ペン森通信
結婚披露宴のご祝儀

 ことし2回目の結婚披露宴にあす28日、出席する。きのう1000円床屋に行ったら、この間おいでになったばかりじゃありませんか、期間が短すぎますよ、とあきれられた。結婚式なんでね、調髪しておかなきゃ、と思ってさ、と答える。「スピーチでもするんですか」「そう、注目されるからね、頭だけでもきれいにしとかないとね」。それから話は意外な方向に展開していった。
 
 「ところで、お客さんはいくらぐらいご祝儀をあげるんですか」「3万円か5万円だね」「またどうして分けるんですか」。ぼくはこの歳になって、結婚式にこんなに出席する機会が増えるとは思いもしなかった。ペン森は若い男女が相集うから、いずれ全員が結婚適齢期を迎える。ペン森生同士のカップルでなくても、結婚の波がくるのは当然だが、そのことは初めうかつにもまったく頭になかったのである。

 年齢的にはぼくは葬儀に列席する年回りで事実、先輩や友人がぽつぽつと他界していく。でも葬儀のほうは1万円が相場だから結婚にくらべて安い。安くてすむからひんぱんに出てもいいのだが、そうもいかない。その点、結婚披露宴は幅がある。芸能人は祝い金は10万円が相場だと、テレビで島田神助が言っていた。

 ぼくが出席した披露宴で最も多額のご祝儀をあげたのは、ライブドアのホリエモン旧社長。ペン森卒の女子社員の披露宴で全盛期のかれは受付に分厚い祝儀袋を差し出していた。「そうとう包んだからね」と自分でも周りに自慢していたから30万か、50万か。祝儀袋が盛り上がっていたから、10万ではなかったね。

 ぼくはかみさんの忠告に従って、今年から一律3万円と決めた。それまで3万と5万に分けていた線引きは、ペン森生同士のカップルかそうでないかであった。ペン森生同士なら5万円だった。かみさんはそれは理屈に合わない、と言う。「だって、あなたがいたから出会えたんでしょ。キュービット役としてむしろ謝礼をもらってもいいくらいよ。余計にあげるのはおかしいわよ」。

 で、一律3万円に落ち着いた。5万円だと年間8回として40万円になる。回数をこなすのが大変だ。3万ならまあ、全部出席しても金額的な負担に耐えられるだろう。なにしろ年金だけが収入源である。これからぼくの周囲でますます増えるだろう結婚のことを考えると、3万円ならなんとかこなせそう。それでもローカル線に乗る楽しみを犠牲にせざるをえないのがきついなあ。早くめしのたねを見つけて、一律5万円に出世したいもんだ。

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身に染みるつらさと困難
 新聞春採用ES真っ盛りである。設問は志望理由から自由記述までいろいろあるが、学生が書くのに最も苦労する項目は決まっている。「いままで一番つらかったことは何ですか、また、どうっやってそれを克服しましたか」(朝日)とか「困難な経験」(共同通信)。つらかったことも困難なこともくぐり抜けてきたはずなのに、思い出せない。というか、つらいことや困難なことは言いたくもない個人的なプライバシーに関することだったりする。

 ぼくらの世代は、いまや死語同然のひもじかった、という強烈な経験があるが、年を経て、火鉢の灰をかき回して芋の食べ残し皮をさがした。それすらいまや美化された過去である。過去は美化されがちだが、美化されない思い出もある。ぼくは小学高学年当時、父親につれられて田舎道を歩いていて、のどの渇きに夕方まで苦しみ、以後60歳くらいまで朝お茶をたっぷり飲んで日中は水一滴飲まない癖がついていた。トラウマである。現代のつらさや困難は、飢餓的なものではなく精神的なもののようである。

 いま日本で一番つらいひとは麻生総理か中川前大臣じゃあるまいか。言いたくもないつらさ、困難でもあるだろう。麻生内閣支持はきょう24日、毎日11%、日経15%と下げ止まらず、下降の一途。急落にはもはら慣れっこかもしれないが、それにしても不支持は上がる一方で日経ですら80%。中川前大臣の、あのもうろう会見ぶりには新橋の酔っぱらいおじさんもびっくりしたろう。漢字を知らない麻生総理もわかりやすかったが、中川酔態も一目瞭然。ぼくも酔っぱらいだが、酔ってテレビをみて、笑っちゃうというよりあきれたよ。2人とも「男はつらいよ」と酒飲んでいるんかねえ。

 週刊新潮の朝日新聞阪神支局襲撃の「犯人手記」連載で新潮社幹部もつらい思いをしているだろうね。他誌が350円に値上げしたのに、新潮だけは320円据え置きでがんばって意地を通していたが、「犯人手記」まで意地を通した。ぼくは毎週購入しているが、最初から手記は読む気もしなかった。どうにもうさんくさいからね。ぼくが週刊誌の発行人をしていたころ、ユダヤ抹殺のガス室はなかった、という情報の売り込みがあった。一蹴したが、取りあげた雑誌があった。編集長は首になった。

 きょうの朝日朝刊は1ページ全部を使って、新潮掲載手記を検証して「裏付けなき虚言」と決めつけている。虚言を真実が明らかになった、と言いつのって宣伝した。朝日の検証のほうをぼくは信用するが、週刊新潮はなんらかの説明責任をはたすべきだろう。まさか知らんぷりはするまい。メディア人はだれも新潮の肩はもたないだろう。新潮よ、どうする。

