ペン森通信
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しばらくの間、さようなら
 TBSラジオをほぼ終日つけている。永六輔さん77歳の言葉に昔日の雰囲気がなく、なにをもごもご言っているのかわからないのが痛々しい。それに比べ、小島慶子アナ37歳は歯切れよく豪快な笑いでいつも元気がいい。相方の男性とのトーク番組が午後、『荒川強啓のデイキャッチ』に引き継ぐまでつづく。この番組が終了するまで、ぼくはラジオをつけっぱなしにしておくことにしている。ニュースなど必要な情報はこれで全部入手できるからラジオの便利さに改めて驚いている。

 26日の小島アナの番組中、視聴者からのはがきにこんなのがあった。「だんだん日が長くなるこの季節になると、『こんにちは』と『こんばんは』の区別をどこでつけたらいいか迷います。6時にわたしが『こんにちは』と挨拶すると相手は『こんばんは』とかえしてきました。どこがけじめになるのでしょうか」。なるほどね、人生には考えもしないことで悩んでいるひとがいるもんだ。

 ぼくが在籍していた毎日新聞では朝、「おはようございます」ということがなかった。ぼくは遊軍席にたむろしていることが多かったが、みんなぬっと来て無言で席に座るのが普通だった。帰るときも「お先に」ということもなかったように記憶する。新人の女性記者が「お先に失礼します」といったら、聞き慣れない挨拶だったものだったから、周りがど
っと湧いたものだ。女性記者はきょとんとしていた。

 新聞社で「おはよう」も「さようなら」という区切りの挨拶がなかったのは、24時間途切れなくニュースは発生するから、それに対応するためだったという。要するに24時間態勢で備えておけ、という意味だったようだ。いまはどうなっているのか知らない。常識的に考えれば、朝晩の挨拶があるのが当然だろう。挨拶なしは新聞社の特別意識みたいであまり感じはよくない。

 最近は夜にもかかわらず「おはようございます」という若者にお目にかかることも珍しくない。これは放送業界の用語である。学生が気取って夜間に「おはようございます」と部屋に入ってくると、虫酸がはしる。放送業界が嫌いというのではなく、そういう軽薄な若者にある種、危険な要素をおぼえるからだ。流されやすいということは、抵抗力がないということだ。みんなが一定の方向に向かうとき、大勢に従う主体性のないタイプである。

 GW期間中、ペン森は世間なみに休みに入る。年末年始と2回しかない貴重な休日である。このブログもしばらくは休載とならざるをえない。再開するまで、さようなら。



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GWは3大都心部散歩コースへ
 東京都心部には3大散歩コースというのがある。ご存じだろうか。ご存じではないだろう、ぼくが勝手に決めたコースだからね。 
1,浅草から合羽橋道具街を抜けて台東区立中央図書館の中にある池波正太郎記念文庫を見学し、下谷に出る。 
2、新宿から四谷まで街を歩いて四ッ谷駅の先から土手にあがって、土手沿いに市ヶ谷へ出る。 
3,神保町から九段消防署の先を左折して千鳥ヶ淵に入り、千鳥ヶ淵戦没者墓苑を通ってから皇居一周。
以上の3コースである。 

 GW中は都心部も空気がすこしきれいになっているだろうし、季節も絶好で快適な散歩ができるにちがいない。ぼくは3コースともなじみではあるが、歩いてみようと思う。なにか新しい発見があるかもしれない。なかでも1コースの合羽橋道具街は、世界でも珍しい料理・食器・厨房設備・陶器・漆器・菓子器具・家具・包装用品・ショーウインド・食料原材料などの専門商店街である。ぼくは、カレーやラーメンやカツ丼焼き魚など料理店のショーケースに入っている料理見本が本物に見えて、何回いっても見あきない。

 もともと買い物好きだから、料亭の出汁とか蜂蜜を買おうと思っている。両方とも重いけど、リュックを背負っていくから、なんとかなるだろう。池波正太郎も時代小説『仇討』を読み終えたばかりだし、再現された執筆部屋を覗き見ると、興趣がわいてきてたまらなくなる。ぼくはそこに池波正太郎の記念文庫が開設してあるなんて知らずに、図書館に入って見つけ、欣喜雀躍したものだ。これまた女子と作文のネタ探しに歩いていた4年前のことである。池波正太郎の代表作品『鬼平犯科帳』の長谷川平蔵はこの辺りで活躍する。

