。英語、ヒンドゥー語、中国語にも翻訳され、映画化もされた。作文集は『山びこ学校』という題名の本になり、いまでも岩波文庫で購入できる。山びこ学校はペン森の論作文ネタにもリストアップしているので、旧山元村を訪ねていった男子が2人いる。

 佐野は無着成恭の教え子43人全員の40年後の姿を探し当てる。「遠い」という形容がついているのは、「山びこ学校」は歴史のもやのなかにかすんでしまい、生徒のその後に関心をもつ者もいない、という意味だ。無着成恭はもてはやされるが地元では批判も多く、東京の明星学園の先生に転じ、TBS「子供電話相談室」の山形弁丸出しの名回答者として人気者となった。ぼくたちの世代は「山びこ学校」も無着成恭も懐かしい。

 佐野が『遠い――』にとりかかったとき、「連絡先がわかっていたのは無着1人だった。無着も教え子の連絡先についてはほとんど何一つ知らなかった。43人の連絡先をどうつかむか。それ自体が最初の取材となった」。そこで佐野は「尋ね人」のプロセスをすべて書いていく、という方法を採った。「人から人へと伝手をたどって、どうにか43名の卒業生全員の消息がほぼわかったのは、はじめての山形訪問から2年後のことだった」

 佐野に言わせると無着が子どもたちに教えたことは以下の5つ。①うそをつくな。 ②かげぐちをいうな。③ごまかしをするな。 ④する前に考えろ. ⑤みんなで力をあわせろ。人間最低の線として「教え子たちはそれを守って生きてきた。しかし無着の教えを忠実に守ったがゆえに、浮かびあがりたくとも、浮かびあがれない人生を送らざるを得なかった」。佐野は庶民というものを一度でも真剣に考えたことがあったか、と落ち込む。

 それから佐野は、リンゴひとつ、ミカンひとつ売っているスーパーの店員やパートの女性たちの気持ちを書きたいと思いはじめ、それがダイエーの創業者中内功の人生をたどる『カリスマ』で結実する。佐野眞一は当代きってのノンフィクション作家である。在野の民俗学者、宮本常一に私淑していることはつとに知られている。宮本は、日本中を地球4周分歩き、膨大な写真を撮って記録した。その記録集を佐野がまとめている。

 ぼくにはほとんど関係ないGWだが、なにか1冊くらい読まねばと考える。佐野眞一は綿密な取材を重ねて書くが、文体が地味。でもこのGWは佐野の著作から選んでみたい。読売の基礎を築いた正力松太郎の評伝『巨怪伝』か『東電OL殺人事件』にしようかと迷って『東電OL』にした。慶応経済出のエリートOLは、どうして売春をするようになったのか、その人間形成をどのような取材によって浮き彫りにするのか、を知りたい。 



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生きているあいだに、旅だけは
東北のどこかに1泊して酒食を堪能して、翌日引き返す。ぼくができる被災地への激励はそれくらいのものだ。東北巡りの最後の楽しみのひとつ、東京から行くと仙台の手前に位置する白石で下車して温麺(うーめん)をもう2、3回食べたいと思っていた。まえに何回か食べ、たいへん気にいっていた。温麺はソーメンの一種だが、温くして食べるのがうまい。長さはソーメンよりも短く10センくらいが束になっている。

 神保町のスーパーで売っていたこともあったがここ数年、まるで見かけない。ぼくはソーメンでも温ソーメンのほうが好きなので当然、温麺はラーメンと同じくらい好きだ。いや、ラーメンよりもいい。ぼくは汁もので日本酒を飲むのが好みで、みそ汁もりっぱな酒肴になる。しかし日本酒は豚骨ラーメンとは合わない。温麺とはよく合う。白石で降りて駅そばの、前に行った店で温麺と地酒を注文して、ゆっくり味わいたい。店は健在かな。

 遠出したいと思えど、ぼくには自由に使える時間がない。土日はサラリーマン並みに休むが、祭日は通常どおりペン森に出てくる。世間的にはリタイアした隠居の身である。23,24日の土日、しっかり休んだが2日間では足りないと体が訴えてきた。土曜日はほとんどただごろごろしているだけで1日がすぎる。日曜日のみ活発に活動できるが、それだけでは充足感がない。休みがもう1日あればいいのに、としみじみ考えてしまう。

