ペン森通信
農水省のごまかし、大阪地検の犯罪
 19・20日と能登半島へ行ってきた。久しぶりに車を運転した。おととし長野の信濃大町からアルペンルートをたどって、立山か→富山→和倉温泉と能登へ入った。能登はあまり久しぶりでもない。おととし輪島駅は廃線のためもう消え去って道の駅に変貌していたが、今回レンタカーのナビで輪島駅を目的地に選ぶとちゃんと着いた。鉄道の駅名だけはしっかり残されているのである。地元の抜きがたい執着が伝わる。しかし、線路も駅舎もなく、駅名だけが健在という現象はやはり哀切きわまる。

 有名な朝市を見る時間帯ではなかったが、千枚田には寄ってみた。それは美観というより、斜面に区分けされた狭い田んぼが古人のたくましさと貧しさを物語って、これまた切ない。すでに刈り入れは終わっていた。ドライブの途中、稲架けをよく見かけたので、稲刈りを終えて間もないと思われた。その風景のなかに雑草の伸びた耕作放棄地が見受けられ、農村の荒廃がむきだしになっていた。ごはん派のぼくですら、最近は、朝食は塩分摂取の少ないパン食に変わりつつあるから、コメの消費量は減るばかりだ。

 耕作放棄地は全国の田んぼのうちの1割を占めるといわれる。その分だけ米作農家が減収に苦しめられているかというと、そうではない。コメは生産調整という減反政策が行われており、コメをつくらなければ、農家に補助金が支払われる。さらに小麦、大豆などに転作すれば、転作奨励金が支給される。この補助金や奨励金は、税金だ。「コメだけが100%の自給率なのでこれ以上、コメをつくったら在庫が増えて農家が赤字になり、農業をやめざるをえなくなる。これでは国民の食の危機につながる」と農水省はいう。

 6期生の女子週刊誌記者が本を贈ってくれた。『日本は世界5位の農業大国』(浅川芳裕/講談社+α新書)。目からうろこの内容であった。日本の食料自給率は農水省発表では41%で、スーパーで買い物をするぼくは、食料品はそれにしては国産ばかりだと頭をひねりながらも41%を信じていた。これを基に「食いものの6割は輸入なのだ」と講義もしていた。その自給率はインチキであることを筆者は論破する。自給率を低く見せておけば、国民が危機感を抱き農水省は文句のつかない予算が貰えて、わが身安泰である。

 「自給率政策がなければ俺たちが食っていけなくなる」と農水省幹部は言っているらしい。自己保身と天下り先の確保しか念頭にないのだ。民主党は公務員の2割削減で1兆円を捻出すると公約している。「自給率を10年後50%、20年後60%」とも言って予算を計上している。そもそも自給率自体が日本だけしか通じない特殊な計算に基づく、というから、民主党もうそを見抜く仕分けをしてくれなければ、政権交代の意味がない。

 大阪地検もたいへんなでたらめ捜査機関とわかったが、地検は内部の飲み食いなどに使う裏金づくりの告発つぶしからおかしくなった。農水省も国民をだましている。日本の劣化現象はただごとではない。朝日は大阪地検特捜部の犯罪をあばくすごい特ダネを放った。ジャーナリズムも劣化しているが、久しぶりの快挙だった。まだまだ期待がもてるぞ、ジャーナリストよがんばろう!

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15周年パーティは生前告別式!?
 ペンの森は4月13日、創立15年になった。遅まきながら、9月26日に15周年記念パーティを開く。パーティには70~80人が出席する。14期生までの卒業生のうち8期生以降はまだ地方在勤者がほとんどだが、北東北や九州、四国から駆けつけてくる記者もいる。ぼくはひとりひとりと膝をまじえて飲みたいのだが、会場は2時間貸し切りだから、おそらく全員とじっくり話す時間はない。ペン森で二次会をやるにしてもみんなが知っている以前の部屋にくらべ、いまの部屋は3分の1の狭さである。とても入りきらない。