 2のコースの土手は中央線・総武線の電車からよく見える。桜の季節は最高だ。いまは宴のあとだから、汚れている恐れもある。まあ、区役所が清掃人を差し向けて、きれいに掃除されているとは思うが。途中にベンチなどの休憩場所もあるが、デートの2人連れともすれちがうので、やや恥ずかしい思いもする。老夫婦なども目につき、平和な光景に心が和む。一方、思索も促されてベンチに座って電車の音を聞いていると、自分の来し方行く末に胸中が浮遊し、ついつい幸福とは、などと考えてしまう。

 3つめのコースは起点を神保町としたのは、地下鉄の神保町駅がぼくの乗降駅だからという理由である。千鳥ヶ淵は新緑の芽が美しいだろう。千鳥ヶ淵墓苑は国立の無縁戦没者墓地だ。墓苑全体がなにか荘厳厳粛な雰囲気につつまれ、思わずこうべを垂れるような深淵な場所である。戦地にいって戦死したのではなく、大半は餓死。亡くなった名も無き兵士の霊はいまの日本をどういう感じで見ているのだろうか。合掌。

無人島にもってゆきたい胸キュン本
 中曽根康弘大勲位と渡辺恒雄読売主筆の対談が『サンデー毎日』の最新号に載っている。もちろん、新党群れ立つ政局を語って、日本の危機にいたる内容だが、ぼくが興味をもったのはつぎのくだり。渡辺「中曽根さんが軍隊に行く時、隠し持っていかれたものは何でしたか」中曽根「聖書と茶の本『茶味』、そしてシューベルトの『冬の旅』のレコードです」渡辺「僕はカントの『実践理性批判』、ブレイクの詩集、『ポケット・イングリッシュ・ディクショナリー』。戦争に負けると確信していたから、捕虜になった時米兵とうまく付き合うために辞書を隠し持っていた」

 無人島にもっていきたい本は?というアンケートはしばしば目にするが、なにしろばれたら銃殺されるかもしれない状況下で持ち込む本である。ぼくなら何をもっていくだろうかとつい考えた。小説は一時的な娯楽や興奮にはなるが、ストーリーの筋が頭に入ったら感興をそがれ、3度4度読むのはきつい。その場限りでないエッセーは候補に加えてもいいかな。いま吉村昭『ひとり旅』を読んでいるが、これもその場限りではない。吉村作品はほぼ全部読了しているので、ひとつひとつの作品にまつわるエピソードや裏話が、記憶をより濃くしてくれ、時間をおいて読後感が深くなるところがいい。

 でも、『ひとり旅』のようなエッセーは再度くだんの作品を読みたくなるという強い誘惑にかられる。隔絶された条件下でそれに抗わねばならないのだ。耐えられそうもない。その場限りでないエッセーはそうそうあるものではないから弱る。繰り返し読んでも持ちこたえる本とは何があるだろう。中曽根さんの『聖書』なんて悪くない。読むたびになにがしか教わるものがあり、心が洗われる予感がある。

 そうすると宗教関係の本か。『般若心経』は思索を深化させてくれるだろう。ぼくは自室を真っ暗にして『般若心経』のCDを聴いていたことがあった。「気色が悪いからよしてちょうだい」と家族から猛抗議を受けた。以来、遠ざけている。『般若心経』そのものはごく短い。短すぎるのはおもしろくないから、分厚く長いのがいいかも。と着想したところこれだ!と思いついてはたと手を打ったのがあった。それこそぼくがほとんど毎日ページを開いても飽きのこない『時刻表』である。3カ月でぼろぼろになる。