 といって、ペン森に出るのが億劫なわけではない。ペン森のおかげで老骨人生にも張りがある。毎晩酒を楽しみ、若者に好き勝手なことを言っても、いさかいもないし、女子もかわいい。ちやほやされてストレスもたまらず、ほんとうに楽園のようだ。しかし大震災以降、そろそろ引き際ではあるまいかという選択も意識のなかに入ってきた。ペン森にかかわっていると身動きがとれない。旅の時間がほしい、としみじみ思う。

 まとまった時間がほしい。よくローカル線の各駅停車のなかでファイルに入れた地図を首から下げている中年の男性を見かける。ひとり旅のおっさんだ。たぶんリタイアしたあと、楽しみであちこち回っているのだろう。いつも指をくわえて羨ましく見てしまう。いつかはおれも、と胸に期すものがある。その「いつか」が徐々に近づいてきている。さしあたり時間だけでなく旅費もないので、ただちに実行はできないのが切ない。

 大震災この方、たぶん心境に変化があった。生きているあいだに、という心理が強く働くようになった気がする。いままで抑制してきた自分を解き放って自制はやめよう、という宣言は大震災前からおこなっていた。すべての生き物は生をうけたときから死に向かっている。大津波はその流れではなく、理不尽な突然死をもたらした。あまりにも切実に死を考えさせられたから、やり残しのあれやこれやが激しく迫ってきたのである。

ぼくのやり残しは、表現欲望も関心事も旅に集約される。大津波にさらわれて生命まで呑みこまれたひとのなかには、リタイア後に旅を楽しんでいた初老もいたのではないか。旅行者や出張者2500人が被災したと最初は報じられたが、どうなったのだろう。とりあえずひとりで温麺を食べに行かねば。旅のノンフィクションも書きたいが、これにはチャップリンのステッキの効果を満たしてくれる女子が必要だ。女子は実質、介護役だけど。

 



 

 

チャップリンのステッキ
  今年ペン森を卒業して、それぞれ各社に入社した15期生に16期生が野村進『調べる技術・書く技術』(講談社現代新書)を贈呈した。これはなかなかのアイデアだった。野村進には『救急精神病棟』という傑作がある。「救急」というところがミソだ。これもメディア志望ならずとも必読の1冊である。カポーティーの『冷血』は取材期間5年、『救急精神病棟』は3年かけた。若者はその表現欲望と同時に付加価値のセンスも磨いてほしい。

 野村の『――技術』のなかに引用されている話に「チャップリンのステッキ」がある。いま手元にないので正確には引用できないが、つぎのような内容だった。週刊朝日のかつての名編集長、扇谷正造が、チャップリンの山高帽とちょび髭とだぶだぶズボンとドタ靴はコメディアンの格好としてはありきたりだが、ステッキをもつことで独創的な効果をあげた、と評していた。そのステッキの効果を野村は強調する。ステッキが付加価値だ。

 われわれにとってステッキとは具体的にどんな例なのだろう。ぼくは紀行文を書きたい、と考えていた時期があった。独りでの旅の紀行はありきたりだが、若い女性と温泉に行くとすれば、年齢差や女性以外にやりとりやぼくの下心もステッキということになる。現在高3の孫娘とも年1回遠出する。その場合、孫娘がステッキということになるが、この組み合わせは他人ではないからときめきに乏しく、あまりおもしろくはないだろう。

 3・11大震災にもステッキ効果のあるものがある。歌だ。「上を向いて歩こう」や「ふるさと」。ぼくは「ふるさと」の歌詞とメロディーを耳にすると、小学校時代のふるさとの風景がよみがえってきてうるうるジーンとしてしまう。
  
  兎追いし かの山
  小鮒釣りし かの川
  夢は今もめぐりて
  忘れがたき ふるさと

 老齢に達したいま、しきりに、ふるさとのかの山かの川を思い出す。歌詞の3番にいう。「山はあおきふるさと  水は清き ふるさと」。それとそっくりの村にぼくは育った。これに津波に呑みこまれてゆく家や村や町のシーンが重なる。原発20キロ圏内がきょう22日から警戒区域に指定され、立ち入り禁止となった。圏内の住民にはふるさとは心のなかに生き続けるが、実際上、消滅したのである。唱歌「ふるさと」が魂にしみいるだろう。