 そこで日曜日も営業している居酒屋でわいわいと継続する成り行きになるのだろう。ほんとうに久しぶりに顔を合わせる卒業生もいるから、彼や彼女の成長ぶりに触れるのが楽しみだ。15年もたつと、まだ独身でがんばっているひとがいる半面、7、8期までの女子のなかには結婚して子そだて中も多い。当然、こちらも年齢を重ねた。56歳ではじめたペン森で還暦がすぎ、70歳の古希もすでに去った。酒量も落ちたし、むかしみたいに階段を2段ずつ駆けあがることもできない。まだぼけてはいないが、物忘れが激しい。でも恋愛感情はまだみずみずしい。

 いっしょに仕事をしたことはないが、親しかった内外タイムスのAががんで入院した。見舞いにいって、手をにぎってさすってあげたら、介添えの奥さんが「あなた瀬下さんですよ」とAの耳元でささやいた。Aは間もなく亡くなった。以来30年、奥さんは毎年毎年、お中元・お歳暮を欠かさない。そのAは入院前に、友人知己に声をかけてパーティを開いた。生前告別式だとだれもが感じていた。ペン森15周年パーティが遅延したのは、Aのことを連想して、このパーティはぼくの生前告別式になるかもしれないという意識があるからであった。

 次の区切りがあるとすれば、20周年記念パーティだ。草創期からぼくは男女を問わず、受講生に淡い恋愛感情を抱いてきた。学校の先生も同じような感情をもって教え子に接しているのではないだろうか。ところが年をとるにつれ、その感情がまだらになっただけでなく濃淡がはっきりするようになった。おととし、車を手放してからは、男子はもちろん、女子と遠出ドライブをすることもなくなったが、恋愛感情の残量はまだかなりある。それが証拠に、新しい期の好きな女子とふたり旅をしたい、という願望がふつふつとわいてくる。

 高齢者は意識する、しないにかかわらず、死と向き合っている。みんな心の中になにかを忘れたような、小さな空洞ができている。ぼくの場合、いくら本を読んでも空洞は埋められないが、ペン森卒業生が上京して来訪してくれると、やや充足する。恋愛感情を感じる女子が来てくれると、なんとも言えない幸福感にひたり、空洞が埋まる感じがして満足する。幸福をくれてありがとう、と15周年パーティではみんなに感謝したい。どさくさにまぎれて好きな女子の手が握れれば、生前に思い残すことは少なくなる。握れれば、だけどさ。


ぼくは3カ月禁酒の延長戦の最中
 「足を運ぶ、顔を合わせる、声をかける、食事をする、酒を飲む・・・その基本動作を徹底的に繰り返したのが、ガサコだったのである」。『週刊現代』9月25日号に「山口百恵を作った女性編集者・ガサコの『伝説』」という記事が載っている。ガサコは雑誌『平凡』の一編集者であったが、山口百恵、森昌子、南沙織、など70年代アイドルスターの仕掛け人であった。ガサコは本名、折笠光子(97年没、享年57)。山口百恵は三浦友和と結婚すると同時に芸能活動をきっぱり辞めて、引退した。

 冒頭の基本動作は編集者のみならず、記者にも通じる鉄則である。記者や編集者にはどのような資質が求められますか、とよく質問されるが、この基本動作を言っておけば、ほぼまちがいない。ほぼ、と条件つきなのは、酒を飲む、という難題があるからである。ぼくは酒飲みだが、40代に3か月1滴も飲まない時期があった。医者から禁酒を言い渡されたからだ。それでも酒の場にはつきあった。ひたすら氷水を飲んでいた。そのとき、もうノンアルコールのビールもあって、ときにはそれで我慢した。

 ぼくのように飲めるのに飲まないのもつらいが、飲めないのに飲まなきゃならない、というひとはもっときついだろう。日本人の5%はアルコール成分を分解する酵素がないのだ。以前、梅酒だったか食前酒でぶっ倒れたペン森生がいたが、かれは分解酵素がなかったのだろう。とくに女性が酒に弱いのもそのせいだと素人考えでは推察できる。新入生歓迎会で無理に飲んだ結果、救急車で運ばれる急性アルコール中毒者が毎年いるが、これは酒の強い、弱いではなく、単に飲み方をわきまえてないだけの話。