『時刻表』はJTBとJRのものとがあるが、ぼくはJTBのものを愛用している。特別の理由はない。1100ページを超す1冊の中に、鉄道を中心とした日本中の乗り物の情報が満載されている。最初に『時刻表』の頭にある地図を見て路線のページを開き、空想や思い出にひたる。閉ざされた身として仮定すれば、空想の余地はないね。思い出だけが淋しさを紛らわせてくれる。只見線、東山温泉、笹川流れ、鶴岡、男鹿半島、庄内平野、最上川、奥入瀬・・・よかったなあ。女子が同行してくれて夢のようだった。断絶された環境でも胸キュンです。思い出づくりにまた行きたいのお。



ペン森内サークル、部活史
 小説の好みには波があって、学生当時あれほど夢中になったアリステア・マクリーン、デズモンド・バグリィ、ジャック・ヒギンズのイギリスの冒険小説や海外ミステリーはいま、まったく手にしない。マクリーンの『ナヴァロンの要塞』は戦争ものだが、映画でも大評判となり、『ナバロンの要塞』として題名をシンプルにしてDVD化されている。一時期、ペン森で有志が毎土曜日ビデオによる映画会を開いていた。その最初の上映が『ナバロンの要塞』だったような気がする。3期生4期生のころだから、まだDVDも登場していなかった。ペン森のサークルや部活にもいろいろと、はやりすたりがあった。

 読書会や句会も活発だった。読書会は宮部みゆきの『火車』が最初。消費者金融、自己破産を取り上げたメディア志望学生にとって勉強になる社会問題に肉薄した評判のミステリー作品。第6回山本周五郎賞受賞。読んだあと、飲酒しながら批評をするという段取りで楽しんだ。句会は四季折々に上野動物園や巣鴨や皇居外苑・北の丸公園などに出かけてペン森に帰り着いてから、5句ずつ紙に書いて幹事に渡す。幹事が読み上げて、それぞれ投票して秀句を選出した。ぼくはいつも選漏れになり、「俳句のわからんのが選んでもしようがないよ」と毒づいていた。男子の名幹事がいて仕切っていたのでかなりつづいた。

 昨年、ペン森は女子のあいだで山崎豊子の『運命の人』がブームになったが、これを読んだひとは外務省沖縄返還にまつわる日米間の密約問題の隠密取材や佐藤栄作元首相の権力行使に身震いしただろう。先週9日、東京地裁が沖縄密約を認め、国に文書の開示を命じたことで、毎日の西山太吉元記者の心は晴れた。西山元記者の思いも『運命の人』を読了したおかげでよく理解できたにちがいない。だが、密約問題を勉強しようよ、という発展にいたらなかったのが残念だった。

 司馬遼太郎の『竜馬がゆく』が女子間で大流行となったのがきっかけで読書会がはじまったように記憶している。「幕末と明治維新を知りたい」という要望に応えて、ウイークデーの午後2時から2時間、資料をそろえて講義することになった。「名調子でお願いします」と聴講生たちが一升瓶を持ち込んでぼくの傍らにコップととともに置くものだから、しまいにはすっかりできあがってしまい、「その話はさっき聞きました」と冷やかされた。「藩と大名」からスタート、日本がはじめて国際舞台に出展した「パリ万博」(1867年)を経て西南戦争で終わった。全10回。パリ万博には幕府、薩摩藩、佐賀藩と三者が日本代表として加わり、日本の政府は一体どこかと欧州人は面食らったらしい。

 野球や卓球などの部活的な活動もあった。卓球は近くのコンビニに卓球場が付属しているので、3年前まで盛んだった。皇居一周はぼくだけが実行。半ズボン、シャツ、靴と準備万端だったが、女子が伴走してくれないので盛り上がらず、1回で懲りたのだった。以上、じじいの思い出話。年を重ねるにつれ、思い出は美しい。

前途老老も恋をしたい
 ぼくは前途老老である。先がかぎられている。短い先行きの日々になにをするかが大問題だ。早く決めて集中しなければただ時間を消費するだけで、人生が終わってしまう。①本を読む ②旅をする ③酒を飲む ④恋をする ⑤友人教え子と会う ⑥映画(DVD)にひたる ⑦車の運転を再開する ⑧スポーツをする ⑨おいしいものの食べ歩き ⑩温泉めぐりをする。①②③はいままでの延長だから、そのまま実行できる。