 論作文もステッキを見つけて、無理なく盛り込むセンスがあるかどうかで良し悪しが決まるといってもいいだろう。問題はステッキがなかなか見つけられない、ということだ。起承転結でいえば、起と承だけでのっぺりとして凹凸濃淡に欠け、あるいは起承結で終わっていてメリハリのきも、「転」がなく平板だ。「転」がチャップリンのステッキである。

 きのう、新潮社の6期生女子から岩手の銘酒「南部美人」が3本贈られてきた。ボランティアという力技の奉仕が年齢的に無理なぼくは、飲むことがステッキだ。つづけて本日、14期女子から取材中に思わず買ったという愛媛・砥部焼のマグカップが贈られてきた。白磁に手描きの模様を素朴に配色した厚手のカップ。これに氷の1片を入れ、「南部美人」を注いで、ステッキな贈りものをくれた14期女子の未来に乾杯!


 

日常の光景にこそ安心感
「役立たずの門立ち」ということわざがある。役に立たない者が門口に立ってわいわい騒いでもなんの効果もない、と辞書にいう。なんだか菅内閣のようだ。いや内閣ではなくむしろ、菅首相1人で思いつきでわいわい騒いでなんとか対策本部とか対策会議とか、やたら乱立させて、収拾つかない。有識者を参与としてそばに置くが、復興構想会議も含めて、口うるさい友だち連中の口封じのために利用したのか、と勘繰りたくなる。

 管直人みたいなデスクはどのメディアにもいる。小さな事件でも人海戦術をとる、よく言えば心配性、悪く言えば自己保身。おそらく東京電力にもそれに類するタイプは少なくない、と思われる。ぼくも心配性の部類に入るが、心配性というより小心なのかもしれない。地位を守るべき立場にはないから自己保身はもう必要ない。ただ、浮気はしてないが女子が旅に同行してくれる場合もあるので、家庭内にばれないように自己保身。

 人海戦術菅首相のリーダーシップがないことは、いまさら言うまでもないが、好もうが好むまいが民意を反映した日本国の最高権力者である。だがその存在自体、国民にとって危険度レベル7とかもしれない。後のタマがいないのも悲しい。小沢一郎が菅おろしののろしを再びあげた。なにやら不穏なうごめきもあるらしい。内閣不信任案を自民党が出し、小沢系を中心にした民主造反組が賛同可決して、菅よさらば、という説だ。

 大津波は自然災害だったが、原発事故は人災だと指摘されている。人災とは政府や東電の対応のまずさや遅れによって被害が拡大していった、ということだ。人災だとすれば、責任問題はどうなるのだろう。東電はいずれ刑事責任の対象になるのでは、と思う。菅内閣・政府は原発被害住民によって、行政訴訟が起こされるのではないかと予測している。ぼくが住民だったら、訴訟に持ち込まねば収まりがつかない。

 最近は首相や官房長官も防災服は着用してないが、畳みしわのついた真新しい防災服はどうにも違和感があった。ぼくはあの姿も海外に「ニッポン危険」のイメージを助長させたのではないかと思う。発案者はテレビに映るその勇姿をみるたびに、ほくそえんだかもしれないが、いかにも着なれていないようで、かえってみっともなかった。外国人に直接聞いたわけではないが、防災服はアブナイニッポンを広めただけだった気がする。

 当初、民放のアナウンサーもヘルメットをかぶっていた。アナウンサーは地震で揺れていても視聴者に安全な処置をとるよう呼びかけている。その冷静な職業意識に感心したひとも多いだろう。放送局に勤めるペン森卒業生が「アナウンサーは自分自身も怖いだろうに動じた態度を見せず、ほんとにすごい」と言っていたが、その職業意識には頭が下がる。でも、部屋でヘルメットをかぶって放送している様子は、それを帳消しにした。

 防災服にせよ、アナウンサーのヘルメットにせよ、安心感や愛着につながらないのは、それが日常からかけ離れた光景だからだろう。避難しているひとたちはその日常性を切り離された生活を強いられている。住んでいた場所に戻りたいという心境の底にあるのは、家族、近所のひと、仕事なども含まれる日常への回帰だ。復興計画には住民の日常性を慮ってもらいたいが、菅内閣と原発レベル7と余震多発の日常化はお断りだ。

 



