ペン森通信
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毎日は調査報道に活路を開く
 昭和37年といえば、ぼくの毎日新聞入社年の1962年である。時代の風潮は一本気な正攻法であったように思う。精神は正直にして頑丈だった。ペンの森は引っ越し先を探しているが、きょう内見した部屋のあるビルはなんと昭和37年築であった。エレベーターもヨーロッパの古い都市にあるような手動式が現存していた。ぼくはそれが気に入った。頑丈そうなそこに移転先を決めようかと思う。

 なんだかぼくの入社年次とビルができたのが重なるという点にも因縁めいたものを感じる。同期のよしみのビルで新たに若い人たちに、昭和37年のいぶきを伝えて、怯まないジャーナリストを育成できる手助けができればと心機一転しているところだ。折しも、古巣の毎日新聞が共同通信に58年ぶりに再加盟し、共同加盟の地方紙・ブロック紙と3者連合の体制をとることが発表された。

 新聞の連合・提携はANY(朝日、日経、読売)が先行して、「あらたにす」というインターネット共同事業をはじめ印刷の部分乗り入れをはじめている。「あらたにす」の評判は全然聞いたことがないから、うまく機能してないのだろう。自己満足かもしれない。3紙の社説比較なんかも最初は宣伝していたが、ネット世代が社説を読み比べると踏んだ古色蒼然たる感覚がどうにもピントはずれだ。新聞は送り手が考えるほど読まれてない。

 毎日の朝比奈社長によると「脱発表ジャーナリズムをめざす」らしい。「記者クラブを拠点としながら自由に深く取材する」ともいっている。つまりは調査報道に比重をかけるということ。ペン森の卒業生でこつこつと調査報道をつづけて民主党の小沢、鳩山の金銭疑惑ヒットを飛ばしている毎日記者がいる。彼の愛読書は政治資金収支報告書という。数字の苦手な記者としてはきわめて独自な調査報道である。毎日は伝統的に調査報道に強い。

 新聞の方向性として、調査報道は正しい選択だろう。朝日のジャーナリズム宣言も同じことだ。しかし現場でやっていることは、ぼくの入社時と相も変わらぬ速報主義である。速報の呪縛から新聞は足を洗えない。記者クラブ依存にもどっぷりだ。朝比奈社長は社会部長に就任したさい、記者クラブ脱退を考えている、といっていたことがある。今度の3者連合がその思考の延長線上にあれば、ぼくは拍手を惜しまない。

 高知新聞から朝日にスカウトされ、水戸総局長になっている依光隆明氏の講演記録を先日読んだ。高知新聞のことを話している。「大川村という小さな村があります。2年前に社会部記者を1人、その村の役場に研修職員として入れました。村の中から村を取材させたわけです。いまも連載が続いています」。調査報道のひとつのあり方だろう。ぼくはこれから日本の内臓を抉る調査報道のテーマと手段を学生と考えてみたい。

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未知なるものはやはり人の心だ
 青木理という共同通信の事件記者だったジャーナリストの『絞首刑』(講談社)と橋本治の『巡礼』を探しに本屋にいったが、買ったのはダカーポ特別編集『最高の本2010』と開高健『人とこの世界』(ちくま文庫)だった。ダカーポは休刊になったが、こういう形で名物特集だけが独立して残るというのがうれしい。ぼくが最高に興奮した『ゼロ』がリストアップされてないのは、残念であったが、407冊が網羅されている。本の題名をみているだけで想像力がかきたてられて、刺激的だ。

 『ゼロ』は俳優の読み手名人、児玉清さんが大推薦していて、ぼくも泣けた。「ゼロ」とは零式戦闘機のことだとは前にこのブログで書いたが、特攻といえば海軍特攻隊の生き残りだった田英夫さんが先日亡くなった。田さんは日本におけるテレビキャスターの先駆者である。共同通信からTBSのキャスターに転身してベトナム戦争時、米軍北爆下の北ベトナムに入った「ハノイ 田英夫の証言」が有名だ。現場主義を貫いたひとで、ハノイの実態は事実報道のひとつの金字塔であった。しかし、自民党政府はTBSに田さんの解任を迫る。田さんは退社する。

 田さんはぼくが事務局長をやっていた「子ども平和基金」の代表。某ジャーナリストにその会の賛同人に加わってくれるよう依頼したところ、反対された。反対の理由が「田さんが勲一等をもらったから」というものだった。田さんは参議院議員34年間と長く、社民連代表も務めた。その功労で2001年勲一等を受賞した。日本の勲章授与は天皇の国事行為のひとつで、勲章は天皇の名において授与される。反戦・護憲・ハト派の代表ともいうべきあの田さんが、天皇から嬉々として?勲章を授かるなんて、と違和感をもったひとも多かった。くだんのジャーナリストは見下げ果てた、と吐き捨てた。