 ただ、②は旅費の工面が必要。ぼくは海外にはまったく興味がないから、JR3割引きのジパング倶楽部を最大限活用して国内をくまなく訪ねる。近場の場合、前途洋々たる若者にもときには同行を願いたいね。ペン森卒業生を訪ねまわるのもいい。迷惑かな。いまは北海道と四国に行きたい。会いたい教え子がいるからね。これで⑤はOK。

 いずれ若者も前途洋洋の洋洋の部分が縮まって、前途老老の身となる。国籍男女思想貴賎に関係なく、これが人生の定め。だが、この真理を若い人は実感できない。若いときはぼくも、自分が70歳を超える年齢に達するなんて、まるで想像もできなかった。60歳を迎えても、70歳は遠い遠いはるかな前方にかすんでほとんど見えなかった。

 しかしだよ、60歳も70歳もいざ達してみると、まだ十分に気分だけは若い。こんなに若いのかとびっくりする。枯れるどころじゃない、まだ情念たっぷりだ。情熱もたぎっているから④の恋もありうるんだよ。ロートルには勢いはないが、まだまだ男性ホルモンの残余がある。そうか、老いらくの恋にも相手が必要か。それを忘れていた。

 シルバーシート新党の政党名は「たちあがれ日本」。命名者はアドバイザー的立場の77歳石原都知事といわれる。平均年齢70歳の新党は前途老老だね。しかし、本人たちにはあまり老人意識はないように見受けられる。気分は若く、情熱もたぎっている。だが、世間がそう受け止めないところが、もの哀しい。老人のぼくからみて、どこか切ない。立ち上がれるのかな、と思う。日本にはなんでもあるが、確かに希望だけがないなあ。

 前途老老が集まると病気自慢がはじまる。これだけは前途洋々人には縁遠くて理解不能だろう。ぼくの肉体も嘘をつかない。⑧のスポーツで足腰をきたえ、⑨⑩と各地のおいしいものを食べて、温泉健康法を実践して人生を長持ちさせよう。男性ホルモンの活性化も男性老老には、すごい効果があるんだってね。そうするとやっぱり④ねらいだなあ。

 恋の演出には大道具の車が欠かせない。⑦は自分の車ではなく、旅先でレンタカーになるね。ひとり旅の宿では退屈だから、ポータブルプレーヤーとDVDを持ち込むことになるだろう。これで⑥も含め先々の予定、完結。でもぼくの人生はまだまだ完結しないぜ。


人類史の犯罪に遭った広島
 孫娘と広島、京都へ2泊3日の旅をしてきた。広島は学生時代にも2,3回訪れた。学生時代というのはぼくの場合、半世紀も前の話であるから、現在の学生諸君はまだ影も形もなかった。広島にはペン森卒業生が6人いるが、初日の3日、共同通信と朝日新聞の男子2人が夕食兼飲み会をセットしてくれた。たまたま広島入りしていた卒業生女子1人も加わった。旅先でペン森生と会うと内面が活発に動いていつもと異なる風趣が湧いてくる。

 広島で見るべきは原爆と宮島しかないが、原爆は奥深いというか、奥に限りがない。翌4日、前夜四国愛媛から参じたペン森を卒業仕立てで、ぼくのお気に入りの新人女子記者と孫と3人で再度原爆ドームに行くことにした。平和公園の通り道のベンチで休んでいると、小柄なじいさんが近づいてきた。「どちらから?」と聞いてきて、僕たちに話し出した。

「わたしは原爆の認定患者です。12歳のとき、原爆に遭いました。顔の右側と手がケロイドで腫れて、わたしの生死を心配して探していた父親も気がつかなかったんです。投下から12日後に発見されたんですが、葬式は2日前に終わっていたんです」。77歳という。皮膚も移植手術を重ね、それとわからぬほどと快復していた。平和公園を歩いては話しかける「歩く語り部」にちがいなかった。

 同行の孫娘が生まれたとき、ぼくはアウシュビッツを見学して、ポーランドを旅している最中だった。アウシュビッツはいま、平和博物館となり原爆ドームと同じく世界遺産に指定されている。人類が二度と繰り返してはならない、負の遺産。アウシュビッツは木造の2階建の校舎みたいな建物がずらりと並び、中を見学できる。