AV販売高は東北がトップクラス
いまはむかし、40代のころ、旬のすぎた70代の老作家によく呼び出された。「新しい裏ビデオが手に入ったから、見にきてよ」と。それはたいてい外国もので、前に目にしていたビデオだった。裏とはズバリだ。外国ものは即物的でなんら風情とか情緒がなく、清楚好きのぼくの好みではなかったが、仕方なく独り暮らしの老作家の自宅を訪ねたものだ。おそらく作家は寂しかったのだろう。ビデオを餌に、話し相手がほしかった。

 老作家が亡くなってからだいぶたつが、遺品のなかには裏ビデオ以外にも、諏味というか生きがいというか、有名女優の陰毛が収集帳に貼ってあったはずだ。遺族は作家の隠れた諏味を知って、さぞ驚き、恥ずかしい思いを味わったことだろう。3カ月くらいまえの週刊現代の連載エッセーに酒井順子が友人の話として、バイブの隠し場所に苦労している、死んだときどう始末しておけばいいのだろう、と書いていた。

 バイブというのはそれほど普及しているのだろうか。アダルトグッズショップを経営している北原みのりという女性が週刊朝日に「ニッポンスッポンポン」というコラムを書いている「今回の震災で、業界全体が認識したことがある。『東北はエロに寛大な地域だ』ということ。AV会社の営業マンが大打撃だ、と嘆いていた。理由は不明だが、東北はAV販売高が全国でもトップクラスなのだそうだ」

 北原ショップにも東北の客からの注文が切れ目なかったそうだ。こんなケースも紹介している「『75歳ですけど初めてなんです。オススメのバイブレ―タ―を教えて』。夫が以前のように勃起しないので、2人で楽しめるものを。いつ死ぬか分からないので、家族には、それとわからないデザインのものを。『いつ死ぬか分からない』の言葉が何かおかしかった。長生きしたい、と、ふと思った」。72歳のぼくは身につまされる。

 これはよく聞く話だが、個人事業主の自宅に税務調査に入り、「そこの金庫を開けてください」というと、立ち会いの品のいい奥さんが「それだけはだめ」とわめいて金庫に覆いかぶさり、てこでも動かない様子である。やむなく夫人を引きはがして開けてもらうと、中には夫人専用とみられるバイブが鎮座している。夫人は身も世もないといった風情で顔を真っ赤にしてうつむいている。夫人は恥の文化や羞恥心を知る本物の日本女性だ。

 以前の勤め先では、ホテルから弁当をとっていたことがある。そのホテルのシェフが裏ビデオマニアだった。ぼくも数本もらい、勤め先の机の引き出しにしまっていたが、だれかれとなくあげた。みんな喜んでもっていった。どうして男はこうも好きなのだろう。酒井女史のケース、あるいはペン森女子の言動から想像すると、女性もかなり脱皮しているらしい。このあいだ秋葉原のAVデパートを覗くと、女子の2人連れもいたしね。

 ぼくらの世代は、女性は性欲がない、という教育を受けてきた。旅を共にして「コンドームを三つももって来たのに」と20代女子になじられ仰天したことがある。若いひとに囲まれ制約からの自己解放が進んでいるとはいえ、本質は旧式の人間だ。いつ死ぬかわからないから、情熱に任せて好きなことをして生きてみたい、と思うが、もはや男性が終わっちまった。ペン森男子が秘薬を見つくろってくれるというから、明日への希望が湧く。
 

 

飲んで食って東北支援だ
 行きつけの1000円散髪屋に行ったら、マスターが嘆いていた。「大震災以来、お客さんがあまり来なくなりました」。きのう午前11時前にぼくが行ったときも待合室にはだれもいなかった。いつも2人でやっている技術者もマスター1人だけ。自粛きわまれり、という感じに覆われ、花見にも賑やかな喧騒はなく、浅草祭りも、隅田川花火大会も中止らしい。「金は天下の回り物」というが、これじゃお金は循環せず、滞留してしまう。

 おととい、JR中央線に乗って沿線の景色を楽しみに出かけた。沿線はピンクの桃の花に染まっていると思いきや、まだまだ褐色っぽい冬景色が広がっていた。そのなかに薄いピンクの桜がぽつぽつと。塩山を過ぎて山梨市あたりで桃の花がまだらに咲いていた。だが期待したほどの風趣はない。美観が刷り込まれていたのは、中央高速を車で走って下に広がる畑を見ていた記憶のためだった。桃祭りの最中のはずだが、あら各種イベントは中止。