 むかしは宴席ではお鉢に水が用意され、こっちが飲んだら水につけて杯を洗うような仕草をしてから相手に杯を返し、つぎは相手を変えながら飲んだものだが、そんな儀式は高級料亭や暴力団には残っているかもしれない。ぼくはずいぶん前から1升瓶や4合瓶から直接コップにそそぐコップ酒専門になった。3か月禁酒のあと、週Ⅰくらいならと許可がでた。7日に1回OKということは年に換算すれば、52日間飲めるということだ。で、連続52日間飲んで、あと2年5年10年20年と延長してきて現在に至る。

 ぼくはカラオケに行かない。20数年前になるが、つきあいでカラオケを聴いて曲名を当てっこするゲームをしていたことがある。はずれは100円の罰金。これをつづけたのは歌わずにすんだから、に尽きる。カラオケの無理強いは酒の無理強いとおなじく、はっきりハラスメントだ。カラオケ嫌いのぼくは、酒を強いることはない。カラオケ・ハラスメントすなわちカラハラとアルコール・ハラスメントすなわちアルハラは、セクハラと同等の扱いをしてもいい。編集者や記者の資質のなかに「酒を飲む」があるのはおかしい。

 ペン森には過去、女子の大酒豪が2人いた。ひとりは新聞記者、もうひとりは車の出版社の編集者になったが、なんとその車出版社で酒の雑誌を創刊して、編集長に就いた。

号泣小説と若干の映画
 小説を読んではじめて泣いたのは伊藤左千夫の『野菊の墓』だった。中学2年くらいだったと思う。『野菊の墓』は映画化もされた。木下恵介監督の『野菊の如き君なりき』である。この映画を女子大の授業で教材として上映したことがある。老人になった笠智衆扮する政夫が江戸川の渡し舟に揺られながら松戸に近い矢切へ向かい、少年時代を回想する。政夫の病弱な母親の世話をするため2歳上17歳のいとこ民子が住み込むようになる。やがて2人は好きな仲に発展していくが、世間体と因習にこだわる大人たちによって民子は意に反して嫁に行かされ、政夫を思いつつ亡くなる。

 女子大で『野菊』のビデオを流していると、またまたぼくは最後席で涙が止まらなくなった。悲恋ものに弱いというより、涙腺が緩みきっているのである。松本清張の『砂の器』はページを開いたときはそうでもなかったのだが、野村芳太郎監督の映画は、父がハンセン病にかかって母が逃げ、村を追われて父と少年秀夫が巡礼姿で放浪の旅にでかける、そのシーンでもうだめだった。波打つような音楽の旋律とあいまって、白い巡礼姿で放浪する父子を目にするたびにぼくは嗚咽してしまう。この映画は中大ゼミの合宿先でも観た。女子大が5回目くらいの観賞であった。父親を演じた加藤嘉の名演技がすごい。

 これはハンセン病が不治の病、らい病といわれ、差別と偏見にさらされた時代を背景にしている。ハンセン病は、いまは治る病だが、長いあいだ国会もマスコミも不作為のまま放置してきた。女子大も中大ゼミも、法律や国会とマスコミの不作為の罪をテーマに話すつもりだったが、四季折々の映像と音楽の刺激が強すぎて、というか、シーンを思い出すだけでぼくは胸が詰まって冷静に話ができない状態に陥るので、肝心のテーマはついに口にだせないまま、今日に至った。父が加療のため移動するとき、少年秀夫が離れがたい思いを胸に必死に線路を駆けてくる場面は思い出すだけで涙目になる。