 そのジャーナリストは芯がとおった気骨のひとでぼくとは親しい。あなたのやろうとしていることには何の曇りもなく、賛同する。が、同じ革新派として同志同然の田代表が勲章をもらったことが納得できない。と、かれは心情を吐露した。ぼくはそのジャーナリストに余計、畏敬の念を抱いた。ぼくもまた、田さんは天皇からの勲章授与を断るのでは、と期待する気持ちがあったのである。ぼくは田さんの評伝を書かせてもらいたいと申し出て了解をえていた。新聞の切り抜きを集めたりしていたが脳梗塞で倒れ、諦めざるをえなかった。もし書くとすれば、勲章をもらったときの心境を必ず聞いたはずである。

 聞き漏らしたのは残念だが、田さんもまた人間だったのだ、と思えばいい。なにしろ、ひとの心というのは残された最後の秘境である、というのがぼくの考え。『人とこの世界』には、現代文学では未知なるものは性しかない、女のパンティのなかにしか文学は入ってない、との卓説も披露されるが、やはり未知なる神秘はどんなに時代が変わってもひとの心だ、だから小説も世の中もおもしろい。



NHKを辞めて自殺防止に人生を懸ける
 自殺者がはじめて3万人を超えたのは、1998年である。前年の97年は4大証券のひとつ山一証券や都市銀行の北海道拓殖銀行が破綻するなど経済危機をまともにくらった。自殺者の4割は中高年で原因・動機は全体の3割強が健康問題(6割強)に次いで多いから、経済状況の悪化による生活・経済苦が自殺増に直結したのだろう。98年の自殺者は正確には3万2863人であった。

 3万人超はその後、途切れることなく続き、08年まで連続11年におよぶ。1日90人が自殺する国なんてやはりどこかおかしい。日本は名だたる先進国の経済大国であるが、不名誉な自殺大国であることもまた論をまたない。男性の自殺率は世界1だから、自分の生命保険と引き替えにやむなく自殺選んだという赤字経営者もいただろう。財政事情に苦しんでいるぼくは、死んだら生命保険はいくらおりるのだろうかと考えることがあるから、ましてや、と想像できる。

 ノンフィクションライターの斎藤貴男さんによる『強いられる死 自殺者3万人超の実相』(角川学芸出版)は自殺にいたったそれぞれのケースが克明に記されていて痛ましい。同時に自殺に追い込んだ人間や立場の理不尽さにも腹が煮えくりかえる。この本の中でNHK『クローズアップ現代』のディレクターをやってやっていた清水康之という人が、「誰も自殺など選ばずにすむ世の中を」と思いつめて報道の世界から去った話がでている。

 紹介されている清水さんのスピーチ。「(3万人超の自殺は)交通事故死の6倍です。東京マラソンの参加者は3万2400人でしたから、ほとんど同じですね。(略)彼ら1人ひとりにゼッケン番号があるように、自殺した方々にもそれぞれ、かけがえのない人生がありました。私たちはついつい自殺者が増えた、減ったという言い方をしてしまいがちですが、自殺者は本質的に減ることがありません。3万3000人が自殺した次の年が3万人になったからって、差し引き3000人が生き返ってくるわけではないんです」

 清水さんは『クローズアップ現代』で親に死なれた子どもたちの取材に当たっていたが、NHKを辞めてNPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」を立ち上げる。自殺対策基本法制定の立役者である。なんと気高い志だろうとぼくは感動した。制約や束縛の多い企業内ジャーナリズムから飛び出して、自分のテーマを追求していく、という生き方。すごいな、とぼくは思う。

 清水さんも生活が大変だろう。志や理想主義では生計が成り立たないのが日本の社会である。清水さんのような独自の生き方をする人に対する応援体制や寛容な精神が充足していないところに、自殺が発生する要因もある。それを改善するのはジャーナリストの責務だ。

死を前にしたとしてやりたい旅
 
 森繁久弥のあの助平ぶりが好きだった。「ちょっと手相を観てあげようか、手をだしてごらん」と猫なで声で若い女優に優しくもちかける。女優がはにかみながら手を出すと、森繁助平じじいは「どれどれ」と両手で相手の手のひらを包み込んだと思ったら、あれよあれよというまに、女優の手をなでさすっている。と10年以上前、だれかが書いていた。その巧妙な芸にいたく感動したぼくは、よしおれもじじいになったら、と心に期すものがあった。

 ご子息の話によると、森繁は病室にくる看護婦と仲良くなり、脈をとる手を嬉しそうに握っていたそうだ。死の間際まで、しっかりそのエッチ系血脈は元気だった。なにも老人になってから急に助平になったのではなく、それは天性のものだったらしい。女優の司葉子が新人だったころ、「森繁の10メートル以内には近づくな」と警告されたという。冗談にしても煙のたつ火種を森繁はもっていたわけだ。森繁は稀にみる多芸の天才だったが、その一芸にすぎない助平だけでも男は真似できればと羨ましく思うだろう。