 温泉で有名な石和に途中下車した。駅前広場に足湯があったが、足を浸している男女は数えるほど、人通りも少なく、とても観光地とは思えない。ここにも重苦しい自粛と停滞がひたひたと寄せていた。ぼくは自粛せず、イオンで山梨の銘酒「七賢」の4合ビンを求めた。いつも飲んでいる久保田千寿の4合ビンが3500円だった。ペン森で買う店は中間搾取がない代理店なので、1升ビンが2500円足らず。経済持続には中抜きもありか。

 電車のなかで飲もうかと思ったが、止めた。グラスがなかったから。まさかラッパ飲みはできない。これも自粛のうちに入るのだろうか。石原都知事が自粛を呼びかけたせいか、ちょっと過剰反応が目立つ。自粛は経済活動の委縮を意味する。花見自粛で当て外れの商店主はがっくりらしい。箱根や鬼怒川などの温泉観光地もキャンセルが激しい。外国人の日本観光も激減している。こんなとき日本人が自粛しては自分の首を絞めるだけだ。

 石原知事の自粛発言を聞いて、ぼくは余計に石原に投票したくなくなった。たしかにリーダーシップはあるだろうが、発言が差別的で乱暴だ。だれもいさめないのでワンマン権力者はだかの王様になっているのでは、と思う。大震災を「天罰」とはなんという思い上がり。ぼくは共産党の小池晃に投票した。東京都知事に当選する心配がまるでないからね。ぼくの知っている記者は傲慢石原大嫌い。記者は大嫌いでも、都民は4選だもんね。

 大震災の被災者に対する支援の仕方には募金もあるが、商品を買ってあげることもあるだろう。今日12日の毎日紙上で奥山恵美子仙台市長が「行楽シーズンに東北の観光地に足を運んでほしい。楽しんでお土産を買うことも大きな支援です」と言っている。東北はぼくの定番ドライブコース。新潟から日本海沿いに北上して秋田・男鹿半島を経て、十和田湖に寄って太平洋側へ抜けるか、男鹿半島から八郎潟を回るか、だ。夏には行くよ。

 東北にはかれこれもう10回近く出向いた。山形・鶴岡は常宿にしているビジネスホテルの近くにおいしいマグロ食堂がある。そこで酒を飲み、マグロを腹いっぱい食べる。マグロは津波被害にあった港の水揚げだろうから、今度も食べて飲みながら、東北活性化の支援をするつもり。この際、大学は半年の長期休暇にして、その間学生は東北ボランティアを義務づけたらどうかね。コメは持参、奉仕して飲んで食って、男子は脱草食化だ!

 

 

 


人事情報に強ければ飛ばされない
 4月は人事異動の月だ。ご承知のとおり、今年は大震災の影響でスムーズに異動ができないケースも多い。人事異動こそサラリーマンの最大の人生ドラマであるから、新人はどこに配属されるかで、まずドラマの洗礼を受ける。全国紙の記者は、たいてい全国いずれかの県庁所在地にある総局(朝日)や支局(読売、毎日)に行くことになる。NHK、共同通信、時事通信も同様。日経は大阪、名古屋などの大都市に赴任することもある。

 最初の赴任地が決まると、たとえば「秋田に飛ばされた」と表現するひともいる。飛ばされたという意味は左遷されたということだから、穏やかではない。まだなんの実績もないのに左遷されるわけがないのだ。年寄りからみて、若者の語法にはたびたび違和感を覚える。ペン森にいながら「あした、ペン森に行く?」なんて会話をかわしているのも困ったものだ、と思う。「あした来る?」と言ってくれよ。若者言葉には戸惑うことが多い。

 あの彼とあの彼女は付き合っているという場合の「付き合う」の意味も、年寄り世代と若者世代とは使用法が異なるようだ。以前、若い女性に「お付き合いしましよう」と迫られたことがある。ぼくは「セックス抜きならOKだよ」と答えた。いま振り返ると、あれは無駄なやせ我慢、あるいは格好づけだったが、「そんなのないですよ」と女性は離れていった。若いひとがいう付き合いは、セックスを伴う仲ということだ。

 ぼくは若い女性とたびたび温泉へ行って同室に宿泊したが、性的関係とは一切無縁である。一般的には男女が旅を共にして同室泊をするほど近い仲であれば「付き合う」という範疇にはいるのだろうが、ぼくはややこしい事態には踏み込むことがなかった。ほんと。よく芸能人の男女が同宿して、今度の芝居の相談に乗ってもらっていただけ、などと釈明するが相談だけで終わったとはだれも信じない。ぼくの場合は、飲んで酔って寝るだけ。