 『ビルマの竪琴』も泣いたね。竹山道雄の小説を市川昆(昆は山冠だが字がない)が2度映画化したが、ぼくは最初のモノクロを大学時代に観て、のど元にせりあがるものが絶え間なくて参った。原作がいいと映画という視覚と聴覚を取り入れた作品もすばらしい出来になるようだ。それは『野菊』も『砂の器』も同じ。秋採用のESで遺骨収集に政府は熱心でなく、ボランティアやかつての戦友や遺族に任せていいのか、と憤慨する受講生がいたが、『ビルマの竪琴』は現地で僧侶になって、遺骨収集のために帰還しない竪琴の上手な兵隊の話。『埴生の宿』『仰げば尊し』の歌が哀切を誘う。旧日本兵が飢餓や病死によって遺骨として眠るビルマ(ミャンマー)には、居残った日本兵が多いといわれる。

 ぼくがこれはおもしろいよ、と以前にだれかれとなく勧めた『永遠のゼロ』(百田尚樹/講談社文庫)がじわじわと売れ行き上位にのしてきた。前にこのブログでも書いたとおり、ゼロとは零式戦闘機のこと。戦争ものだが、愛情物語でもある。号泣してしまうひとも多いことだろう。ぼくはそうだった。



 

 


ワルの小沢にやらせてみたら
 参院選で惨敗したあと管直人は元気がなかったが、代表選がはじまってから元気を取り戻した感じがある。攻撃相手が見つかったからだろう。メディアを通した印象しか語れないが、それは国民大多数と同じ条件。メディアの世論調査によると、代表にふさわしいのは管70、小沢30といった割合だが、小沢人気はメディアも含めてすこぶる悪い。ぼくは、『田中角栄の昭和』(保坂正康/朝日新書)を読み終えて間もないから、小沢はどうしても師匠の無思想利益誘導的金権体質の角栄とかぶさってしまう。

 ぼくは小沢嫌いで通してきたが、みんなが小沢嫌いであるからには、小沢嫌いに便乗するな、という体内の声が聞こえる。だが、どうして不動産売買フェチみたいな小沢を好きになれるだろうか。やはり小沢の政治とカネの疑惑はひっかかる。特捜部が逮捕しなかったのは、小沢が強調するように疑惑が晴れた、わけではない。証拠不十分だったということだ。なぜ、4億のカネを必要としたのか、弁明が二転三転したその点が不信の原因だ。選挙で選ばれる公人は投票行為の材料として有権者に説明しなければならない。

 小沢は説明責任を十分に果たしているとはいえない。検察審査会の2回目の議決がどうでるかわからないが、小沢は仮に強制起訴(訴追)になっても憲法75条の免責措置はとらず「逃げない」と言っているから、総理大臣で刑事被告人という前代未聞の事態になるの可能性もある。そもそも、このような人物が総理候補になるということ自体、日本の政治状況はただごとではない。小沢がメディアの砲火を浴びる道理だ。それでもこのワルは現総理の管よりもふさわしい、という支持者が10%以上もいる。じつは、ぼくもこのワルを日本のリーダーにしてその手腕をみたい。

 管は、倒れゆく日本のつっかえ棒の器ではないことがわかった。人望がいという意味では小悪党だが、しょせんは総理大臣になりあがってその地位にしがみつきたいだけの自己保身者。副総理でありながら普天間に一言もなく、鳩山の失政を待ち、たなからぼたもちを決め込んでいたズル。ぼくは管も小沢と同じくらい嫌いだね。ま、ぼくらには選挙権はないし、ただひたすら2人の考えや政策を聞くだけだが、ベールに包まれていた小沢がテレビに出だしたのがおもしろい。悪漢づらだけど、じじい殺しといわれたかわいい側面もチラと見える。

 2人とも日本の未来をどうするかという未来構想がないが、ぼくは小沢の政治主導に興味がある。小沢が使用限定の政府補助金ではなく、地方が自由に使える地方交付税を増やそうと考えているのは、権限やカネが集中する中央集権から地方主権へ舵を切り替え税金を再分配しようという意図だろう。中央集権は発展途上的な国家運営には効果があるといわれる。戦後日本はこれで発展した。もはや日本は成熟国家で政治だけが未熟だ。小沢の地方の自由裁量を拡大するという立場にぼくは同意する。歴史上の権力者は角栄も含め、たいていワルだった。小沢がヒトラーみたいに変心したら困るが、68歳じゃ賞味期限も短いだろうよ。