 それは森繁にしてはじめてできたことあり、周囲に許容もされたことだったのだ。われわれがやるとセクハラ、あるいは痴漢だ。セクハラや痴漢に感じさせないところが天才助平の所以である。その森繁が96歳の人生を閉じるとき、後悔はなかったのだろうかと、昨夜「死ぬ時後悔する25のこと」というテレ朝の番組をみつつ思った。もっと芝居をやりたかったのではあるまいか。

 ひるがえって、ぼくの場合はなにが浮かび上がってくるだろう。寿命あと1年とすれば、国内の旅である。北海道は宮脇俊三の「最長片道切符の旅」の道内コース。一緒に行きたいと申し入れてきたペン森生が札幌に赴任しているあいだに、ほんの断片でも同行して、あとはひとりで回るのもいい。能登半島は来年3月ごろ、再訪することになるだろう。もう連れは決まっている。高いけど、死の直前くらい豪快に九十九神秘温泉に浸かりたい。

 三陸には前から行きたいと切望していた。リアス式海岸にそってここはドライブしたい。太平洋側は雪が少ないだろうから、車でも大丈夫そう。もちろんぼくは運転しないで、景色を眺め、途中でおいしい魚と地酒に親しんでとろける。三陸がだめなら、やはり海の幸の鳥羽から伊勢湾をフェリーで横切って伊良湖岬。ここも死ぬまでにぜひ、と願っている。どうやらこっちのほうは、ドライバーがいるから今冬にでも可能性がありそうである。

 もうひとつ穂高の麓の平湯温泉。松本と飛騨高山の中間にあって、かつてのぼくのドライブコース。
今度はバスで山の雪景色を楽しみながら、宿で特別注文の飛騨牛をたっぷり食したい。いい湯いい
食。見目麗しい若い女性の連れでもいれば、もう死んでもいい。


逆の生き方をしてきた
  きのう11月5日、71歳の誕生日を迎えた。71年生きてきた割に一向に育ってない部分もかなりある。すでに目一杯の感じがするのは節酒制限中の酒量くらいのものだ。精力も0・01グラムも残量がないくらい減退しているか。もちろん記憶力もどこかへ消え去った。本は読んでないのが多くて、書店に行くと自己嫌悪に陥る。

 このところ、頻尿対策とか墓地選びとかの広告に敏感になった。ぼくは催眠薬を常用しているが、2,3時間に1回の割合で小便に起きねばならない。ペン森で合宿へ行ってもトイレに近い布団にもぐり込むことにしている。しかし、酔いすぎると催眠薬も飲まず、そのまま手軽な布団を利用する。酒を飲むと小用の間隔が長くなる、と医者に言ったら、「それは逆じゃないの、と笑われた。逆を好む癖は生理現象にも現れているようだ。

 71歳というと物心ついてから半世紀以上なり、この間、召された知り合いは数しれない。祖父祖母父親母親叔伯父伯母に友人知人。太平洋戦争の戦地から帰還した叔父は、いったんぼくの家に寄留し、気が抜けたように座敷に寝ころんでひねもす西部劇『黄色いリボン』の主題歌のレコードを何回も何回もかけていた。体格のいい叔父の虚脱したような姿とその曲のメロディーはいまでも耳の底にこびりついている。

 『黄色いリボン』はジョン・フォード監督の騎兵隊3部作の2作目にあたるが、主演はジョン・ウェインである。ぼくはあとの2作『アパッチ砦』『リオ・グランデ砦』もDVDでもっている。だが、ジョン・ウェインが嫌いなので見る気がしない。ああいうアメリカンマッチョは、いかにも好戦的にして偽善的なアメリカの典型みたいだ。あの大男の世紀の大根役者は意外に声が細く、尻もデカ尻ではないところだけが取り柄だ。

 1950年前後の西部劇は、やたらインディアンを殺し人種差別むき出しの場面も多い。とにかく隔世の感があるから若い人もDVDを借りるとよい。50年代60年代の映画は邦画洋画を問わず、主演脇役がむやみにたばこを吸う。禁煙広がる現代からみると、目をむくような光景だ。小津映画は『秋刀魚の味』にしても、たばこと酒が絶妙な調味料になっているから、これはこれで時代を示す彩りではある。

 酒といえば、ぼくは小浦太平という故人を思い出す。「天下ノ浪人」と自称する理論右翼であった。299種という日本最多の果実酒づくりに成功し、それを振る舞っている、どうぞ飲みにきてください、と毎日新聞に投稿してきた。「これは違法ですよ」とぼくは自宅を訪ね、ならば酒税法を改正する運動をしましょうよ、と促した。昭和46年にブドウ種などを除き、一般家庭でもさまざまな果実酒がつくれるようにした功労者である。小浦さんは、酒は一滴も飲めなかった。代わりにぼくが飲んだ。小浦さんもまた逆の生き方をした。膨大な果実酒は遺言でぼくに託されたが、収容場所がなくもらわなかった。



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