ガラス越しにおびただしい毛髪、メガネ、靴、鞄、義足が積まれて山となっている。ガス室跡もある。その強制収容所で150万人が殺されたといわれる。ホロコーストはユダヤ人撲滅政策をとったナチスのユダヤ人虐殺のことだが、600万人が虐殺されたという。原爆投下もまた20世紀の戦争犯罪だが、根っこにアメリカ人の黄色人種差別があったのではあるまいか。当時、日本人は生の魚を食う野蛮人とみるアメリカ人も多かったんだよ。

 ホロコーストも原爆投下も、人類史に汚点を残す野蛮な行為というほかない。しかしいまや、生々しさや痛みや死を実感することはほとんど不可能だ。映画『シンドラーのリスト』『戦場のピアニスト』そして記録映画『ヒトラーの犯罪』『13階段への道』などのDVDがホロコーストの想像力を補ってくれる。原爆は『はだしのゲン』はなじみだろう。『黒い雨』『絶後の記録』なども読んでほしい。読んだあと資料館をみればよりリアルに、この犯罪のおぞましさが理解できる。資料館は展示の順番が気に入らなかった。市民から原爆体験の絵画をつのったNHKスペシャルのビデオを最初にみればよかったと思ったよ。

道警にへつらった北海道新聞
 腰パンの国母選手は、重い血液病の友人を助けるため、寄付集めに奔走して、海外での移植手術を支えた、ということを『月刊マスコミ市民』4月号で知った。見た目の印象だけでひどい非難を浴びせられ大騒動となった国母選手だが、1人の人間は異なる側面を持ち合わせている。見た目だけで決めつけるなということだ。ひとは自分の中に何人もの人間を潜ませているから、10人10色なんて単純な仕分けはできない。内面の複雑な多様性からいって1人10色といっていいだろう。

 人間だけでなく、組織も同じ。悪を追及する検察や警察が裏金をせっせとため込んで飲み食いに使ったり、自ら悪に染まっている、なんてことも見た目じゃわからない例。検察の裏金問題を内部告発しようとして三井環・元大阪高検公安部長が逮捕されたことは以前、このブログで書いた。それ以来、ぼくみたいに検察に不信感を抱いているひとは少なくない。警察の裏金問題は北海道警察、高知県警が知られている。北海道新聞(道新)と高知新聞がそれぞれ粘り強く調査報道で暴いたことで、明らかになった。これもやっぱりね、というのが大方の感想だろう。

 03年11月から05年6まで道警の裏金問題を報道した道新は、新聞協会賞、日本ジャーナリスト会議大賞、菊池寛賞と名だたる賞の受賞の栄誉に輝いた。権力の腐敗に立ち向かったこの調査報道はジャーナリズムの歴史を飾ったのである。ところが、道新の編集幹部は道警にこびへつらい、道警幹部と取引をして修復をはかった。ぼくにも他社の記者をしているかつてのペン森生が、道警が道新に反発しているので、警察取材が楽になって助かる、と電話してきたことがある。つまり他社は連携して、不正の摘発に参戦しようとはしなかった。手を組んで権力に向かう姿勢と志が日本のメディアには不足している。

 一方、道新の記者になった教え子からは、裏金問題を追及した社会部の同僚たちが警察担当からはずされた,本社はこれで恭順の意を道警に示した、と訴え、どう思うか、という長いメールが届いた。明らかに道新は道警に許しを請うて、担当記者の配置換えを行った。『月刊マスコミ市民』は道新の取材班の担当デスクだった高田昌幸氏とのインタビューを掲載して、ジャーナリズムのあり方を問うている。2月号でも「ジャーナリズムの劣化とメディアの可能性」を特集しているから、ジャーナリストをめざす諸君には一読を勧めたい専門誌である。

 雑誌の相次ぐ廃刊のなかでぼくが、なくなって困ると思うのは『噂の真相』『ダカーポ』月刊『現代』である。いままた『マスコミ読本』でおなじみ創出版発行の『創』も苦境に立たされている。これらの雑誌が世の中だけでなく、個人の多様な価値観形成に果たしてきた役割は大きい。1人10色が10人10色に狭まっちゃおもしろくないよ。




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