若者よ、時代小説も読んでくれ
 ペン森で時代小説が話題になったのは10年前の司馬遼太郎『竜馬がゆく』とその1年後の7期生時、同じく司馬遼の『坂の上の雲』くらいのものだ。ESの好きな本欄に山本周五郎の『ながい坂』をあげた女子がいて、驚いた記憶があるが、いまの若いひとは時代小説のおもしろさを知らないのが、気の毒である。時代小説と歴史小説は厳密には区別しなければならないが、ここでは歴史小説も時代小説にひっくるめて話をすすめよう。

 ぼくは中学生のころ、蓄膿症を手術して入院した。そのとき吉川英治の『宮本武蔵』を読みとおした。武蔵は実在の人物だが、吉川によって求道的な武蔵像のイメージが固定した。大仏次郎の忠臣蔵『赤穂浪士』もそのとき読んだ。浪人、堀田隼人は討ち入りが成就すればなにかが変わる、と期待するが、結局なにも変わらず、武士道は衰退するだけであった。いまの時代とどこか通じるね。NHK大河ドラマで長谷川一夫が大石内蔵助を演じ、視聴率30%以上を記録したのは、だいぶあとだった。

 大仏次郎の京都を舞台にした幕末活劇フィクション、勤皇の志士鞍馬天狗と杉作少年大活躍の勧善懲悪『鞍馬天狗』は大学生のころだっただろうか。新聞記者になってから夢中になったのは山本周五郎だった。周五郎はたいていの初老男性が青春時代、熱病にかかったみたいに読みふけった。『柳橋物語』『むかしも今も』『大炊介始末』『雨あがる』『樅の木は残った』『赤ひげ診療譚』『ちゃん』『ながい坂』などの作品は周五郎ファンならまず読了しているだろう。『樅の木は残った』を読んだ吉永小百合の読後感は「私は濡れました」。

 その『樅の木は残った』は、幕府による仙台伊達藩の陰謀に立ち向かう家老、原田甲斐を悪人から善人へ大転換に変化させた小説である。このような陰謀と策謀渦巻く時代小説は、ぼくなら松本清張『かげろう絵図』をもって嚆矢とする。徳川13代将軍の跡目をめぐる清張得意の推理小説だが、陰謀の震源は江戸城大奥。これは一読すると必ずはまる。清張は調査力と独創力とがあいまって幅広いが、同様な調査力なら吉村昭はその上をいく。吉村の『大黒屋光太夫』は井上靖の『おろしや国酔夢譚』と同じ素材。井上は香気ある先輩記者でお宅に伺ったこともあるが、ぼくはドキュメンタリータッチの吉村のほうが好み。

 あと作家でいえば、藤沢周平、池波正太郎、山田風太郎ははずせない。山田風太郎の『魔界転生』は柳生十兵衛や荒木又右衛門や宮本武蔵など剣豪のトーナメント試合という奇抜なアイデアにうなってしまう。池波は『鬼平犯科帳』『藤枝梅安』を勧めるひともいるだろうが、ぼくは断然『剣客商売』だ。主人公の天才老剣士、秋山小兵衛の59歳から75歳までを描くが、小兵衛は息子大治郎よりも若い40歳も年の離れたおはると再婚しかわいがる。中高年読者に『剣客商売』ファンが多いのは、小兵衛がうらやましいからだ。

 藤沢周平は『蝉しぐれ』が傑作として名高いが、短編もあきさせない。『ただ一撃』は闘争本能を蘇生させるために息子の嫁と交わる老武士の話だが、老人の性を扱った秀作。内面描写の文章がすごい。(『ぼくらが惚れた時代小説 山本一力/縄田一男/児玉清 朝日新書)を参考にしました。


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