日本がつらい時期、困難な時期にある折もおり、困難に対してなにも手を打たない100年に一度のような劣悪な総理をいただいて日本人はつらい。

学生時代に熱中して取り組んだこと
 ぼくの周りの学生はES(エントリーシート)の時期に突入した。記入項目に必ず「学生時代に熱心に取り組んだことは?」という類の設問がある。ぼくが見るESはゼミの研究テーマ、アルバイトや旅行などを挙げる例が多い。行動ややっていることが、ぼくらの学生時代と照らすと、ずいぶん小ぶりになったというか、幼稚になったと感じる。

 ぼくは、4年までに学ぶべきことは上級生から教材を借りて2年次までに自習し終えた。その2年生のとき3カ月、朝刊が届くまで夜通し勉強した。テーマは「日本人論」。外務大臣を歴任した重光葵が主席全権としてミズーリ号で降伏文書に調印したところから、ぼくの日本人論はスタートした。ぼくが学生時代に熱中したのは「日本人論」と思う。思う、というのは、ぼくはほかにも我を忘れてやったことが多いからである。

 12日付けの毎日夕刊に内田樹が「日本特殊論」を寄せている。読んではっとした。(私たち日本人には)、どの設定を初期とするかについての国民的合意が存在しない。ある人々は「敗戦」を、ある人々は「明治維新」を、ある人々は「天孫降臨」を、その他もろもろを「日本の初期設定」と信じている。以上の内田説はオバマ大統領の就任演説を「国民の歴史の連続性を強調した」ととらえ、それを土台に展開している。

 「国民の歴史の連続性」という意味は、清教徒も、アフリカから連れてこられた奴隷たちも、西部開拓者も、アジアからの移民たちも、それぞれが流した汗や涙や血は、どれも今ここにいる「私たちのため」のものだった、ということである。つまり「アメリカ人の国民性格はその建国のときに初期設定された。日本人には初期設定の国民的な合意はなく、危機に遭遇しても立ち還るべき原点がないが、アメリカ人にはそれがある、と説く。

 原点に合意がない日本人は祖先たちの生き方を範とするのではなく、「アメリカではこうだが、日本ではこうだ」というふうに他国との比較でしか語れない国民なのである。内田樹という学者は『下流志向――学ばない子どもたち、働かない若者たち』で指摘した鋭い若者論にみるまでもなく、現代一流の論客である。なるほど、ぼくの日本人論も比較でしか語れなかった気がする。『日本人って何だ』という毎日新聞の連載(単行本→文庫本)でぼくはヨーロッパを取材して担当したが、所詮は内田論の外までは羽ばたけなかった。

 しかし、大学時代から頭に付着していたもやもやが「日本特殊論」で消えた。若いときに熱心に取り組んだというのは、大抵は思いこみの熱病にかかっていたにすぎない、のかもしれない。思いこみが内側に向かって孤独化せず、外へ能動的に向かって精神の再生産のエネルギーになるのであれば、思いこみは人生の推進力になる。ぼくは大学時代に日本人論に熱中したことが、記者生活の支えであった。それがあったから『ニューズウィーク日本版』をやる気になった。ぼくには学生時代に原点も連続性も発生した。



安上がりに行こうぜ
 むかし、これはモナコ王妃になったグレース・ケリーが愛用していたハンドバッグだよ、奥様にどうぞ、と親しい金持ちからエルメスのケリーバッグをもらったことがある。高価なものだろうとは思ったが、かみさんはなんの興味も示さない。もともと、ブランド品には一切関心がなかった女性だが、それにしては無欲すぎて張り合いがない。

 そのケリーバッグはただのごみ扱いされて、いつの間にか処分されたらしい。ある富豪夫人から、これと同じものをだれそれさんが首からさげている、それはわたしがあげたの、と同じ真珠の首飾りをプレゼントされたこともあるが、それもどこかに消えた。いってみれば、こだわりのない、安上がりのかみさんではある。

 そこへいくと、ぼくはこだわるねえ。とくに靴。フォーマルな黒短靴は一足しかないが、ウォーキングシューズは20足くらいもっている。そもそも、ペンの森の近隣にアメリカのロックポートを扱っている靴店があるのがよくない。それどころか、登山・ハイキング・ウォーキング靴の専門店「さかいや」もある。3日前にも旅用の靴を買った。

 登山はしないのに登山靴も所有していたことがある。やたら重いので処分した。3日前に買った靴は、スポーツサンダルで有名なアメリカのTeva。このサイズのみという50%オフの限定品だった。ぼくも安上がりでね、6300円。履いているのか履いていないのかわからないくらい軽量だが、グリップ力がよく、すべらないらしい。それが魅力。

 安上がりのローカル線乗り継ぎ旅をやっていると、雨に降られる場面がある。ゲリラ豪雨で身延線・下部温泉駅で立ち往生したとき、トイレが駅舎の外にあった。たまたま防水加工の靴を履いていたが、一面の水たまりを走るには不安があった。ぼくは歩き方にすべり癖があるのか、よくすべる。すべって足の骨折なんてごめんだから、水で濡れた路面でグリップする安全な軽い靴がほしかった。

 70歳の老人はあまり活発に動けない。俊敏でもないから靴の負担は少ない。新しい靴はローカル線乗り継ぎで田舎の駅の階段を急いで上下するには最適のように思える。こんどの春休み、4月から中3になる孫娘と2泊3日か3泊4日の旅を予定している。まずは新しい靴で軽快に歩き、じいさまのすごさを見せてやろう。嫁にいくとき、ケリーバッグをプレゼントするから、ホームの立ち食いそばで空腹を癒しつつ全コースついてきてくれよな。



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