 さて、記者が異動すると、赴任先の上司がまともじゃない悲劇的なケースもおうおうにしてある。情緒不安定ですぐ怒鳴る。現場へ行く必要もないのに、なんでもかんでもとにかく行ってこい、と判断ができない。箸の上げ下ろしまで口をだして、小うるさい。原稿の直しがへたくそでかえって悪く直す。おかしなことを笑うと、そんなのおもしろくない、と他人の価値観を否定する。原稿の定型にこだわる。自分の失策を部下のせいにする。

 上司と気が合うかどうか、は運不運である。支局にいながら同僚に「あした支局に行く?」なんて聞いたのを上司が耳にしたら、言葉の使い方を知らない記者というレッテルを貼られ、それを繰りかえしていると飛ばされかねない。さらに「あの人の生きざま」などという間違った言葉づかいもやめたほうがいい。「死にざま」が唯一正しい、と信念を持った年配の上司も多い。上司はおおむね柔軟ではない、ということを知るのも処世だ。

 記者にとって最初の赴任地は第二の故郷だ。顧みれば、それほどなつかしい。はじめは友だちがいない。さびしくてたまらない。「同期」といえば、他社の同期入社をさす。記者クラブで終日、いっしょだから、自社の記者よりも親しくなる。女性記者の腹がふくらむことも多々ある。結婚相手が同業になるのも成り行き上当然。そして、強い記者は人生ドラマの人事ネタで特ダネを放つ。人事情報を嗅ぎつける記者は飛ばされない。
 

20代前半の清楚系を求む
今年になって、1日も酒の切れた日がない。土日に妻がおちょこ2杯だけ飲むようになったので、夕食時にその相手をするようになってから止むことがなくなった。休日は食材や日用品はぼくが買い出しをしてきて、朝昼晩の後片付けもぼくが担当することになっている。スーパーで仕入れてくるのはメモに記入されているもの以外、ぼくの好みで選ぶ。最近は断然、じゃこ天がつまみの定番になった。愛媛・八幡浜産を売っている。

じゃこ天はカルシウムが多そうだから、健康に効果があると思う。年はとっても、精力と健康は気になるのだ。酒は飲んでいても、精力もりもり健康であることに越したことはない。3・11大震災の避難者には高齢者が目立つが、やはり身体能力の衰えたひとが災害の被害者になる確率は高い。ぼくは休日には3,4キロ歩くが歩くスピードは格段に落ちてきた。ぼくより年上とみられる男女の老人に抜かれると悔しい。

7年前、脳梗塞で倒れて以来、どうも肉体がきびきびと動かせなくなった。以前はきびきびだったのかと問われれば返答に困るが、和便器や畳に布団は大の苦手である。避難所の様子をテレビで見ると、多くは広いスペースに布団を敷いて、ただ身を横たえているだけだったりして、老人の活動が制約されている。ぼくだったら耐えられるだろうかと考え込んでしまう。取材にも行きたいが足手まといになるのがオチかも、と気が萎える。

ぼくは被災現場に行きたい。原発の現場には行きたくない。原発は文系のぼくには難しすぎる。原発現場で被曝しても、寿命が極端に短くなることもないだろうが、寿命とは関係なく行きたくはない。ぼくには平均値であと8年の寿命が残っている。まだ枯れたくもないので、もうすこし生きながらえさせてもらいたい。面倒をみている若者が1人前になるまで、この目で確認したい。そのルポなどの作品を楽しみに待っているのだ。

このところ元気を保つために精力剤をさがしている。肉体がはつらつとなって、ついでに自然に衰えてきた男性的な肉体機能も復活すればいうことない。じゃこ天も肉体の強化につながるのではという淡い期待もあるのだ。何回もこのブログに書いたとおり、医学では異性関係が大いに勧められている。「ときめきホルモン」が活発に作用して、外面も内面も活性化し、風呂上がりのようにぴかぴかてかてかに潤うらしい。老人もときめきたい。

さしあたりぼくがほしい異性は、旅友である。共に旅をしてくれる20代前半の女性である。今度の9,10日の土日に行ってみたいと思っているのが中央線の高尾――甲府の路線だ。山梨出身の林真理子が、桃の花の咲く沿線風景は日本一と自慢しているが、それが誇張ではないと感じる風景だ。各駅停車のボックス席にあえかな女子と差し向かいで酒を酌み交わしつつ、桃色に染まる窓外を見てほどよく酔いたい。すると気持ちもピンク一色。

ぼくは清楚系が好みだから、20代前半の清楚系を希望、というのはあまりにも高望みかもしれない。お酒も飲める清楚系なんていないし。来る女性は阻まず、だがだれでもいいというわけにはいかないのだ。自分でも贅沢なじいさんだ、と思うが、この一線は譲れない。女性の好みについての一生分がいま、この年齢に至って収斂されているのである。年齢とともに蓄積されてきた極みが清楚系の旅友なのだ。老人にも夢と希望を!






原発対応もあいまいDNA
 「あいまいな日本」と題して川端康成はノーベル文学賞受賞の記念講演をした。どのような内容だったか、とんと思いだせないが、日本人のあいまいさは古くからあって、これはまぎれもなく民族のDNAである。学者ら6人がまとめた『失敗の本質――日本軍の組織的研究』(中公文庫)を読むと目的や攻撃目標が明快であるべき軍隊でも旧日本軍は、指令や命令がすっきりせず、受け取ったほうはかなり混乱したらしい。
 
 たとえばミッドウェー海戦。「ミッドウェー島を攻略し、ハワイ方面よりする我が本土に対する敵の機動作戦を封止するとともに、攻略時出現することあるべき敵艦隊を撃滅するにあり・・・」という作戦目的をどうとらえるか。前段はミッドウェー島攻略、後段は米艦隊撃滅を目的としている。この命令について敵方の米ニミッツ提督は「二重の目的」と酷評したらしいが、たしかにどちらに比重がかかっているのかわからない。

 ミッドウェー海戦で米軍は大勝利をおさめ、太平洋戦争の重要な転換点になるのだが、指揮官の二ミッツ提督は目的を日本空母軍の撃滅に絞り込み、「空母以外には手を出すな」と厳命する。その結果、米軍は戦力を集中して有利な戦いができたのである。論作文やESの添削でぼくはワンポイントに絞り込むべし、とよく指摘する。あれこれと盛り込みすぎて、結局はなにを言いたいのかがぼやけている例があまりにも多いからだ。

 論作文だけでなく、記事やノンフィクション文章の要諦は10を知って1を書く、ということだ。10を取材して1を表現するには残りの9を捨てねばならない。論作文は書く作業ではなく捨てる作業である、と力説するのは9を捨てる、ということをさしている。せっかく調べたことを廃棄するのはむずかしい選択ではあるが、すべてを網羅した文章は核のないあやふやな論旨にならざるをえない。その結果、あいまいな文章になる。

 一般に男子よりも女子のほうがケチだと言われる。以前は女子が盛り沢山の焦点の定まらない文章を書いたものだが、最近は男子にもケチが目立つ。思い切りの悪い男子が増えた、ということだろう。恋愛関係では男子が未練たらたらと諦めが悪く、女子はきっぱりこだわりを捨て去る傾向が強い。旧日本軍という組織もケチで盛り沢山の作戦を1点に絞り切ることができなかった。内実は決断力に欠ける現在の草食系男子だった。

 「一つ一つの作戦が敗戦、無条件降伏という決定的な結果へとつながる重大なポイントであった。そのうえ、一つの失敗が次の失敗に、また次の失敗にという形で直接あるいは間接に関連し合っているのである」(『失敗の本質』)。福島原発は政府と東電の初動対応の失敗が言われるが、失敗の連鎖は避けてくれなくては困る。不幸中の幸いだが、日本だけの処理だけでなく、国際的な技術支援があるから旧軍のような失敗はするまい。

 枝野官房長官が「屋内退避」を勧告しながら「自主避難を」と言いだす矛盾は、あいまいさの極みだ。住民が「どっちなんだよ!」と怒るのは当然だ。避難指示区域が3キロ⇒10キロ⇒20キロと拡大したのも、とりあえずみんなにいい顔だった。農耕定着民族の日本人は、最初は摩擦を避けて様子見をする。出る杭にはなりたくない。周囲を見てから態度を決めるから、あいまいにならざるをえない。すなわち民族のDNAである。
 

 

 



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